幻想甲虫録
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ひねくれ少女と救世主クワガタ
八雲邸。ここは幻想郷の管理者であり妖怪の大賢者である『八雲紫』が住む屋敷である。
住んでいるのはその大賢者だけではない。彼女の式である狐の耳と9本の尻尾を生やした女性『八雲藍』、そしてコガシラクワガタの青太郎のパートナーである橙の3人が住んでいた。
最も、八雲一家と青太郎以外にも住んでいる甲虫は他にもいるのだが………。
ケイジロウ「………あの、藍。話があるんだが」
ケイジロウである。ケイジロウは昆虫国際警察の刑事にして、藍のパートナー。彼女と共にいつも犯人がいないか幻想郷中を見回っているクワガタだった。
藍「後でな。今はかわいいかわいい橙をめでなければならない」
ケイジロウ「いや、その橙のことで…」
???「諦めよケイジロウ。こうなればめで終わるまではあのままだ」
ケイジロウ「何…………だと…………?」
ちゃぶ台の上に立ち、緑茶を口にしながらパラワンオオヒラタクワガタは威厳のある声で遮るように言った。
そのパラワンオオヒラタクワガタは紫と同じ帽子を被り、名を『ループ』と言った。だがこう見えて性格は意外と悪いとのことだが………。
ケイジロウ「………それはそうと新聞にソウゴ君が魔王になるっていう記事があったが、事実なのか?」
ループ「いや、たぶん文がどこかでパパラッチして記事を作ったんだろう。ところでケイジロウはソウゴを見てどう思った?」
ケイジロウ「どうって………痛い虫であるのは確かですね。可能性は秘めているが、ソウゴ君が魔王になるとは思えないなぁ」
予想通りだった。昨日ギルティが考えていた通りケイジロウはソウゴを痛い子と認定していたようだ。
紫「まあ、どうとらえるかは人次第よ。いや、虫次第とも言えるかも……でもこれのせいで命が狙われないことを祈るしかないわ」
ケイジロウ「なぜですか?紫さん」
表情を曇らせる紫。それもそのはず、昨日赤い目をした青太郎がソウゴたち甲虫のみならず霊夢たちを襲ったのだ。
甲虫同士の戦いならよくある。橙が言っていたようにパートナーのいる虫が突然赤目となり、人を襲うなどあり得ない。となるとどこかに青太郎を赤目にした元凶が潜んでいるとでもいうのか?
紫「私の予想だと、誰かがソウゴ君の命を…いや………下手したらこの幻想郷に巻き起こる何かが動こうとするかもしれない……」
ケイジロウ「………………本当ですか?」
ループ「さあのぉ。まっ、のんびり待つとするかね」
のん気そうにそう言った後、大顎でせんべいを持ち、バリバリと食べ始めてしまった。
ケイジロウ「うぉぉぉい!!起きてしまってからじゃ遅いんですよループさん!!」
紫「まあまあケイジロウ。異変が起きても霊夢たちが解決するからいいじゃない」
ケイジロウ「紫さんといいループさんといい人任せにもほどがありますよ!?異変が起きる前に早期発見したほうが賢明でしょ!?楽観視するにもほどがあるだろう………!?」
橙「おじさん、ちょっとうるさい」
藍「ケイジロウ、少し静かにしろ」
ケイジロウ「ッ!!!」
互いに抱きつく藍と橙に静かにしろだのおじさんだの言われたケイジロウ。相当傷ついたのか仰向けになってひっくり返ってしまった。
ケイジロウ「俺はおじさんじゃないって………泣くよ俺?」
ループ「とか言いながら泣いてるではないか、ハハハハハ!ねえねえどんな気持ち?国際警察にいた時と比べてどんな気持ち?我に教えてブハハハハハハハ!」
傷ついた相手をさらに煽る。そう、これがループの性格の悪さだった。
ところ変わって博麗神社。時刻は午前9時半過ぎ。
霊夢「プハー、今日もいい天気。こういう日こそのんびりしながらお茶飲むのが最高ねぇ……」
ソウゴ「せんべい美味っ…」
あの後魔理沙とギルティと別れた霊夢とソウゴは朝食を終え、縁側で晴れた空を眺めながら茶とせんべいを口にしていた。
ソウゴ「やっぱり異変も事件も何もないのが一番いいね。平和が一番」
霊夢「でもソウゴ、何もないからって油断しちゃダメよ?あなたムシキングになりたいって言ってたじゃん。野良犬…じゃないか。野良虫たちがいつあなたの命狙ってくるかわからないわよ?」
ソウゴ「野良虫といえばそこら辺の雑魚妖怪よりランクが高い奴らだったっけ。大丈夫だよ、変なトコさえうろついてなければ殺されないから」
???「と言いつつも神社でこの正邪様に攻撃される巫女とカブトムシでした~。逆弓『天壌夢弓』!」
聞き慣れた声と共に矢印の形をしたレーザーが霊夢とソウゴめがけて襲ってきた。
霊夢「あの弾幕…!ソウゴ、避けなさい!」
ソウゴ「ファッ!?でぇーっ!!」
攻撃が当たる寸前でギリギリ回避できた1人と1匹。そこには霊夢を嘲笑するような目で見る正邪とその肩に乗ってソウゴを睨みつけるゲイツがいた。
ソウゴ「せ、正邪……!」
霊夢「正邪、あんたまたやられに来たっていうの?」
正邪「確かにお前にも用があるが……今回の目的はそれだけじゃないんだよな」
ソウゴ「どういうこと?」
正邪の肩に乗っているゲイツに目が止まる。
あんな派手な色のオオクワガタいたかな?だが自分の記憶にあんな色をしたオオクワガタなどいない。
ゲイツ「お前が『甲虫の王者ムシキング』だの『甲虫の魔王』になるだのと言ったソウゴか?」
ソウゴ「…………誰?」
正邪「こいつは私のパートナーのゲイツだ。ソウゴだったか?お前は魔王になると宣言したそうじゃないか」
ソウゴ「…………だったら何?」
第一、ソウゴも正邪が嫌いだった。何しろ正邪は幻想郷で異変を起こした張本人。彼女がお尋ね者となって狙われるようになってからはソウゴも彼女を捕まえようと全力を出すようになっていた。
しかしあのずる賢さにはどうしてもかなわない。今日こそ負けない、今度こそ捕まえてやろうとさらに睨むが。
ゲイツ「単刀直入に言わせてもらう………お前を殺しに来た」
霊・ソ「「はぁ!!?」」
突然の殺害予告。ソウゴは自分が殺されるようなことなどした覚えがない。
何を言っているんだと言わんばかりに驚愕する霊夢とソウゴ。
霊夢「殺す!?あんた、本気で言って―――――」
ゲイツ「お前は確か霊夢といったな。ある予言の本を見たんだ。この先『甲虫の魔王』と呼ばれる虫が幻想郷を支配し、多くの者を苦しませると」
霊夢「………未来から来たウォズって虫にも言ったけど、こいつが魔王になるなんて私が負けて幻想郷が滅んでしまうぐらいの確率よ?」
ソウゴ「霊夢!頼むからやめてくれよ!そういうこと言うなんて霊夢らしくないよ!」
ゲイツ「だがそのウォズとやらが未来から来たということはそういうことだ。こいつのせいで幻想郷が滅ぼされる。予言通りになるぐらいならば早いうちに手を打たなければならない……」
どうやら本気のようだ。それもそのはず、予言書以外に今日の新聞も読んだのだ。
だが霊夢とソウゴは予言の本なんてあっただろうかと信じることができなかった。
ゲイツ「ソウゴ、お前には恨みはないがこの幻想郷の未来のためだ。ここで死んでもらう」
そう言うや否や飛び上がったゲイツ。すると体がまばゆい閃光に包まれた。
霊夢(この光、昨日も似たようなの見たけど………まさかこいつも!?)
気がつくと、ソウゴが青太郎と戦った時のようにソウゴ同様巨大化したゲイツが立ちはだかっていた。
霊夢「こいつもソウゴみたく戦う時には巨大化できるのね………」
ゲイツ「正邪、サポート頼むぞ」
正邪「そういうわけだ、覚悟するんだな霊夢。ここでお前らを倒す!!」
霊夢「もう…………ソウゴ!遠慮はいらないわ!こいつらさっさと倒すわよ!!」
ソウゴ「気が乗らないけど…………やるしかない!!」
後方宙返りをするソウゴ。ゲイツ同様まばゆい閃光に包まれ、巨大化したソウゴがゲイツの前に立ちはだかった。
ソウゴ「俺は赤目の青太郎と戦ってあいつを正気に戻したんだ……なんか……行ける気がする!」
正邪「まとめて私にひれ伏しな!ゲイツ、行けぇ!!」
一方、とある家にある虫籠の中にクワガタが入れられていた。
漆黒に染まった体、前翅に走る赤い禍々しいライン、黄色い目。そのクワガタの名は『オズワルド』、アルケスツヤクワガタだった。
オズワルド「…………」
オズワルドは虫籠の中、無言で太陽を見上げながらあることを考えていた。その時間は長くは持たない。突然ドアがバタンと強く開かれた。
夫?「やいオズワルド!!何いつまで寝てんだコラッ!!」
オズワルド「俺は寝てなどいない。ただ少し俺を支えてくれた奴らのことを考えていただけだ」
虫籠のふたが乱暴に開かれる。オズワルドは巨大な手で捕まれると、そのまま壁に思いきり叩きつけられた。
オズワルド「ッ……!」
夫?「嘘つきクワガタが!」
妻?「あなたやめて!虫にまで暴力振るうなんて…!」
夫?「離せ!!誰のおかげであのクワガタを手に入れたと思ってんだ!!テメェのそのうるさい口も縫い合わせんぞクソアマ!!」
オズワルドを拾ったといわれる夫らしき男は妻らしき女に平手打ちした。
オズワルド(………さすが推測した通りだ。こいつは人間ではない、ただの凶暴なケダモノ………)
妻に暴力を振るう夫を冷ややかな目で見つめ、さらに夫の様子をうかがってみる。
オズワルド(このケダモノには子供もいるみたいだが……俺と妻にどころかそいつにまで暴力……毎日酒を煽り、人を殺してでも酒代を稼ぎ………悪いが時を見て見限らせてもらう。なぜならお前は………『歩く粗大ゴミ』だ)
様子をうかがっていたオズワルドだったが、夫の目線が再びオズワルドへ。夫はオズワルドにヅカヅカ近寄ると、そのまま鷲づかみする。
夫「おい嘘つきクワガタ、さっさと行くぞ!!」
オズワルド「『行く』とはどこに?」
夫「俺が飲む酒の金を稼ぐんだろうが!!忘れたとは言わさんぞ!!」
オズワルド「となるとまた殺人か………歩く粗大ゴミめ」ボソッ
夫「あ゛?」
オズワルド「お前が気にすることではない。それよりも酒代か?また俺を殺人兵器としてこき使うのか」
夫「グダグダ言ってるとハチミツが入ったツボに入れて酒のつまみにするぞコラ!!」
夫はオズワルドを鷲づかみにしたまま家を出た。
無力な妻は黙ってそれを見ることしかできず、やがてワッと泣き崩れた。
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