魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
G編
第101話:蛇の脱皮
前書き
読んでくださりありがとうございます
颯人と奏の戦いに決着が着いた頃、透とクリスのペアとメデューサの戦いは一進一退……とは言い難いものとなっていた。
「消し飛べ!」
〈イエス! バニッシュストライク! アンダスタンドゥ?〉
「ッ!」
〈バリア―、ナーウ〉
メデューサの放った巨大な魔力球を、透の障壁が受け止める。しかし強力な魔法を受け止められるだけの強度は無かったのか、透の張った障壁は直ぐに罅割れ砕け散った。
障壁が砕けると同時に横に転がって回避する透だったが、それでも地面を吹き飛ばした威力は尚透を吹き飛ばす。爆風に煽られ、数m吹き飛ばされた透がクリスのすぐ傍に落下する。
「透ッ!?」
倒れた透を気遣いたいクリスだったが、迫るノイズを前にそれも儘ならずガトリング砲を乱射してノイズを薙ぎ払った。
「くそっ!? 厭らしい使い方しやがる!?」
メデューサはウェル博士から奪い取ったソロモンの杖を使い、ノイズを召喚して透とクリスの分断を行っていた。クリスに邪魔される事なく、自分の手で透を屠る為にだ。
しかもそのノイズの使役の仕方が、クリスの言うようになかなかに厭らしい。普段は回避に専念させ損害を抑え、クリスが透の方に気を取られた瞬間一気に攻勢に出る。
クリス1人なら仕留めるのも容易と考えているのだ。透は幹部に比肩する実力者で、クリスと組めばその強さは跳ね上がる。2人を同時に相手にした場合、負ける気はしなかったがかなり苦戦する事はメデューサでも想像できた。
それならば、ノイズを使ってクリスを釘付けにして透を先に仕留めてしまえばいい。透1人が相手なら勝ち目はある。
因みに一見するとクリスを先にメデューサが相手にした方がいいような気もするが、素早い透はノイズで動きを妨害しようにも直ぐに突破してクリスの援護に入ってしまう事が予想されたので後回しになった。火力は確かに脅威だが、この閉鎖空間ではそこまで強力な攻撃は出来ない。
そこまで読んだ上でノイズを的確に使役して、透とクリスの各個撃破を狙うのだから厭らしいと言う他ない。
「ちくしょう、透と一緒ならこんな奴ら敵じゃねえのに!?」
合流したいのは山々だが、それが満足にできない上に下手に合流すると石化の魔法を使われる危険がある。このあまり開けているとは言い難い空間内で、掠めただけでアウトな魔法を使われるのはリスクが大き過ぎた。
結果、透達はバラバラに分かれての戦闘を余儀なくされていた。
「そらぁっ!」
メデューサのライドスクレイパーが透に振り下ろされる。透はそれを両手のカリヴァイオリンで受け止めるが、その瞬間彼の腹にメデューサの蹴りが炸裂した。無防備な腹を蹴り飛ばされ、透は落下した先で腹を抑えて蹲る。
「ふふふっ、無様だな裏切り者。さぁ、そろそろトドメだ!」
〈イエス! スペシャル! アンダスタンドゥ?〉
腹を抑えて蹲る透に対し、トドメを差そうと石化の魔法を放とうとするメデューサ。
それを見て、クリスは1つの賭けに出た。
「アーマーパージ!!」
「ッ!? 何ッ!?」
クリスの隠し玉であるアーマーパージ。全身の装甲を一気にパージし、吹き飛ばした装甲で周囲の敵を一掃する技だ。以前颯人も組み付いた状態から引き離されたその技は、クリスの周囲に蔓延るノイズだけでなく魔法発動直後のメデューサすら吹き飛ばし、更には周囲を土煙で見えなくした。
「えぇい、忌々しい!?」
これでは石化の魔法が使えない。あれは相応に魔力を消費するので、当たるを願って周囲に乱射すると言った事が出来なかった。
メデューサは周囲を警戒した。この土煙は2人が反撃の為の一手を放つ為の隠れ蓑だ。これに紛れて、2人は何かアクションを起こしてくる筈。
その読みは正しく、土煙を突き破ってクリスがメデューサに飛び掛かった。アーマーパージの影響で全裸となり、辛うじて胸を腕で抑えた状態で彼女はメデューサからソロモンの杖を奪い取ろうとしたのだ。
「舐めるなッ!」
しかしクリスの奇襲は失敗に終わった。気配も殺さず接近してきたクリスはとっくにメデューサに見つかっており、あっさりと回避されると首を掴まれ仰向けに地面に押え付けられた。
「あぐっ?!」
「小癪な真似をしてくれたな。だがそれも無駄に終わった訳だ」
「ぐ……はっ、そいつはどうかな?」
「何?」
完全に無防備な状態で押え付けられていると言うのに、それでも尚余裕を見せるクリスにメデューサが首を傾げた。
その瞬間、クリスの目前に魔法陣が出現しそこから突き出されたカリヴァイオリンがメデューサの胸を突いた。
「がはぁっ?!」
完全に予想外だった。まだ周囲に土煙が舞い、視界が満足に確保できない中でこんな攻撃をしてくるとは思ってもみなかったのだ。
これがクリスの本当の狙いだった。敵も味方も視界を制限された状態でなら、メデューサの警戒も僅かに緩む。そしてそこに、抗う術を持たないクリスがメデューサに立ち向かえば彼女の注意は透から逸れる。
恐ろしいのはこの作戦を、一切の打ち合わせなしに行った透とクリスのコンビネーションだろう。透は知っての通り言葉で意思疎通が出来ない。だがこの2人は、言葉に頼ることなく互いの思いを伝えあう事が出来るのだ。
愛の成せる業と言ってしまうのは些か陳腐に聞こえるかもしれないが、これ以上に2人の絆の強さを表現する言葉は存在しないだろう。
透の放った攻撃は会心の一撃となってメデューサを穿ち、ソロモンの杖を持つ手が緩む。その隙を見逃さず、クリスは立ち上がるとメデューサの手から離れたソロモンの杖を見事掴み取った。
「ソロモンの杖、返してもらうぞ!」
「おのれ、この、小娘がぁっ!?」
〈イエス! キックストライク! アンダスタンドゥ?〉
「っ!? しまっ――」
不意の一撃に加えクリスにソロモンの杖を取り返され、冷静さを欠いたメデューサの頭からは透の存在が完全に抜け落ちた。その隙を見逃さず、透は土煙が薄れて僅かに遠くが見通せるようになった視界の先に居るメデューサに向けて必殺のキックストライクを発動し、魔力の籠った右足による飛び蹴りを放つ。
クリスからソロモンの杖を奪い取ろうとしているメデューサには、これを回避や防御するだけの余裕はない。反射的に防御の体勢を取ろうとしたようだがそれも間に合わず、透の飛び蹴りがメデューサに直撃した。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
蹴り飛ばされたメデューサは壁に叩き付けられ、力無く地面に倒れるとそこで変身が解除された。もう彼女に抵抗するだけの力は残っていないだろう。
因縁のある相手に勝利を収められた事に安堵した透は、ふとクリスがまだ素っ裸だったことを思い出し慌てて魔法で適当に毛布を取り出し振り返らずクリスに渡した。
「わ、わりぃ、透……」
クリスもクリスで、素っ裸でいる事が恥ずかしくない訳ではなかったのか、落ち着いて今の自分の状態を見て恥ずかしくなったのか毛布で体を隠す。
そのクリスの手には、畳まれたソロモンの杖がある。苦労はしたが、漸く取り返す事が出来たのだ。その事にクリスだけでなく透も安堵する。
直後、洞窟が揺れ始めた。揺れたというよりは、あちこちのひび割れが大きくなりその影響で振動していると言った方がいい。どうやら彼らの戦闘の余波で、洞窟内が崩れつつあるようだった。
このままだと生き埋めになる。そうなる前に脱出しようとする2人だったが、ふとメデューサが倒れたままだという事に気づいた。
咄嗟にメデューサを救出しようと元来た道を戻る透だったが、彼が引っ張り出す前にメデューサは一足先に崩れ落ちた天井の下敷きとなり崩落した岩石の下に消えていった。
「ッ!?」
「透、あたしたちもヤバい! ここから逃げるぞ!」
因縁のある敵であろうと助けようとした透だが、あれではもう助からないだろう。クリスは今回ばかりは透の意見を却下し、彼の手を引いて無理矢理にでもこの場から離れさせた。崩落が進んでいる。これ以上この場に居るのは非常に危険だ。
クリスは透を半ば引き摺るようにしてその場から退避する。何処に繋がっているのかは分からないが、適当な横穴に入り洞窟から出ると一際大きな音が響いて先程まで2人が居た場所が完全に崩れ塞がれる。
間一髪だったことにクリスは冷や汗を流した。
「ふぅ、あっぶねぇ……」
安堵するクリスだったが、隣の透が沈んだ様子なのを見て溜め息を吐いた。敵であろうと慈しむ、この透の優しさは間違いなく彼の美徳だが今回ばかりは否を突き付けた。
「……透が気に病む必要なんてこれっぽっちもねえぞ」
「?」
「あいつは透を殺そうとしたんだ。それも楽しんで、だぞ? きっとこれまでにも、酷い事をやって来たに決まってる。だからこれは罰だ。今まで散々やりたい放題してきた、そのツケが回って来たんだよ」
クリスの言いたい事は透にも分かる。メデューサはあの性格だ、きっと無意味な殺しも沢山やって来たに違いない。しかも下っ端メイジと違い、自分の意志でである。恐らく10人中10人が、メデューサの事を明確な悪と断ずるだろう。この結末に対しても、当然の結果だと彼女を憐れむ者はいない。
しかしだからこそ透は、例え間違っているとしてもメデューサを助ける事が出来なかった事を悔いたいと思った。
間違った事をしたから、悪い事をしたからと言って世界中の人間から嫌われ憐れんでもらえないなどこれ以上に悲しい事はない。
何より、世界が怒りで染まるなどあってはならない事だ。そんな悲しい世界、誰も望まない。そんな世界になる位なら、例え割を食う事になろうとも自分はどんな相手でも許す。相手が自分を殺そうとした相手であろうとも、だ。そんな人が、世界に1人くらいいても良いではないか。
それは今は亡き透の母が抱いていた信念でもある。透が幼い頃に死去した母を、透自身は殆ど覚えていない。だがその信念と優しさは、確かに透の中で生きていた。
――ったく、本当にどこまで優しいんだよ――
そんな透だからこそ、自分は彼を愛したのだろうとクリスは内心で苦笑した。何処までも優しく、その優しさを誰にでも分け与える。誰をも慈しみ、誰かの痛みを肩代わりする強さを持つ彼だから、クリスも彼に対しては心を開き心から愛する事が出来るのだ。
ならば、そんな彼の心を守るのは自分の役目とクリスは敢えて透に厳しい言葉を浴びせた。
「透は優しすぎるんだよ。それを悪いとは言わないけど、それを向ける相手はもう少し選ぶべきだとあたしは思う。透には難しい話かもしれないけど、その優しさが原因で透自身が傷付いたりしたら元も子もねえだろ」
透の優しさが万人に通用する訳ではない。それは透自身が理解している。それでも”そうあれ”と彼自身の心が叫ぶのだ。何とかしようと思ってもどうしようもない。
だからこそ、クリスの時折見せる厳しさがありがたかった。ドライと言い換えてもいい。透の事を第一に考え、彼の事を守ろうとしてくれるその姿勢が彼を守ることに繋がるのだから。
不器用なクリスの優しさを理解し、透は優しく彼女の頭を撫でた。
「ん……分かればいいんだよ」
自身の頭に触れる透の手の温かさに、クリスは頬を綻ばせる。
さて、メデューサも倒せたしソロモンの杖も取り戻せたが、戦いはまだ終わってはいない。やるべきことはまだ残っている。
クリスがシンフォギアを再び身に纏い、次の戦いに赴こうとしたその時、突然背後の崩れた洞窟が内側から弾け飛んだ。
「な、何だっ!?」
「ッ!?」
突然の出来事に驚くクリスだったが、透はすぐに何が起きたかに気づいた。メデューサだ。あの崩落に巻き込まれたにも拘わらず、彼女は生き延びてみせ再び2人の前に姿を現したのだ。
「き、さまらぁ――――!」
「テメェ、いい加減しつこすぎだぞ」
流石にげんなりした様子を隠せないクリスだったが、心のどこかでは楽観視していた。今のメデューサは満身創痍だ。戦うどころか、捕らえることも造作もない。
そう思ったのも束の間、唐突にメデューサが体を抑えて苦しみだした。まるで自分の体を突き破ろうとしている何かを押さえているかのようである。
「うぐぅっ!? はぁ、はぁ……ぐっ!?」
「何だ? どうした?」
「…………!?」
怪訝な顔をして様子を見ていたクリスに対し、透はそれが何を意味しているのかに気づいた。この状況、ルナアタックの最終決戦時のヒュドラと似ているのだ。
それを証明するかのように、メデューサの体には徐々に悍ましい光を放つ罅割れが広がっていく。
「こ、この身砕けようと、ワイズマンの為に!」
しかもあろう事か、メデューサは自ら魔力を暴走させファントムの誕生を促した。自分が助からないことを悟り、地獄への道連れにファントムとなった自分に透とクリスを始末させようというのだろう。
「うあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫と共にメデューサの体が内側から弾け、その場には蛇の髪を持つ異形の存在、メデューサファントムが誕生していた。
「ふふふっ、いい気分だ。さぁ、お前達も絶望させてやろう」
蛇が絡み合ったような杖を向けるメデューサファントムを前に、透とクリスも武器を手に身構えるのだった。
後書き
執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします!
ページ上へ戻る