イベリス
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第二十九話 報いを受けた人その八
「ですから」
「それで、ですか」
「人生を学ばれて下さい」
「わかりました」
咲はあらためて頷いた、そしてだ。
この日の仕事を終えると帰りの電車に乗った、渋谷駅からそうしたが。
席が空いていたので座っているとその横に。
黒髪を後ろで束ねた四十位の女性が来た、細目で穏やかな顔立ちだ。手を固定するタイプの杖をそれぞれの手に持ってふらふらする足で歩いてだった。
そのうえで隣に来た、そして。
咲を見てだ、彼女に言ってきた。
「貴女小山咲さんかしら」
「はい、そうですが」
咲はその女性にその通りだと答えた。
「貴女は」
「岩崎真澄って言えばわかるかしら」
「岩崎、まさか」
その名を聞いてだ、咲は小学校に入りたての頃に学校でとりわけ怖かった女の先生を思い出した。そうしてだった。
女性の顔をあらためて見てだ、目を大きく見開いて言った。
「岩崎先生かしら」
「ええ、そうよ」
女性は微笑んで答えた。
「今は結婚して真柴という名字になっているけれど」
「結婚されたんですね」
「ええ、けれどね」
女性は咲に俯いて答えた。
「今はこの通りね」
「足ですか」
「私の不注意で」
それでというのだ。
「車の運転中事故を起こして」
「それで、ですか」
「両足が複雑骨折になって腱も筋も切れて」
そうしてというのだ。
「この通りね」
「そうだったんですね」
「私のこと覚えているわね」
女性、真柴真澄は咲に俯いて告げた。
「怖い先生だって」
「それは」
「わかっているのよ、私はずっと酷い先生だったわ」
「怖い、ですか」
「ちょっとしたことで物凄く怒って誰でも徹底的に吊るし上げて」
子供をそうして叱っていたというのだ。
「そうしたね」
「それは」
「自分でわかっているから」
正面を見ての言葉だった。
「そのことは」
「そうですか」
「そして生徒の子が手や足が悪いと言っても」
それでもというのだ。
「運動を無理にさせていたわ」
「そうだったんですね」
「貴女は知らなかったのね」
「先生のことは覚えています」
怖かったことはというのだ。
「そのことは。ですが」
「詳しい行いまではなのね」
「知りませんでした」
兎に角怖いとだけしか覚えていなかったのだ、担任ではなかったし学年も違った。ただ聞いて遠目で見ているだけであったからだ。
記憶にあるのはえらい剣幕で怒鳴ってばかりの顔だ、しかしだったのだ。
「そうでしたか」
「そうなのね、けれどね」
「先生ご自身ではですか」
「わかっているの、そうしたことをしてきたって」
「それで、ですか」
「転勤してすぐにお見合いで結婚したけれど」
正面を向いたままだった、咲に話した。
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