ペルソナ3 異界の虚影
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前編
前書き
1年くらい間が空いてしまいましたが、久しぶりにペルソナ3番外編の短編(第11作目)です。またしても私のお気に入りの「女性主人公バージョン」です。
完全に独立した話ですので、気軽に読んでいただければと思います。
毎回、多少なりとも工夫を入れて話を作っているのですが、今回も新たに試してみたいことがあっての挑戦です。序盤、意味不明の会話をしていますが、後でネタ晴らししますので、お付き合いの程よろしくお願いします。
私は深くため息をついた。
「最近、おかしな出来事にはすっかり慣れっこになったきたんだけど・・・今回はさすがに驚いたよ。」
イゴールさんは静かにうなずくと、落ち着き払った様子で声で答えた。
「はい。正直、私どもにとっても予想外の事態ではあります。しかしここではまったく意味のないことは起こりません。たとえ今はわからなくとも、きっと必要なことなのでしょう。」
両脇に控えた美男美女、エリザベスさんとテオも神妙な顔つきをしている。
「それにしても・・・。」
そう言いかけたところで、私は改めて振り帰って見た。
「まさかこのベルベットルームにみんながいるなんて・・・」
ベルベットルーム。上昇し続けるエレベーターという非現実的な青い部屋。
そこは私だけが訪れることのできる「夢と現実、精神と物質の狭間にある場所」だという。
しかし、今 その場所に特別課外活動部の全員が勢ぞろいしていた。
みんな揃って戸惑った表情を浮かべている。こんな奇妙な部屋にいきなり連れてこられて、そこの主である鼻の長いギョロ目の怪しげな人物から摩訶不思議な話を聞かされたのだ。どう受け止めたらよいかもわからずに、困惑しても無理は無いだろう。
真田さんが腕組みをしたまま、考え込むようにして口を開いた。
「話は大体わかった。ここは現実ではない場所で、お前は以前からこの部屋をたびたび訪れていたわけだ。」
「ええ。説明するのも難しいので黙ってましたが、実はこれまでもいろいろとサポートしてもらっていました。」
私が申し訳なさそうに答えると、真田さんをそれを手で制した。
「まあ、それはいい。正直、こんな怪しげなところに出入りして大丈夫か気にはなるが、とりあえずそれについて今は信じておく。その人・・・イゴールさんの話では、どうせ現実に帰ったときには覚えていられないようだしな。」
それに続けて美鶴さんが口を開く。
「そうだな。むしろ奇妙なのは、今の状態について私が全く違和感を感じていないということだ。」
「そうそう、まるで最初から全部知っていたみたいなんですよね。」
すかさず ゆかり が同意する。風花と天田君もうなずいた。
「はい、私にとっても『そばにいることが一番大事』という認識は全く同じで変わりません。」
ロボットのアイギスまでそう感じているらしい。
「つまり俺たちが『いつもどおりの自分』でいるように感じていること自体が、普通の状態ではないということだ。」
真田さんに言われて、みんなが顔を見合わせる。
「そもそも部屋で寝てたはずなのに、気づいたらここにいたんすよ。それだけでも充分に異常でしょう。」
順平が声を上げる。
「寝巻に着替えたはずなのに、ちゃんと服を着ていて、武器と召喚機まで持ってますし・・・。」
天田君も槍を持ち上げて示す。
「なんだかとても不思議。ものすごくリアルな夢みたい。」
風花がぽそりとつぶやいた。
みんながそれぞれの思いを不思議そうに語り、ベルベットルームはいつになくざわついてきた。
「それで俺らはこれから何をすればいいんすか。」
そんな中、順平の発した言葉にみんなはハッとしたように口をつぐみ、不意に沈黙が訪れた。
自然とイゴールさんに視線が集中する。
「今回の異変の原因となる歪みは、皆様方が生活している学生寮で生じております。それがいったい何なのか。これからあなた方はそこへおもむき、起きている事実を確認し、真実を知る必要があります。」
イゴールさんは机の上に手を組んだまま、重々しくみんなに告げた。
「そうすればこのおかしな状況も終了して、元の現実にも戻れるということだな。」
真田さんの問いかけに、イゴールさんは「さよう。」と言ってがうなずいた。
「やることが決まっているなら話は早い。それをやるだけだ。」
真田さんの思考はいつも明快だ。しかし、迷っているときにはそれが助けになる。彼の言葉に全員が同意した。
「決まりのようだな。それで、学生寮に行く方法は?」
美鶴が代表してイゴールに問いかけた。
「それではこちらへ。」
テオのお姉さんだというエリザベスさんが、優雅に机を回り込んでくると、いつものあの扉を示した。私が普段出入りしている、ベルベットルームの出入口だ。
「こちらから皆様の住む学生寮に向かっていただきます。どうぞ、お気をつけて。」
エリザベスさんの案内に従い、真田さんを先頭にぞろぞろとドアを抜けていく。
「あ、ポロニアンモールだ。」
天田君が声を上げた。
そう、ポロアンモールの一角にこのベルベットルームに通じる扉はある。通常は私以外の人には見えないのだが、扉のある場所はいつもと同じだ。私にとっては使い慣れた出入り口だ。
しかし扉を抜けた私は、そこに広がる光景に驚きの声を漏らした。
「でも、この雰囲気・・・まるで影時間。」
照明が落ち、人は誰もいない。
しかし明かりが無いにもかかわらず、薄く青い色彩に彩られた景色がはっきりと見える。ところどころに血のような液体がぶちまけられた跡がある。毎夜0時に訪れる異界の光景。
「ここから寮に向かうわけか。少し距離があるが、影時間と同じ状況なら歩くしかないな。」
真田さんが目の前の光景に動じた様子もなくそう言うと、「それだけではなさそうだ。」と美鶴さんが通路の奥を指さした。
目を向ければ、その指の先、暗闇の中から何かが這い寄って来る。シャドウだ!
「周囲に複数のシャドウ反応があります。」
風花が緊張した声で言った。
「なるほど、寮までのんびり散歩、というわけにはいかなそうだな。」
召喚器を手にすると、真田さんは不敵な笑みを浮かべてそう言い放った。
しかし、実際には風花のナビに従ってシャドウを回避しつつ進んだため、真田さんの予想に反して比較的のんびりした道行となった。
時折シャドウと遭遇することもあったが、全員で戦うほど激しい戦闘にはならなかった。
ニュクスとの対決を目前に控えて、みんなの戦闘レベルもかなり上がってきている。もはや街を徘徊するシャドウなど雑魚であり、てこずることもない。
戦闘のたびに前衛を交替しつつ、不気味な月明かりの中、私たちは黙々と歩き続けた。
「なんか、変な感じだよね。」
ふと目が合うと、ゆかり が少し気まずそうに話しかけてきた。
「本当にね。ゆかり は混乱とかはしてないの?」
「えっ、ああ。それはあんまり無いかな。なんていうか・・・同じところに2回旅行に行った・・・程度の感じ。」
「なるほど!」
私はその言い回しが妙に納得できた。
「むしろ、それが不自然だって言われてることの方が混乱するよ。」
ゆかり は、ちらりと横に目を向けると、私があまり見たことのない微妙な表情を浮かべた。
異常な状況下にあってみんな落ち着かない様子だったが、歩いているうちに少しずつ雑談も出てきて、次第に緊張感が緩んできつつあった。
こういうときのムードメーカーである順平が、いつものおちゃらけた調子で軽口をたたく。
「まあ、オレ自身が今の状態を変だとは思ってるんだけどさ、お前は自分でどう感じてるわけ?」
「別に・・・」
そこで順平は気安く肩に手をまわして顔を近づける。こいつはこういうときは、ともかくうっとうしい。
「なんかこう、もっとさー。これがワタシ? みたいなトキメキとかあるだろ?。」
「どうでもいい。」
「まーたまた、反応が薄いってーの!」
その様子が気になっていたのか、横目で見ていた ゆかり がすかさず切り込んだ。
「やめなさいよ。馬鹿じゃないの。」
毎度のことだが、ゆかり は順平に容赦がない。
「ってか、馬鹿じゃないの。」
「2回言うな~!」
強烈な連続攻撃を受けて、順平は思わず手を放して後退しながらわめく。
「まったく、あいつらは相変わらずだな。」
真田さんが苦笑して言った。
先頭を歩いていたはずの真田さんが、いつの間にか私の横に来ている。
そして、私の様子をうかがうように話を続けた。
「それで、その・・お前の方は本当に大丈夫なのか。」
「私? ええ、全然いつも通りです。むしろ私からは、真田さん達の方が不自然な気がしてしまって・・・。」
「そうか・・・まあそうだろうな。」
真田さんは眉をひそめて地面に目を落とす。
「自分でもそう思う。頭では理解しているのに、全く当たり前のことのようにしか感じられない。おかしなもんだ。」
それから改めて私に目を合わせて言う。
「それでも、俺にとってお前はお前だ。だから何も気にすることはない。そのままいつも通りにしていろ。」
「はい。大丈夫です。」
少し心配そうな真田さんに、私は笑顔で返した。
「そうか。」
真田さんもつられたように笑みを浮かべる。
「心配してくれてるんですよね。ありがとうございます。」
「いや・・俺は別に・・・。」
顔を赤らめて口ごもる。その率直で不器用な気遣い方が、私には好ましかった。
その時、前方から天田君が声をかけてきた。
「真田さん、寮ですよ!!」
私はどことなくその呼びかけ方に棘がある気がした。
「ああ、分かってる。いよいよ本番だな。」
真田さんはその場をごまかすような口調で応えると、足を早めて再び先頭に立った。
月光館学園巌戸台寮。
私たちの住まいであり、特別課外活動部の本拠地でもある。
と言っても、ここは現実世界ではない。どれだけそっくりに見えてもここは異界なのだ。
ここでいったい何がおきているというのか。その古風な外観はいつもと何も変わらないように見える。
ただし、その入口の前には、道をふさぐかのように3体のシャドウがたむろしていた。
私たちに気づいた3体は、すかさずこちらに向かって迫って来る。
前衛にいたアイギスが、それに向けて機銃を掃射した。
「カエサル!」
「アルテミシア!」
「タナトス!」
同時にペルソナを呼ぶ声が夜空に響き渡る。3体のシャドウはたちまち撃破され、黒いチリとなって消えた。
「よし突入するぞ」
振り向いた美鶴さんが高らかに宣言し、すかさず真田さんが学生寮のドアを開くと、先頭を切って足を踏み入れた。
先輩たちに続いて中に入ると、寮のロビーであるはずの場所はがらんと広くなっており、焼けただれたようにくすんで黒く変色している。
その場所の広さや天井の高さは、本来の建物内部を大きく上回っている。外観はいつも通りだったのに、その中は異様な空間と化していた。
しかし位置関係は寮のロビーと同じらしく、正面奥に2階に上がる階段が見えている。
そして階段の手前には白い人影があった。
黒く薄汚れた空間の中にあって、その姿は浮き上がるように白い。それは純白のドレスを身に着けた華奢な少女だった。
うつむいていた少女が、ゆっくりと顔を上げる。
その場の空気が凍り付いた。
「チドリ・・・」
順平が呻くように声を漏らす。
かつて順平が思いを寄せ、死にかけた順平に命を与えてその身を犠牲にした少女、チドリ。そのチドリが、私たちを待ち受けていたかのように佇んでいる。
「ここから先には行かせない・・・。」
チドリはまったく感情のこもらない冷たい声で、私たちに告げた。全員が呆然と見守る中、彼女はゆっくりと前に足を進めてくる。
「チドリ・・なんで・・・」
順平が思わず駆け寄ろうと前に出る。その肩をがっしりつかんで押しとどめると、真田さんが大声で叱咤した。
「待て順平。あれがチドリのわけがないだろう。」
「彼女の死亡は、病院で確認されている。間違いはない。」
美鶴さんも厳しい口調でそう付け加えた。
「・・・でも・・・でも・・・」
動揺する順平。
「しっかりしろ。ここは現実世界じゃないんだ。本物であるはずが無いだろう。惑わされるな。」
困惑した様子の順平を抑えつけたまま、真田さんが声を張り上げた。
ジャラララッ
そこに金属的な音をたてて、重い固まりが勢い良く飛んでくる。
「危ない!」
アイギスが飛び出して、それを手刀ではじき飛ばした。
固まりは鎖に結び付けられていた手斧だった。
華奢なチドリが信じられないほど豪快に鎖を振り回し、はじかれた斧は大きく旋回して彼女の手に戻っていく。
「こちらに友好的ではないようです。」
チドリの前に立ちはだかったアイギスは、そう告げるとガシャリと機銃に装填する音を立てた。
「待ってくれアイギス。」
順平が慌てたように声を上げる。
「お前は下がってろ。どっちみちこの状況じゃ戦うしかない。あいつを取り押さえて化けの皮を剥いでやるんだ。」
暴れる順平を抑え込みながら真田さんが声を荒げる。
その場に、新たに聞き覚えのある男の声が響いて来た。
「ほう。あいかわらず威勢だけはいいな。」
どこから現れたのか、黒ずんだ空間の奥から、赤いコートを纏った長身の男が姿を見せた。
「取り押さえられるってんなら、この俺のことも取り押さえてみやがれ。」
私は衝撃で息をのみ、思わず目を見張った。
「荒垣さん!」
天田君が驚きの声を上げる。
「シンジ・・・」
真田さんもそう声を漏らして、順平をかかえたまま硬直した。
特別課外活動部の一員で真田さんの幼いころからの親友。天田君をかばって亡くなった大切な仲間。そして・・・私にとってもかけがえのない人。
その人が今、私たちの前に立ちはだかっている。
「どういうこと。」
ゆかり が動揺して振りかえる。私は自分の心を抑えて、ただ首を横に振った。
もし先にチドリを見ていなければ、私も順平のように思わず駆け寄ろうとしていたかもしれない。しかし、今の荒垣さんの姿には不吉なものしか感じられなかった。
「荒垣も病院で死亡が確認されている。・・・荒垣のはずがない。ニセモノだ。」
美鶴さんが苦しそうに言葉を吐き出した。
「そうかい。ニセモノか・・・。お前らは俺のことを否定するんだな。」
荒垣さんがせせら笑うように言う。
「こんな状況下で死んだ人間が現れて、信じられるわけがないだろう。」
美鶴さんが語気を荒くして応えた。
「それでは、この私はどうだ。」
続けて荒垣の背後から、さらにもう一人現れた。
今度は片目に眼帯をしたスーツ姿の中年の男。
「お・・・お父様!」
気づいた美鶴さんが思わず上ずった声を上げる。
だが、気持ちを抑え込むように唇をかむと、絞り出すように言った。
「・・・お父様も・・・死亡が確認・・・されている。」
誰も何も言わず、目の前に間隔をあけて並んだ三人の死者を凝視する。
順平を・・・天田君を・・・そしてみんなを守るために犠牲となって死んでいった人たち。
私たちが助けられなかった大切な人。もう2度と会うことが叶わないはずだった懐かしい人。
その人たちが、今、悪夢のように私たちの障害となって立ちふさがっていた。
後書き
前編終了です。特別課外活動部の全員を出すと登場人物が多すぎてしまうので、半分くらいにしたかったのですが、今回は話の性質上、やむを得ず全員出しました。
毎回、一度は戦闘シーンを入れるようにしているのですが、戦闘描写って難しいですよね。なるべく粗が目立たないように手短に切り上げることを心掛けているのですが、今回はメンバーが全員いる分、どうしても戦闘が長めになってしまいます。この後も、お付き合いの程よろしくお願いします。
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