星々の世界に生まれて~銀河英雄伝説異伝~
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疾走編
第三十八話 戦いの合間に
宇宙暦791年8月27日16:00 ダゴン星域外縁部(エルゴン星域方向)、自由惑星同盟軍、
EFSF第ニ分艦隊 旗艦ベイリン ヤマト・ウィンチェスター
三万隻越えはちょっと予想外過ぎたな…。
「司令、申し訳ありません」
「なあに、謝る事じゃない。来てしまったものは仕方ないし、それは貴官のせいではないからな。さて、艦隊司令部はどうするつもりかな」
ここまで彼我戦力に差があるのでは、まともな戦争にならない。だけど、そろそろこちらの増援も到着するはずだし…。二個艦隊、二万六千隻。こちらと合わせて二万九千隻、互角といえば互角だ。腕組みしながら陣形概略図を見ていると、フォークが寄ってきた。
「艦隊司令部より映像通信が入っています。大スクリーンか、それとも…」
シェルビー司令にも聴こえていたようだ、司令は艦橋正面を指差した。正面にピアーズ司令官の顔とマクガードゥル准将の顔が映る。
“とんでもない事になったな”
「まさか、このような大規模な増援があるとは…」
“そこでだ、君の所にドッジ中将の秘蔵っ子が居ただろう?”
「ドッジ中将…ああ、居ますが、何か」
“なんでもアッシュビーの再来とか言われているそうじゃないか。マクガードゥル准将とも話したんだが、敵の動きが無い内に、少し意見が聞きたくてね”
「了解致しました。おい、少佐」
なんだなんだ、俺に聞いても知らんがな!
「はい、何でしょうか」
「何でしょうか、ではない。聞こえていただろう?司令官が貴官の意見が聞きたいそうだ」
“君は帝国の内情に詳しいと聞いている。概略図を見ても敵艦隊の規模がバラバラだ。当初居た艦隊の残存が約七千、それに合流したのが八千、五千、五千、六千隻だ。これまでの例だと大抵大規模な増援というのは正規艦隊規模で来援しているのだ。二個艦隊来たのかと考えたが数が合わない。じゃあ一つの艦隊で分艦隊ごとにまとまっているのか、と考えてみたが、どうも動きがチグハグだ。最後尾の六千隻だけはよくまとまった動きを見せているが、他の三個の集団はどうも動きがこう、手慣れていない印象を受ける。最初の敵もそうだったが、練度が低く見えるのだ。どうだろう?何か判るかね?”
うーん…。何かないかなあ…あ、そうだ。
「…それぞれの集団の旗艦らしき艦は識別出来ますか?」
“旗艦?情報部発表のフェザーン経由の情報か、過去の戦闘記録で分かる物しかないが…当たらせよう”
「お願い致します」
こちらの艦橋でもカヴァッリ少佐が忙しくコンソールをいじり出した。傍らに立っていたウェッブ大尉がメモを持ってこちらに駆け寄って来る。
“うーん、全ては判らんな、だが最後尾の集団は判明した。ネルトリンゲンだ。ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ少将の座乗艦ということだ”
「こちらでも同様の情報でした。メルカッツ提督か…」
メルカッツ提督とはなんとまあ…。少将で六千隻?正規軍なのに?艦隊規模は信頼の証だろうが、階級が伴ってないと思うけど…まあ帝国軍の艦隊編成なんて正規艦隊以外はよく判らんからなあ、そこは置くとしても、人物が厄介だ。堅実で外連味のない用兵…他の三つは判らない、ということは前線に出てきた事のない艦隊…編成中の艦隊…流石にこんな所までは連れてこないだろう、ということは…貴族か!?
“メルカッツ提督の名前は我々も知っている。帝国版ビュコック提督、と言った所かな”
「はい、その通りだと思います。あと三つの集団は…多分大貴族の艦隊かと思われます」
“大貴族だと?貴官は最初の艦隊も大貴族の艦隊だと言っていたそうだな”
「はい。向こう側には帝国軍とは名ばかりの、貴族の私設艦隊が多数存在します。大貴族ともなると惑星単位、星系単位で自分の領地を持っていますので、自領の警備艦隊を持っている貴族が存在するのです。貴族艦隊の総艦艇数は十五万隻を越えるのではないでしょうか」
“…宇宙艦隊がもうワンセットあるというのか、帝国には”
「はい、まあそれはさておき、最初に来冦した艦隊も情報はありませんでした、何故か。…多分、正規の出兵計画ではないからではないでしょうか?だからフェザーン高等弁務官府経由でも情報はもたらされなかった。一万隻という戦力は哨戒や威力偵察には充分過ぎる数ですが、侵攻戦力としては少なすぎます。帝国軍だって、一応まともな軍人の集まりでしょうから、一万隻で同盟領侵攻、なんて中途半端な計画は立てないでしょう」
“だが、先年のエル・ファシルの例もあるぞ。中途半端に攻め寄せてくることもあるだろう、そうじゃないか?”
「あれは遭遇戦が大規模戦闘になっただけで、当初の敵戦力も小さな物でした。増援も数千隻単位とは云え小さかった。結果としてエル・ファシル失陥に繋がったのであって、今回とは違います。あの戦いにも敵艦隊にはコルプト子爵という貴族の艦隊が居ました。増援として先ほど名前の挙がったメルカッツ提督も派遣されています」
“なるほど”
「はい。そして話を元に戻しますが、敵の増援の情報もなかった。いくらなんでも二万五千隻の増援を隠し通す事は出来ない。でも情報はない。やはり正規の出兵ではないからとしか考えられません」
“フェザーンの高等弁務官府とて、いつも出撃情報を得られる訳ではあるまい?”
「…過去に両軍が数個艦隊を動員して戦ってきた会戦規模の戦闘は、事前にフェザーンから情報がもたらされています。同盟が大ダメージを受けたら、通商の利益に影響が出ますからね。そしてフェザーンは一応帝国の自治領ですから、同盟に動きがあれば帝国にも通報するのです。過去に行われたイゼルローン要塞攻略戦が大会戦になったのはこれが理由です。そして帝国軍が大艦隊を動員してこちらに寄せて来た場合でも、こちらも対応可能な戦力を揃える事が出来るのも同じ理由です。今回の出撃の情報がフェザーンからもたらされていないとなると、フェザーンも知らなかったとしか思えません。小官の推論はおかしいでしょうか?」
“いや、おかしくはないが、何故大貴族の艦隊と分かるのだろうかと思ってな”
「情報がないからです。前線に出る必要の無い艦隊だから情報がない。編成中の艦隊かとも推測しましたが、普通に考えれば編成半ばの艦隊を前線に持ってくる馬鹿は居ません。こちらでも検索しましたが、得られるのはフェザーン経由で判明している物か、交戦記録のある敵の情報のみ。過去に交戦している貴族の艦隊の情報もありますが、今回の様な艦隊規模は稀です。基本的に大貴族は戦場に出る必要がありませんし戦争は軍人任せです、それでどの艦隊か判らないとなると…小官としては、敵は貴族艦隊としか思えません」
“ふむ。ではメルカッツ艦隊があの場に居るのは何故だと思う?”
「大貴族に好き勝手にやられては困る、からではないでしょうか?…帝国では大貴族の力は凄まじいものと聞きます、だから勝手に出撃することが可能なのでしょう。ですが帝国軍だって面子はある、自由気儘にやられては彼等の軍事戦略が破綻しかねません。しかし出撃してしまったものは仕方がない、メルカッツ艦隊はあの場に居る貴族艦隊の指揮統御の任を与えられているものと小官は推測します」
“いや、見事な推論だ。流石はドッジ中将の秘蔵っ子だ。…准将、別命あるまで現状維持だ”
「了解致しました」
…ふう、喉が乾いた。帝国通ねえ…確かに帝国通には違いない、だけど一から話さなきゃならんのは骨が折れる。敵が貴族か正規軍か、なんて本来気にする事じゃないんだ。よほど動きがチグハグに見えたんだろうな…擬態の可能性もあるけど、この戦力差だ、メルカッツ提督はそんなことしないだろう。知っている人が敵ってのも妙な気分だ…メルカッツ提督も大変だな。ミニ貴族連合軍じゃねえか。
「少佐、改めて分艦隊全艦に通達してくれたまえ。流石に何かやらかす馬鹿はいないだろうが…」
「はっ」
8月27日16:30 ダゴン星域、自由惑星同盟軍、EFSF第二分艦隊、旗艦ベイリン
パオラ・カヴァッリ
相変わらずやってくれるわね、あの子。なんでも見通す、なんでも知っている…オットーの言う通りだわ。艦隊の動きやら編成を見ただけでよく判るわよねえ…あの子の頭の中、どうなってんのかしら?
「どうしたの、フォーク中尉。そんなに掻きむしると、髪の毛無くなっちゃうわよ」
「…ウィンチェスター少佐は、下士官の頃もあんな感じだったのですか?」
「気になる?」
「はい」
「そうねえ…あんな感じ、というより、全てが自然だったわ。下士官と言っても術科学校を出たばかりの人達って、なんか板についた感じでは無いのよ。年も若いしペーペー感満載なのよね。貴方もご存知のマイクやオットーにはそれが有ったわ。でも、彼にはそれが無かった。自然にこなしている感じだったわ。中尉、貴方も士官学校の頃、感じていたんじゃない?」
「自然にこなしている、ですか…観察する様なそんな余裕はありませんでしたよ、最初は蹴落とす存在としか見ていませんでしたから。ご存知でしょうが…当時の小官は、誰から見ても嫌な奴だったでしょうね」
「否定出来ないわね、悪いけど」
「…はは、否定出来ませんか…だが、そんな私を変えてくれたのはウィンチェスター先輩でした。いえ、マイク先輩やバルクマン先輩、アッテンボロー先輩やキャゼルヌ大佐…そしてヤン中佐」
「みたいね」
「ええ、皆さんのお陰で小官は、私は地に足をつけることが出来た。とても有難い事です。先輩方に出会う事が無かったら、出世しか頭にない誇大妄想症の私が出来上がっていたかも知れません」
「そんな事は…」
「無い、とは言い切れません…確かに今でもヤン中佐に追い付け、ウィンチェスター少佐を追い越せ、という点では変わりはありません。ですが、彼等を手本として正々堂々と二人を追い抜き、皆に尊敬され、敬愛される統合作戦本部長を目指したいと今では思っています」
「なれるわよ、きっと。越える壁は大きければ大きい程いいわ。今は無理でも、ね」
「はい……何故こんな事を話してしまったのか…内緒にしておいて下さいよ」
はいはい、また頭を掻きむしって…ホントに髪の毛無くなっちゃうわよ。
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