SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第二章 ~罪と罰~
その八
翌日、土曜日の昼過ぎ。亜沙は光陽公園に来ていた。
「桜!」
「亜沙先輩。お久しぶりです。お元気でしたか?」
「うん、ボクはこの通り元気、元気」
光陽学園時代からの知り合いで同じ町に住んでいるとはいえ、通っている学校が違うこともあって、夏休み中は海に行った時以外ではほとんど顔を合わせていなかった。
「? 柳ちゃんはまだ来てないの?」
「はい」
「むう。女の子を呼び出しといて遅れるなんて。何か美味しいものでもおごってもらわないとね!」
亜沙の発言に苦笑いの桜。待ち合わせの時間まであと三十分は優にある、という事実はどうやら完全に無視されているようだ。
「では何をご所望ですか?」
「!!」
「!!」
突然、しかもすぐ近くから聞こえてきた声に驚く二人。声の主はもちろん柳哉だ。
「もう! びっくりするじゃない!」
「それが俺のアイデンティティの一つなので」
「あはは……」
抗議する亜沙と全然悪びれていない柳哉、そして苦笑する桜だった。
「それで、何にしますか?」
「何が?」
「忘れてるならそれでも構いませんが」
「えっと、何か美味しいものでも~の件じゃないですか?」
桜の台詞に、
「え? おごってくれるの?」
「いやなら別に構いませんが?」
「そんなわけないじゃない!」
結局、光陽公園内に出ていたアイスクリームの屋台でおごることになった。
「ん~美味しい!」
「本当ですね」
「おごりならなおさら、と」
亜沙はチョコミント、桜はストロベリー、柳哉はオーソドックスなバニラを選択した。
「柳ちゃんはバニラ好きなんだ?」
「そうですね。まあ、甘い物は好きなんで」
「ふーん。ちょっと意外……ってこともないかな。柳ちゃんってよく見ると女顔っぽいもんね」
「よく言われます」
肩をすくめる柳哉。
「昔からだもんね。甘い物が好きなのも、女の子に間違われるのも」
「さすがにこの歳じゃもう間違える奴はいないけどな」
「ていうか間違われてたの?」
「小さい頃ですけどね」
稟達と出会ってからこの町を離れるまでの間、柳哉は稟達と一緒にいることが多かったのだが、男の子二人と女の子二人、ではなく、男の子一人に女の子三人、と見られることが大半だった。おかげで稟は大人たちから、『三人の内誰が本命なんだい?』などと聞かれることもあった。そのたびに稟は事情説明に追われ、時には悪ノリした柳哉に『誰が本命なの?』などという質問をされることもあった。
「ぷぷぷ……ちょっと見たかったかも」
「亜沙先輩はさらに引っ掻き回しそうですね」
「というか収拾がつかなくなるんじゃ……」
そう言う桜も口元が笑っている。当時のことを思い出したのだろう。
アイスクリームを食べ終わり、ゴミを始末した後、柳哉は二人を見る。
「それで、今日わざわざ二人を呼び出した理由なんですが」
「うん」
「……もしかして……楓のこと?」
「ええ、そうです」
よくわかりましたねの言葉に、三年の方にも話が伝わって来たから、と返す。
「楓ちゃんがどうしたの?」
「ああ、昨日と一昨日のことなんだが……」
* * * * * *
「そっか、そんなことが……」
「楓ちゃん……」
シアのファーストキス話、脱衣所での出来事、放課後のキス事件、そして『好きにならないでください』の発言、それらの全てを柳哉は話した。
「おそらく、楓の言動の原因は八年前の事件に関連してると思われるので、二人に話を聞きたい、というのが呼び出しの理由です」
「……」
「……ねえ柳ちゃん、それを聞いてどうするの?」
口を開いたのは亜沙だった。
「……」
無言の柳哉。どうやら言葉を探しているようだ。
「友達の力になりたい、という理由では納得できませんか?」
「……」
「昨夜の九時半です。稟から話があるから会いたい、という電話が来たのは。それだけ稟も切羽詰まっていたんでしょう。実際、表情にも余裕が無かった」
「稟君、そこまで……」
「それだけ頼られたんなら、答えなきゃ男が廃る、ってものだ」
おどけたように言う柳哉だが表情は真剣だ。
「……実を言うと、ある程度の予測はついています。そしてその対処法も。ただ……」
「ただ?」
「もしそれが間違っていた場合、最悪、俺は稟と楓に絶交を言い渡されるでしょう」
「!!」
「!!」
驚愕する亜沙と桜。柳哉は言葉を続ける。
「その可能性を限りなくゼロに近づけるために二人からも話を聞きたいんです」
「で、でも稟君からも聞いてるんだよね?」
「正確に言えば稟からしか聞いていない。楓からも聞くけど、それは最後にだ」
楓にそれを聞くのは“対処”する直前だ。でなければ意味が無い。
「でも、ボク達の話を聞いても……」
似たり寄ったりのものでしかない、そう言いたいのだろう。
「いえ、内容はいいんです。ただ、色々な視点から見たいだけの話です」
当事者である稟と楓、巻き込まれる形になった桜、それを外から見ていた亜沙、そして手紙という形で関わっていた柳哉、この四つの視点から。
「欲を言えば、幹夫さんにも話を聞きたい所ですけどね」
仕事の邪魔になってはいけないから、と笑う。
「……うん、分かった」
「桜?」
亜沙が声を上げる。
「ただし!」
桜が語気を強める。
「どういう“対処”をするのかをちゃんと教えること! 一人で全部背負うなんて許さないからね!」
当時、桜から送られてきた手紙の内容を思い出す。稟や楓はどうして自分に話してくれないのか? どうして自分を頼ってくれないのか? どうして自分達だけで背負おうとするのか? といった内容が数多くあった。大切な幼馴染達が苦しんでいるのに自分は何もできない。いや、何もさせてもらえない。どれだけ苦しかっただろうか。かつての自分を思い出し、苦笑する。母や妹も同じ想いを抱いていたのだろう。
(待てよ? もしかして“あの感情”の正体はまさか……)
「柳ちゃん? 聞いてるの?」
「ああ、すまない。それと……」
「?」
「ありがとう、桜」
そう言って柳哉は微笑んだ。桜も安心したように笑う。
「もう! これでボクがいやだって言ったら、ただの空気読めない子じゃない!」
亜沙が怒ったように言う。確かに。
「お願いできますか?」
「桜と同じ条件でなら、ね」
「もちろんです。ありがとうございます、亜沙先輩」
(稟、楓。お前達は本当に果報者だよ)
内心で幼馴染達に語りかける。自分もそんな彼女達と同じ時間を過ごしたかった。しかし、同じ時間を過ごさなかったからこそ、この対処法が執れる。
(ま、俺は俺にできることをやっていこう)
まだ時間はあるのだから。
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