どちらもあと一歩で
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第一章
どちらもあと一歩で
根室寿は阪神のその試合を観た、そうしてからおもむろに冷蔵庫から午後の紅茶のミルクティーの一・五リットルを出してからカントリーマァムを食べはじめた。
リビングのテーブルの自分の席に座ったうえでそうしている兄を見てだ、妹の千佳は言った。
「負けたのね」
「わかるか」
「勝ったら大喜びしてるでしょ」
妹の言葉は冷めたものだった。
「もうそれこそ」
「ああ、今頃大騒ぎだったよ」
「近所迷惑な位にね」
「近所迷惑と阪神の優勝どっちが大事なんだ」
「カープのクライマックス進出よ」
広島ファン所謂鯉女の千佳はこう答えた。
「決まってるでしょ」
「そうか」
「そうよ、まあ来年があるでしょ」
「お互いにな」
「全く。あと少しだったのに」
千佳は苦い顔で兄の向かい側の席に座って言った。
「残念だったわ」
「巨人が大崩れしたからな」
「それでよ」
自分も紅茶とカントリーマァムを食べつつ応えた。
「もうね」
「ひょっとしたらって思ったな」
「ええ、それがね」
「本当に残念だったな」
「阪神もね」
「今年はいけるって思ったんだ」
寿は紅茶、かなり甘いそれを飲みつつ言った。
「今年は」
「前半よかったしね」
「七ゲーム差つけてな」
「それも巨人にね」
「いける、絶対にってな」
「佐藤輝明さんも凄かったし」
「それがな」
その阪神がというのだ。
「後半戦な」
「佐藤さんが打たなくなって」
「六十打席な」
「大記録ね」
「それだけノーヒットでな」
それでというのだ。
「二軍落ちもした」
「それでチームも大失速して」
「大は余計だよ」
そこは咎めるが強くは言わない。
「確かに失速したけれどな」
「気付いたらヤクルトが上がってきて」
「首位奪われてな」
巨人にでなくだ。
「そしてな」
「それからもね」
「ああ、途中痛い引き分けもあった」
「それもヤクルトとね」
「それでもヤクルトも土壇場でまごついて」
「いけるかもって思ったわね」
「絶対にいけると思っていたよ」
阪神ファンとしてはだ。
「僕はな」
「私も同じよ」
「クライマックス行けると思ったか」
「今年はね」
「三連覇から少し弱まっていたからな」
「丸さん強奪されてね」
邪悪の権化巨人にというのだ。
「ここ数年ぱっとしなかったから」
「そうだったな」
「それがやっとね」
その二年の低迷がというのだ。
「戦力がまた整ってきた感じがするから」
「だからだよな」
「今年こそはと思っていたから」
「残念だな」
「こっちはいつも選手獲られてるのよ」
千佳はカントリーマァムを食べつつむっとした顔で話した。
「巨人にね」
「こっちにもな」
「阪神はいいのよ」
兄が贔屓するチームはというのだ。
「まだね」
「許せるか」
「巨人の補強は汚い補強、阪神の補強は奇麗な補強でしょ」
「それ僕の言葉だな」
「実際阪神獲得した選手に優しいでしょ」
「阪神に入ったら阪神の選手だ」
前に別のチームに所属していてもというのだ。
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