物語の交差点
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とっておきの夏(スケッチブック×のんのんびより)
最後の晩餐
ーぽんすけー
店は木目調のプレハブ小屋だった。
店内の奥まったところに商品の受け取り口と返却口があって両サイドに一枚板のカウンターが設けられており、店外には食券販売機が2台置かれている。立食形式なので椅子はない。
なっつん「ウチきつねうどんにしよーっと」チャリン チャリン
葉月「ああッ!」
なっつん「」ビクッ
なっつんが食券を買おうとしたとき、隣の券売機を操作していた葉月が大声をあげた。
なっつん「びっくりしたぁ…。どうしたん?」
葉月「いつもの癖で素うどんのボタンを押してしまった…」
なっつん「ああ、そういうときは店員さんに言えばトッピングが追加できるよ」
なっつんは「トッピング一覧」と書かれた壁の貼り紙を指し示しながら言った。
葉月「ありがとう。癖って怖いわね」
なっつん「そだねー」ピッ
食券購入後は店内への受け取り口で食券を店員に渡し、手持ち無沙汰気味にしばらく待つ。カウンターは1列が最高で8人(最大16人)使えるらしく、15人で使うとかなり狭く感じられた。
朝霞「この時間帯、誰も利用客いないんですね」
一穂「夏休み中でお盆も近いからね。平日はそれなりに通勤や通学の人たちもいるよ」
先に注文し終えた一穂が答えた。ちなみに各人が注文したものは
・きつねうどん(なっつん、蛍、小鞠、ケイト)
・たぬきうどん(卓)
・天ぷらうどん(一穂)
・ごぼ天うどん(れんげ、なっちゃん)
・わかめうどん(空、樹々、木陰)
・素うどん+かき揚げ(葉月)
・天ぷらそば(ひかげ、朝霞)
・月見そば(渚)
だった。
店員「きつねうどんの方、お待たせしましたー」
ケイト「お呼ばれシタので取ってきマース!」
なっつん「ウチも行く!」
渚「行ってらっしゃい」
なっつんとケイトが分担して4人分きつねうどんを受け取り戻ってきた。なぜかケイトはやや不服そうな顔をしている。
なっつん「どうしたの?」
ケイト「きつねうどんを頼んだのに狐が入ってナイデス…」
なっつん「ケイト、きつねうどんってのは狐が好きな油揚げが入ったうどんのことだから…」
ケイト「ソコですよ!」
なっつん「え?」
ケイト「油揚げが嫌いな狐も中にはイルはずデース!彼等ノコトハどー考えとるんですカネ!」
なっつん「いやウチに聞かれても…」
れんげ「それはウチも思うんなー」
立ったままだとカウンターに届かないため子ども用の椅子に座っているれんげがうどんを受け取りながら言った。
れんげ
「“チーズが好き”と言われている鼠がチーズをあまり食べないように油揚げが嫌いな狐もいるはずなん!自分の勝手なイメージや先入観だけで物事を決めつけるのは止めたほうがいいん。いつか身を滅ぼすことになりかねないのん…」
朝霞「れんげちゃんって本当に小学生ですよね?」ヒソヒソ
葉月「そのはずですけど…。私もよく分からなくなってきました」ヒソヒソ
反対側のカウンターに陣取った朝霞と葉月がその様子を見ながらひそひそ話をしている。
れんげ「まあそれは置いといて、早く食べないと麺がのびてしまうん」
蛍「そうだね、食べよっか!皆さんすみません、お先にいただきます」
れんげ「いただきますん」
一穂「いいよいいよ、来た人からどんどん食べてね」
残りのメンバーの注文の品も揃いつつあることから4人は食事を開始した。
なっちゃん「そういやケイト、初めてうどんを見たとき『コレが噂のジャパニーズパスタデスネー!!』って言いよったね。覚えとう?」
ケイト「覚えてマスヨー!アレは衝撃的でしたネ」
なっつん「ケイト、七味かける?」
ケイト「OH! ありがとーございマース!」
なっつんが七味唐辛子の小瓶をケイトに渡した。
ケイト「」パラパラ
ケイト「」ズズー
ケイト:( ⌯᷄༥⌯᷅ )ŧ‹"ŧ‹"ŧ‹"ŧ‹"ŧ‹"
なっつん「どうしたの?」
うどんの味を噛みしめるように咀嚼を続けるケイトを不思議に思ったのか、なっつんが声をかけた。
ケイト「ヒトツ…フタツ…ミッツ……?ミッツめから先がいつもワカリマセーン」
なっつん(七つの味を数えてる!?)
なっちゃん「ケイトはうどん食べるとき、いつもそげんして食べるんよ」パッパッ
なっつん「そ、そうなんだ…。ケイト、ちょっと借りるよ」スッ
なっちゃんがうどんに七味をかけているのを見てなっつんも七味が欲しくなり、ケイトから小瓶を受け取った。
渚「小鞠君、なんでこのそばを“月見そば”っていうか知ってるかな?」
別の場所では渚が小鞠に自分の月見そばを見せながら話しをしていた。
小鞠「えっ、どうしてですか?」
渚「昔の人は月見そばの卵の黄身を月に見立ててそばを食べていたんだってさ」
小鞠「へー、そうなんですね!」
渚「とても奥ゆかしい考え方だろう?昔の人はそうやって風情を感じていたんだねえ」
蛍「私も知ってます!『日本庭園は枯山水の敷かれた砂利を水の流れに、そして庭全体を大きな池に見立てて楽しむもの』なんだってお父さんが言ってました」
小鞠の隣で食べていた蛍が言った。
小鞠「そうなんだ…」
渚「そうそう。今の日本はそうやって風流を楽しむ機会はめったにないけど、たまにはそういうことも必要なんじゃないかと最近よく思うよ」チュルチュル
渚が麺を啜ったそのとき。
なっつん&なっちゃん「「ああッ!!」」
なっつんとなっちゃんがほぼ同時に大声をあげた。
全員「!?」ビクッ
その声に全員が驚いた。
渚「どうしたの2人とも!?」ドキドキ
なっつん「瓶のキャップの締まりが緩くて…」
なっちゃん「唐辛子がちかっぱ(=たくさん)入った…って夏海ちゃんも?」
なっつん「うわ、なっちゃんのも真っ赤じゃん」
なっちゃん「そうなんよ。この前も似たようなことがあって…」
なっつん「ウチもだよ…姉ちゃん交換して!」
小鞠「知るか!自分で何とかしろ!!」
なっつん「そんな薄情なー!」
なっちゃん「夏海ちゃん…!」
ポン、となっちゃんがなっつんの肩に手を置いた。
なっちゃん「夏海ちゃんもあたしも同じ“夏海”やん?ここまできたら死なばもろとも…一蓮托生たい!あたしと一緒に玉砕するばい!」
なっつんはなっちゃんの悲壮感溢れる表情を見た。
なっつん「分かった……。越谷夏海、覚悟を決めるよ!」
なっちゃん「準備はよかね?…いくばい!カウントダウン!!」
なっつん&なっちゃん「「3、2、1、ファイヤー!!」」ズズー!!
カウントダウンと同時に麺を啜る。そしてーーー
なっちゃん「辛辛!ばり辛ー!!」
なっつん「水!水ー!!」
見事に玉砕した。
渚「やれやれ、2人とも何やってるんだか…」
小鞠「まったくですね」
蛍「夏海センパイ大丈夫なんですか…?」
小鞠「自業自得だから放っといていいよ」
しばらく様子を見ていた3人が向き直ったとき。
一穂「ちょ、鳥ちゃん!いくらなんでもかけすぎなんじゃないのん!?」
朝霞「鳥ちゃん、もう諦めたほうがいいですよ!」
今度は同じ列に座る一穂たちが騒がしくなった。
小鞠「今度はなに!?」
一穂「ああこまちゃん、鳥ちゃんが『カリッとしたアレが出ない』ってさっきからずっと!」
小鞠「アレ?」
朝霞「たぶん麻の実のことだと思いますけど…」」
見ると葉月が『ああ、どんどん辛く…!ああ…辛く…!』などと呟きながら七味をうどんに振りかけていた。スープは先ほどのなっつんたちほどではないがそれでも真っ赤になっている。
小鞠「葉月さん、そろそろ諦めたほうがーーー」
そのとき、ようやく麻の実がコロンと1粒出た。
葉月「あ…やっと出た!」
葉月は一瞬顔を綻ばせたがそのあとすぐ顔を曇らせた。
葉月「・・・。」
目の前にあるのは大分・別府の血の池地獄の如く真っ赤に煮えたぎったスープを湛えたうどんの丼。もちろん葉月の自業自得である。
葉月「」ゴクリ
葉月は覚悟を決めた。
葉月「」ズルズル
蛍「!」
葉月は麺を一気に啜った。そしてーーー
葉月「ーーー!!」ゲホゲホ!
盛大にむせた。
渚「は、葉月君!」
蛍「大丈夫ですか!?気を確かに!」
小鞠「お水!お水汲んできました!!」
葉月「」ゲホゲホ
心配の表情を浮かべる蛍たちを他所に、葉月は激しく咳き込み続けた。
ひかげ「まったく、みんな何やってんだか」
それを遠くから見ていたひかげが呟いた。
空「」チョイチョイ
ひかげの隣に座った空は我関せずといった感じでレンゲに麺やワカメ、蒲鉾を少しずつ掬っている。
樹々「梶原さん、さっきから何やってるの?」
空の隣に座った樹々が不思議そうに尋ねた。
ひかげ「おおー。さては空、一度にうどんの全てを楽しむつもりだな!?」
空「」ウン
樹々「おお、なんと贅沢な…!」
樹々もひかげも感心したように見守るなか、一口サイズのわかめうどんが完成した。
空「」パクッ
空「!」パァァァ
空がうどんを食べた瞬間、彼女の口の中で麺と若布が出汁の効いたスープの波間を漂い、追い打ちをかけるように出汁を吸ったかまぼこの旨みが舌の上で舞った。
空:うまい! キラキラ
樹々「わ、私もやってみようかしら…」
ひかげ「そばだけど私も…!」
空の悦に入った表情を見た樹々とひかげも同様に食べ始めた。
ひかげ「ん、これはうまい!」
樹々「こんなに美味しい食べ方を発見するなんて…まさに世紀の新発見ね!」
卓「」ウンウン
空の食べ方を気に入ったのか、3人は空を絶賛した。
空(よかった…。みんなとても気に入ってくれたのだ。)ホワーン
ーーーその好評ぶりに満足した空であった。
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