落チューバー
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第一章
落チューバー
八条芸能に所属している平田治美は落語家である、まだ若いが努力家であり落語の腕は定評がある。芸名は笑月女という。
背は一五三位で黒髪をマッシュルームカットにしており丸眼鏡で眠そうな顔である。所属事務所が関西にあるので専門は上方落語だ。
その彼女にある日事務所の社長が言った。
「今うちの事務所もユーチューブに力を入れているけれど」
「私もですか」
「やってみる?」
こう治美に言うのだった。
「月女さんも」
「いいでしょうか」
治美は右手を挙げて社長に問うた、今は社長室の社長の席に座っている彼の前に立っているが落語家の服ではなくラフな私服だ。
「ちょっと」
「何かな」
「落語家は落語をするものですね」
「第一はね」
社長もこう答えた。
「何といっても」
「そうですね」
「漫才師の本分は漫才でね」
「落語家の本分は落語ですね」
「そうだよ」
その通りという返事だった。
「それはね」
「そうですね」
「転向は出来るけれど」
それでもというのだ。
「落語家でいるならね」
「落語ですね」
「そうだよ」
「ユーチューブといえば」
治美はあまり感情の見られない声で言った。
「面白いことをして評判になって」
「人気を集めてね」
「再生数やお気に入り登録を増やしますね」
「プレミアムとかね」
「スペシャルサンクスとか」
「そうだよ、うちの事務所も力を入れているのは」
社長はさらに話した。
「それがタレントさんの人気になってね」
「収入にもなるからですね」
「事務所にも入るけれど」
「私達タレントにもですね」
「入るから」
それでというのだ。
「やってもらっているんだ」
「そうですね」
「だから月女さんもね」
「動画をですね」
「やってみたらどうかな、マネージャーさんとお話してね」
こう話してだった。
社長は治美にユーチューブを勧めた、治美はそれを受けてだった。
マネージャーの平睦子、黒髪を長く伸ばし楚々とした外見で縁のない眼鏡をかけている彼女と相談した。二人で事務所の中で話した。
治美はお茶を飲みつつ睦子に言った。
「ユーチューブしてみろってね」
「社長さんに言われましたね」
「うん、するにしても」
それでもというのだ。
「どうしようかしら」
「そうですね」
睦子は考える顔で答えた。
「ここはやっぱり」
「やっぱり?」
「落語家ですから」
治美がそうだからだというのだ。
「落語をされてはどうですか?」
「落語?」
「そう、落語をね」
それをというのだ。「してみたらどうでしょうか」
「落語なの」
「別に何をしなければいけないはないですね」
「ユーチューブは面白いことをして注目されて人気を集めるのね」
「それで収入を得ます」
「そうした場所よね」
「だから色々な人が必死にやっています」
こう言うのだった。
「面白いことを」
「それで人気の出る人は出て」
「人気の出ない人はです」
「閑古鳥ね」
「そうなっています」
「そうよね」
「それで落語家の面白いことをするというと」
まさにとだ、ここでだった。
睦子は穏やかだったその目の光を鋭くさせて治美に言った。
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