Fate/WizarDragonknight
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転んでもいいよ また立ち上がればいい
「うわあああああああああああああ!」
闇の中、感じたことのない浮遊感がココアを襲う。闇の中に落下していきながら、やがてココアの前に、紗夜の姿が現れる。
「紗夜ちゃん!」
頭を抱えながらしゃがみ込んでいる紗夜。不思議なことに、彼女に近づくにつれて、どんどん落下速度が遅くなっていく。やがて紗夜と並んだときには、地上にいるかのようにココアの体は静止していた。
「おっとと……」
「保登さん……」
重い顔を上げた紗夜。
左目が、腫れどころではないほど深紅に染まっており、まだ普通の目の状態である右目からは涙が止まらなかった。
ココアは、掴んだ肩から、紗夜を立たせた。
「大丈夫? 紗夜ちゃん。なんか、すごい薄暗いところだねここ」
ココアは、周囲の風景を見渡しながら言った。
一面の暗い闇の帳が支配する世界。居心地の悪さを感じながら、ココアは蹲る紗夜のそばにしゃがんだ。
「紗夜ちゃん、大丈夫? あの悪い人に乗っ取られちゃってるよ? 早く逃げよう?」
「……」
「紗夜ちゃん?」
紗夜に反応がない。
まるで落ち込んだ子供のように、紗夜は動かない。
「紗夜ちゃん! 紗夜ちゃんってば!」
その肩を何度か揺らしていると、やがて紗夜はココアを突き飛ばした。
「放っておいてください! 私なんて……」
「紗夜ちゃん?」
ヒステリー気味に叫ぶ紗夜は、しゃがんだまま姿勢をずらす。
ココアは紗夜の顔に回り込んだ。
「紗夜ちゃん、どうしたの?」
「私は……日菜の破滅を願ってしまった……私なんて、このままこの悪魔に囚われたまま消えてしまえばいいのよ!」
「紗夜ちゃん!」
だが、紗夜の叫びは止まらない。しゃがんだ姿勢を崩し、自らの右手___ココアには全く知る由もない、刺青のように刻まれた紋様をかきむしる。
「日菜を妬んだからよ……! だからきっと、神様はこんなものを私に入れたのよ……! これは全部罰よ、ええそうに決まってる!」
ココアが知っている紗夜は、あくまで学校での彼女。だが、こんなに取り乱す紗夜の姿を見て、ココアも直視し辛くなっていった。
「私は、日菜に負け続けていればよかったのよ! 越えたいとも、勝ちたいとも思わずに! そうすれば、こんなことにならなかった……日菜を苦しめることも、見滝原を壊すことも! 全部全部、私が悪いのよ!」
「それは違うよ!」
ココアは怒鳴って、紗夜を立たせる。彼女の肩をがっしりと掴み、顔を迫らせた。
「紗夜さんの気持ちは、こんなものなの!? 紗夜ちゃんが、日菜ちゃんを乗り越えようって気持ちは、こんなものに負ける程度のものなの!?」
「保登さん……」
「姉妹間のコンプレックスなんて、誰だってある! 心に闇を持つことだって、当たり前だよ! だけど、その苦しみと逃げずに向き合うことが、何よりも大切なんだよ! それでどんな結論になったとしても……!」
「向き合う相手は分かってる……でも……そんなこと……」
「私が知ってる紗夜ちゃんは、いつも堂々としてて、正しいよ? そんな紗夜ちゃんが、こんなところにいるなんて絶対に間違ってるよ!」
その言葉が契機となったのか。
紗夜の精神世界である闇の中に、冷たさが支配した。
冷たさをもたらす物は、徐々にその量を増していく。
それが雨であることを理解したのは、頬の水滴を拭ってからだった。
「私は……! 正しくなんてない……! あなたさえ……あなたさえいなければ……! 何度も何度もそう思って……」
「千回負けたって、千一回目に勝てばいいんだよ。姉妹って、そうやって強くなっていくんじゃないかな?」
「え?」
紗夜が顔を上げた。雨に濡れ切った紗夜の髪が、顔にべったりと張り付いている。
水滴を垂らしながら、ココアは穏やかな表情で続けた。
「私は、お姉ちゃんに勝ったことがないの」
ココアの背後に、姉の姿が思い起こされる。
寒さの震えもあって、紗夜の肩を握る手に力が入った。
「勉強も、遊びも。この前の公園でだって、私負けちゃったの覚えてる?」
「……保登さんも、私と同じ……?」
「うん。でも、その度に思うんだ。どうすればよかったのか。どうすれば、もっと上手くなれるのか。負けたって、人のせいにすることは簡単だよ。お姉ちゃんのせい、日菜ちゃんのせいに出来ると思うよ。でも、それじゃあいけないんじゃないかな? それじゃあずっと、自分で自分を苦しめるだけだよ」
「……」
「人のせいにしたって、何も変わらないよ。自分がいけないってことを受け入れて、歯を食いしばって思い切り頑張り続けないとね」
「それが……」
紗夜の叫びが、悲鳴となる。
「それができないから、苦しいんじゃない! 今の私は、この闇が怖い……日菜が怖い……」
「それは分かるよ。でも、怖がっているだけじゃ進めないよ」
「私は、保登さんみたいに強くない……何でも笑って受け入れることなんて……」
「悔しい時まで笑えなんて、私にも言えないよ。ただ」
ココアは大きく息を吸い込んだ。
「諦めないで」
ココアがそれを言った時、紗夜の懐に、ほんのわずかな光が灯る。
「でも……」
「足踏みしているだけじゃ進めないし、日菜ちゃんがどうこうなるのを待っていたって仕方ないよ。転んでもいいよ。また立ち上がればいい。ただそれさえできれば、きっと大丈夫!」
そう言って、ココアは紗夜に手を差し伸べた。
「だから……こんな闇の中からは、もう出よう」
しばらくその手を見下ろしていた紗夜は、やがて。
「……はい」
「氷川紗夜! 貴様あああああああああ!」
トレギアの呪う声が聞こえてくる。
「何だ……?」
瓦礫から何とか抜け出せたウィザードは、そんなトレギアの様子をじっと見守っていた。
何かに突き動かされるように、トレギアの体が波打つ。やがて、その背中に光が走り始める。
「あれは……!?」
「ふざけるなあああああああああああ! たかが地球人ごときに、この私がああああ……!」
「もしかして……今なら!」
『キャモナスラッシュシェイクハンド キャモナスラッシュシェイクハンド』
半信半疑のまま、ウィザードはウィザーソードガンを起動させる。ルビーの指輪を読み込ませ、炎を迸らせる。
『フレイム スラッシュストライク ヒーヒーヒーヒー』
「頼む……紗夜さん……! 戻ってくれ!」
そうして、走り出す。
ファウストもメフィストも、龍騎が取り押さえている。スイムスイムもいなければ、キャスターやほむらもやってくる様子もない。
もう、ウィザードを邪魔する者は誰もいない。
「だあああああああああ!」
全く抵抗しないトレギアの体に、スラッシュストライクが命中する。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「戻ってきてくれ! 紗夜さん!」
体内の紗夜を抑えることに必死だったトレギアは、その炎の斬撃を受け、安定させることが出来なくなった。
炎の斬撃が軌跡を描く。
振り抜いたトレギアの仮面が外れ、飛んで行く。仮面はすぐにその形を空気中に分解し、白と黒に分かれた服を着たピエロの姿となった。
そして、トレギアの肉体だったもの。
闇が抜けた体は、紗夜に。そして、ウィザードの魔法陣の残滓が出口となり、そこからココアが投げ出された。
「お、お前は……!」
現れた、トレギアの人間態。ココアと紗夜を抱き留めながら、ウィザードはピエロを睨んだ。
「やってくれるね……人間ごときが……」
「まさか、お前が……! お前がトレギアだったのか!」
これまで、何度か見滝原公園でその姿を現した青年。
ハルトに、ココアに、紗夜に、日菜に接触した、あのピエロだった。
「霧……崎……!」
それは、紗夜の言葉。
ウィザードの肩にしがみつきながらも、彼女は弱々しくトレギアの人間態を睨んでいた。
霧崎と呼ばれたピエロは、歪めた表情で紗夜を睨み返す。
「氷川紗夜……何のつもりだい? 今すぐ私のもとへ戻るんだ。妹に勝つだけの力を、私は君に与えることができる」
「……もう、あなたには騙されない……」
力なく起き上がった紗夜は言い放った。
「あなたに唆されたら、私は……永遠に日菜に勝てなくなる……弱気になったまま、黙って下を向いたままになる……」
「いいじゃないか……私がいれば、君はなんの苦労もなく、全ての苦しみから解放されるんだ。さあ、私の元へ……」
「やめて!」
一つ一つの言葉を必死に紡ぐ紗夜の前に、ココアが立ちふさがった。
「これ以上、紗夜ちゃんに付きまとわないで! 今紗夜ちゃんは、やっと一歩前に進めた! 紗夜ちゃんの頑張りを、邪魔しないで!」
「……小娘が……」
霧崎は、ギロリとココアを睨み、その腕から黒い雷を発射しようとした。
だが。
『ストライクベント』
「ぐっ!?」
そんな彼の腕に激突する、紅蓮の炎。
「何!?」
見れば、二体の闇のヒューマノイドと戦いながら、龍騎がトレギアへドラグクローを向けていた。
「へへっ! 悪いな! 外しちまった!」
「真司……!」
再び龍騎は、二体との戦いに戻る。右手にドラグクロー、左手にドラグセイバーを持ち、器用に戦いを展開していく。
「ああ……君たちは、本当に私を怒らせてくれる……」
霧崎はプルプルと体を震わせる。
「いいだろう……ならば、本気で戦ってあげよう」
そうして、霧崎はそれを取り出した。
群青色の機械。それを振り、中の機構を展開。目を覆うマスクとなる。
霧崎はウィザードたちに背を向け、舞台へ向き直る。
そして。
「最後の火ぶたは切って落とされた……幕開けだ」
霧崎は、背中を捩じりながら言った。頭を上からぶら下げ、さかさまになる形でマスク___トレギアアイを自らに被せた。
その闇の発光により、霧崎の姿が青い渦とともに変わっていく。
全ての元凶。トレギアに。
トレギアは肩を震わす。
「さあ……行こうか」
ファウスト、メフィストと並ぶトレギアに対し、ウィザードの隣に龍騎が並ぶ。
「まだいけるか?」
龍騎が、ウィザードの胸を叩く。
ウィザードは「ああ」と頷きながら、ソードガンを構える。
龍騎と互いに拳を突き合わせ、トレギアへ言い放つ。
「お前の作る悪夢は、もう……終わりにしよう……!」
「終わらないよ。……永遠に……」
そして放たれる、トレラアルティガイザー。
それが足元に着弾するよりも少し早く、ウィザードと龍騎は駆け出した。
「保登さん……」
彼らの戦いを見届けようとするココアの裾を、紗夜は掴んだ。
驚いたココアは、「何?」と振り返った。
「これを……」
紗夜が差し出したのは、以前ココアから借り受けた白いアイテム。日本刀を模した形のそれは、ココアの手に触れると、中心部の緑の宝石が再会を喜ぶように光を放った。
「これ……」
「保登さんはこれが何かは分からないようですけど、私ははっきりと見ました。あなたはこれで……」
手に馴染む、白いアイテム。
紗夜は続ける。
「あなたは、変身したんです……!」
何故かはわからない。自覚はないことなのに、なぜかココアには、紗夜の言葉に説得力を感じていた。
そして、この白いアイテムの名前は……
「……エボルトラスター……」
ココアの口が、勝手に動いた。
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