Fate/WizarDragonknight
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壊されていくライブ
「お姉ちゃん……!」
茫然とした声で、遠くの景色の感想を述べるような声の日菜。
目の前で異形の存在となった姉を見て、彼女の心中は穏やかではないだろう。
彼女を横目で見ながら、ハルトはドライバーオンの指輪を取り出した。
「トレギア……お前、一体どこまで……!」
「何を不思議がっている? 私は、ただサーヴァントらしく願いに向けて活動しているだけだが?」
「よく言うよ……!」
『ドライバーオン プリーズ』
ハルトは銀のベルトを出現させる。
だが、その操作よりも先に、トレギアの雷光が速い。
回避を考え、
(……ダメだ!)
今よければ、日菜とイヴに命中する。
ハルトはまず、足元の日菜を突き飛ばし、背後にいるイヴの直線状に立ち、腕を交差。
闇の雷は、ハルトの体を貫き、周囲に大きな爆発を引き起こした。
「ハルト君!」
日菜の悲鳴とともに、視界がブラックアウトした。
「さあ、次は君だ……」
そう告げるトレギア。
爆炎の中、彼の赤い瞳が徐々に日菜に近づいてくる。
「あ……あ……」
尻餅をつきながら、怯える日菜。
だが、赤い目の悪魔は、それで動きを止めてはくれない。
「さあ……マスターの願いを叶えてあげよう」
彼の魔の手が、日菜に迫る。
だが。
「え」
爆炎。日菜はその中に、トレギアとは別の妖しい影を見た。
トレギアの赤い目とは別の光。同じく赤い光が二つ、流星のように尾を引いている。それは、目にも止まらぬ速度で天井へ移動、即座に落下。トレギアに接触、大きく弾き飛ばした。
「ぐっ……!」
それは、トレギアの苦悶の声。
さらに、素早い動きを続ける赤い光。トレギアの目へ攻撃しているのであろう。彼への被弾らしき音がさらに聞こえてくる。
「おのれ……!」
やがて、爆炎の中より脱出するトレギア。彼の頬には、殴られたような傷跡があった。
「貴様……!?」
トレギアの声色に、初めて驚きが混じる。
何があったのか、全て見守っていた日菜でさえ見当がつかない。
ただ。
爆炎の中に見えた影が、人のものではないものに。
まるで、悪魔の翼のようなものが見えた。
やがて、爆炎が晴れる。
全身傷だらけのハルトの姿が、そこにはあった。
「生身に命中させたはずだが……よく生きていたな?」
「変身が間に合ったんだよ。ギリギリね」
変身?、と日菜が疑問を抱くよりも先に、ハルトが叫んだ。
「日菜ちゃん、武士道ちゃん! 逃げて!」
「は、はい! 日菜さん!」
持ち直したイヴが、その場を逃げようとする。だが、日菜は首を振った。
「ダメだよ! お姉ちゃんが……あれ、お姉ちゃんなんだよ!?」
「分かってる!」
だが、ハルトのピシャリとした言葉に、日菜は黙った。
「俺が助ける! 絶対……助けて見せる!」
「でも……ハルト君!」
「いいからッ!」
ハルトの口調が強まる。
「紗夜さんは助ける……! 絶対助ける! だから、今は何も聞かないで、逃げて!」
茫然とした日菜。彼女はやがて戻って来たイヴに連れ出されるまで、ずっとハルトを見つめていた。
「へえ……いい判断じゃないか?」
トレギアは、出ていく日菜を見送りながら言った。
「邪魔者はいない方がいいからねえ?」
「ここから先には、通さない」
「いいよ。今は氷川紗夜の心は完全に封印している。彼女の意識はもうないよ」
トレギアは首を振る。
「別に彼女の願いを叶えるために躍起になる理由もない。所詮は、私の強化のための礎でしかないのにね」
「お前……紗夜さんをそんな風にしか思ってないのか!?」
「ああ」
トレギアはまた、マスクを外す。完全にトレギアに乗っ取られた紗夜の姿が、一瞬だけマスクの下から現れる。
「人間の絆も……簡単に壊れる」
すぐにマスクを着けなおし、紗夜はトレギアへ変貌する。
ハルトは歯を食いしばった。
「……人の心を弄ぶお前を、俺は許さない!」
「許さない……? それは怖いねえ?」
トレギアはくすりと笑いながら、後ずさっていく。
「だったら、援軍でも呼ぼうかなあ?」
だが、彼が下がった足元に、闇が集う。
まるで沼のように溜まった闇が二つ。そこから、何かが抜け出てきた。
「何だ?」
立体となった闇が形作るのは、二体の人型。
ココアが変身したヒューマノイドにもどことなく似ているそれらは、それぞれ唸り声を上げて、ウィザードへ敵意を向ける。
「この二体は……?」
赤のヒューマノイドと違って、目は白ではなく、黒一色に塗り潰されている。
それぞれが黒を基調とした人型。
片方の頭部は、中央のとさかと二本の角が生えており、どことなくピエロにも見える。赤と黒が、箇所ごとに左右反対に塗られており、一見派手にも思えた。
そしてもう一体。同じく、赤と黒の二色で色分けされているが、ピエロと違って左右は対照的。ピエロほど奇抜な外見をしてはいないが、負けず劣らずの不気味さを持ち、その腕には鋭い鉤爪の武器が装備されている。
「ファウストとメフィスト……まあ、君を葬る悪魔、とでも言っておこうか」
トレギアは指を鳴らした。
すると、ファウストとメフィスト。二体の人型は、それぞれ、翼もないのに飛び上がる。
それぞれ通路の天井を貫き、どこかへ飛び去っていった。
「え……?」
何で、と見上げたハルトに対し、トレギアは続ける。
「いいのかい? 私なんかに構っていて」
「!?」
「あの二体はこれから、どこで暴れるのかなあ?」
その言葉に、ハルトはさらに青ざめる。
「お前……」
「さあ、私と戦おうか。私を倒せれば、この少女を助けることが出来るかもしれないよ?」
「……ッ!」
ハルトは唇を噛み、トレギアに背を向ける。
その背後で、仮面を外したトレギア___紗夜の声に耳を貸すこともなく。
「さあ……楽しんでくれ」
___恋しいの 恋しくて つぶやく 会いたい___
クールな色合いのトンネルが、やがて恒星を中心とした銀河の星々へ変わっていく。
そんな背景映像の中、アイドルたちは踊っていた。
___冷たい夜のその先 握りしめてたのは___
四人が全員、息の合った動きで空間を支配していく。
ココアを含めた観客たちもまた、色を合わせたサイリウムを振っている。
___暁の中 ただ八文字___
銀河の中に、無数の直線の光が差し込んでいく。
それは、映像のみならず、見滝原ドーム全体を行き交い、客席まで届く。
___そばにいてほしい___
終劇。
星々の海から、一つの星へスポットを変えた映像の元、四人のアイドルはそれぞれの決めポーズで歌唱を終えた。
一瞬の静寂を突き破った、拍手喝采。
その中には、当然ココアもいた。
「すごいすごい! フォトンメイデン、すっごいすっごい!」
惜しみない歓声を送るココアだが、その声は周囲の
「来てよかったねチノちゃん!」
「はい。チケットをくれた日菜さんには感謝しないといけませんね」
ココアの隣に座るチノは、ココアと違って大きく動いてはいない。座席から
「あの子たち、私と同い年なんだよね! いいなあ、私の妹になってくれないかなあ」
「……ココアさん、同い年でもいいんですね。本当に節操なしです」
チノは、そう言ってココアから顔を背ける。
そんな彼女を見て、ココアの脳内は彼女をこう分析した。
(チノちゃん……もしかして……ジェラシー!?)
『お姉ちゃんの鈍感』
ココアのフィルターには、チノが頬を膨らませていた。
「チノちゃん……安心して! チノちゃんのことは、ちゃんと見てるよ!」
「え?」
「例えば今! 結構見辛いよね? だったら、ほらほら!」
ココアは目を輝かせながら、自らの膝を叩いた。
チノは「はあ」とため息をつく。
「しませんよ」
「ええ?」
「私は別に、この席で困っていません。そんな子供っぽいこと、するわけないじゃないですか」
「そんな~チノちゃ~ん」
「ほら、ココアも。静かにね」
嘆くココアをなだめるのは、ココアの隣のモカ。
「それより、日菜ちゃんの出番まだかな? 私、知り合いに芸能人っていないから、ちょっとソワソワしてるんだよね」
「私もだよお姉ちゃん! 日菜ちゃんの出番、楽しみだなあ!」
「おお、落ち着いてください。えっと、パステルパレットは……もう少し後ですね」
チノがプログラムを確認した。
ココアもそれを覗き込むが、ライブの暗がりであまりよく見えない。
そうしている間にも、歓声がさらに大きくなる。
「あ、ココア、チノちゃん! フォトンちゃんたちの二曲目が始まるよ!」
モカの言葉に、ココアはチノとともに注目する。
フォトンメイデンの二曲目。
無数の直線の光が、様々な図形を作り出す映像から始まった。
四人のメンバーが、同時に英語の歌詞を紡ぐ。
最初の前奏が止まった途端、繰り返されるビート。数を重ね、腕を突き上げるごとに、盛り上がりが増えていく。
それに合わせて、会場全体もまた点滅。一瞬の暗転と、青緑の景色が交互に繰り返される。
そして。
これから曲が始まる、まさにその直前の暗転の後。
フォトンメイデンが中心のはずの背景に、二体の人影が現れた。
「え?」
クールな青緑系の色とは全くにつかない、ダークな二体。
それは、まるで真っ白なキャンバスに付けられた絵具のように、人々の注目も集めた。
しばらくフォトンメイデンたちも、ソロパートを歌っていたが、会場の異変に気付き始め、上を向く。あの二体が彼女たちの予期せぬものだということは、その表情から明白だった。
「何でしょう……?」
チノがぼそりと呟く。
やがて、そこから全体も、あれだけ盛り上がっていたのにも関わらず、しんと静まり返っていく。相変わらず流れる映像と、録画から流れるBGMだけが、無情にも闇の二体を彩っていた。
そして。
「「___________________________」」
その唸り声は、果たして見滝原ドームを揺るがす。
そして、ライブの熱気、情熱、そのほかあらゆるものを吹き飛ばした。
残った人々に去来したのは、恐怖。
「な、何ですか……? あれ……?」
「な、なんか……怖くなってきた」
「チノちゃん!? お姉ちゃん!? どうしたの?」
チノが、自らの肩を掴んで震え、モカもまた青い顔で二体を見上げている。
それは、二人だけではない。立ち上がって周囲に目を配れば、誰も彼もが悪夢に苛まれているように唸っている。___それは、ステージ上のフォトンメイデンも例外ではなかった。
「何なの……これ……?」
どうして自分だけ平気なのかという疑問と、急いで逃げなければという危機感が同時に発生する。
そうしているうちに、二体の黒い目を持つ者たちは、ぐるりと会場の人々を見渡した。
そしてそれぞれ、ライブの背景へ腕を向けた。
まさか、とココアに嫌な予感が走るよりも先に、二体の腕から、赤い雷が放たれた。
そして発生するのは、ライブの演出とは思えない爆音。
「チノちゃん!」
発生した爆煙からチノを守るように抱きつく。すぐにたちこめていく煙に、ココアとチノは咳き込んだ。
「ココア! チノちゃん!」
煙の中から、モカの悲鳴が聞こえてくる。
そして。
煙の合間から見えた、悪魔のようなシルエット。その腕から、二回目の雷が放たれる。
次の狙いであるドームの天井を破壊し、落下した時。
混乱と恐怖は、パニックになった。
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