幻想甲虫録
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青黒く青白い弟
ヘルクス「美味い団子だ」
昼下がり、人里ではヘルクスが団子屋の前でみたらし団子を口にしていた。
団子屋店主「おい、あんた知ってるか?あの黒いクワガタ使ってた奴、誰かに殺されたらしいな」
ヘルクス「肩を貫かれ、全身切り刻まれた上に首を切断された状態で見つかったとのことだろう?」
しかも男の指は何者かによって引きちぎられていたらしい。
そう、その被害者こそあの日オズワルドに裏切られ、迷いの竹林で黒い布をまとったウスバクワガタに殺された暴力夫であった。
ヘルクス「だが殺されたのは人間だけじゃない……甲虫も惨殺されていたらしいな。目撃者はシグルド、サビイロカブトは首を切断され、メンガタカブトは首が変な方向に曲がり………となるとあんなことをするのは奴しかしない」
団子屋店主「ほえ~、虫まで殺されたのか。噂には聞いてたが、それってディアボロのことかい?」
ヘルクス「ああ。我々甲虫を根絶やしにしようと目論んでる化け物だ。お前も気をつけろ、奴の歪んだ精神は半端じゃない。私の弟がかわいく見えるほどにな」
???「ん?そこにいるのはヘルクス殿ではないか」
ヘルクス「?」
通りすがりの者に声をかけられた。声がした方向に顔を向けると、そこには長い大顎と短い大顎を持ち、緑と白のチェックのマフラーを巻いたノコギリクワガタが。
声をかけたであろうノコギリクワガタは白髪の少女の肩に乗っており、その少女は2本の刀を携えていた。
ヘルクス「久しぶりだなソウトウ、魂魄妖夢」
名をノコギリクワガタの方は『ソウトウ』、少女の方は半人半霊『魂魄妖夢』。共に冥界に住む剣士であった。
妖夢「お久しぶりです、ヘルクスさん」
ソウトウ「ここで団子を食べているとは珍しいな」
ヘルクス「私だって団子ぐらいは食う。お前たちは何しにここへ?」
妖夢「お買い物です。食材がまた底をつきそうなので」
妖夢は山のように大きな風呂敷を背負い、両手も大量の食材が入った袋によって塞がっていた。
ヘルクス「………また西行寺幽々子とグラトニーの大食いが暴走したのか。苦労してるな」
妖夢「ホントですよ。あの人と虫の胃袋どうなってるんでしょう………」
ソウトウ「まさに幻想郷のブラックホールだ……じゃなきゃ幽々子様もグラトニー様も大食いなんてしない」
妖夢「そうですねぇ……あっ、そういえばヘルクスさん。こんなのもらいませんでした?」
懐からある黒くヌメヌメしたものを取り出す。それはデストロイヤーからもらったと思われるナマコだった。
だがもらっているのは妖夢だけではない。ソウトウももらっていた。
ヘルクス「ん?何だそれは」
妖夢「ナマコだそうです。なんか買い物途中で現れたピンクのクワガタが―――――」
デストロイヤー「だからピンクじゃなくてマゼンタ」
妖・ソ・ヘ「「「!?」」」
またどこかで聞きつけたのか、ピンクに反応したデストロイヤーが妖夢の背後から声をかけた。
背中にはナマコを背負っている。
デストロイヤー「……おっと、説明は俺がしよう。このナマコは対泥棒クワガタ用の投擲具で、もしそいつが何か盗もうとしたらぶつければいい。その泥棒クワガタはシアンのグランディスだから見分けがつきやすいはずだ。というわけで、お前にもナマコをやろう」
ヘルクス「?」
デストロイヤー「あ、間違えても食うなよ?別に食ってもいいが対処できなくなるぞ。そんじゃあな」
さすがのヘルクスも理解できなかった。同時に疑問も頭の中でいっぱいになる。幻想郷に海はないはず。この世界で一体どうやって手に入れた?と。
ヘルクスが疑問を抱える中、デストロイヤーはどこかへ飛び去ってしまい、妖夢とソウトウはそれを見届けていた。
ヘルクス「変な虫だな………だが奴もゲイツみたく強者の雰囲気が漂っていたな」
妖夢「変な虫ですよね………」
ソウトウ「ところであの虫は氷を食しているのか?」
ヘルクス「ん?」
近くでガリガリと聞こえる何かをかじるような音。ヘルクスたちが音のする方へ目を向けると、氷が入った袋を持った甲虫だった。
その甲虫はソンブレロを被り、見ているだけで寒そうな真っ青なポンチョを身にまとった全身水色のコーカサスオオカブト。袋から氷を取り出してはガリガリとかじっている。
音の正体はこの水色のコーカサスオオカブトだった。
妖夢「ザミーゴさんまで人里に来てたんですね」
ザミーゴという名を持つコーカサスオオカブトに気づいた店主が彼に話しかけた。
団子屋店主「おいあんた、いっつも氷そのまま食ってるみたいだがかき氷にして食わねぇのか?」
ザミーゴ「ん?ああ気にすんな。このままでも食えるから……って、かき氷?」
団子屋店主「ちょっと待ってろ、今作ってやるから。きっと気に入るぜ」
この店主、普段はヘルクスが食べているような団子を売っているのだが、夏になるとかき氷も売っていた。
カキゴオリ?ナニソレオイシイノ?と言わんばかりに疑問を抱えるザミーゴ。
ソウトウ「……ザミーゴ殿はかき氷を知らぬのか?いや、まだ夏でもないのに氷を食しているとは」
ヘルクス「……………」
物珍しそうな目でザミーゴに近づくヘルクス。
ザミーゴ「ん?何か用か?」
ヘルクス「いや、このような季節に氷を食らう虫がいるのが珍しくてな」
ザミーゴ「まあ珍しいのは仕方ねぇな。今時俺みたいな虫が氷を食うトコなんて見ねぇと思うし。それよりかき氷か……どんな味かな?」
案外期待していた。ザミーゴはいつも氷の塊ばかり食べていたので氷菓子といったものを一度も食べたことがなかった。むしろ『氷菓子の存在を知らなかった』と言った方が正しいだろう。
店の奥で氷を削る音が外まで聞こえ、同時にザミーゴの期待はより一層深まっていく。
ヘルクス「失礼だが、水色のコーカサスよ。ザミーゴといったな」
ザミーゴ「そうさ。いかにも俺がザミーゴだ。そういうお前は?」
ヘルクス「私はヘルクスだ」
ザミーゴ「ほう、そうか。ところでお前らが持ってるそれ何だ?」
まだデストロイヤーに会っていないのか、ヘルクスたちが持っているナマコに目をつけた。
妖夢「ナマコだそうです」
ザミーゴ「ナマコォ?」
ソウトウ「何でも幻想郷のどこかにシアンのグランディスオオクワガタがいるらしい。奴は泥棒をやっているとのことだが、マゼンタのセアカフタマタクワガタが言うにこれはシアンのグランディスオオクワガタへの対策らしい」
ザミーゴ「何だそりゃ。というかマゼンタ?ピンクじゃねぇのか?」
デストロイヤー「ピンクじゃない、マゼンタだ」
ザミーゴ「ファッ!?おまっ、どっから現れた!?」
再びピンクに反応し、どこからともなく現れたデストロイヤー。今度はザミーゴの背後に立っていた。
デストロイヤー「ピンクと言う奴がいる限り、俺はどこからでも出てくるぞ?」
ザミーゴ「……ヤベェ、まだ仕事の季節じゃねぇのに背筋が凍っちまったぜ………」
デストロイヤー「さて、そろそろナマコがなくなりそうだし、また補充してこねぇとな。じゃあな」
ザミーゴ「って俺の隣にいつの間にヌメヌメしたのが!?これがナマコっていうのか!?」
困惑するザミーゴなど無視して再び飛び去っていくデストロイヤーを見届けるヘルクス、ソウトウ、妖夢。
一体何なんでしょうねと言わんばかりに妖夢は複雑そうな表情をしていた。
ヘルクス「…………あ、奴の名前を聞き忘れた」
ソウトウ「あの様子からしてまたどこかで会うかもしれんな」
そんな時、また誰かがオズワルドを暴れさせているのだろうか、人里が騒がしくなっていた。
妖夢「何でしょう、この騒ぎ?」
ソウトウ「ただ事ではないのは確かだな。様子を見に行かねば」
ザミーゴ「ん?お前ら行くのか」
ソウトウ「ザミーゴ殿は行かぬのか?」
ザミーゴ「俺はここでかき氷とやらを食わなきゃならねぇからな。どんなものか気になってしょうがねぇんだ」
ヘルクス「そうか。なら、さらばだ」
ザミーゴ「アディオス」
別れを告げるヘルクスを見た妖夢とソウトウも別れを告げると、騒ぎが起きている中心へ向かっていった。
ちょうどその時、店主が苺味のシロップと練乳と思わしきものがかかったかき氷を持ってきて、それをザミーゴに差し出した。
団子屋店主「待たせたな。これがかき氷っていうんだ」
ザミーゴ「おっ、できたか。どれどれ?」
ストロースプーンですくうと、ゆっくり口の中へ運ぶ。
すると………。
ザミーゴ「ゥンまああ~いっ!!!!こ、これはぁ!!この味はァァ!!」
今まで食べたことのなかった氷菓子。口に入れるなりザミーゴは絶叫した。
口の中に広がるいつもの冷たさ、シャリシャリした食感、舌に大きく広がる苺の味、トロトロの練乳。いつもかじっている氷とは大違いだった。
団子屋店主「気に入ったかい?」
ザミーゴ「ああ!気に入ったよ!こういうのもいいかもしれねぇな!」
相当美味しいと感じたのか、がっつくようにかき氷を食べた。
ザミーゴがかき氷を食べているその頃、ヘルクスたちが向かっている騒ぎの中心にて。
???「ウスノロ共が!!!待たせすぎだ愚か者めらが!!!吾輩が時間にうるさいことを知っててわざといじってるのだろう!!?」
元凶はこの暴れるカブトムシだった。姿はどこかヘルクスに似ているものの、前翅が青白い。このカブトムシは『ヘルクレスリッキーブルー』というヘルクレスオオカブトの亜種だった。
青白い前翅ばかりでなく、彼にはもうひとつ特徴がある。それは青黒い体だった。
???「―――――です!道を開けてください!」
逃げ惑う人々の中から声が聞こえ、逃げ惑う人々の間を割るように現れたのは1人の妖狐と1匹のブルマイスターツヤクワガタ。藍とケイジロウである。
どうやら犯罪者や野良虫がいないか共にパトロールしていたようだ。
ケイジロウ「動゛く゛な゛!!国゛際゛警゛察゛だ゛!!」
藍「また待ちきれずに人里を荒らしてるのか!常習犯ルリッド!」
この暴れている青黒いリッキーブルーはルリッドというようだ。藍とケイジロウの怒鳴り声にすぐさま振り向く。
ルリッド「また吾輩を倒しに来たのか、八雲の式に警察クワガタ!たまには吾輩の話を聞こうと思わんのか!」
藍「お前が常習犯として何度も人里を荒らしている以上、ここで話を聞くわけにはいかん!」
ケイジロウ「話は紫さんの家で聞かせてもらう。今日という今日こそ逮捕だ!覚悟しろルリッド!!」
先手を取ったのはケイジロウ。ルリッドを横から挟み込み、振り回す。
そして空中に放り投げられたルリッドの巨体。ケイジロウは羽を広げ、落ちてきたルリッドの体を回転しながら飛びかかると同時に大顎で挟み込み、地面に押さえ込むように引きずった。
ケイジロウ「『ク゛ロ゛ス゛ダ゛イ゛ブ゛』ゥゥゥゥ!!」
ケイジロウが最も得意とするハサミ技『クロスダイブ』が決まり、藍もスペルカードを取り出す。
藍「ケイジロウ、危ないから離れろ!式輝『狐狸妖怪レーザー』!!」
ケイジロウ「危なっ!?」
周囲に放たれる無数の赤と青の光線。ケイジロウは危うく当たりそうになり、ギリギリでかわした。
2匹の甲虫で唯一逃れられなかったのはクロスダイブを食らって動けないルリッドである。
ルリッド「ぬああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」
藍の光線を食らったルリッド。周囲が爆風に包まれる。
藍「やったか!?」
まだだった。煙の中からボロボロになったルリッドが姿を現した。
ルリッド「ウガァァァァァァァァアアアア!!図に乗りおってぇ!!何度八雲の式の援護攻撃を!何度八雲の式のスペルを食らったと思ってるのだァ!!」
あれだけのダメージを受けたにもかかわらず、立ち上がるなり咆哮をあげた。
ケイジロウ「なんてタフなんだ……やはりあいつの血を受け継いでるからか?」
藍「あいつ?……ああ、冬の妖怪をパートナーとしている侍をライバル視してる奴か」
ルリッド「吾輩が逮捕されたら誰が吾輩の相手をしてくれると思ってるのだァ!!」
藍「ッ!?ケイジロウ、危ない!」
ケイジロウ「え?」
気づけばケイジロウは空中へ弾き飛ばされていた。豆のように小さく見える藍、羽ばたきながら迫り来るルリッド。
ケイジロウに追いついたルリッドは飛びながら何度も彼に体当たりし、何度も彼を弾き飛ばす。そしてとどめと言わんばかりにケイジロウをつかみ、地面にまっしぐら。
ルリッド「死にさらせ!!『アンタエウスインパクト』!!」
ズドオオオオオオオオン
ケイジロウ「ゴバァ!!」
藍「ケイジロウ!!」
地面にクレーターができるほどの威力でケイジロウは叩きつけられた。
ルリッド「次は………貴様だァ!!」
藍「ぐっ!?」
藍に目をつけたルリッドは頭角と胸角で彼女を挟み込む。
だが挟まれたのは藍だけではない。ケイジロウも巻き込まれるように挟まれていた。
藍「この…離せ!」
ルリッド「ぬぅぅん!!オォラァァァァ!!」
藍「いやああああああああああ!!」
ケイジロウ「ぐああああああああああ!!」
力任せに持ち上げられ、力任せに遠くまで放り投げられた。
藍とケイジロウは橋を飛び越え、そのまま川の中へ。
ザッパアアアアアアアアン
ルリッド「フン!八雲の式も警察虫も口ほどにもないわ!吾輩の話を聞かぬからこうなるのだ!」
この時、ルリッドは気づいていなかった。
図に乗っているのは自分の方だと。藍とケイジロウを倒し、うぬぼれているその罰が当たろうとしていたことを。
???「斬!!」
ルリッド「!?」
ある少女による刀の斬撃。斬りつけられた青黒い体に1本の線が走る。だがそんなことで怯むルリッドではない。自身を攻撃した少女に目をつける。
斬りつけたであろう刀を持った白髪の少女。妖夢だった。そして彼女のパートナーである肩に乗った左右非対称の大顎を持つノコギリクワガタ、ソウトウも一緒だった。
ルリッド「き、貴様らは………魂魄妖夢にソウトウ………!」
妖夢「騒ぎの元凶はルリッド、あなただったようですね……また待ちきれずに暴れてたんですか?」
ソウトウ「貴殿を止めに来たのは我々以外にもう1匹いる…………」
ルリッド「何だと?」
ソウトウ「わからぬか?では教えてやろう………貴殿の兄だ」
ソウトウはルリッドに関係する言葉をはっきりした声で出した。
その瞬間だった。ルリッドの背後から彼そっくりの姿をした白いヘルクレスオオカブト、ヘルクスが迫ってきたのを。
ズガンッ
ルリッド「どぉえへぷ!?」
吹き飛んだルリッドは再び宙を舞う。落ちてきたところをヘルクスはつかみ、絞め上げる。
そして放り投げたヘルクスは飛び上がり、空中のルリッドを挟み込む。しかし挟んだのは1回だけではない、一瞬離したところをもう1回挟んだ。
ヘルクス「『フュージョングレイブ』!」
ルリッド「!?!?!?!?!?」
絞め上げられ、地へ放り投げられたルリッド。空を見上げると、自身に正体であるフュージョングレイブを決めた甲虫が飛んでいた。
ルリッド「…………あ、兄者ァァァァアァアアアァアァァアアアァアアァァアアァァアアアアアァァァァアアァァァ!!!!!!」
兄者と呼ばれるヘルクスを見るなり咆哮するルリッドであった。
ちなみにルリッドの咆哮は博麗神社にまで聞こえていた。
霊夢「あの声……またあのリッキーブルーか」
ソウゴ「現れたのがここじゃなくてよかったけど、今度は何やらかしたのかな?」
霊夢「やらかしたも何も、あいつがここに現れて神社破壊してたらあいつの未来を消すに決まってるじゃん」
殺せばたぶん霊夢にも未来はないと思う。ソウゴはそんな気がした。
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