熊野と伏見の話
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第一章
熊野と伏見の話
この時弘法大師空海と智証大師円珍は共に熊野に参っていた、その参拝が終わってから円珍は空海に言った。
「この度のこともです」
「意義がありましたね」
「神仏の場所に参り神仏に触れる」
「そのこと自体が神仏を学ぶことであり」
「よいことですな」
「全くです」
空海は円珍に確かな声で答えた。
「拙僧もそう思いまして」
「この度ですな」
「熊野に参り」
そしてというのだ。
「そのうえで、です」
「神仏に触れましたな」
「はい、そして」
空海は確かな声で円珍にこうも言った。
「どうもです」
「どうかしましたか」
「ある方が来られます」
山道、深いその中で述べた。二人の後ろにはそれぞれの弟子達がいて一行で参り降りたがここでだった。
空海はその山道を進みつつ円珍に述べた。
「今より」
「この山にですか」
「はい、ご覧下さい」
空海がこう言った時だった。
不意に一行の目の前に稲を持った老人が二人の女を連れて姿を現した、見ると質素だが気品のある官人の男女であった。その三人を見てだった。
円珍はこれはと思ったが三人は姿を現してすぐに姿を消した、後には何も残っていなかった。円珍はそれを見てだった。
まずは眉を顰めさせた、だがすぐに察した。
「あの稲を持ったご老人、そして女達も」
「はい、神霊です」
空海は即座に答えた。
「気を察しましたが」
「それはやはり」
「御仏のものではなく」
「神霊ですね」
「そうかと。おそらくこれで終わりでなく」
空海は円珍にさらに話した。
「再びです」
「出て来られますか」
「そうかと、その時をお待ち下さい」
「さすれば」
「おそらくそれはすぐのことで」
空海は今度は微笑んで話した。
「再びあのご老人にお会い出来るでしょう」
「それでは」
円珍は空海の言葉に頷いた、そして日が落ちるまで山道を進んだが夜になって弟子達と共に干し飯を食いそのうえで寝た。
その夜円珍は夢の中で再びあの稲を持った老人と会った、老人はこの時も女達と共にいた。円珍は思わず老人に問うた。
「あの、ご老人は」
「はい、それがしは稲荷明神です」
「そうでしたか」
「この者達は供の者達でして」
女達を見つつ述べた。
「この度は大師にお話したいことがあって参上しました」
「といいますと」
「この度大師達は熊野に参られましたが」
語るのはこのことについてだった。
「この辺りも獣は多く山は迷いやすく」
「危うい場所ですか」
「そうです、あやかしや邪な霊も多いですし」
「それでなのですか」
「それがしは伏見におります」
この地にというのだ。
「そこの稲荷神社にいますので」
「それでは」
「これより熊野に来られる時は」
その時はというのだ。
「是非です」
「伏見の稲荷神社にですか」
「参られて」
そしてというのだ。
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