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Fate/WizarDragonknight

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ラプラス

「え?」

 可奈美は、唖然とした声を上げた。
 ただ、周囲の景色が変わったことは間違いない。夕方に近い空は一転して真っ暗になり、冬の乾燥した空気は、一気に氷の中にいるようにさえ錯覚するほどに冷めている。

「どこ? ここ……?」

 建造物そのものは、それまで可奈美たちがいた神社と同一の造形。むしろ同じ場所だと言われた方が納得できる。この場所に朝が訪れれば、さっきまでいた場所と全く同じだと理解できるだろう。
 社の外が、暗黒が広がっていることを除けば。

「どうなっているんですか……?」

 可奈美と同じく、清香もまたいきなりの環境の変化に戸惑っていた。
 だが唯一。コヒメだけは、その表情に曇りがない。

「ここ……」
「コヒメ?」

 コヒメの様子に気付いた美炎が声をかける。
 だが、コヒメはそれよりも先に駆け出していた。
 階段を駆け上がり、一足先に境内へ入っていく。

「コヒメ!」
「ほのちゃん!?」
「美炎ちゃん!? 待って!」

 コヒメのすぐあとを美炎、さらにその後に続く可奈美と清香。
 すぐに、美炎の後ろ姿が目に入った。
 彼女は、コヒメの両肩に手を乗せており、ともに神社の全体を見つめている。

「あれ? ここ、こんな神社だったっけ?」

 見滝原に半年近く住んでいて、この場所に来たこともないわけではない。だが、可奈美の記憶にあるこの場所と、今目の前に広がっている神社の景色があまりにも違う。
 まず、ここはこれほど大きな敷地などなかった。社の先には本陣だけだったし、ここに見えるような巨大な神木も存在しなかった。

「美炎ちゃん」
「ああ、可奈美」

 美炎は、コヒメから手を離すことなく振り向いた。

「ここ、どこ? さっきまでいた見滝原には見えないんだけど」
「うん。私も……」

 可奈美は頷きながら、来た道を振り返る。
 心配そうな顔をしている清香の他にも、ココアとチノも同じ道を歩いてきたはずなのに、その姿が全く見られない。

「ねえ、可奈美……」

 美炎は、神社を静かに見渡した。

「ここ、なんかおかしくない?」
「おかしい?」
「うん。ほら、わたしの実家って神社だから、ついつい見比べちゃうんだけど……」

 その言葉に、可奈美は違和感に気付いた。

「そういえば、この神社……」
「何か……寂れてる?」

 清香もまた、その意見に同意した。
 人が出入りした気配が全くない社。
 社から階段を昇って入ったはずなのに、やはりここからも社の外には町の景色がなかった。

「もしかしてここって……」

 肌を突き刺す、薄暗い空気。この、普通の空気とは全く異なるそれを、可奈美、美炎、清香は肌で理解していた。

隠世(かくりよ)なんじゃ……?」

 刀使の力を引き出す根源である、現実世界___現世(うつしよ)の裏側であるそこは、御刀を経由して刀使の力を引き出している。
 そして。

「……」

 ここが、そんな世界の裏側だと理解した瞬間、可奈美は無意識に他の人影を探していた。
 だが、そこには暗い虚空のみが広がり、神社のほかには何もない。

「……いるわけないか……」
「可奈美?」

 がっくりと肩を落とす可奈美。

「ううん。何でもないよ」
「……」

 一方、最初にここの社を潜ることを選んだコヒメ。彼女はただ静かに、神社の一か所を見つめていた。

「コヒメ? どうしたの?」

 美炎がコヒメの傍で膝を曲げた。
 すると、コヒメが静かに告げる。

「感じる……何かを……」
「何か?」

 だが、それが何か、コヒメは語らない。
 ただ、何かに取りつかれたかのように、神社の社……と、ご神木の間にある石へ向かう。
 切り株のように、頂上部が平面になっている大きな石。高さは、コヒメの胸くらいだろうか。その周りには、太めの注連縄(しめなわ)が巻かれていた。力士が相撲でもできそうな大きさのそれを、コヒメは静かに見下ろしていた。
 静かに、コヒメはそれに手を触れた。
 可奈美もそれに倣って、大きな石に触れてみる。大理石のような冷たい手触りが、腕を通して伝わってくる。

「これは……何?」

その時。
 可奈美は、背後から猛烈な気配を感じた。
 振り向くと同時にギターケースから千鳥を抜刀、即座に振り下ろす。
 すると、厳粛な神社に、千鳥が甲高い鳴き声を上げた。

「何!?」

 それに対し、思わず美炎はコヒメを抱き寄せ、清香もまた顔を伏せる。
 可奈美が斬り弾いたのは、剣。
 灰色の、大きな圓月を描く剣だった。周囲の闇よりも尚深い闇色のそれは、深々と地面に突き刺さり、黒い影を地面に投影している。

「あれは……?」

 これまで様々な刀剣類を頭に収めてきたが、あんな形のものは見たことがない。
 巨大なサーベルのような剣だが、各所に大きな窪みがあり、その外周の長さを上げている。より殺傷力を上げる作りになっており、見るだけで殺意が伝わってくる。
 目を凝らして見ようとするよりも早く、その姿は粒子となって消えていった。

「何なの……今の?」

 美炎はぎゅっとコヒメを抱く力を強める。
 一方、可奈美は、剣が飛んできた軌道を目で予測する。
 あの剣は間違いなく、コヒメの心臓部を狙っていた。
 その殺意を理解し、可奈美は千鳥を握る力を強めた。

「邪魔が入ったか……」

 その声に、可奈美の背筋が凍る。
 それは数少ない、可奈美を剣で破った者の声。
 可奈美が敵わない剣の実力を持つ者。

「……っ!」

 それは、頭上から姿を現した。
 千鳥を蹴り弾き、そのまま可奈美へ拳を振るう人物。
 可奈美は素手でそれを受け流し、手刀で反撃する。一方の襲ってきた敵は、卓越した技術でそれに対して反撃し、大きく引き離された。

「……っ!」

 大きくジャンプし、境内に着地したその姿。
 白く長い髪と、茶色の民族衣装。特異な衣装だが、その胸元にある紋章が目を引く。
 その姿を見た可奈美は、思わずその名を呟いた。

「ソロ……!」

 ソロ。
 超古代文明、ムー大陸の血を引く最後の一人。
 二か月前、年末の見滝原上空へ、古代の大陸が復活した。その時、巻き込まれ、またその大陸を悪用した者達と敵対した青年。
 彼は静かに、コヒメを睨む。順に美炎、清香、そして可奈美を、その目に捉えた。

「そいつを……渡してもらおうか」

 彼は明らかに、コヒメに対して言っている。
 可奈美は千鳥を拾い上げながら首を振った。

「……どうして……ですか?」

 だが、ソロがそれに応えることはない。
 こちらに肯定の意思がないことを理解すると、彼は伸ばした手を下ろし、ポケットから黒と紫の機械を取り出した。
 スマートフォンに比べて、厚く、液晶画面には今の時代でなければ作れないもの。先史の時代に作り上げられたスターキャリアーと呼ばれるアイテムということは、可奈美も知っていた。
 そして。

「なら……力づくで奪うだけだ!」
「「「!」」」

 可奈美が警戒を示すよりも先に、ソロの液晶が震える。
 そして、中から飛び出してきた灰色の影。地表の影がそのまま空中に浮かび上がったような姿のそれ。両腕にあたる部分は、まるで刃のように尖っており、下半身は幽霊のように先細く、その先端部分には、目のような黄色のパーツがついている。

「ラプラス!」

 ソロが、右手を挙げながら叫ぶ。すると、ラプラスと呼ばれた影の生物は、その体を収縮させながら、彼の右手に収まった。

「な、何あれ!?」

 清香が口を防ぎながら叫ぶ。
 だがソロは、構わずラプラスが変形した剣を構えた。

「はあっ!」

 ソロが、そのままラプラスが変化した剣___ラプラスソードで襲い掛かる。

「美炎ちゃん! コヒメちゃんを連れて下がって!」

 可奈美は千鳥を抜きながら叫ぶ。
 美炎とコヒメが離れたと同時に、千鳥とラプラスソードが火花を散らした。

「……っ!」

 千鳥を伝って、ソロの力が伝わってくる。
 以前と変わらない、可奈美が知り得る物とは全く異なる部類の剣術。それは、あっという間に可奈美の剣技を越え、蹴り飛ばした。

「衛藤さん!」

 そのままコヒメに接近しようとするソロに対し、清香が御刀___蓮華不動輝広(れんげふどうてるひろ)を構える。千鳥や小烏丸に比べて刀身の短いそれを構えながらも、清香は少し震えていた。

「どけ」

 だが、そんな彼女に対し、ソロは冷徹にも告げる。

「戦う気がないのなら去れ」
「嫌です!」

 震えながらも叫ぶ清香。
 だが、それがソロの琴線に触れたのか、彼はラプラスソードを振り上げた。
 あっさりと弾かれる蓮華不動輝広。さらにソロは、その刃を容赦なく清香へ振り下ろそうとした。

「清香!」

 コヒメから離れられない美炎が叫ぶ。
 だが、そんな清香に対してもソロは容赦なく襲い掛かる。
 その剣撃は、清香をあっという間に追い詰めていく。

「ま、まだです!」

 清香は踏ん張って反撃しようとするが、ソロの技術にはとても敵わない。
 あっという間に刀身の短い御刀は宙を舞い、地面に突き刺さった。

「消えろ」
「清香アアアアアアアア!」

 無情にラプラスソードでトドメを刺そうとするソロ。だが、その刃を美炎の先端が欠けた加州清光が受け止めた。

「清香、コヒメをお願い!」
「う、うん!」

 ソロとの相手を交代した清香が、コヒメに駆け寄る。
 美炎が離れた後のコヒメは、また神社の大石に触れようとしている。彼女を守るために、清香がコヒメを抱き寄せた。

「アンタの相手は、このわたしだ!」

 コヒメの安全を確保し、美炎はどんどんソロへの攻撃の手を強めていく。さらに、美炎が織り交ぜた、複数の剣術や体術。なるべくソロにも読まれないように、一度使った技は使わないようにしながらソロを追い詰めていく。
 だが、ソロは簡単にその攻撃をいなしていった。読めるはずのない動きに対しても、ソロは受け止め、流し、見極めていく。

「つ、強い……!」
「美炎ちゃん!」

 追い詰められていく美炎へ、可奈美も加勢する。
 千鳥の閃光が、ソロを大きく後退させていく。

「キサマ……!」

 復帰した可奈美へ、ソロは刃を向けた。

「またオレの前に来るとはな……」
「ソロ……あなたは、今何で戦っているの?」

 可奈美の千鳥を握る手が震える。
 彼が、古代文明、ムーの最後の生き残りであることは知っている。
 つまるところ、以前のムー大陸の破壊は、つまるところ彼にとっては大切な場所の喪失に他ならない。

「あなたの故郷は……もう……」
「オレが故郷を失って悲しんでいるとでも?」

 だが、ソロは可奈美の予想とは真逆に、その冷たい目を見せた。
 色素が少なく、赤くなった目線に、可奈美の背筋が冷えた。

「オレはそんなにヤワじゃない」

 ソロは、そう言いながら再び古代のスターキャリアーを突き出す。

「ムーが無くなったところで、何も感じやしない」

 スターキャリアーの先が描く、不思議な紋章。彼の衣服の胸元に付いているものと同じものが、光となって現れた。

「ムーの誇りは、常にオレと共にある」

 それは、一つ、また一つと増えていく。あたかもソロを四方で包む形になる。
 ソロが両手を広げると、四つの紋章が回転を始める。

「オレは、ムーの誇りのために戦う。キサマらのような奴らに、ムーの誇りを汚させないために……」

 そして。

「電波変換!」

 彼を包む、紫の柱。そして、最後に今一度大きく現れる紋章。
 それが途切れると、ソロの姿は大きく変異していた。
 黒いボディを持つ、紫の右手を持つ戦士。あらゆるコミュニケーションを拒絶するように、その目を紫のマスクで隠した戦士。

「ブライ……!」

 それは、古代文明ムーの戦士。
 かつて、可奈美やハルトをも寄せ付けない力を発揮した猛者である。
 彼は、ラプラスソードを構える。

「好きな方を選べ。そいつを渡すか、ラプラスの剣のサビになるか」 
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