歪んだ世界の中で
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第十六話 はじめての時その九
希望は真人と共に登校して自分のクラスに入ってだ。自分の席に座った。
その彼のところに千春が来てだ。満面の笑みでその挨拶をしてきた。
「希望、おはよう」
「おはよう、千春ちゃん」
希望もだ。その千春に笑顔で返す。
「今日も元気だね」
「昨日と一緒でね。お互いにね」
「そうだよね。それじゃあね」
「うん、それじゃあ」
「千春ね。実はね」
ここでだ。千春は懐からあるものを出してきた。それは。
一冊の文庫本だった。その本はというと。
「あれっ、この本は」
「そう。泉鏡花だと」
「ううん、結構マニアックかな」
「マニアック?」
「うん。夏目漱石や森鴎外と比べるとね」
そうした文豪達と比べるとだ。泉鏡花はというのだ。
「少しマニアックかな」
「そうなの?」
「僕の偏見かも知れないけれど。漱石や鴎外って誰でも読んでる癖のないものじゃない」
そうだというのだ。こうした文豪達はだ。
そしてそれに対してだ。泉鏡花はというのだ。
「妖怪。お化けか」
「うん」
「そういうのが出て来るからね」
「それがこの人の小説だよね」
「戯作でもね」
どちらにしても妖怪、泉鏡花の作風ではお化けと言った方が妥当か。そうした存在が出てくるのが彼の作品の大きな特色だというのである。
このことを言ってだ。それでだというのだ。
「そうだから」
「それでマニアックなの」
「そう思うけれどどうなのかな」
「そうかもね。ただね」
「ただ?」
「この人の小説面白いよ」
そうだとだ。千春はにこりと笑って述べたのだ。
「戯作もね。だからね」
「僕に勧めてくれるんだ」
「そう。これどう?」
希望は千春がその右手に持って彼の前に差し出しているその文庫本のタイトルを見た。それは天守物語、夜叉ヶ淵と書いていた。それを見てだ。
希望はだ。こう言うのだった。
「天守物語っていうと」
「うん。この町の近くにあるお城の話だよ」
「姫路城だったかな」
希望はこの城の名前を出した。八条町は神戸の長田区にある。神戸の西の方だ。だがその神戸の東にだ。その姫路城のある姫路市がある。
そこのことは希望も知っている。それで言うのだった。
「あのお城には僕も行ったことがあるよ」
「そうなのね」
「うん、何度かね」
「それで会えた?」
千春はにこりとしてだ。希望に尋ねてきた。
「あのお姫様に」
「姫路城の天守閣にいるっていう?」
「あっ、知ってるのね」
「有名だからね」
そのだ。天守閣の頂上にだ。そうした存在がいるという伝説があるのだ。
そしてそのことをだ。希望は言ったのである。
「おさかべ姫だったかな」
「いいお姫様だよ」
「いいって?」
「そう。とてもいい人だよ」
千春はにこりと笑ってだ。姫路城の天守閣にいるその存在のことを話してきた。
「千春も可愛がってもらったよ」
「えっ、可愛がってもらった?」
「そうだよ」
いつものにこりとした顔での言葉だった。
「とてもね。奇麗で優しい人だよ」
「千春ちゃんそのお姫様に会ったことあるんだ」
「あるよ。希望はないの?」
「というか本当にいるの?」
希望は首を捻って千春に返した。こう言いながらだ。
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