物語の交差点
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とっておきの夏(スケッチブック×のんのんびより)
列車内にて
ー列車内ー
葉月「何から何まですみません。ありがとうございます」
一穂「いーのいーの!遠くから来てくれたわけだし、これぐらいするよー」
池で思い思いの時間を過ごした一行は蛍の家に置いてある荷物を取り、街へと向かう列車に乗っていた。
本来ならばスケブ勢を駅で見送る予定だったのだが、『どうせなら途中まで見送りに行きたい!』となっつんが言い出したのに他ののんのん勢が賛同したためである。
蛍「これから皆さんはどうするんですか?」
なっちゃん「ん?旭丘村から電車で2時間ぐらい行った場所に宿ばとっとうけん、今日はそこに泊まって明日福岡に帰るつもりばい」
れんげ「そこからなっちゃんたちの地元までどれぐらいかかるん?」
なっちゃん「えーと、まず宿の最寄り駅から東京までが在来線と新幹線の乗り継ぎで2時間半やろ?東京から博多まで新幹線で5時間、博多から在来線に乗り換えてあたしらの家の最寄り駅まで15分、そこからさらに歩いて15分かかるけん……ざっと8時間か」
小鞠「8時間!?」
渚「まあ実際には乗り換え時間や待ち時間もあるから8時間半から9時間といったところかな」
れんげ「すごいんなー!ウチには想像もつかないん」
一穂「あれ、羽田空港から飛行機じゃないのん?」
なっちゃん「飛行機も考えたとですけどね。ゆっくり旅の余韻を味わいたいというか、“復路も立派な旅路”って考えるとさっさと帰るのはなんかもったいない気がして」
ひかげ「あー、分かるなあその気持ち。私も実家から東京に帰るときはいつも後ろ髪ひかれる思いだもん」
車窓に映る景色はどれも夕日の黄金色に染まっている。その光景を見ながら空は『まるで時が止まったようだ』と思った。
やがて陽が山際に沈みはじめた。
渚「もう日が陰ってきた。さすが山間の村ですね」
一穂「ここいらはこの時間になるとだいたい陽が沈みはじめるからねー」
木陰「福岡だとこの時間帯まだ明るいわよね」
樹々「そうねえ。夏至の頃には19時30分ぐらいまで明るいし」
小鞠「そうなんですか!? こっちは夏至のときでもその頃はすでに暗いですよ」
れんげ「やっぱり日本は広いんなー」
蛍「ところで木陰さん、どうしてつり革に掴まらないんですか?ずっと気になっていたんですけど…」
木陰は乗車したときから手すりを持つわけでもつり革に掴まるわけでもなく、なぜか中空に手を彷徨わせたまま蛍の隣に立っていた。
木陰「これ?ばーちゃるつりかわ」
蛍「ずっと立っててキツくないんですか?」
木陰「大丈夫よ」
小鞠「席空いてますケド…」
端の座席に座っていた小鞠が自分の隣を指し示したそのとき。
がったん
木陰「」ドテッ
小鞠「あ!」
列車が大きく揺れ、その弾みで木陰が転んだ。
小鞠「あ…大丈…」アセアセ
木陰「」ググッ
うろたえる小鞠を尻目に木陰はどうにか体勢を立て直し、再びつり革に掴まるような格好で立った。
木陰「ばーちゃるつりかわ…」
蛍「こ、木陰さん…」
渚(木陰君も強情だなあ…。)
なおも『ばーちゃるつりかわ』を止めない木陰。蛍と小鞠は少し心配になったようだ。
小鞠「木陰さん、席に座ったほうが…」
蛍「そうですよ、私も席に座りますから一緒に座りましょう」
木陰「そうね、お言葉に甘えてそうするわ。背が低いのってこういうとき不便よね」
小鞠「その気持ち、痛いほどよく分かります」
ぶつぶつ言いながら木陰は蛍と一緒に小鞠の隣に座った。
木陰「降りる駅まであと30分あるし私は少し休むわね。ごめんなさい」
蛍「あ、いえ…どうぞお気になさらず。おやすみなさい」
蛍がそう言うと木陰は目を閉じた。
蛍「空さん、葉月さん。美術部の人たちって本当に変わっているというかユニークな方が多いですね」
蛍は近くに立っていた空と葉月に話しかけた。
空:みなもんもそう言ってた。
葉月「ああ、みなもちゃんね」
蛍「みなもちゃん?」
葉月「ええ、今回参加できなかった先輩の妹さん。よく学校に遊びに来てるの」
小鞠「へー、空さんたちの高校ってけっこうオープンな学校なんですね」
葉月「いちおう来校手続きはするんだけどね」
小鞠「都会にあるオープンな校風の学校って珍しくないですか?」
一穂
「鳥ちゃん曰く『住んでいる辺りはけっこう田舎』だそうだし、本当の街中にある学校と比べて柔軟に対応できるんじゃないかねー。仮に分校が東京のど真ん中にあったとしたらこんなに校風も緩くないだろうし、そもそも“分校”ですらないと思うよ」
小鞠「そう考えると地元が田舎でよかったね」
れんげ「やっぱり旭丘って田舎なのん?」
いつの間にかれんげが会話に入り込んできた。
小鞠「まぁ普通に考えれば田舎…」
なっつん「いやいや、ウチが住んでるのに田舎なわけないじゃない?」
一穂「その考えがすでに田舎者のような……」
なっつん「いやまぁ…東京にだって猿とか出る時あるじゃん」
一穂「ほう」
葉月「福岡でも中心部の“天神”で猿が出たってこの前ニュースで言ってましたね。去年は観光地の“大濠公園”に猪も出たらしいし」
空:旭丘って猿出るの?
小鞠「はい、猿も狸も猪も出ますよ。鹿とかときどき熊も出ますし」
空:熊!?
れんげ「確かに動物はいっぱい見かけるのん」
なっつん「だから動物が出たくらいじゃ田舎にならないよね?ね?」
葉月「はあ……」
小鞠「どうしても田舎にしたくはないのだな」
なっつん「何もできないってほど不便なのが田舎だとしても猿いたって狸いたって別に不便じゃないジャン?だから田舎じゃないよ」
空:そうなの?
葉月「さ、さあ…?」
れんげ「なーるほどっ!」
納得がいっていない空たちとは対照的にれんげは納得したようだった。
れんげ「そーかー……。旭丘田舎じゃないのねー……」
れんげ「なんとなくスッキリー」フヌンス
一穂「よかったよかった」
ひかげ「おーい、次で降りるよ」
一連の議論に決着がついて一安心したとき、ひかげが呼びに来た。
一穂「あ、もうそんな経った?皆忘れものしないようにねー」
なっつん「空閑っち起こすかー。空閑っち、降りるよー」
なっつんの声に木陰が薄目を開けた。
葉月「空閑先輩、のりかえですよ」
木陰「んーー…」ボー
木陰はまだ少し眠いのか半目でぼーっとしている。
木陰「」ボー
木陰「」ボー
葉月「」ギョッ!
木陰の目が徐々に開いて完全に見開いた状態になったとき、そのつぶらな瞳に葉月は思わず驚いた。
木陰「あ、のりかえ?」
葉月「あわわわわわわわ」アセアセ
普段とのギャップに戸惑う葉月。
木陰「?」
再び半目に戻った木陰はなぜ葉月がうろたえているのか分からない様子だった。
ー
ーー
ーーー
ー駅ー
一穂「ここってウチが置き去りにされた駅やん…」
ひかげ「そうなん?」
一穂が苦い思い出を振り返るように呟いた。
以前、宮内姉妹(ひかげ除く)と越谷きょうだい+蛍で海水浴に行った際、最後の乗り換え駅であるこの駅で寝ていた一穂は誰からも気づかれず置き去りにされ最終列車を乗り過ごすという痛恨のエラーを犯していた。
なっつん「あー海水浴のときかあ。あのとき結局れんちょんウチんちに泊まったんだっけ」
れんげ「そうなん。姉ねぇが起きてたらあんなことにはならなかったのん…」
一穂「だからお詫びに駄菓子屋でアイス買ってあげたじゃん!悪かったってー」
ケイト「ナツミ、次の列車はイツ来ますかー?」
なっちゃん「んー、あと1時間20分後やね」
朝霞「あっ、見てください!線路脇にミカンがたくさん落ちてますよー!」
朝霞が線路の脇にミカンが落ちているのを見つけた。
ケイト「Oh! オイシそーです!」
樹々「なんでこんなところにミカンがあるのかしら?」
渚「暗くてよく見えないけど、この後ろがミカン畑になっているみたいだねえ」
渚がミカン畑らしきシルエットを指さした。どうやら駅の向こうは果樹園が広がっているらしい。
れんげ「ミカン見てたらお腹減ってきたのん」
ひかげ「たしかに昼食が少し早かったからなあ」
一穂「よく落ちてるミカンで食欲わくなあ」
ツンツン
誰かがひかげの肘をつついた。
ひかげ「ん?」
空:ひかげちゃん、あそこ…。 スッ
空の指さした先は反対側のホーム。そこに「立ち食い麺処 ぽんすけ」の屋号を掲げた立ち食いそば屋があった。
なっちゃん「おお、駅そば!」
葉月「梶原さん、お腹空いたの?」
空「」ウン
空は頷いた。
ひかげ(立ち食いそばか…いいなあ。)
ひかげ「ねえ、あそこの店で食べてきていい?」
ひかげは一穂に尋ねた。
一穂「ん、それなら皆で行こうか」
空:いいの?
一穂「ウチらの汽車も君たちと同じぐらいの時間に出るからね。それにウチもお腹減ったし、どうせなら“最後の晩餐”を一緒に楽しみたいよ」
ひかげ「『最後の晩餐』て、そんな縁起でもないこと…」
一穂「まあ何でもいいじゃん。ほら行くよー」
なっつん「おっけー!はやくいこー」
朝霞「駅そばは久しぶりですねー」
なっちゃん「博多駅にもあるばってん少し遠かですもんねえ」
ケイト「ナルホド、駅のそばダカラ“駅そば”!ワカリヤスクテいい名前ですネー」
渚「その“そば”はどっちの意味のそば(傍・蕎麦)かな…?」
一行は店へ移動を開始した。
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