モンスターハンター 〜故郷なきクルセイダー〜
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特別編 追憶の百竜夜行 其の七
前書き
◇今話の登場ハンター
◇ノーラ
装備の新調よりも資金集めを優先する貧乏性に加えて、「死」のスリルに快感を覚える性癖まで持ち合わせている新人ハンター。武器はハンターナイフを使用し、防具はなくインナーを着用している。当時の年齢は14歳。
※原案は黒子猫先生。
「はいはーい! ディノさんディノさん、それなら私もお供しますよぉー! あいつの撹乱なら任せてください! 私、ギリッギリで避けるの超得意なんでっ!」
「ノーラ……お前、そんな格好でここに来たのか」
ディノとクリスティアーネの間にあった、仄かに甘いムード。それはディノの傍からひょっこりと顔を出してきた、同期達の中でも指折りの「変わり者」によって、完膚なきまでにぶち壊されてしまうのだった。
「当然です! 装備なんて買ったら、生活費が危ぶまれるじゃないですかっ! ……それともぉ、ディノさんが私を養ってくれるんですかぁ?」
使い込まれた跡が窺えるハンターナイフに、扇情的なボディラインを強調するインナー姿。
そんな初期装備そのものといった出立ちの彼女――ノーラは、その頼りない外観に反した自信満々な笑みを浮かべて、ディノの胸板に白い柔肌と豊満な胸を擦り付けている。くびれた腰を艶かしくくねらせているその仕草は、さながら気まぐれな猫のようであった。
「うふふ……全くもう、ノーラ様ったら……うふふっ……」
「……ッ!?」
刹那。背後にいるクリスティアーネの方から凄まじい殺気を浴びせられたディノは、えもいわれぬ悪寒を覚えながらノーラを引き剥がす。
「ノ、ノーラ。陽動の件については確かにありがたい申し出だが、気持ちだけ貰っておく。奴の爪や尾を防具も無しに食らえば、お前とて怪我では済まな――」
「じゃあ、いっきまーすっ!」
「――って、おいッ!?」
よりによって、防具すらない彼女にそのような危険な役割を任せることなどできない。それがディノの結論だったが、ノーラはそんな一般論など知ったことではないと言わんばかりに、軽やかな足取りでナルガクルガに向かっていく。
そして、ディノはすぐに思い知るのだった。彼女が頼りないのは、その見た目だけなのだということを。
「ほらほらぁ、どうしちゃったのかな〜? そんなノロい攻撃じゃあ、一生掛かっても私には当たんないよ〜っ!」
「なっ……!」
自分以上に、紙一重の間合いで爪と尾をかわしながら。彼女は巧みにその刃を振るい、迅竜の身体に傷を付けていたのである。
立ち回りの技術にかけては、間違いなく自分以上。そんな彼女の真価を目の当たりにしたディノは、「変わり者」に対する評価を改めざるを得なくなっていた。
彼女が作り出した「隙」は、ディノが少しでも戦いやすくなるように計算し尽くされたものであり。そのサポートを受けながら太刀を振るい続けていく中で、彼はノーラが持つハンターとしての才覚を、肌で実感し始めていた。
「……まさか、本当にこれほどの至近距離でかわし続けるとは。防具がないから身軽、というだけの動きではない。無謀極まりない装備はともかく、あの技巧は紛れもなく本物……」
「でゅふ、でゅふふふ! あぁっ、この薄皮1枚を掠めていく感覚! この身を焦がすようなスリル! たまりません、たまりませんなぁっ……でゅふふふっ!」
「……だとは、思うのだがな。あの言動ばかりは、どうにも付いていけん」
ただ、そのスリルに快感を覚えるあまり、だらしない貌で頬を紅潮させている彼女の姿は「異様」としか言えず。結局、「変わり者」には違いないというのが最終的な評価になってしまっていた。
とはいえ、ノーラの功績は確かなものであり。彼女の撹乱によって攻撃の機会を得たディノは、「気刃斬り」によってナルガクルガをあと一歩のところまで追い詰めている。
「……! いかん! ノーラ、伏せろッ!」
「へ? ――うひゃあぁあぁあっ!?」
だが、逆上した迅竜の咆哮は、回避能力など無意味と言わんばかりにノーラの身体を吹っ飛ばしてしまった。激しく地を転がる彼女はやがて、その先に置かれていた大きな「ドラ」に頭から突っ込んでいく。
「んごほぉっ!?」
「ノーラッ!」
「きゅるる〜っ……や、やられちゃいまひたぁ……」
天を衝くような轟音と共に、「ドラ」に頭突きしてしまったノーラは。ぐるぐると目を回してふらついた後、大きな臀部をぷりんと突き出すような格好で、敢えなくダウンしてしまうのだった。
「おのれッ! よくもノーラ、をッ……!?」
――すると、その瞬間。仲間を倒された怒り故か、ドラの音色が齎す効能故か。
ディノ達は、全身の力がかつてないほどに漲っていくような感覚に包まれていた。
「な……なんだ、この衝き上がるような昂りは!? 際限なく力が伸び上がっていくような、この感覚は……!」
「わらひもノビちゃってるんでふけど〜……」
ハンター達の身体に強烈な「昂り」を齎す、「反撃のドラ」。知らず知らずのうちにそれを鳴らしていた彼らは、ついに「反撃の狼煙」を上げたのである。
「クリスティアーネさん、これ……! なんだか凄く身体が熱くて……今なら、どんな敵にも勝てそうな気がしますっ!」
「ベレッタ様……参りましょう! この好機、決して逃すわけには行きませんっ!」
その概念を知らずとも、これが最大の好機であるということは本能で理解していた。故にディノも、クリスティアーネも、ベレッタも。立ち止まることなく各々の得物を振るい、眼前の竜を狩るべく声を張り上げていく。
「やぁあぁッ!」
「はぁあぁああッ!」
ティガレックスの咆哮も、爪も、容易くかわして。ベレッタは矢の嵐をその全身に浴びせ、クリスティアーネは渾身の溜め斬りを叩き込む。
「おおおぉおおーッ!」
「ディノひゃん、やっひゃえぇ〜……」
ディノもまた、ノーラの声援を受けて太刀を振るい、ナルガクルガを追い詰めていた。しかし、刃を研ぐ暇もなく戦い続けたためか、飛竜刀はその役目を果たすことも叶わず、へし折れてしまう。
「まだ……終わってはいないッ!」
それでも、ディノは諦めることなく。折れた飛竜刀をそのまま迅竜の眼に突き刺し、背負っていたもう一つの「得物」を引き抜くのだった。
蒼火竜より生まれし大剣、ブルーウィングだ。
(俺は所詮、真の武人にも狩人にも値せぬ半端者だ。そんな俺にも、あいつらは……手を差し伸べてくれた。お前が必要なのだと、頼ってくれた)
――師父にどれほど武の道を説かれても、技を鍛えられても。その力を以て為したい「夢」を見つけられなかった彼は、「出奔」という形で生家を去るしかなかった。
そんな彼をハンターの道に誘ったのが、見習い時代のアダイトとウツシだったのである。彼らとの出会いがなければ、生涯に渡って仲間達を守り抜くという「夢」を得ることはなかった。ポッケ村という、今の拠点もなかった。
鬱陶しい奴らだと煙たがり、冷たくあしらっていた頃も。そんな彼らと衝突を繰り返し、徐々に友情を育んだ日々も。今となっては全てが懐かしく、愛おしい。
(あいつらは焔だ。俺のような迷い人を、陽の当たる世界に導く灯火だ。その輝きを脅かす奴らは、この俺が絶対に許さんッ!)
だからこそ。彼らへの感謝の想いが今も、その胸の中にあるからこそ。反撃の爪を浴びて鮮血に塗れながらも、ディノは止まることなく大剣を振るい、迅竜にとどめを刺すのだ。
「おおおぉおッ!」
全身全霊を込めた彼の溜め斬りに、耐えられる竜などいない。それを証明するように、力尽きたナルガクルガは断末魔と共に倒れ伏していく。
「これで……!」
「とどめですッ!」
それと同時に、クリスティアーネの刃とベレッタの矢も、ティガレックスを撃破していた。初めて轟竜を討伐したベレッタは、感涙を浮かべて「姉代わり」の大剣使いに抱き付いている。
「ティガレックス、討伐完了……! やりました! クリスティアーネさんっ、私やりましたぁっ!」
「えぇ……お見事です、ベレッタ様」
そんな彼女と、温かい抱擁を交わしながら。甘く熱烈な愛情を込めた眼差しで、クリスティアーネはディノの背を見つめていた。
「……ディノ様も……ご無事で、本当に良かった」
自分達よりも遥かに傷だらけだというのに。自分よりも身長は低いはずなのに。彼の背中は山よりも大きく、逞しく見えてしまう。
そのように感じている自分の気持ちには、もう嘘などつけない。クリスティアーネは防具に隠された豊穣な胸に手を当て、その甘く切ない高鳴りを静かに確かめていた。
「クリスティアーネさん……?」
そんな彼女の様子を、ベレッタは涙を拭いながら不思議そうに見上げている。彼女がクリスティアーネの胸中を悟るのは、この戦いからしばらく先のことであった。
――後に、姉代わりとも言えるクリスティアーネの恋心を知ったベレッタは。家族愛を拗らせるあまり、彼女の「旦那」になる男を厳しく審査するようになってしまうのだが、それはまた「別のお話」である。
「迅竜、討ち取ったり。さぁ行くぞ皆、『反撃の狼煙』はまだ上がったばかりだ!」
「おおお〜……わらひもやるぞぉ〜……!」
「……済まんノーラ、お前の手当てが先だったな」
「おぉ〜やさしぃ〜……ディノひゃんしゅきぃ〜……。でもどうせ寄り掛かるなりゃ、クリスティアーネひゃんの爆乳おっぱい枕が良かったにゃあ〜……」
「ふらついてる割には多弁な奴だな、全く……」
一方。ディノはこの勢いに乗って攻勢に出るべく、回復薬を使う暇すら惜しんで次の獲物を狙おうとしていたのだが。未だにふらついているノーラの治療が先だと思い止まり、彼女に肩を貸している。
その様子を遠くから見守っているクリスティアーネが、切なげな表情で頬を膨らませていることには気付かずに。
「ここから先は頼むぞ……皆」
まだ戦いは続いており、予断を許さない状況なのだが。それでもディノの表情には、もう焦りの色はなかった。
「ドラ」の効果によって力が高まっている今の同期達ならば、どんなモンスターが相手だろうと決して負けることはない。そう信じることに、決めたのだから――。
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