アパッチ
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第一章
アパッチ
戦争は終わった、だが。
大阪の街は焼け野原になった、市内のあちことが空襲で焼け瓦礫の山になって実に酷いものだった。
だがそんな中でも人は生きている、もっと言えば生きていかねばならなかった。
それはインドシナから復員してきた明田川勇樹も同じである、黒髪は短く一重の確かな光を放つ目ときりっとした唇を持ち顔は長方形で一七七程の背のがっしりした体格だ。
彼は故郷の大阪に戻って開口一番こう言った。
「酷いわ」
「ああ、この通りや」
闇市の親父が飲む彼に応えた。
「もう日本の何処もかしこもや」
「焼け野原やな」
「あんたもここに戻るまでに見てきたやろ」
「福岡も酷くてな」
復員して着いたそこもというのだ。
「もう電車で見る街全部な」
「こんなのやろ」
「ほんま酷いな」
「酷いのはこれだけやないで」
空襲の為焼け野原になっただけでないというのだ。
「食いものもな」
「ないか」
「もう明日餓え死にするモンかてや」
それこそというのだ。
「おるわ、それで街はや」
「ああ、柄の悪いモンが幅利かせてるんか」
「そや、警察も頼りにならん」
「そんな風か」
「そんな中でどうして生きるか」
質の悪い酒を飲む明日川に話した。
「それでわしはここでや」
「闇市でか」
「店やってるけどな」
「そうして暮らしてるか」
「それであんたもや」
「どうして生きてくかやな」
「仕事見付けてな」
そうしてというのだ。
「何とか飯の種をな」
「見付けることか」
「あんた戦争に出る前は何してた」
「うどん屋やってた」
それをとだ、彼は親父に答えた。
「麺の湯で加減にもだしの採り方にも自信あるで」
「そうなんか」
「ああ、しかし家に帰ってみんとな」
「わからんか」
「家は生圀魂さんの近くや」
生圀魂神社のというのだ。
「そやからな」
「まずはやな」
「ここで飲んで一息ついたし」
「家の方に戻るか」
「そうするわ」
こう言ってだった。
明日川は実際に闇市で一杯やってから家の方に向かった、幸い家は残っていて女房の咲子と息子の鉄太に娘の香奈は無事だったが。
「店はかいな」
「焼けてね」
それでとだ、女房は彼に答えた。
「もうどうしようか」
「おい、うどん出すにもや」
彼はすぐに女房に言った。
「店がないとな、いや屋台でもええか」
「それでもやね」
「まあバラックでもな、しかしな」
「うどんの麺とだしがあらへんと」
「どうにもならんわ、食材がないと」
それこそというのだ。
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