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幻の旋律

作者:伊能忠孝
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第九話 加速する臨場

木村警部は、一連の事件を追いながら頭の中は混乱に陥っていた。

「親父が二〇年前に掴んだ「橋げた落下事故」の情報とは・・
あのサングラスの男の正体とは・・
あのジャーナリストめ!俺に連絡すらもしてこない・・・」

県警本部は「大規模麻薬輸送事件」に関して解決と見なしていた。それは、首謀者である佐々木次郎と、凶悪な殺し屋である滝沢馬琴が逮捕されたからである。彼はこの一連の事件で福岡県警最年少の警部となったが、二〇年前の時効事件を追っていた木村警部に対し、大牟田署の警官達は距離を置いていたのだ。本来の任務も果たさず休暇を取りまくり単独で捜査をしていた事に対し、県警本部でも問題となっていた。そんなある日、警視正は木村警部を呼び出し言った。

「君は過去の事件にこだわりすぎだ・・
かつて麻薬捜査官であった父に対する供養もつもりであろうが・・
あの事件は・・もうすでに時効なんだよ・・」
警視正は静かに言った。
「確かにそうであります・・しかし・・」
木村警部は反発的な態度に出た。
「木村警部!もういいこの件は忘れろ!
私は、君を高く評価しすぎた・・君の、一連の捜査状況を見て極めて大胆な行動を評価し警部まで出世させた。しかし今の勤務態度では今後の出世は見込めない!君は警視にり大牟田署の署長になりたいのだろ??」
「・・・・・」
木村警部の表情が変わった。
「だったら、私に従いなさい・・」
「はい!」
木村警部は敬礼した。そして、警視正は言った。
「君は、来年度の春より、ソウルで主催される「世界刑法ツアー」に参加し、各国の警察のありかたについて勉強してきなさい!もちろん君は福岡県警代表だ!ハハハハハ
だから過去の捜査から手を引き、大至急、参加準備に取りかかりなさい!」
木村警部は敬礼し部屋を出た。

孤独な木村警部は今夜も一人で大牟田の繁華街に出かけた。
「ふざけやがって、あの警視正め!・・春からだと・・
ならば、この事件を早く解決しなくては・・もう、俺にも時間がないぜ・・」
逆にこの警視正の命令は木村警部を焦らせてしまった。

「なあ・・美香・・このサングラスの男がどうも気になる・・
今この男と連絡取れないか・・」
「無理だわ・・・」
「名前も知らないのか・・全く、どいつもこいつも・・」
しばらく無言のまま飲んでいたところ、電話が鳴った。
例のジャーナリストからだ。
「俺だ・・」
「何!・・本当か!」
木村警部は興奮し、写真台長からある写真を取りだした。
二人はしばらく話して電話を切った。
美香はそれをじっと聞いていた。
「ちょっと・・お願いがある・・」
「何だよ!・・俺は忙しいんだよ!じゃーな!」
「待って!」
美香は、木村警部の裾を掴んだ。
「・・・・」
「電話で話していたその子の写真見せてくれない・・・今すぐよ!」
どうも美香の顔色は普通ではなかった。

木村警部は、稲又警部補と共に、佐々木の刑務所に来た。面会はこの日は初対面である。
佐々木の顔は何かの火傷跡なのか黒く薄気味悪い悪党顔で正面に座っていた。
いきなり、木村警部は、佐々木に拳銃を取り出し突き着けた。
「おい!止めてくれ・・・」
「今俺は、お前をこれで殺してもいいんだぜ・・・俺わな・・」
「何だよ・・一体何だ!」
「俺はな・・木村秀長の息子だぜ!」
「ええ!あの捜査官の!・・」
「ああ・・やっぱり親父を知ってるでないか・・その件は時効だがそれはあくまでもこの日本が決めた法律だぜ!この俺が法律なんだよ!」
木村警部は本気だった。
「警部!落ちついて下さい!今日はその件ではないでしょ・・」
「そうだな・・・・・」
警部はしばらくして落ちつき冷静に言った。写真台長をめくった。
「おい・・お前は、このサングラスの男、知ってるよな・・」
「ああ・・・話すよ・・・」
「この男は、金竜組の相当腕利きの幹部でこの街では、有名人だ・・
この闇の世界でこの男を知らない者はいない・・」
「おい・・なぜ、そんなに有名なんだよ?」
「将棋の経験しかないこの男がプロのチェスプレイヤーに勝利したんだよ・・」
「それは、凄すぎる!名前は・・」
「知らないが・・麻薬輸送ルートの件で、平賀組長とこのサングラスの男を殺すように滝沢に命令した!この男が麻薬ルートを暴いたに違いない!しかし、この男を取り逃がしたがね・・」
「そうか・・・」
このとき佐々木はある写真に目が止まった。
「おい!この写真を何処で手に入れた!」
三人の男達の写真である。
「ああ・・これか・・組長死体のポケットに入っていたよ・・」
これが、伊能良蔵、平賀組長、そしてこのガキは・・」
「どうした、佐々木・・」
「いやなんでもない・・」
佐々木は動揺していた。
「あ・・そう言えば・・お前もこのガキを知ってよな・・」
「知らねえよ・・」
佐々木は震えていた。
「いや、そんなはずないぜ・・・このガキと、お前が殺そうとしたこのサングラスの男は同一人物なのにか・・」
「なに!」
佐々木は突然暴れ出しうめき声を上げた。
「熱いぜ!・・・誰か水を持って来い!」
取調室の机、椅子をひっくり返し、暴れまわっていた。
「おい、佐々木!どうしたんだよ!」
「この顔の傷が何だか分かるか!この古傷が痛むんだよ!このガキに焼かれ傷がな!
こいつは俺を殺しに来る!助けてくれ!」

賢治は、いつものお願いをした。
「今日も帰りのHR頼む・・」
「ごめん!今日は用事があるの・・」
何だか、幸代は元気がないようである。
「そうか・・悪かったな!」
幸代は、この日昼間から早退した。
「何だかいつもと様子がおかしい・・いつもなら俺に嫌言を言うのだが。」
賢治はその様子に不思議がっていた。

木村警部は大牟田市役所に向かった。
「面倒だぜ!全く・・世界刑法ツアーだと・・あの警視正め・・」
「でも俺は福岡代表だぜハハハハハ」
春から海外研修に出かけるため、パスポートが必要なのである。

「あの・・戸籍謄本を発行して下さい・・・」
「しばらくお待ち下さいませ・・」
木村警部は暇つぶしに歴史資料室に行った。
そこには、大牟田の歴史上の著名人達の写真が飾ってある。三池炭鉱のコーナーに目がいった。そこには、有明沿岸の測量図、一枚の油絵があった。二人の男が夕日に背をむけ砂浜を歩いている様子が描かれている。
「やはりこの人有名人なんだな・・有明沿岸を約三00キロにわたり測量をした伝説の測量師、伊能良蔵・・」
「お待たせしました!木村様!」
「ありがとう!あの・・この人そんなに有名なんですか?」
「この人の祖先は、噂によると、あの伊能忠敬だそうです!」
「は!凄すぎる!」
「いや・・俺の祖先は、おそらく大塩平八郎だ!なんせ俺は30歳県警一年目にして警部だぜハハハハハ」
「そんな訳ないじゃないの!それにあなた自分の自慢してるの!馬鹿じゃないの・・失礼します!」
「は?役員は冗談も通じないのか!全く固い女だぜハハハハ」
木村警部は戸籍謄本を広げた。
「あれ・・なぜ俺の家族は親父と二人ではなかったのか!なぜ戸籍に4人もいる!・・」
「おい!待てよ!姉ちゃん!この戸籍でたらめじゃないか!間違えるんじゃねえよ!」
「何言ってるの!あんた役所をなめるな!」
その女性職員は興奮して去って行った。
「は?俺の旧姓だと!嘘だろ!・・・
ということは・・この油絵に描かれている、このガキと爺とは!・・」

すぐさま、有明沿岸道路工事現場に到着した。
「俺はこういう者だ!ここの責任者は何処だ・・」
「は・・・この工事は、今や国家最大規模の公共事業です。最近まで、代表は、平賀源内ですが、死亡したため・・まあ、私等は大した工事はしていないですがね・・
もうこの巨大橋の土台はすでに完成おりました・・全く凄いですよ。噂によると現場経験のない外部の人間が、完成させたようです・・一流の専門家らも驚いていましたよ・・・」
「その男の名は?」
「知りません?何か凄く若くて、刑事さんと同じ年ですかね・・よく平賀監督と夜の街に飲み歩いてたらしいですよ・・・」
木村警部は、ただ茫然と第七工事現場から海を眺めていた。
「おい・・親父・・
その男って・・俺の兄貴なのか・・・
これが真実なのか・・」

賢治はその夜、いつものバーに久しぶりに飲みに行った。カウンターに座り一人煙草をふかしている。その時だった。
「カランカラン・・」
誰かが入って来た。賢治は、懐かしい感覚に捕われ、慌てて扉を見た。
「・・・・」
幸代が店に入って来たのだ。
「あ!なぜあなたがここに!」
「え!」
幸代は、賢治を見た。
「深谷先生!」
「おおお・・俺達は意外と縁があるかもなハハハ」
「なにそれハハハハハ」
「何だ?元気がいいじゃないか・・俺心配したんだぜ!」
「ありがとう・・」
しばらく、2人は会話した。
「実は、今日ね、私の母の命日だったの・・」
「え・・そうだったの・・」

「毎年この日は寂しいと共に、ある人の事を思い出すの・・」
「ある人?・・」
「今夜は私の昔話に付き合ってくれる・・」
「ああ・・・」

幸代は、母子家庭で育った。裕福でなかったが、母と二人で仲良く暮らしていた。貧しいからこそたくましく成長し、やがて、ピアノを習い、幼いころからその才能を発揮し、やがて高校に入学し、進路を決める時、幸代は音大に進学を希望したが母は経済的に無理だと強く反対した。

「へえ・・・」
「東京の名門音大なら学費が半端ないでしょ・・普通の家庭では行けないよね・・」
「そうなのよ、家にはお金がないはずなのにね・・それがね・・」

しかしある日、母は幸代に言った。
「でも、あんたがそこまで言うのであれば、・・ただし条件がある。あるおじさんに会いなさい!」
母の言う通りに幸代は指定された場所に行った。そこは、巨大鉄橋の工事現場だった。やがて、作業着を着た男がちかずいてきた。
「幸代ちゃんだね・・」
「はい、そうです・・おじさんは・・」
「覚えてないかな・・・親戚のものだよハハハハ」
「おじさんところで、ここで何の仕事してるの・・」
「俺は、現場監督してる・・巨大鉄橋のな!」
「そうなの・・・」
幸代はその話に興味が全くなかったがしばらく聞いた。
「なんだかつまらなかったか・・・」
「そんなことないわ・・おじさん楽しそうだったから。まるで少年みたいだねハハハハ」
「そうか!面白かったかハハハハハ!」
「私ね、母子家庭で育ってね、お父さんがいないから、・・それで、今ふと思ったの!おじさんみたいな、パパがいたらなってね・・」
その瞬間、男は泣きそうになった。
「そうか・・・ハハハハハ親戚で残念だったな・・これも何かの運命だろう・・」
「そろそろ、時間だな・・」
その男はあまりのも複雑な思いでその場には居られなくなった。
「え・・なんで、今から仕事なんだ・・」
「そう、残念だわ、まだ話したかったよ・・」

「最後にね・・お前さんには、力強い人生をおくってほしい・・
人生というのはとてつもなく悲しい事もある・・
そんな出来事に遭遇したとき・・
「ベルヌーイの定理」が人生において成立してることを忘れないでほしい・・・
自分自身のやりかたで、莫大な何かのエネルギーに変えることが可能なんだ!」
「何だか、良く分からないわ・・でもその言葉忘れないわ!おじさんも元気でね・・・」

賢治は、幸代の話を何気なく聴いていたらやがて興奮し
「え!そのおじさんが巨大鉄橋の現場監督だと!」
賢治は、グラスのウィスキーを飲みほした。何だか落ち着かない様子である。
「どうしたの?」
「いや・・話の続きを・・早く聴かせてくれ・・」

「その後、私は、その後母を失い、でも東京の音大に進学したの・・出発の前日に、何だかそのおじさんが気になって、土木作業事務所を訪れたの・・おじさんはその時いなかったわ・・そうしたら、そこには、壁にはある絵が掲げてあった・・」
「絵・・・」

「私の母が描いていたはずのね・・
二人の男が砂浜を歩いている・・」
賢治は、そっと目を閉じた、そこはもちろん暗闇で、想い出の渦の中に、自分自身が螺旋状に落ちてゆくのをただ感じたのだった・・・・

「今日も早退してその現場に行って来たわ・・その絵を見にね・・母の有一の形見なのでも、もうそこには事務所すら存在しなかったの・・」

「ねえ・・何寝てんのよ・・私の話きいてるのよ!」
賢治は目を開いた。
「ああ・・しっかり聴いたよ・・良く分かったよ・・・」
「ところで、ベルヌーイの定理ってそんなにすごい定理なの?」
「いや・・・そんな定理知らないな・・」
賢治は無表情に答えた。
「今夜は冷たいのね!」
幸代は不機嫌になった。
二人はしばらく黙っていた。そして、賢治は空いたグラスの中の氷を見つめながら口を開いた。

「なあ幸代・・」
「何よ!」

「この世の中には、偶然なんて存在しない・・
自然現象だってそうだ・・
もし、それらの現象が、すべて偶然であると仮定するのであれば・・
我々、科学者の仕事が無くなってしまう・・
それでは退屈なのだ・・
だから、俺は、どんな出来事であろうと、それを必然と考える・・
それには何かの理由があるとな・・
人生は必然の連続だ・・
きっと、そこにも何かの法則が存在するのだ・・
俺達が今、この場所にいるのも・・」

賢治は次の瞬間、幸代を見た。

「そう、必然なのかもしれない・・
いや、それどころか・・」

「何言ってるの、酔っぱらってるんじゃないわよ!」
もう帰りましょ・・」

「俺はまだ飲んでるよ・・一人で帰ってくれ・・」

「はいはい・・私を送ってくれないのね・・さよなら・・」
幸代は、扉に向かって歩き始めた・・
「今夜は、あんたのおごりだからね!」
幸代は扉の前で足を止め振り返った。
「・・・・・・・」
その懐かしその言葉に賢治は、ほほ笑みながらうなずいた。
「ねえ!マスター!タクシー呼んでよ!
あと、この扉、新くなってるわね・・」
「はああ・・先日、扉の外で銃撃戦があったもので・・」
「そう・・賢治!早く帰りなさいよ!明日、HR寝坊するなよ!」
幸代はやがて出て行った。
「これは、運命だ・・」
賢治は、煙草をふかした。

「タクシー遅いわね・・」
幸代は、入り口の階段に腰を掛けて待ったいた。
足元には花が置いてある。
「綺麗だわ・・・何だかここに座ってると、懐かしい感覚だわ・・ハハハ酒のせいかしら・・」
幸代は意識を失いかけた・・

「さよなら・・行ってしまうのね・・」
「うん・・僕達行かなきゃ・・また旅にね・・」
「また会えるかな・・」

やがて、幸代は眠りについた。

ラジオからニュースが聞こえる
「今日午後5時頃、鳥栖市にある麓凶悪犯刑務所から、滝沢被告が脱走しました!彼は、金竜組の組長である平賀源内の殺害罪で逮捕された極めて危険な男です。福岡県警暴力団対策本部は、つぎなる殺害を予想して本格捜査に乗り出しました。捜査部長である木村警部の話によりますと・・・・」

「どうも、俺にも危険が迫ってるようですね・・
今まで、好き放題やって来たから・・学会、いや教育界からも追放された・・
俺の「宿命」ってやつですかね・・
俺は、幸代と共にこの街にいていいのでしょうか・・
どうか教えて下さい、組長・・」

賢治は、深いため息をつき目を閉じた。
遠い追憶の世界から声が聞こえる気がする。

「なあ・・賢治どうしたんだ・・寂しそうな顔して・・
あの子と別れるのがそんなに悲しいのか・・」
「別に・・」
「強がらなくていいんだよ・・
縁があればまた会えるのさ・・
それが運命だ・・ハハハハ」

「続いて、次のニュースです!明日、いよいよ有明沿岸道路開通が開通します!
以前よりこの工事に関して、一級河川である中島河を横断する巨大鉄橋の建設が最難関とされていました!しかし運輸大臣、古賀誠氏の動きにより、ついに完成しました!これにより、流通が円滑に行われ、この地区一帯は都市化急激に拡大することが期待されています!」

「組長!今の聴きましたか・・俺達の・・
いや、俺達三人の橋がついに完成したのですよ・・・・」
これは、俺にとっての未来への架け橋なんですかね・・
いや、じいちゃん・・これは・・
今や錆びれてしまったこの大牟田の生命線でしたね・・・」

賢治はほほ笑んだ・・・

「組長・・
あなたの娘さんを誘拐します・・・
もちろんいいですよね・・・・」

木村警部は佐々木に面会した。

「何だよ、しつこいぞ・・お前の親父何か知らない・・」
「ああ・・もう、そんな事はどうでもいい・・・
どうせ時効だしな・・」
「・・・・・」
「今日、聞きたいのは・・
お前が、そのガキに焼かれた理由だ・・・」

翌日の夕方、幸代は机上に封筒が置いてあるのに気がついた。
「何これ?」
賢治からだと気がつき心が躍った。

「今日に7時に、三池港で待っている!しっかり、おめかしして来いだと・・」
「は?私は予定があるのよ・・もう・・先生ったら・・」
幸代は慌てて学校を飛び出した。

この夜、福岡県警本部では臨時捜査本部会議が開かれた。
黒板には、二枚の人物写真が掲示されている。
代表の木村警部は皆に挨拶をした。
「今夜、皆様に緊急集合をかけた理由は・・
先日、脱走した滝沢馬琴に関することです。滝沢被告は金竜組の組長平賀源内を射殺し、次なる殺害計画を立てています。標的はこのサングラスの男です。まずはこの男についてお話致します・・・・
ある日、突然、第七工事現場に現れたこの男は、本日開通致しました有明沿岸道路の最難関工事とされた巨大鉄橋の建設に従事しました。当時、有明沿岸道路の建設の代表である平賀源内とも、公私ともに距離が近い男であります。この男は作業中に銀竜組による大規模麻薬輸送計画に感ずき、トラックの行き先である中島川の上流を調査、周辺の地形を正確に測量し、その図面などを証拠品として県警の私宛に郵送しました。この麻薬輸送経路は、三池港を出発点とし、中島までは、有明沿岸道路の工事現場のわき道を利用しその通行料として、莫大な金を佐々木から平賀組長へ渡ってたもよう。しかし、この経路が断たれましたが、この男は、平賀に恨まれることはなかったのであります。それはあの夜、佐々木がこの麻薬輸送ルートの件で復讐するために、滝沢に二人を射殺するように命令しました。そのとき、危険を察知した平賀は、この男を店に残るよう命令し、いち早く出た平賀だけが射殺されています。このことからも伺えます。」
「なぜ、この男は、作業に従事し、警察に証拠を渡したんだ・・利益などないはずだ・・」
「これには、深い訳があります・・私の憶測にすぎませんが・・後ほど理解出来ることでしょう・・・」

「続きまして、「橋げた落下事故」についてです。二〇数年前の事故ですが、当時ある警官が事件性があるとして調査していました。当時の代表は、あの伝説の測量師、伊能良蔵です。彼は、当時の麻薬輸送計画を気がつかずに、銀竜組から当時若頭である佐々木から多額の金を受け取っていました。ある時、伊能良蔵は、その計画に感ずき、通行を突然拒否しました。当時第七工事現場監督の平賀源内は、橋げたを一部完成していましたが、ある日それが崩壊しました。ちょうどその時、漁船がその下を通過していたため多数の死傷者がでてしまったのです。今になり明らかになったのですが・・それはすべて、佐々木が仕組んだの計算通りの計画だったのです!これは佐々木も自供によるものです。」
「え!あれは事件だったのか!」
「はい・・当時この事実を知る者はいませんでした。中島の漁民達は、当然、代表である伊能良蔵、現場監督である平賀源内を恨んでいた。その被害者の遺族の中に滝沢がいました。当時小学6年生です。この事故を機会に自信喪失になった平賀は数年の間現場から姿を消しました。
当時、私の父である木村捜査官は銀竜組に睨まれる中、麻薬捜査をしていました。やがて麻薬輸送と橋げた落下事故の関連性に気がついた父は、伊能良蔵を第七工事現場に呼び出しました。しかし、その事をすでに悟っていた佐々木は、後をつけ、崖にいる二人のうち木村刑事を狙撃、そのよろめいた、木村刑事を、伊能良蔵は崖から落ちないように支えたのですが・・・」
「二人は転落死しました・・この二人は、名前が違うが親子です・・捜査が迫ってる事を感ずき、伊能良蔵は私等親子の名前を変えさせたのです・・その計らいがなければ私は、この福岡県警に採用されなかったでしょう・・」
「と言うことは・・警部を含め三人は家族だったのですね!」
周囲は騒ぎ始めた。
「はい、そのようですね・・先日、戸籍謄本で確認致しました。
この二人は崖から落ちる瞬間まで最後に、どんな親子の会話をしたのか・・私なりに想像できます・・大変無念なことであります・・・
このように、私の父である木村捜査官は、橋げた事件の真相を掴んでいました。しかし主犯である佐々木を逮捕することができなかった。これもまた無念であります・・」
「そうだな・・あれは時効事件となってしまったからな・・」
「はい・・そのようですね・・」
「しかし二人が死んで、佐々木の思うがままだな・・・」
「いいえ・・この時、佐々木はある重要な存在を見落としていた・・
それは・・
伊能良蔵の孫の存在です・・」
「何!・・」

そのとき、三池港に一台の車が入って来た。日産の最高級車プレジデントである。
やがて、幸代の前に停車し、中から男が出てきた。賢治である。この車とは組長の愛車である。

「よ・・待たせたな」
幸代は驚き言った。
「教員のあんたが・・なんて車に乗ってるのよ!」
「ハハハハ・・イカスだろ?まあ借り物だがな・・」
「まあ、それより・・・
今日は、一段と綺麗だぜ・・ハハハハ」
「何よ!私の事、馬鹿にしてるでしょ?おめかしして来いと言ったでしょ!」
「さあ行くか・・」
「一体何処に?」
「決めていない、だからコインを振れ!表が出たら、北!・・裏が出たら南だ!」
「何よそれハハハハ!なんか最高にドキドキしてきたわ!」
賢治は、十円硬貨を渡した。幸代は受け取り、なぜかその重みを感じたのだった。

「当時、伊能良蔵には孫がいました。当時小学一年生でした。しかしこの子は小学校へはほとんど行かず、四六時中作業現場にいました。そこで高度な機械の仕組みや、危険物の生成技術などを自然に学び、自然と戯れ、自然を操るといった存在でした。当時の作業員達はそんな彼を神童と呼んでいました。それだけでなく彼には、そのときすでに、とんでもない経歴を持っていたのです!
なんと、有明沿岸の測量の旅を、伊能良蔵と共にしていたのです!彼は、物心が生まれる三歳時からの約4年の旅で、高度な測量技術だけでなく、そらを通じて同時に極めて高度な和算を身につけてしまったのです!」
「伝説の測量師、伊能良蔵と共にした男!全くとんでもないガキだハハハハハ」
「しかし、この少年は、伊能良蔵の死後、親戚に引き取られましたが、家出しました。ある計画があったのです。また優れた洞察力を持った彼だからこそ、当然この一連の事件の真相を知っていたに違いありません・・」
「・・・・・」
「皆さん・・「銀竜組爆破事件」をご存じですか・・・」
「確か・・あれは・・当時の銀竜組敷地の大部分を燃焼させ、当時の組長を含め多数の死者が出たという・・幻の大爆破事件!」
「そうです・・しかし被害者側の銀竜組は、捜索を拒否した・・それには何かの理由があったのでしょう・・」
「嘘だろ!七歳のガキが一体どうやって!」
「まあ・・聞いて下さい・・
彼は、夜中に敷地内に侵入、麻薬輸送用大型トラックの燃料タンクの蓋を開け、ホースを使い、ガソリンを逆流させました、すべての約30台トラックです。それだけでなく、給油スタンドのガソリンをまき散らかし、組の事務所周辺、乗用車、に振りかけました。
さらに、廃坑された三池炭鉱から、ダイナマイトを拾い集めそれらを解体し、薬局から購入した活性炭を混合し強力な爆弾を製造!それを建物に仕掛けた。夜遅く帰って来た佐々木により発見されましたが、その時はもう手遅れでした。慌てている佐々木の目前で、マッチに火をつけ、迷わず地面に落したのです!
敷地内は、一瞬にして爆発と共に炎上し、凄まじい炎が上がった。大勢の住人がその炎を目撃しています。そこにいた佐々木は奇跡的にも重傷ですみましたが、当時の組長を含め多数の組員が死亡しました。佐々木は今でもこの少年に対し、恐怖に怯えているのです・・」
「何て恐ろしいガキなんだ・・大量殺人鬼だ!・・」
「はい、しかし・・・この事件も・・
今となっては時効なんですよね・・」
「・・・・・」

そして表が出た。
「俺の思った通りだ!やはり北だ!ハハハハ」
行こう!今この車は片道の燃料しか積んでいない!
この車が、止まるまで北上するぞ!この寂れた大牟田にはもう戻れないぜ!
それでも俺に着いてくるか・・」

「もちろんだわ!あなたについて行くわ・・どこまでも・・・」
幸代は賢治の手を握り締めた。
2人は、車に乗り有明沿岸道路三池港インタ―に乗った。

「この少年は、橋げた事故で伊能良蔵の孫、すなわち殺人者の孫として小学校でもひどいいじめに合いました。さらに伊能良蔵死後、この少年は孤独だったに違いない。彼と言葉を交わすことなく近くで見守った女の子がいました。それがサングラスの女、塩塚美香です。二〇年経過した今、写真により再び思い出し、涙ながらに語りました。しかし、この少年の不幸はさらに続くのです。」
「このように、輸送トラックまでの失った当時の銀竜組は麻薬輸送もできずに経営的にも大打撃を受けました。復讐のため・・大勢の組員は、この少年を捜索しましたが見つかりませんでした。そこで佐々木は、橋げた落下事故の遺族の子である当時小学6年生の滝沢馬琴に接近し、その子を殺すように命令しました。この二人の少年は橋げた落下事故以前までは、仲が良く兄弟同然でした。橋げた落下事故が佐々木の仕業とは知らない滝沢少年は、その少年を恨んでいました。やがて滝沢少年はこの少年を第七工事現場に呼び出し、崖から突き落としたのです!
その後、滝沢は闇の世界に足を踏み入れてしまったのです。」
「なんとうい事だ・・・それがあの事件か・・・ところで、その少年のことが今回の滝沢の殺害計画に関係があるのか・・・」
「はい・・・・」

時速一二〇の過去への旅路・・

「これは、未来へ続く橋だ・・俺が立てたんだぜ・・」
「何訳の分からない事言ってるのよ!・・馬鹿じゃないの・・」

二人は、昔話をした・・

「俺は、ガキの頃、砂浜でダムを作って遊んでいたんだ・・」
「私は、砂浜でママ事よ・・」

ハイスピードに蘇る記憶・・

「俺は昔、この有明沿岸を歩いたんだぜ・・果てしなくな・・」
「なんかそれ、伊能忠敬みたい・・渋いね・・」

まるで、何かから逃れるかのように・・・

「もう、クラスの生徒達も追ってこないわ・・」
「ああ・・これで俺達二人は、誰にも捕まえられない・・」

時間も高速に過ぎていく・・・

「時間は有限でなく、無限だ・・」
「そうよ、私達が死んでも、永遠に流れ続けるのよ・・」

「その少年は何と!生きていたのです・・・・・」
「何!あの高さ100mの崖から落ちて生きていただと!」
「当時有明海は引き潮で、波が穏やかでした・・男は落下から約一週間の間意識を無くしたまま、海を漂流した模様、近辺を通過した銀竜組の脱組員の漂流と出くわしました。
「なんだと!」
「彼は、銀竜組放火事件の数日後、焼け跡の侵入し金庫から大金を盗み逃走し、彼には婚約者がいて、彼女の元に行く計画でした。彼はその子の発見時、すぐに組員から狙われてる子だと分かりました。また記憶喪失であることに気ずいたため。自分の少年にしようと連れていったのです。しかし約一年後、島まで追って来た組員に殺されました。一年間でしたが、彼を自分の子供のように大変大事にしたそうです。その後、その婚約者によって育てられました。」
「その少年は対人に関する部分の記憶を失ってました。もちろん良蔵さんとの想い出と共に・・しかし、彼にとってはそれが幸せだったかもしれません・・・」
木村警部の声は震えていた。
「対人関係がうまくいかないその少年は、友達などいなかった。彼の友とは、高島にある大自然だったに違いありません。その後彼は、東京大学に進学、同大学院で数学の研究をしていますが・・彼の研究があまりにも流行からかけ離れ、斬新すぎとのことで学者達に相手にされなかった・・やがて日本数学学会から追放され、今は行方が分かりません・・以上の事実は、あるジャーナリストによる情報です。」
「その少年は、とんでもない頭脳を持っているんだな・・でもなんと不幸な奴なんだ・・記憶もないんだろな・・」
「はい・・おそらく・・」
「しかし、私は確信しています。その少年と、このサングラスの男は同一人物です!・・・」
「すなわち、この男は、私の兄貴ということになります。いま兄は、どこまで記憶が戻ったかは分かりません・・きっと、暗い過去の闇の中で何かを模索してるはずです。あの第七工事現場に現れ麻薬輸送ルートを暴き証拠を集めて我々に送ってくれたのも、良蔵爺さんに代わっての罪滅ぼしかもしれません。また、平賀組長の計らいも考えているはずです。自分が生かされた意味を・・・これら三人の男が、この有明沿岸道路を創立したのです・・あの最難関工事とされた第七工事現場、巨大鉄橋建設を最後に・・
その土台を完成させたのが、私の兄なのです・・・」
会場にいる警官達は、皆感激していた。

ガソリンはやがて底を突き車は止まり 二人は降りた。
「広大な松林なのね・・・」
「ああ・・」
「でも、海が綺麗で素敵な場所ね・・・」
「ここには、自然以外何もない・・
こんな美しい場所で豊かな情緒が生まれるんだろな・・」
「そうね・・それが美的感受性となり芸術が誕生するの・・」
「私は幼い頃ね。海岸沿いに住んでいたから・・母も油絵を描きながら、よくそう言っていたわ・・今思い出しちゃった・・」
「そうか・・やっぱりな・・・」
「何悟ってるの!私の事何も知らないくせに・・」
「なあ・・」
「うん・・・」
「このまま、ずっとここで暮さないか・・」
「冗談でもうれしいわ・・・
でもクラスの生徒達が私達を待ってるでしょ?・」
幸代は賢治にもたれかかった。
「それも、そうだな・・大牟田か・・
やはり俺は、逃れられないようだな・・
この宿命からは・・・」
賢治は寂しく呟いた・・

「しかし、この男の記憶が戻るその時・・・一体何が起こるのでしょう・・
自分を、殺しかけた滝沢!お爺である伊能良蔵を殺した佐々木!二人に復讐することでしょう・・
我々警官の使命として、これらを絶対に阻止しなくてはならない!
彼は、幼年時代にあんな大胆な方法で佐々木を殺そうとした!そして、彼は成人し、超一流の頭脳そしてさらに高度で広大な専門知識で一体どんな復讐劇を描いているのか・・
佐々木がいる刑務所まるごと爆破することも考えられる・・・手段なんて選ばないはずだ!我々凡人には全く予測もできない!」
会場の刑事達はその話に恐怖を感じた。

「たとえ兄貴であろうが・・
復讐を実行する兄に手錠をかける覚悟はできています・・」
会場の空気は極めて張り詰めていた。
「以上で、緊急集会を終わります・・・礼!」
そう言い残し木村警部は会場を出た・・

その後、滝沢と賢治の行方が大捜索された。
また、特に重要視されたのが、収容所にいる佐々木だ。ここの刑務所は今までにない警戒態勢がしかれた。空からの攻撃も想定しヘリコプターまでも停滞していた。天才と謳われたその知能を持つ賢治に対して、かなりの警戒をしていたためだ。それもそうである。彼は、数学に続き、測量学、機械工学、化学、土木工学・・などを操る完備な人間だからである。

「あなた、これからどうするの・・」
「そうだな・・答えは風の中だ・・」
「何、詩人みたいな事言ってるの!
私達もこれで終わりなの・・・
いいえ、あなたがこの学校辞めた後、生徒の目を気にせずに堂々と合えるわ!
そう言えば・・あの時、職員室で生徒にも言われたでしょ?ハハハハハ」
「まあ、そんな事もあったな・・」
幸代は、上機嫌だった・・
「ところで、幸代、例の件よろしくな!」
「ええ、任せといて・・派手にやるわ!いよいよ明日だわ!」
「今夜は、もう少し一緒にいさせてくれ。」
「何言ってるの・・これからはいっぱい会えるじゃないの!」
「・・・・・・・・・・」
「しょうがないわね!今日はやけに素直なんだから・・
クラスとの想い出を、私と共有したいのでしょ・・」
賢治は幸代にもたれかかった。

午前0時、木村警部は、夜の街を徘徊しながら何か考え事をしていた。
「兄貴、一体何処にいるんだよ・・」
やがて歩き疲れた木村警部はバーに入った。

「いらっしゃいませ・・何になさいますか・・」
「俺はこういうものだ・・
そこの扉の向こうで銃撃戦があったんだろ?事件当日に射殺された平賀源内と飲んでた奴はこのカウンターに座っていたんだろ・・お前に見たか?」
「はい・・」
「どんな奴だ!」
「以前から・・2人は何だか難しい話をしていました・・」
「何だよそれ・・」
「なんか・・橋げたの構造だとか設計だとか・・どうもその若い人、相当優秀な方みたいでしたよ・・」
「そんな事分かってるよ・・・」
「あ!そうだ、それと・・その若い人、夕方までは高校の教師してるとか・・今さっきまで同僚らしき女性といましたよ・・・何だか得体が知れない人ですよね!一体何者ですかね・・」
「教員をやってるのか!」
木村警部の厳しい顔はほほ笑に変わった。

「ハハハ笑えるぜ!警官、ヤクザ、教員・・やはり俺達の存在は・・紙一重なのか・・・」
その男な・・そこらの教員では、ないんだぜ・・・
そうさ・・俺達の祖先はあの江戸の天才測量師、伊能忠敬なんだよ・・」
「貴重な情報ありがとな・・・」

誇らしげにそう言い残し、木村警部はその場を去った。
 
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