魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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ANSUR8其は戦天使にして堕天使の頂点なる者~Guardianbellg~
前書き
堕天使ガーデンベルグ戦イメージBGM
TALES OF XILLIA 2「互いの証の為に」
†††Sideルシリオン†††
一瞬の浮遊感の後、俺が感じたのは「神秘の魔力・・・!」だった。先程まで居たベルカ、ミッドチルダや他多数の世界では一切感じとることの出来なかった神秘が、俺を出迎えてくれた。ゆっくりと目を開けると、そこは遺跡群のような場所だった。
「エイルトゥーン城塞の裏庭・・・」
ところどころ崩落している石造りの建造物には見覚えがある。しかし境界門というからにはもっと目に見えるもので、通過するところを視認できるかと思っていたが、まさかこんなにあっさりと上位次元世界に来られるとは。車いすを押すマリアが進むたびに干渉能力によって修復されていく石畳の路を進んでいくと・・・。
「センギル正門・・・懐かしいな。しかもなんだ、堀が生きているじゃないか。こんなに水が・・・」
エイルトゥーン城塞を囲う城壁に4つある門のうち、北門にあたるセンギル正門。門に続く架けられたままの跳ね橋を渡る最中、城塞を囲うように掘られた深さ5mほどの堀をちらりと見てみれば、堀には水が張り、しかも綺麗なせせらぎを見せてくれている。
逃走用として利用されている地下洞穴の水が涸れていない証拠だ。当時は空戦の出来る魔術師がとても少なかったため出来たことだが、ここに敵を落として、炎熱系で茹で殺したり、雷撃系で感電死させたりしたな。懐かしい・・・。
センギル正門を潜り、崩落していたり、なおも健在だったりする建物の合間を突き進んでいけば、城塞本部のエイルトゥーン城が見えてくる。
「マイスター・・・! この感じ・・・!」
「ああ。居る」
ここからでもハッキリと判るガーデンベルグの異常に膨れ上がった魔力。リアンシェルトより弱いと言われていたが、確かにリアンシェルとに比べれば神秘も魔力も弱い。しかしそれでもシュヴァリエルよりはるかに上の魔力と神秘だ。
「アイリに付いて来てもらって良かったと、心底思っている。許してくれ」
「ううん。言ったと思うけどアイリはマイスターの為に生きてる。これが正しいんだよ」
俺の膝の上にちょこんと座るアイリがニコニコと笑みを浮かべてくれている。俺にとっては妹、いや娘のような愛おしい存在。この子を死なせることなくガーデンベルグを救って見せる。決意を新たに俺たちはエイルトゥーン城の正面扉へ。傾いているドアの隙間から見えるのは、玉座の間へと続く鉄扉。あそこからガーデンベルグの魔力が漏れ出ている。
「マイスター。アイリ、魔術師化するから、そしたらユニゾンをしようよ」
「ああ。頼む」
――氷神裁く絶対なる術法――
本来は対リアンシェルト用の補助術式だが、魔術師化できることには変わりないことから強力な恩恵だ。
――ユニゾン・イン――
アイリとのユニゾンを済ませることで、俺の体が安定されていく。崩壊も収まり、自力で動けるようになる。俺は車椅子から立ち上がり、「マリア。世話になった。これまでずっと守ってくれてありがとう」と深く頭を下げて感謝の言葉を口にした。
「いいえ。ルシリオン様はガブリエラ姉様にとって大切なお人で、私にとっても兄と慕うに相応しいお方でした。ガブリエラ姉さまが守りたかった貴方を、私も守りたかった。貴方と同じ、テスタメントになるくらいに」
「・・・それのことなんだが、マリア、君は先に神意の玉座から降りるんだ」
マリアはおそらく今後誰ひとりとして成し得ない、自力で“界律の守護神テスタメント”になったという天才魔法士。その分、最弱の烙印を押されることになったのだが、人の身で玉座に昇ったのは奇跡なんて言葉では足りない。
「なぜですか?」
「この闘いで、君やリエラと過ごした記憶、先の次元世界での記憶は確実に失うと考えているからだ。ガーデンベルグを救い、玉座に還り、そこでマリアに対して、誰だ?と問いたくないからだ。君のことを憶えているうちに別れを済ませておきたい。すまない。残酷なことを言っているな」
「お気になさらないでください。私もガブリエラ姉様も、貴方を神意の玉座から解放することが目的なのです。たとえ記憶の中から消え去ってしまっても、貴方が解放されることが私たちの勝利なのですから。・・・ですが、アイリを八神はやて達の元へ帰さないといけないので、まだ降りるわけにはいきません」
「あー、そうか、そうだった。すまん、何から何まで・・・」
「もう。すぐに頭を下げようとしないでください。私がやりたいからやっているのですよ。だからルシリオン様は、ひたすらにガーデンベルグを救うことだけを考えてください。いいですね?」
マリアがぷくぅっと頬を膨らませる。俺は昔と同じように彼女の頭を撫で、「ありがとう。行ってくる」と笑いかける。するとマリアも「はい。いってらっしゃいませ。ご武運を」と笑みを浮かべ、正面扉を引きはがした。
「行こう、アイリ」
『ヤヴォール!』
マリアと車椅子を残し、風化しているカーペットを踏みしめて歩き、鉄扉の前へ。そこで足を一度止めて深呼吸。4thテスタメント・ルシリオンとしての長い旅路、そのゴールが目の前にある。両開きであるため2つのドアに両手を付き、グッと内側に向かって開く。
「『ガーデンベルグ・・・!』」
何千年経とうと色褪せない黄金の玉座。肘掛けに両手を置き、眠っているかのように俯いているガーデンベルグを視認した。そしてあの子も、俺を認識したのか顔を上げ、「・・・この魔力、ようやく来たな、神器王」と、下手くそな棒読みでそう言ってきた。
『ガーデンベルグって、ひょっとして大根?』
「『演技が必要な場面などなかったしな。ヴァルキリーは搦め手無用の力押しで十分だったから』・・・ガーデンベルグ」
「リアンシェルトを始めとした俺の部下どもに随分と手こずったようだな。それに、吹けば消えそうなほどに存在感が薄い。そんなのでこの俺に勝てるとでも思っているのか?」
「ガーデンベルグ・・・!」
「まぁいいさ。それでもなお挑んでくるのなら、返り討ちにしてやろう!」
「ガーデンベルグ!・・・もういい、つまらん演技を今すぐにやめろ! エグリゴリはもう記憶を取り戻していることは承知しているし、どうせお前は、俺とリアンシェルトの闘いも観ていたんだろう? ならば、俺の望みも判るな?」
「・・・・・・判ったよ。最期まで演技を貫けることが出来たシュヴァリエル達に義理立てしたいんだけど、こうまで言われたら仕方ないよな・・・」
そう言って睨みつけると、ガーデンベルグは小さく俯いて自嘲しつつゆっくりと立ち上がり、数歩分だけこちらに近付いて来た。そして彼我の距離およそ15mほどで止まり、「父さんから始めてくれ」と言って、ガーデンベルグは隙だらけに仁王立ちする。
「ガーデベンルグ。待たせたな。今、眠らせてあげるからな。『アイリ』」
『ヤヴォール! 深層同調を開始。神々の宝庫より魔力結晶を起動、魔力炉と融合開始・・・、完了。マイスターのリミッターを第二級まで解放!』
リアンシェルト戦後の4年で貯めに貯め、消費に消費を重ねながらここまでもったドーピング用の魔力結晶を使用し、リミッターを解除する。
VS・―・-・-・-・-・―・-・-・-・
其は最果てにて待ち続けた者ガーデンベルグ
・―・-・-・-・-・―・-・-・-・VS
「我が手に携えしは友が誇りし至高の幻想!」
“アンスール”メンバーの神器や詠唱し、プレンセレリウス――レンの神器である葬槍“ミスティルテイン”を具現化させて、逆手で握りしめる。
「初撃は任す!」
――ここ一番で使ってほしいが、まぁよしっ! さぁ行こうか!! オレの力を見せてやれ!――
「真技!」
“ミスティルテイン”全体にレンのミッドナイトブルー色の魔力が付加され、その場での旋回からの投擲を行った。“アンスール”の最後の王である俺からの敵対――攻撃を認識したことで、ガーデンベルグが「あぁクソ。やっぱ反撃機能がオンに・・・!」と悔し気に、そして苦し気に呻いた。
「ダメ・・・だ・・・もう・・・抑え・・・きれない・・・!」
「構わない! 来い! 受け止めてやる!!」
「父さん・・・! ぅぅぅあああああああああああああ!!」
“ミスティルテイン”は彗星のごとくガーデンベルグへと突き進む。対するあの子は回避せず、両手を突き出して防御姿勢に入った。あの子は最初回避しようとしていたが、直前に変に踏ん張ったのが見えた。勝手に回避行動を取ろうとした自身を無理やり抑えたのかもしれない・・・。
「(その強い意志、見事だぞ)彷徨える魂に怒涛たる制裁を!」
死を司る“ミスティルテイン”には物質透過という能力がある。物理的な防御を無視し、精神・魂に直接ダメージを与える。抵抗するにはそれに相応しい神器が必要になってくる。素手であるガーデンベルグにはこの真技を防ぐことは不可能だ。
「うぐぅ・・・!」
“ミスティルテイン”はガーデンベルグの腹を貫き、体内から体外へと魔力で出来た“ミスティルテイン”を何十本と突き出させ、あの子をウニのような姿へと変えた。続けて魔力槍が一斉に炸裂すると天を衝く魔力の柱となり、ガーデンベルグを呑みこんだ。
(グングニルは・・・いけるか?)
魔力も神秘も馬鹿みたいに喰う“グングニル”の解放のタイミングを間違えるわけにはいかない。“ミスティルテイン”の具現化と真技の解放だけでかなりの魔力を消費した。少しはダメージが入っていることを願うばかりだったのだが・・・。
――光瑳・斬烈閃――
なおも立ち上っている光の柱の中から強烈な発光が見え、俺はその場で深い伸脚をして体を沈ませる。その直後に頭上を通過したのは銀色の魔力斬撃。その一撃は光の柱を斬り裂き、ほぼ無傷なガーデンベルグの姿が現れた。
――マジかぁ~、おいマジか~。神器と真技の合わせ技だぞ? あれを耐えるなんてありえね~――
「レン、お前の真技、つかえねー」
――うっせぇよ! 絶対おまえが弱体化してる所為だって! オレの所為じゃねぇよ!――
ガーデンベルグの右手には、俺が“テスタメント”になることになった最大の要因である神器、“呪神剣ユルソーン”が握られている。“ユルソーン”を杖のように突き、全身から魔力を迸らせている。左手にはあの子を貫いていたはずの“ミスティルテイン”が握られており、ゆっくりと持ち上げて投擲体勢に入ろうとしたため、具現化を解除する。
――瞬神の飛翔――
剣翼12枚、菱翼10枚からなる完全空戦形態へ移行。手にするのは「エヴェストルム!」で、穂に刻まれたルーン文字に神秘のある魔力を流すことで、デバイスから神器へと変化させる。さらに、連結されている2つの柄にはめ込まれている魔石に魔力を流し、その効果で何倍にも増加されて戻ってきた魔力を“魔力炉”に蓄える。
「父さん! 遠慮なんて一切せずに俺をぶっ飛ばしてくれ!」
――高貴なる堕天翼――
「ああ! 行くぞ!」
雄孔雀の尾羽のような羽が20枚と放射状に広がり、ガーデンベルグの魔力と神秘がさらに増加していく。あの子がグッと軸足を踏ん張ったのが見えた。壊されないように“エヴェストルム”を元の指輪形態に戻し、こちらも術式を準備する。
「輝ける命を夜明けの竈にくべ燃やし、魔を成す贄とする」
――最速神駆――
八双の構えのまま、高速移動術式による突撃を行ったガーデベンルグ。それより早く俺は上昇し、突進からの一撃を回避。止まることなく足元を通過していったあの子は、そのまま玉座の間の出入り口から飛び出していった。
「天へと昇るは封を解き放つ至高の浄煙。其は棺に眠りし炎王を呼び覚ます烽火」
『ちょっ、ええええ!? どこまで行くの!? 逃げた!?』
「『いや。気を付けろ。すぐに戻ってくるぞ』封じられし棺は鳴動し、その振えは夕暮より宵闇へと進めるが為の虚無の鐘を鎮かに鳴らす」
――風雅・斬烈閃――
瞬間的な魔力の増大を城の外から感じ取り、その場から右へと3mほど移動した直後に巨大な真空の刃が飛来して、城を縦に真っ二つに斬り裂いた。遅れて斬り裂かれた箇所が風圧で崩れ、大小さまざまな破片が散弾銃のように襲い掛かってきた。
『コード・ケムエル!』
アイリが俺の体が収まる程度に広い氷の盾を前方に展開してくれたおかげで、破片の雨を食らうことにはならなかった。
『マイスターは詠唱に集中してね! 防御はアイリがやるから!』
「『ああ、任せる!』かくして王の眠りし棺の蓋は開き、溢れ出す烈火は天を燃やし、地を焼き、世界を浄化する」
入り口側の壁に無数の切り口が一瞬で刻まれ粉砕されると同時、ガーデンベルグが“ユルソーン”を上段に構えた状態で、瓦礫に紛れて突っ込んで来た。あれは防御するしないの問題ではない。全力で避けろ。瓦礫の防御はアイリに任せ、あの子の一撃に細心の注意を払いながら詠唱を続けつつ、宙を蹴ってこちらから突っ込む。
「王よ醒めよ。今こそ主の神火を奮う時。世の滅びの果てに待つ、再誕を担うがために!」
「なんで突っ込んで来たんだ!? ああもう! 避けてくれよ!」
――浄火・斬烈閃――
直撃は防御無視の死。その一撃をバレルロールで躱す。振り下ろされた“ユルソーン”の剣身から放たれた火炎斬撃は城をさらに損壊させ、城全体の崩壊を招いた。それに構わず俺はガーデンベルグの襟首を掴んだ。
「ぁが・・・!?」
「おらああああああああああああ!」
襟で首を絞められて苦悶の声を漏らしたガーデンベルグをそのまま背負い投げし、崩れた瓦礫の山に向かって放り投げる。
――女神の疾翔――
全身を魔力で覆い、宙を蹴って超高速突進でガーデンベルグを追撃。先ほど首が閉まったことですぐに反応できなかったあの子は、顔の前で腕を交差して突進体勢に入っている俺へのカウンターが出来ず、「ぐお!」と直撃を受けた。あの子を伴って眼下の瓦礫の山に突っ込み、全身を覆っていた魔力を爆発させての攻撃第二波をお見舞いしてやる。
『マイスター!』
『問題ない! 離脱後、さらに追撃をする。フォローを!』
『ヤヴォール!』
轟音と共に無事だった残りの城の壁や天井が崩れ始めたことで、俺は瓦礫を回避しながら広大で自由な空へと昇る。
「大炎帝の劫火!!」
空に描かれる直径10m程の魔法陣1枚、その周囲に13枚の5m級魔法陣が展開された。それぞれの放射面下に発生するのは同じ数の巨大な炎球14個。太陽のごとく燦燦と輝き、今か今かと砲撃命令が下るのを待っている。
『ガーデンベルグをロックオン! いつでもどうぞ!』
「ジャッジメント!!」
「炎熱系最強術式・・・!?」
――火装甲冑――
俺の号令の下に14の太陽から火炎砲撃が発射され始め、瓦礫から這い出て来たばかりのガーデンベルグに降り注ぎ、着弾と同時に火炎爆発が連続で発生していく。それを眺めながら『アイリ、次だ』と、次の上級術式を準備する。下級・中級などの小手先な術式に意味はない。上級で押し切る。
――雷霆・斬烈閃――
104発の爆撃が続く中、濛々と立ち上る爆炎と黒煙を斬り裂いて向かって来るのは放電する雷撃の刃。バチバチと放電されている雷撃系魔力も致命傷になりかねない威力を誇るが、屋内ならいざ知らずこの制限のない大空であれば回避するのは難しくない。
(炎熱系魔力で全身を覆って対炎熱系状態になっているな)
切り裂かれた黒煙の隙間から見えたガーデンベルグは、赤味がかった銀の魔力膜と轟々と燃える炎で全身を覆っていた。ガーデンベルグは使用する属性で魔力光が僅かに変色する特異性を持っている。魔術戦では欠点、“ヴァルキリー”として欠陥だが、あの子自身がその方が格好いいからと、改修を拒んだ。結局、あの子が強かったおかげでデメリットにすらならなかったな。
「母なる水よ、突き上げよ!」
――女神の昇滝――
「水・・・!?」
スルトの効果が終わると同時、城塞深くを流れる地下水を遠隔操作して、ガーデンベルグの足元から強烈な水流砲撃として放った。直後、超高音の炎と高水圧の水が振れたことによる水蒸気爆発が発生した。
『アイリ、二重詠唱を!』
『ヤ、ヤヴォール! やってみる!』
「其は天と大気を司りし偉大にして至高の女帝。鷹の羽衣の纏いて空を翔け、遥かなる世界の空に煌幕を張り揺らめかせる」
『其は殲滅と蹂躙を支配する破壊の王。汝の眼前には群れ成す哀れな子羊!』
「かの女帝が従えしは12柱のいと美しき従士。其は巫女、其は医者、其は後見人、其は使者、其は従者、其は鋤、其は恋愛、其は縁結び、其は誓い、其は詮索、其は扉、其は礼儀」
『振るわれる幾多の拳は滅びの形。恐怖を生み出す暴風は滅びへの冥府の息吹。八拳に込められるは創造にして破壊、正義にして不義、神聖にして俗悪、真実にして虚偽!』
「従えし女中と共に、かの女帝は天にて舞い踊る」
『生を奪い死を与える覇王の拳、その身に受けよ!』
以前から練習していたアイリとの二重詠唱を行う。消費する魔力がおそろしく多いが、記憶を失わずに勝利する方法を実行すれば問題はないはずだ。
『アイリ、先に頼む!」
『ヤー! 魔神の極拳!」
アイリが俺の“魔力炉”から引っ張り出した魔力で術式を発動。閃光系、闇黒系、炎熱系、氷雪系、風嵐系、雷撃系、土石系、無属性8種の魔力で組まれた巨腕が出現し、水蒸気爆発の白煙から飛び出してきたガーデンベルグに向かって岩石の腕以外が振り下ろされる。
(迎撃はしないだろ? ガーデンベルグ・・・!」
人間では指先で触れることすらかなわない魔造兵装第2位の“ユルソーン”、そのレプリカを持つガーデンベルグ。レプリカとはいえ最高クラスの神器。魔術を使わなくとも一撃必殺の神秘と呪いを内包し、俺の魔術や真技すらも斬り裂けるだろう。
(後悔、か・・・。ユルソーンレプリカをガーデンベルグに持たせてしまったことが、俺が犯した罪の1つだ・・・)
魔造兵装使用にはあるリスクがある。本来の担い手である魔族以外が使用すると様々なリスクを背負うという。特に1桁台の使用は常に致命的なリスクが発生する。それゆえに俺は、人間ではなく“ヴァルキリー”であるガーデンベルグに持たせることにした。人間に比べれば軽微なリスクとなることが判明したからだ。それでも“ユルソーン”を振るうたびに魔力を消費していき、無駄な攻撃も迎撃も出来ないというリスクは発生しているが。
「ダメだ、父さん! 上級でも、今の俺にはあんま効かねえ!」
そんな俺の考え通り、ガーデンベルグは迫る巨腕を切り捨てるようなことをせずに、足場として利用して俺の居る高度まで駆け上がってきた。なら、俺もスタンバイさせている術式を発動させるだけだ。
「至高女神の聖極光!」
雷撃系広域対空術式フリッグ。雷撃系8割・閃光系2割の魔力で出来たいくつもの強大なオーロラを発生させる。ガーデンベルグは目を見張ったが、すでに効果範囲に侵入している。オーロラから放電されている魔力が一斉にあの子に襲い掛かる。
「くそっ! また勝手に防性術式が発動して・・・!」
――雷装甲冑――
雷撃を受ける直前、ガーデンベルグの全身を覆った魔力膜。雷撃が魔力膜に触れると飲み込まれるかのように消滅してしまうが、そこに「アイリ!」の操る岩石の一対の巨腕による挟撃を行わせる。2つの拳をガーデンベルグは左右から受けて押し潰された。
「次だ!」
『ヤヴォール!』
勢いよく減っていくドーピング用の魔力結晶の数を把握しながら、追撃の術式を準備する。フリッグに使っている雷撃系魔力を利用して・・・
『恐神の投雷をスタンバイ!』
「天鳥の・・・」
アイリに雷の突撃槍を38本と生成してもらい、発射待機状態のまま待ってもらう。その間に俺も大気を操作しながら、「うおおおおおおお!」と雄叫びを上げて、巨腕を粉砕したガーデンベルグの姿を確認した。
「襲猟!」
遥か空から地上のガーデンベルグを狙って放つのは、すべてを圧殺する下降気流という名の風圧砲撃。
『逃がさないよ!』
――女神の紅流――
本来は戦場に転がっている敵兵や、その遺体から零れ落ちている血液を収束させて龍状砲撃として放つ水流系術式だが、アイリは地下水を利用して発動したようだ。ガーデンベルグの周囲の地面から4頭の水龍を突き出させ、あの子の逃げ道を塞いだ。その直後にあの子に着弾した砲撃は強大な爆風へと変貌し、水龍もろとも周辺の建造物を一気に倒壊させ、その瓦礫を吹き飛ばし更地にしていく。
『マイスター、よかったの? ここの城塞。アースガルド同盟の物でしょ? 思い出とか・・・』
『思い出は思い出でも戦争のものだからな。あまり残しておきたい思いではないよ』
――高き者にして強き者――
「『っ!?』」
濛々と立ち上る砂塵で姿が見えないながらも、ちゃんと感じ取れていたガーデンベルグの魔力反応や神秘が忽然と消失した。“ユルソーン”の放つ禍々しい神秘も完全に消失したことを考えると、具現化を解いたということだろう。ガーデンベルグの反応消失も、フィヨルツェンをはじめとした長距離狙撃機体なら標準搭載されている隠密機能を習得していればおかしくない話だ。
(エグリゴリは常に何かしらの新しい技能を自己進化で獲得していた。ガーデンベルグも例に漏れず、ということだろうな)
――多層甲冑――
とにかく姿を視認しなければ。アイリとともに索敵を行いつつ、奇襲を警戒して魔力結晶を十分に消費しての戦闘用における最高の防性術式を発動しようとしたところで、これまた本当に突然に“ユルソーン”の神秘が至近距離に発生した。
「な・・・!?『え・・・?』
「避けろ父さん!!」
視界の端に映る“ユルソーン”の血色の剣身。それと同時に耳に届くガーデンベルグの警告。考えるより早く本能が俺の体を動かし、その場から急上昇することで回避しようと試みたんだが、鋭く奔る紅い剣閃が俺の右脹脛を深く斬り裂いた。
『マイスター!!』
「ぐぅぅ・・・くそっ!」
ガーデンベルグの追撃を後退することで回避。多層甲冑を緊急解除し、さらにアイリが待機させてくれている雷槍で右太腿を穿ってグリグリと回して右足を引き千切る。その様子にアイリが『マイスター!』と悲鳴を上げた。
『大丈夫だ! すぐに再生させる・・・!』
“ユルソーン”の一撃を受けて呪われた俺の右足は本体から切り離され、形を保てずに崩壊していくんだが、それよりも早くボッと勢いよく燃え始め、一瞬で消滅した。
『焼殺の呪いとでも言うか、胴体じゃなくてよかったな。胴だったら終わっていた』
『安堵は後だよマイスター! 魔力結晶ですぐに治してあげるから!』
涙声のアイリに右足の再生を任せつつ、今にも泣きそうな表情を浮かべるガーデンベルグを見て、「馬鹿者。俺とシェフィの子が、そんな情けない顔をするな」と叱責する。
「父さん・・・ごめん・・・。俺――」
ガーデンベルグが宙を軽く蹴って後退したかと思えば、やはり姿どころか魔力・神秘や気配が一瞬で消えた。どういう理屈でそんなことが出来ているのかが判らない。
「おい、ガーデンベルグ! 聞こえているのなら、お前に今起きていることを教えてくれ!」
しかし返る言葉はなく、俺は奇襲を恐れて動き回り続けるしかない。ガーデンベルグの姿を探しつつ「アイリ、雷槍を俺の周囲に配置してくれ」と、せっかく展開されているのなら盾として使うのが有用だと考え、指示を出す。
『ヤヴォール!』
俺が手放した1本を含めた38本の雷槍が俺の全周囲に配置され、さらに先ほど緊急中断した「多層甲冑!」を再発動して、奇襲に備える。そんな俺にアイリが『マイスター注意。魔力結晶、残り半分だよ!』と、忠告を入れてくれた。
『了か――』
「下に避けてくれ!」
姿の見えないガーデンベルグからの警告が耳に届き、直角に急降下。と同時、頭上に配置していた雷槍3本が一閃の下に斬り捨てられた。降下からさらに直角に水平へと軌道を変えて、あの子を視界に入れつつ、さらに距離を取ろうとしたのだが・・・
『また消えた!? 一体どうやってやってるの!?』
消える寸前の予兆は何となくだが見えた。ただ佇んだまま消えるのではなく、予備動作なのか宙を蹴る仕草をしているのだ。いくつかの仮定が生まれるが単純に考えれば、「目にも留まらない速さで動いている、か」となる。
『そんな簡単なこと!? じゃあ、魔力や神秘の消失は!?』
『それは、まだ判らないが・・・。とにかく、近付けさせないようにするだけだ』
――凶蛇の環獄――
9発の蛇型暴風砲撃を相手に放つことなく、俺を中心に円を描くように高速で飛び回らせることで攻防一体の結界とする術式を発動。同じ軌道ではなく常に変化をつけるため、狙って隙間を突破することは出来ない。ガーデンベルグが突破する方法は、“ユルソーン”による直接斬撃か、ダメージ覚悟で突っ込むか、の2つ。
(風嵐系を得意とするアースガルド魔術師である俺の風嵐系なら、今のガーデンベルグの魔術でもそう簡単には突破されないはずだ)
結界のどこを攻撃されたかは風の流れで判るため、そこから反撃に移るのみだ。ここで雷槍の維持を破棄させる。俺の魔力どころかアイリの魔力も使っているからな。これ以上はただの負担にしかならない。
『アイリ。全力で挑む。魔力結晶の制限解除を頼む』
『体や戦闘の維持、真技の分もあるから、これ以上の消費はまずいと思う・・・』
『大丈夫。その辺りの対処法はある。もちろん、俺の記憶やアイリの命を使わないものだから安心してくれ』
『・・・そういうことなら。・・・ホントのホントに大丈夫?』
『信じてほしい』
『・・・ごめんなさい、マイスター。あなたを信じるのがアイリの仕事。ヤヴォール、魔力結晶の使用制限を解除する!』
ドクンと心臓が、“魔力炉”が跳ねる。膨大な魔力と神秘を元に「コード・フレイ!」を発動。本来は無属性魔力で創り出すものだが、今回だけは風嵐系の魔力で両手に創り出す。
「『来た!』」
直後、結界に穴が開いたのが風の振動で判った。ガーデンベルグの姿が見えないながらもフレイの効果によって、攻撃可能範囲内に入った対象に対して最適な斬撃を自動で行うべく体が勝手に動き出す。術者である俺の身体能力を無視しての自動攻撃であるため、俺の体が軋みを上げる。それでも、一撃だけでもガーデンベルグに与え、反撃の切っ掛けを掴み取りたい。
「父さん・・・!」
すれ違いざまでの攻撃ではなくピタッと至近距離で止まり、脇構えからの切り上げ攻撃を繰り出そうとしている姿で現れたガーデンベルグと目が合った。振り上げに入っているあの子の両腕の前腕部に、右手の魔力剣での内から外への水平斬りを打ち込んだ。
「っ!」『っ!?』
魔力剣が呆気なく破壊された。それでもと左の魔力剣を逆手に変えて、魔力剣を持つ左手や左足が勝手に動く。足で“ユルソーン”の柄頭を踏みつけ、魔力剣による刺突でガーデンベルグの首を直接狙った。剣先が防御で覆われていない素肌に直撃するが、やはり一瞬で破壊された。
(防性術式無しで、俺の魔術を完全に防いだ・・・? ガーデンベルグは一体なにを・・・?)
フレイの剣が破壊されたことで自動攻撃が停止し、体にドッと疲労が押し寄せてきた。俺の蹴りで振りが一旦は止まっていたあの子の腕が力ずくで動き出す。俺を跳ね飛ばし、そのまま振り上げられた“ユルソーン”の一撃を俺は避けようとしたが、一歩動き出すのが遅かったようで右膝から下を斬り飛ばされてしまった。
「ぐぅ・・・!」
『パ、パージするね!』
――リヒテンファーデン――
アイリの細い絃状のバインドが右太腿の付け根付近を縛り、そのままバツン!と断ち切った。
――影夜・斬烈閃――
闇黒系魔力を纏う斬り返しの一撃をその場で前方宙返りすることで回避し、ガーデンベルグの顔面を両足で踏み蹴り。ふごっ、と漏らすあの子を地上に向かって蹴り飛ばした、
『リヒテンファーデン』
「ジャッジメント!」
待機から攻撃実行を示す号令を下す。俺たちの周囲を飛び回る風蛇の軌道を変更させ、僅かに体勢を崩し、アイリのバインドに拘束されたガーデンベルグへと突撃させる。アイリのバインドはすぐに千切られていくが、その僅かな拘束時間が俺の攻撃が直撃するまでの時間を稼いでくれた。9発の風蛇があの子を全方位から襲撃し、迎撃も防御も回避もさせる暇もなく続々と着弾していった。
――風雅・斬烈閃――
「おっと」
球状に拡がる暴風爆発を水平に真っ二つに斬り裂き、そのままこちらに飛来する大きな真空の刃。戦闘甲冑は所々が破けているが素肌は無傷なガーデンベルグ自身も、刃を急上昇して回避した俺へ突っ込んで来た。間違いない。ガーデンベルグは素の状態でありながら俺の上級術式を完全無効化しているようだ。
『マイスター!』
『これはひょっとして・・・!』
空戦形態の高機動力をフルに活かしてガーデンベルグの追撃から逃れる。その場に1秒たりとも留まらないようにしながら、「ガーデンベルグ! お前、神器化しているな!?」と問い質した。
『神器化!?』
――最速神駆――
「避けてくれ!」
水平飛行の最中で背後から聞こえた警告。どう避ければいいのかと一瞬の逡巡が招いたのは、ガーデンベルグに「右脚・・・!」を掴まれて急制動を掛けられてしまったこと。掴まれている右足首を基点に体を捻り、振り上げられていた“ユルソーン”が今まさに降り下ろされようとしているのを視認。
「くっそ・・・!」
それより早く左の踵蹴りで“ユルソーン”の腹を蹴り、斬撃を逸らさせてやる。
――マルバド・サルド――
「これは・・・!」『は・・・!?』
直後、俺の右脚が吹っ飛んだ。俺とガーデンベルグが触れ合っているところから馬鹿みたいに強大な神秘を流し込まれた。そんな判りやすい攻撃であったため混乱はアイリだけ。
『マイスター!』「父さん!」
『再生だアイリ!』
“ユルソーン”の攻撃よりはマシなダメージ。すぐに数少なくなってきている魔力結晶を使って右脚を再生させる。
「ガーデンベルグ! 先ほどの質問の答えは!?」
「合ってる! 今の俺は、カトラスの固有スキルによって、全身が神器化されているんだ!」
――雷霆・斬烈閃――
“ユルソーン”の剣身に付加されていた雷撃が伸長されたことで巨剣となり、俺を両断しようと振り回される。ひらりひらりと回避して剣の長さの外へと逃げるが、ガーデンベルグは追ってくるし、剣もどんどん伸びてきているため、すぐに斬撃範囲に戻されてしまう。
『神器ならともかく魔術になら通用するでしょ!』
――コード・フニクズル――
アイリ自身の魔力と神秘で創り出されたのは8本の氷の突撃槍。突撃槍は展開されると同時に雷剣に向かって射出された。1発1発では圧倒的に負けているが、8本連続で直撃したことで雷剣は霧散した。
「カトラス・・・!」
カトラス・シュープリーム・ヴァナヘイム。戦導世界ヴァナヘイムが最後の王。そして、ガーデンベルグ達を“エグリゴリ”へと変貌させた首謀者。奴の所為で“ヴァルキリー”が洗脳され、堕天使戦争が起こり、“アンスール”が壊滅し、俺が“界律の守護神テスタメント”になり、約2万年も地獄を見ることになった。カトラスは、俺の人生で最大の敵だ。
「奴のスキルか・・・」
「最初はアイツの人格データも一緒で、俺やシュヴァリエル、バンヘルドにもあったんだ。まぁ300年くらい前に俺たち揃ってデリートしてやってけどさ。だけど、俺にだけプログラムされたスキルだけは消せなかった」
「体を神器化させるスキル。厄介にもほどがあるな・・・。あのくそ野郎、死んでもなお俺の神経を逆なでしてくる・・・!」
「どうすりゃいい? 父さん。今の俺は、父さんの魔術くらいじゃビクともしない。そして俺のユルソーンとスキルは、父さんを着実に追い詰めていく・・・! ほら、もう抑えていられない・・・!」
――皇魔・斬烈閃――
「(属性無しの術式!)女神の救済!」
“ユルソーン”より伸びる魔力刃を左手で触れ、その魔力を一気に吸収する。さらに突っ込んで来たガーデンベルグの、“ユルソーン”を握る右手首を掴み取り、もう一度イドゥンを発動するのだが・・・。
「(吸収できない。神器化しているから通用しないのか・・・。いよいよもって、だな)・・・ガーデンベルグ。もう無理に体を抑えようとするな。お前の意思で、お前の考えのままに体を動かして全力で来い。その方がお前の動きも読みやすいし、何よりお前の全力を受け止めたい。そのうえでキッチリ討ってやる。父と子、命を懸けた最後の模擬戦だ」
「父さん・・・!?」
セインテスト王家の、ひいてはアースガルドの至宝、神器「グングニル!」を具現化させると、アイリから『マイスター! 魔力の減りがすごいことに・・・! 魔力結晶、残り22個!』という、焦り一色の知らせが入る。200個ほどあった魔力結晶もたったそれだけになってしまったわけか。本当にあっという間だった。
「迷うな! 来い! ガーデンベルグ!」
「・・・おう!」
――天空翔駆――
“ユルソーン”の柄を両手で握りしめ、俺の剣翼アンピエルと同デザインをした剣翼8枚を背中に展開したガーデンベルグの目には、先ほどまであった迷いは無くなっていた。俺とガーデンベルグは同時に宙を蹴り、一気に距離を詰める。だらりと下げた左手に持つ“グングニル”の柄をギュッと強く握りしめ、ガーデンベルグは“ユルソーン”を持つ右手を水平に伸ばして振りかぶり、共に攻撃範囲に入った瞬間・・・。
「「おおおおおおおおおおおおおお!!」」
俺は振り上げ、ガーデンベルグは上半身を左に捻るようにして水平に振り払った。そして激しい火花を散らして激突した。神造兵装の頂点である“グングニル”と、魔造兵装2位の “ユルソーン”のレプリカの打ち合いは初めてだが・・・。
(グングニルでも一撃では砕けないのか・・・)
いや焦る必要はない。大丈夫、“グングニル”の真価を発揮すれば破壊できるはずだ。それに今は、“ユルソーン”よりガーデンベルグの体に未開放状態の“グングニル”でもダメージが入るかどうかが重要だ。連続で振るわれる“ユルソーン”の斬撃を、“グングニル”を回転させて2つある穂で弾き返し続ける。
(ここだ!)
激しい火花が散る中で見えた力の入れ方が甘い袈裟斬りの一撃を見極め、“ユルソーン”を強めに弾いてガーデンベルグの右わき腹をがら空きにしてやる。柄の左右に穂がある“グングニル”は切り返しという工程が省け、他の武器に比べて手数が多くなるため、相手の切り返しより早く次の一撃を撃ち込められる。そのメリットを活かしてカウンターを狙う。
「父さん、忘れている!」
ガーデンベルグの空いている左手が俺に向かってくる。カトラスのスキルによる身体神器化で、触れた個所から神秘を流し込んで攻撃するというものらしいが、「グングニルを超える神秘になるわけがない!」と、腰を支点にして“グングニル”をぐるりと回し、あの子の左肘を狙って振るった。
「っ・・・!」
『入った!』
“グングニル”の1mという穂が、一切の抵抗を受けずにガーデンベルグの左上腕から先を斬り飛ばした。スキル如きが神造兵装1位の神秘を超えるなどあるわけがない。という希望だったが、正解で何よりだ。
「今の攻撃で神器化が解けた・・・!? 父さん!」
「我が手に携えしは友が誇りし至高の幻想!」
『ちょっ、マイスター!?』
「シエル!」
――最後に派手なのやっちゃおーか!――
――真技・圧戒・歪曲空間――
シエルの2つある真技の内の1つ、超重力を発生させて対象を押し潰す重力操作術式。ガーデンベルグは重力の蓋に潰され、超高速で地面に向かって墜落し、そして激突した。
『マイスター! 魔力結晶、残り1個! ううん、無くなる! どうするの!?』
『神々の宝庫に貯蔵されている神器を利用する!』
人間だった頃に複製したモノは、“テスタメント”時に複製したモノとは違って記憶と同一ではない。記憶は記憶として脳に刻まれているため、当時の複製物を消費したとしても記憶は残り続ける。ただし、もう二度と神器も魔術も“エインヘリヤル”も具現化は出来なくなる、という最大のデメリットがあるが・・・。
アースガルドに帰還後、単なる魔術師になるか、それとも魔術も扱えなくなる一般人になるか判らないが、神器王の称号だけは返上確定だな。
「『ブレイザブリクの神器1つで魔力結晶の数十、百数個分にはなるはずだ。残る神器はアンスールやヴァルキリー、アースガルド同盟軍人、ヨツンヘイム連合軍人たちのものばかり。先に連合の神器から消費していき、次に同盟軍、ヴァルキリー、最後にアンスールの神器を使う』・・・カノン!」
――はい! 全力でお見舞いします!――
――殲滅爆撃――
黄金色の魔力弾数千発を展開し、「フォイア!」の号令の下に発射。重力の蓋を解除すると同時に魔力弾はガーデンベルグの至近に続々と着弾し、黄金色の魔力爆発が地面を覆い隠す。
――高き者にして強き者――
「おおおおおおおおお!!」
魔力爆発を突っ切って来たガーデンベルグになおも射出され続けている魔力弾が着弾しても、あの子はフラつきもせずにそのまま突っ込んで来た。左腕も再生され、再び神器化しているようだ。
「フノス!」
――止めてあげましょう! アンスールの全力で!――
右手に神造兵装2位の“神剣グラム”を具現化させ、振るわれる“ユルソーン”を真っ向から迎撃する。“グングニル”と同じ水晶のような剣身を持つ“グラム”が無限の呪いを含んだ“ユルソーン”と激突し、シャァーン!と綺麗な音を響かせて弾き返した。共に神器を持つ腕が後方に弾かれ体勢が崩れるが、俺は立て直しより優先してあの子の腹に蹴っ飛ばす。
「くぅぅ・・・!」
「でやああああああ!」
即座に“グングニル”を投擲した。腰を捻って回避しようとしていたガーデンベルグの左わき腹をごっそりと抉った“グングニル”は、その真価を解放していないため、手元に戻ってくることなく地面に向かって突き進んでいく。
――奥義・熾天聖の剣閃――
フノスの真技は魔力消費どころか今の壊れかけの俺の体では負担が大きすぎて使えないため、真技に次ぐ威力を誇る奥義の1つを発動。
――女神の疾翔――
轟々と燃え盛る“グラム”の柄を両手持ちし、両腕を伸ばして“グラム”を突き出した構えで発動するのは超高速突進術式。脇腹を再生させつつ距離を取ろうとしているガーデンベルグに突撃。あの子は“ユルソーン”の腹をこちらに向け盾とする構えを取った。“グラム”の剣先が“ユルソーン”の腹と激突。
「「おおおおおおおおお!!」」
脇腹の再生がまだ済んでいないガーデンベルグは宙ということもあって踏ん張り切れず、俺と共に地上へと突っ込み、そして背中から何度目かの激突となった。あの子の体の前に今なお盾として構えられている“ユルソーン”の腹を足場として俺は着地した。柄を握る右手、腹を支えている左手、その両方を封じてやった。“グラム”の具現化を解除し、次の術式を発動する。
「フォルテ!」
――ん。行こう、ルシル――
――復讐者の縛刺槍――
フォルテシアの神器、神造兵装13位の“宵鎌レギンレイヴ”を具現化して、フォルテの攻撃性能の無い対人拘束術式を発動する。ガーデンベルグが背中を付けている地面から生えるのは細長い円錐状の影槍13本。それらが両腕両足や胴を貫き、この空間に固定した。それを視認して、俺は“レギンレイヴ”で“ユルソーン”を二度三度と斬りつける。
『マイスター! 神器およそ1000本を消費! 大台に突入!』
『了解。このままアイリは俺の体の維持に注力してくれ』
『ヤヴォール!』
「イヴ姉様!」
――ええ! 存分に使いなさい!――
――高き者にして強き者――
“ユルソーン”の神秘に負けた“レギンレイヴ”が砕け、ガーデンベルグを貫いて拘束していた影槍も、再び神器化されたことで一瞬にして粉砕されたが、すでにイヴィリシリア姉様の神器、神造兵装4位である“神剣ホヴズ”の具現化は済んだ。“ホヴズ”で“ユルソーン”を1回だけ斬りつけてからあの子の腹に突き刺して、もう一度地面に縫い付ける。
「ジーク!」
――判りました。我が雷霆、奮ってください――
力帯“メギンギョルズ”を腰に巻き、籠手“ヤールングレイプル”を左腕に装着し、それでようやく操れることが出来る神造兵装3位の“天槌ミョルニル”。ガーデンベルグの腹に突き立っている“ホヴズ”の柄頭に狙いを定めて“ミョルニル”を振り上げる。
「いい加減に降りてくれよ父さん!」
「むっ・・・!」
ガーデンベルグは俺が足場にしていた“ユルソーン”を力ずくで振り払い、俺を宙に吹っ飛ばした。あの子はすぐに自分の腹を貫く“ホヴズ”の処理を行おうと“ユルソーン”の柄から手を離し、両手で剣身を掴んで抜こうとした。
「ミョルニル!」
抜かれるよりも早く、放電する“ミョルニル”を“ホヴズ”へと投擲する。ガーデンベルグは右手で“ユルソーン”の柄を再び手に取り、振りかぶって勢いをつけてからブーメランのように回転させて投擲。レプリカであり、なおかつ“ユルソーン”より1つ格が落ちる“ミョルニル”は、壊されはせずとも“ユルソーン”に迎撃されて大きく弾き返された。
「まだだ!」
弾き返された“ミョルニル”を掴み取り、もう一度投擲するためにガーデンベルグに視界を戻してみれば、“ホヴズ”がすぐそこにまで迫って来ていた。今から具現化を解除しても遅いと判断。“ミョルニル”を咄嗟に構えて盾とすることで、“ホヴズ”が俺を貫くという最悪なことにはならなかった。が、“ミョルニル”は砕け、“ホヴズ”も半ばから折れた。
「っく・・・!」
――最速神駆――
しかし砕けた剣先の欠片や、無事な本体部分はなおも突き進んできたことで、“ホヴズ”の具現化解除を行いつつ両腕を十字に構えて顔面を護るために右腕で顔面を覆った。いくつもの破片は霧散したが、折れた剣先が折れの右腕を貫き、直後に霧散した。
「皇魔・斬烈爪!」
腕1本の貫通くらいならすぐに再生できる。そう考えていたところに高速移動で接近してきていたガーデンベルグが繰り出したのは、素手に爪状の魔力を付加しての攻撃。狙われたのは左腕で、イドゥンによる吸収も間に合わず、掴まれると同時に引き千切られてしまった。
『マイスター! こっの! 調子に乗んなよガーデンベルグ!』
両腕の再生を瞬時に終わらせてくれたアイリに感謝の念を送りながら「ステア、セシリス!」の名を叫ぶ。
――よっしゃー! 派手に爆殺☆――
――焦熱地獄、どこまで耐えられる?――
――炎帝形態顕現――
――波炎転流陣――
――火装甲冑――
強大な熱エネルギーを纏って身体・術式強化という、補助術式でありながら攻防一体でもある自己強化術式と、術者の周囲へと拡がる炎の渦を発生させた。ガーデンベルグも炎の渦に呑まれたが、対炎熱魔力で全身を覆うことでダメージは入っていない。
「レーヴァテイン、シンマラ!」
セシリスの神器である神造兵装5位の“煉星剣レーヴァテイン”、同じく6位のステアの神器である“劫火顕槍シンマラ”を両手に携え・・・
――原初煉界の炎王絶技――
炎や炎熱系魔力を吸収し、自身や武装を強化する補助術式を発動。敵味方の炎熱術式はもちろん、自然な炎熱、自身の炎熱すらも吸収して自己強化できる優れものだ。その術式を使って、“レーヴァテイン”と“シンマラ”に炎熱を集束させる。
「「おおおおおおおおおお!!」」
“ユルソーン”を八相の構えて突っ込んで来ているガーデンベルグに、まずは“シンマラ”による突きを繰り出した。“シンマラ”はおよそ2m半の長さで、“ユルソーン”の剣身は1m半の長さだ。リーチで有利な俺の刺突を、あの子は“シンマラ”を叩き落とすように全力の振り下ろしで迎撃し、穂先が地面を穿ったところで柄を踏みつけた。
「光瑳・斬烈閃!」
「熱波震断刃!」
銀光纏う“ユルソーン”と、発熱して真っ赤になっている“レーヴァテイン”が激突。強烈な火花が俺とガーデンベルグの間で激しく散り、互いの体に一撃を打ち込もうと鍔迫り合いになる。互いに大剣であるため、至近距離での連撃は出来ない。力で押し負けた方が斬られる。
「アリス!」
――はい! 捕えて見せます!――
――一方通行の聖域――
「あ・・・!」
「カーネル!」
――おう! 母なる大地の一撃、受けてみな!――
――巨人の拳打――
ガーデンベルグを桃色の三角錐状の結界に閉じ込め、神器化スキルで突破されるより早くカーネルの術式、岩石で構築された一対の拳で檻を挟み潰した。
「シェフィ!」
――うんっ! 行こう、ルシル!――
一足飛びで十数mと後退した俺は、“レーヴァテイン”と“シンマラ”を解除し、すべてが魔石で出来たシェフィリスの神器、神造兵装10位である神杖“ガンバンテイン”を具現化。急上昇して空に上がり、“ガンバンテイン”の先端にある球状の魔石に魔力を込める。
――真技!――
「氷葬大結界・真百花繚乱!」
魔石よりガーデンベルグの周囲八方に放たれる冷凍砲撃8発。地面に着弾すると同時にその地点に巨大な氷の尖塔が発生。尖塔からあの子が閉じ込められている結界へと氷結の魔力流が地面を凍結させながら駆け抜け、そして結界に着弾。結界を飲み込むほどの巨大な尖塔が天を衝くように生み出され、その周囲にも大小様々な尖塔が放射状に発生し、最終的に氷の要塞と化した。
「グングニル!」
“ガンバンテイン”の具現化も解き、左手を空に伸ばした。するとどこからともなく“グングニル”が飛来し、俺の左手に収まった。
『マイスター! 連合魔術師たちの神器を全消費! 同盟魔術師の神器の消費を開始するね!』
『ああ!』
レオン達の記憶は残っているが、“エインヘリヤル”や術式、神器などが創世結界内から完全に消失したのが判る。まぁ、元より今後必要になることはないから問題ないが、同盟軍の神器の消費は少し寂しいな。
「(もうそろそろと思うが、さらにダメージを与えておくか)軍神の戦禍!」
アースガルド同盟軍に所属している全魔術師の神器、残るおよそ3800本を空に一斉展開。待機させている中でも神器が勢いよく消失し始める。もう少しだけもってくれ、と願いながらガーデンベルグが出てくるのを待つ。
――浄火・斬烈閃――
氷の要塞の中央にそびえ立つ尖塔から火炎斬撃が四方八方に放たれ、要塞が轟音を立てて崩壊していく。場所は変わらないようだ。要塞内を力ずくで移動したり、穴を掘って地下を移動したりするかもしれないと考えていたのだが・・・。
――最速神駆――
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
『ロックオン完了! いつでも大丈夫だよ、マイスター!』
「ジャッジメント!」
脇構えで“ユルソーン”を構えたガーデンベルグが突っ込んで来た。あの子は“ユルソーン”の能力を発動させていて、剣身が七支刀のように枝分かれしたものに形態変化している。あの形態になると、直接斬られずとも近寄っただけで柄を握っている者以外に呪いを振りまく病原菌感染源のようなものになる。アイリのサポートでそんなあの子へと全神器の先端を向け、号令の下に下位神器の第一波を射出した。
「真技!!」
“ユルソーン”全体から赤黒い魔力が噴き出し、周囲の氷の瓦礫を一瞬で溶解させる。そして魔力は鳥の羽根のような形をした長大な魔力刃へと変化し、一振りで迫りくる下位・中位神器を一閃のもとに消し飛ばしていく
「呪刻・斬烈閃!」
真っ向からの振り下ろしの一閃だが、再度下す「ジャッジメント!」の号令によって上位神器を射出。上位神器の集中砲火を受けたことで、“ユルソーン”の一閃は俺から大きく逸れた。それでもなおガーデンベルグは俺との距離を詰めようとしてくる。
「確かにお前の全力を見せてもらった! では、こちらも全力で行くぞ!」
――最高神の神槍――
今手にしているオリジナルの“グングニル”に加え、複製“グングニル”を4本と展開。投擲すれば必中するという能力を発動させて、「往け!」とオリジナル“グングニル”を投擲すると同時、俺の周囲に待機していた複製“グングニル”もガーデンベルグに向かって放たれた。
「っく・・・!」
――高き者にして強き者――
ガーデベンルグの体を穿とうと5本の“グングニル”は空を翔け、あの子は“ユルソーン”での迎撃や回避を余儀なくされる。俺への接近も攻撃も出来ず、掠り傷もどんどん増やしていくあの子に申し訳なさを感じながら・・・
『アイリ』
『なに?』
『今日までずっと、ありがとう・・・』
『っ!!・・・うん、うんっ!』
『魔力を振り絞れぇぇぇぇぇーーーーーーー!!』
『ヤヴォォォォーーール!!』
間髪入れずに放ち続けた神器や魔術で、ガーデンベルグも“ユルソーン”もそろそろ限界だろう。さらに複製“グングニル”を2本追加し、攻撃頻度を上げた。すべての神器を失っても構わない。このコード・オーディンで、“ユルソーン”を確実に砕く。
「まだだ!」
――真技――
「呪神・断界閃!」
“ユルソーン”の剣身から伸びる1本の長大な魔力刃が無数に枝分かれし、全方位に向けて斬撃を伸ばした。ガーデンベルグの真技はどれも“ユルソーン”頼りのもの(ユルソーンを与える前は、ちゃんと自前の魔力を用いた真技があったが)で、“ユルソーン”が無ければ発動できない。
「戻れ!」
オリジナルを左手に取り、複製6本を盾とするように俺の前面に配置し、“ユルソーン”から放たれた無数の刃を防御した。しかし神造兵装1位とはいえ所詮は複製品。一撃受けるたびにバキン!と砕かれる音が聞こえ、“ユルソーン”による直接斬撃で複製6本が一気に斬り捨てられた。
「グングニル!」「ユルソーン!」
膨大な魔力を消費して神造兵装としての神秘を引き出す俺に対し、ガーデンベルグは“ユルソーン”を通常形態に戻した。俺の全てを消費して本来の力を引き出されている“グングニル”と、本来の力を再封印された“ユルソーン”の打ち合う。
「さぁ、ガーデンベルグ。そろそろ終幕だ。覚悟はいいな?」
「ああ。・・・いつでもいいぜ!」
一歩も引かずに俺は“グングニル”を回転させてあの子の体に傷をつけ、あの子の振るう“ユルソーン”を終始防御に徹しさせる。
「父さん、本当に近接戦スキルが強くなったよな。昔なら最初の数手で俺が勝ってた!」
――高き者にして強き者――
何を思ったのがガーデンベルグは“ユルソーン”を空に向かって放り投げるという手段をとった。何をするのかと思えば“グングニル”の穂先を右手で鷲掴んできた。ほんの一瞬だが抵抗を受けたことから神器化しているのだろう。すぐに神器化は解除されたようだが、その一瞬の抵抗がまずかった。
――浄火・斬烈爪――
火炎の爪を纏う左手で“グングニル”を持つ俺の左手首を鷲掴み、そして爆破してきた。手首周辺が吹っ飛んだことで“グングニル”がガーデンベルグの手に移ったんだが、あの子は振るうことなくポイッと放り捨てた。
「でえい!」
「ぐっ・・・!」
俺の腹に打ち込まれるガーデンベルグの右脚による踏み蹴り。だが、ただでは蹴り飛ばされんぞ。蹴り飛ばされる前に無事な右手であの子の右足首を掴み取り、グッとその場に留まることに成功。そして落下している「グングニル!」を呼び戻すが、手元に戻ってくるより先に、あの子の左手に“ユルソーン”が戻って来た。
「マジで殺しに行くからな、父さん!」
「上等だ!」
キャッチした“ユルソーン”を振り下ろしてきたが、俺の脳天に打ち込まれる直前に足元からすっ飛んで来た“グングニル”がそれを迎撃。左腕が真上に弾かれたことでがら空きになったガーデンベルグの左脇腹に、シエルの重力術式の1つである重力を拳に纏う「フェアリー・バイト!」を打ち込んだ。
「おぐっ!?」
「もう1発ぅ!!」
再生されたばかりの左手にも重力を纏わせ、ガーデンベルグの顔面に打ち下ろしの一撃をお見舞いしてやる。全力で振り抜いて、あの子を地上へ向けて殴り飛ばした。側に待機していた“グングニル”を左手で取り、地面に激突したあの子へと突進術式「コード・グナー!」で突撃する。
「いてて・・・」
「おらああああああああああああああああ!!」
「っと! あぶねぇ!」
自分を埋めていた岩石などを退かし終えていたガーデンベルグは、俺の突撃から逃れるために地を蹴ってゴロゴロと転がって離脱。突き出していた“グングニル”があの子がたった今いたところを穿ち、大きなクレーターを造り出した。
――凍波・斬烈閃――
複数の氷結の魔力刃が飛来したが、“グングニル”を高速回転させて盾とすることで防御する。ガーデンベルグはその間に俺の背後へと回り込み、「影夜・斬烈閃!」と“ユルソーン”を振るってきた。その一撃を再具現化した“グングニル”レプリカ1本を盾として防ぎ、振り向きざまに左手に持つオリジナルの“グングニル”を振り払い、“ユルソーン”に一撃を入れた。
「「『っ!』」」
ハッキリと聞こえたバキン!という破砕音。“ユルソーン”の半ば辺りにしっかりと視認できるほどのヒビが入った。俺は「目覚めよ! 神槍グングニル!」と叫び、その場でくるっと一回転して遠心力を上乗せた上で投擲した。完全解放された“グングニル”は光のごとき速さで“ユルソーン”目掛けて飛び、激突した。
『ユルソーンが・・・!』
「砕けた・・・!?」
「~~~~~~~っ!!『アイリ!』」
『ヤヴォール!』
“ユルソーン”が破壊された。この瞬間、アースガルドにてフェンリルに封印されている俺の本体は不死と不治の呪いから解放され、同時に“テスタメント”で在り続ける契約も完了したことを告げた。鼻の奥がツンとなり、目頭が熱くなる。今すぐ泣き叫びたいほどのいろいろな感情が渦巻く。
(今は感情に流される時じゃない! きっちりガーデンベルグを救い、旅路を終わらせる!)
手元に戻した“グングニル”の柄を力強く握り締め、「コード・オーディン!」を再発動。先に盾として利用した1本に加え、3本を具現化。ガーデンベルグへと射出した。
「ユルソーンが砕けようとも!」
――真技――
炎熱、氷雪、風嵐、雷撃、閃光、闇黒、無属性の魔力で構築された2mの大剣7本がガーデンベルグの周囲に翼のように展開され、さらに7属性の魔力を一纏めにして創られた大剣1本が右手に収まった。そして迫りくる複製“グングニル”4本に向けて、「ジャッジメント!」の号令の下に大剣7本を射出。“グングニル”レプリカの迎撃を試みるが、魔術と神器とでは神秘の差がありすぎて逆に返り討ちに遭って消滅していく。
「顕召・界支七聖剣!!」
ガーデンベルグは傷つきながらも“グングニル”レプリカの猛攻の中を突破してきて、手にする大剣による直接斬撃という真技で挑んできたが、「終わりだよ、ガーデンベルグ」と俺は告げ、オリジナルの“グングニル”を一閃して大剣を砕いた。
「・・・あぁ、俺の負けかやっぱ」
“グングニル”レプリカがガーデンベルグの両上腕・両太腿を貫いて、空中に固定した。俺はそんなあの子から10mほど離れてから「真技!」を発動する。
――ルシリオン様。この想いは同情ではないことだけは解っていてほしいです。恥ずかしいので聞き逃さないでくださいませね。・・・わたくしガブリエラは、貴方様のことをお慕いしております。この先ずっと、永遠に・・・――
――私も一緒に背負うよ、ルシルが背負ってる十字架を。私ひとりじゃ頼りないかもしれないし、ううん、私じゃ全然力になれない。それでも一緒に背負うよ。これからはずっと、私がルシルを独りになんてしないから――
――わたし、諦めませんから! いつか必ず好きにさせて見せます! しつこいって思われても、わたし、オーディンさんのことが大好きだから!――
――独りはやっぱり寂しい。・・・それにわたし、ルシリオン君と友達になりたいんや。出来ればもっと会いたいし、お話ししたいし。そやから一緒に住めれば、その2つがいっぺんに解決できるな~なんて――
――好き、ううん、それ以上。愛してる。あなたを愛してる、愛してます。わたしの全てをあげたい、捧げたい、受け取ってほしい、貰ってほしい。わたしは運命を信じてる。その運命が告げてる。ルシル。あなたはわたしと結ばれるべきなのよ!――
――ルシル様! 私と結婚してください!――
胸の内を駆け巡るのは、彼女たちの俺へ伝える想いの言葉。次々と浮かんでは沈んでいく、みんなと過ごした思い出の数々。楽しかったこと、嬉しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと、本当にいろいろな時間を俺にくれた。不幸か幸福かを問われれば、幸福だったと答えられるどの時間だった。
『(あぁ、もっと一緒にいたかったな・・・)アイリ。ユニゾン・アウトだ』
『っ! ま、まだ! 最後の最後まで・・・!』
『アイリ。いつ俺が消滅するか判らない。ならせめて・・・真技を放った瞬間にユニゾン・アウトを』
『・・・うん、あ、ヤヴォール』
歯切れの悪い返事をするアイリに改めて『世話になった。ありがとう』と伝える。そしてアースガルド、ムスペルヘイム、ニヴルヘイム、アールヴヘイム、スヴァルトアールヴヘイム、ニダヴェリールという、同盟世界の魔法陣を横一列に並ぶように展開した。
魔法における環状魔法陣と同じ役割であり、魔法陣を通過するときに神秘・魔力・属性を付加し、魔法陣を通過するたびに速度を跳ね上げさせて、最後は光速に至らせる。
「眠れ! 神断福音!!」
その場で反時計回りに回転して遠心力を乗せてから、最初のニダヴェリール魔法陣へ向かって“グングニル”を投擲。“グングニル”が通過した魔法陣は収縮して、“グングニル”へと吸収される。スヴァルト魔法陣を通過して吸収し、アールヴ、ニヴル、ムスペル、そしてアースガルドの魔法陣を吸収して、閃光となってガーデンベルグへと向かい・・・
「ぁぐ・・・!」
胸部を貫いて大きな穴を空けた。あの子を空中に固定していた“グングニル”レプリカを解除すると、あの子はドサッと地面に仰向けに落下した。完璧に“魔力炉”を貫いたことで勝利を確信し、すべての“グングニル”の具現化を解除した。
――ユニゾン・アウト――
アイリとのユニゾンを解除すると全身から体が抜けて倒れ込みそうになったが、アイリが「マイスター!」と俺を抱き止めてくれた。
「マイスター! 記憶は!? ちゃんとアイリ達のこと、憶えてる!?」
「大丈夫。記憶は失っていない。・・・ガーデンベルグのところにまで連れて行ってくれ」
「あ、うん!」
肩を貸してくれるだけで良かったんだが、アイリは俺をお姫様抱っこした。ガーデンベルグの元にまで連れて行ってくれるなら文句は・・・まぁない。アイリに運ばれてあの子の側まで来た俺は地面に降ろしてもらい、胡坐をかいた俺は「俺の勝ちだったな」と告げた。
「やっぱグングニルは強いや。・・・父さん。いろいろとごめん」
「謝るのは俺の方だよ。俺がしっかりセキュリティプログラムを組んでおけば、お前たちが洗脳なんか受けず、堕天使戦争など起きず、6千年以上も苦しまなかったはずだ」
「それを言ったら父さんに限っちゃ2万年だろ? 俺らなんかよりずっと苦しい時間を過ごしたんだろ。見知らぬ世界に呼び出され、死んだり殺されたりを繰り返してさ」
「お前たちを、それに俺の創世結界で眠るシエル、シェフィ、カノンの魂を解放するためなら、どんな苦も耐えられた。そして今日、この瞬間に報われた。それでいいんだよ」
「父さん・・・」
体の消滅が始まったガーデンベルグが弱々しく手を上げたことで、俺はその手を掴み取った。するとあの子は「あぁ、落ち着く。これなら機能停止も怖くない」と、安心したかのように微笑んだ。
「おやすみ。ガーデンベルグ・・・。よい夢を」
「うん・・・。おやすみ、父さん・・・。生んでくれて、ありがとう・・・。俺も、リアンシェルト達も、幸せだった・・・。父さん、母さん達に出逢えて・・・本当に・・・幸せだった・・・」
それがガーデンベルグの最期の言葉だった。あの子の体は完全に消滅し、永きに亘る“堕天使戦争”が今ここに終結した。
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