石切り場の女
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第二章
茂吉はどうかという顔でだ、仲間達で言った。
「おかしくないか」
「おかしい?」
「おかしいっていうとどうしたんだ」
「とっつぁん何かあるのか」
「これまでここに按摩一人来なかったんだぞ」
茂吉はこのことから言った。
「それで急に来てあんな別嬪だぞ」
「まあそれはないな」
「しかも腕がある」
「おまけに随分安い」
「あまりにもうま過ぎる話だな」
「あの女人間じゃないだろ」
茂吉は難しい顔で言い切った。
「まずな」
「じゃあ何だ」
「あの女何だ」
「何なんだ」
「狐だな、狸だったら男に化けることが多い」
それでというのだ。
「女に化けているからな」
「狐か」
「狐が化けてるか」
「そうだっていうんだな」
「そうだ、狐だったらだ」
茂吉は腕を組み真剣な顔で言った。
「ここはやり方がある」
「やり方ってなんだ」
「手荒なことはするなよ」
「別に悪いことはしていないからな」
「別に精気を吸い取るとかしていないしな」
「わしもそんなことするか、見ていろ」
茂吉は仲間達にこう言ってだった。
ある日揚げを出した、すると仲間達は成程と頷いた。
「ああ、揚げな」
「狐は揚げだな」
「揚げを見ると飛びつくしな」
「それでか」
「そうだ」
それでというのだ。
「これを出した」
「成程な」
「そうしたんだな」
「確かにそれならいいな」
「手荒じゃない」
「相手も悪いことはしていないしな」
「それでいいな」
「さあ、尻尾を出せ」
文字通りにとだ、茂吉は笑って言った。
「揚げに勝てる狐がいるか」
「そんな狐いる筈がないな」
「もう狐っていうと揚げだ」
「揚げを食わない狐なんているか」
「絶対に尻尾を出すな」
他の石工達も口々に言った、そして女が尻尾を出すかと思った。だが女は茂吉が差し入れと言って出してきた揚げを見てもだった。
何でもない顔でだ、こう言った。
「私はいいです」
「おい、揚げだぞ」
茂吉の方が驚いて言った。
「揚げ食わないのか」
「私は揚げも何も」
これといって、というのだ。
「口にしないので」
「それでか」
「はい、気持ちだけ頂きます」
茂吉ににこりと笑って答えた。
「そうさせてもらいます」
「そうか」
「はい、では」
こうしてだった、女は揚げはそれで終わった。これには茂吉も他の石工達も驚いた。
「狐じゃないのか」
「揚げを見ても平気だしな」
「じゃあ狐じゃないな」
「揚げを見てもあの態度なら」
「狐だったら絶対に飛びつくからな」
「それこそ尻尾を出して」
「狐じゃないな」
茂吉もこう言った。
「あの女は」
「そうだよな」
「じゃあ何者なんだ」
「狐じゃないなら」
「一体何なんだ」
誰もがあらためて不思議に思った、それでだった。
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