SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第二章 ~罪と罰~
その六
「ありがとう。助かったよ、柳」
「どういたしまして」
帰り道、感謝する稟と苦笑してそれを受ける柳哉がいた。あれからクラスメイトだけではなく、KKKのメンバーも参加しての土見稟に対する事情聴取、という名の弾劾裁判、あるいは精神的拷問が開かれるところを柳哉が阻止したのだ。説得はまず不可能、ということで力づくでだが。
「でも柳、あんなに強かったんだな」
「ま、鍛えてるからな」
柳哉はクラスメイト達はともかく、KKKに対してはあまり良い感情を持っていない。実力行使をすることに躊躇いは無かった。
「それにああいう連中は基本、一人じゃ何もできないから群れてるわけだからな。俺はそういうのは嫌いだし、それに……」
「それに?」
「一対一ならまだいい。だが一人に対して複数でかかるような奴も嫌いだ」
まあ、圧倒的な実力差があったりするんなら話は別だけどな、と言って笑う。
「で、話は変わるが……」
「……楓のことか?」
「ああ、何か心当たりは?」
「……ああ、昨日な……」
少し逡巡したが話すことにしたようだ。口調こそ軽いが柳哉の表情が真剣だったこともある。
「ふむ」
「どう思う?」
「まあ、その場の雰囲気に流されて、というのもあるかもしれない」
あんな暴露話(シアのファーストキス話、しかも相手が稟)のすぐ後だ、意識もするだろう。
「そういうものなのか?」
「女って生き物はそういうものらしい。あくまでも予測だからな?」
女は酒にではなく、ムードに酔わせろ、なんて言葉を聞いたこともある。あながち間違ってもいないだろう。
「それに楓のお前への想い……気づいていないわけじゃないだろう?」
「……ああ、でも……」
「距離が近すぎてそういう対象には成り得ない、か?」
「……」
当たりらしい。
「ま、あまり思い詰める前に誰かに相談しろよ。俺でもいいし、あとは桜とか亜沙先輩とかな」
「ああ、ありがとう、柳」
柳哉に感謝する。八年前の事件にはこの幼馴染は自分達三人とは違って直接的には関わっていない。桜からの手紙である程度までは知っているだろうが、それも十一歳頃までの話だ。その後の話は桜からも聞いているようだが。
「? 亜沙先輩が知ってるって何で知ってるんだ?」
「ああ、中学時代からの知り合いだって言ってただろう? 自己紹介の時に。違ったか?」
「いや、違わないけど。やけに鋭いな」
「お前達同様、色々あった、ってことだ」
それを稟達が知るのはかなり先のことになる。
* * * * * *
その夜、夕食後。
「稟くん、牛乳を切らしちゃったので買って来ますね」
「ああ、俺も行くよ」
「一人で大丈夫ですよ?」
「ちょっと買いたい物もあるし、護衛も兼ねてな」
そう言って稟は楓と共に家を出た。
* * * * * *
買い物を終えて、家路に付く。結局稟は何も買わなかった。そもそもそれはただの口実でしかない。
「なあ楓、ちょっと寄り道しないか」
「はい、いいですよ」
そう言って光陽公園へ向かう。楓と話をするためだ。
あの後柳哉と別れ、帰宅した稟を待っていたのはいつもと変わらない様子の楓だった。あまりにもいつも通りなので拍子抜けしてしまい、話すタイミングがつかめなくなったのである。
「……いい風ですね」
「……ああ、そうだな」
しばし、風に身をゆだねる。残暑が厳しいとはいえ、秋の到来を感じさせる。そんな風だった。沈黙の後、稟が口を開いた。
「楓、昼間のことだけど、どうしてあんな……」
「好きだからしました」
「……」
即答され、言葉に詰まる稟。
「あれは、多分私の願望だったんだと思います。稟くんのことが好きで好きでたまらないのに……だけど一歩下がってしまっていた私の……」
今まではそれでも良かったのだろう。しかし、
「その……昨夜の件で……意識するようになってしまって……」
「昨夜って……あの時の……?」
はい、と頷く楓。顔を赤らめている。恥ずかしいのだろう。
「私は、稟くんのことが好きです」
まっすぐな告白。だが、
「俺は……」
答えられない。少なくとも楓に対して好意を抱いているのは確かだ。しかし本当に一人の男として楓を愛しているか、となると自信が無い。こんな中途半端な想いで楓の告白を受け入れてもいいのだろうか? 葛藤する稟。
「答えてくれなくてもいいです。いえ、むしろ答えないでください」
「? どういう……」
「一人の男性として……この地球上でただ一人の相手として……芙蓉楓は土見稟くんを愛しています。」
ですから、と続けて、
「私を、好きにならないでください」
困惑する稟。当然だろう。愛している、という告白の後に、自分を好きになるな、とはどういうことなのか。
「私には、稟くんに愛してもらう資格なんて無いんです。勝手なことを言っているのはよく分かっています。稟くんが怒っても仕方のないことだと思います。でも……」
好きでいさせてください。そう言った楓に稟は何も言えなくなってしまった。
* * * * * *
あれから、どうやって帰ってきたのか全く記憶が無い。気づけば自室のベッドの上だった。明かりを点けてさえいない。
(……どういうことなんだ……?)
楓の考えていることが分からない。愛している、でも好きになるな? 明らかな矛盾だ。
(……)
八年前のことが関係しているのだろうか? いやでもそのことは気にするな、と言っている。
(……分からない……)
ふと喉の渇きを覚える。不思議なもので、自覚した途端に水分が欲しくなる。少し気分を変えよう、とキッチンへ向かう。冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぎ、一気に煽る。ついでに軽く顔を洗う。煮詰まっていた頭が冷える感覚があった。
『あまり思い詰める前に誰かに相談しろよ』
それと同時に今日、柳哉が言っていたことを思い出す。時計を見る。午後九時半。大丈夫だろう。
(……よし)
柳哉に話す時が来たようだ。予想外に早かったが、結局遅かれ早かれ話すことになっただろう。両頬を軽く叩いて気合を入れ、電話機に向かう。
(こんな時携帯電話があれば便利なんだろうな)
意外かもしれないが現在、芙蓉家で携帯電話を所有しているのは幹夫だけだ。居候の身でそこまでの贅沢はできない、というのが稟の言い分であり、稟くんが持たないのなら私も、というのが楓の言い分である。
(アルバイトでもするかな)
そんな事を考えながら受話器を取った。
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