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幻の旋律

作者:伊能忠孝
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第七話 真夜中の悲愴

音楽を探究するうちに、賢治は以前のような教育に対する熱血ぶりを取り戻していった。やがて、若い数十人の教員を集め、これからの学校の在り方について語り合い、「斬新の会」という名の正当派集団をつくり、その筆頭となったのである。松浦の退職後、校長の話など耳を傾ける先生などいなかった。それ程力を失っていた。
ある日、職員会議で賢治は言った。

「この学校は、企業じみた利益を追求する場でない・・生徒に尽くしてこその学校であるべきだ!この学校は、ほぼ無試験で、大量に入学させ、学費が払えないからと言って事務的に退学させる・・これは国からの補助金稼ぎだ・・」
彼は平教員だったが発言は絶大なものだった。彼は謙虚な気持ちでいた。やがて職員室は以前のような活気に溢れ、明るさを取り戻していった。

「今から、俺の真の教育が始まる!クラスの生徒には、今までほとんど構っていなかったからな・・これからの俺は違うぜ!」

賢治のクラスは、明日から、約一カ月の職業実習に出かける。
賢治は帰りのHRで言った。
,「みんな、よく頑張ったな!明日から、各現場に行って来い。くれぐれも、先方様に迷惑をかけないようにな。」
「先生、今日は変だよ・・つい最近まで、俺たちに冷たかったし・・・本当は、俺たちと一カ月会えないから寂しいとやろ!ハハハハ」
ある問題児が言った。
「馬鹿野郎!嬉しいにきまっているだろ!俺は一カ月間、有意義に過ごすぜ!もう帰って来なくていいぜ!そのまま雇ってもらえハハハハ」
クラスの皆は笑っていた。こんなに笑ったのは初めてだ。賢治はいつも担任のクラスの授業においては、構えていたからである。
「では、終わるか、忘れ物がないように!さよなら・・」

「お互い頑張ろうね。」
クラスは、いつもと違って、お互いが声をかけ合っていた。
賢治は、生徒が全員帰るまで、教室にいた。以前までは、帰りのHRはほとんど副担任の幸代に任せてさっさと帰っていた。
一週間後、賢治は思った。
「お前らのいない教室は何だか退屈だ。俺は君らの前では、すっかり構えてしまいうことで素直さを失っていたな。でもな本当は心の底から応援しているのだ。4月の学級崩壊で、俺はすっかりこのクラスに対して臆病になってしまったが・・さらに、こんな学校いつ辞めてもいいとただそればかり考えていた。俺は間違っていたみたいだな・・
これからは、君らとしっかり向き合わないとな・・・・」
生徒のいない空の教室では素直な言葉が言える賢治であった。

木村警部は「集団リンチ事件」を調べる為に高校を訪問した。
「始めまして!木村と申します。校長先生、今日は、松本氏についてお話に参りました。」
「おう・・何事ですか・・松本先生は、体調不良のため退職されました・・」
「まあ、確かにそうらしいのですが・・どうも、銀竜組にリンチに合い入院すたようです。彼を恨んでいた人物に心当たりはないですか・・調べによると、銀竜組に関わりがあったとか・・」
「校長はご存じないですか・・」
「いや、ないですね・・」
警部は写真台長をめくりは始めた。
「あ!刑事さん!」
校長は、ある写真を見て叫んだ。
「この人は・・」
「どうしましたか・・・」
その写真とは、バーで二人の男女がサングラスをかけている場面である。
「すみません・・ある男に似ていたもので・・」
「ある男ねえ・・・」
「ところで、この男、何者ですか?」
校長は興味深く聞いた。
「話によると・・金竜組の幹部だったそうです・・しかしこの組も解散しましたがね・・・」「いや、今日はこちらの方がありがとございます。」

賢治は校長室に呼ばれた。

「失礼します」
賢治は何事かと思って入った・・
校長は得意げに言った。
「深谷先生・・君は、ヤクザと関わりがあるのだって・・・・調べは付いている・・」
「なに?」
事実であったため何も反論でき真かった。
「この前射殺された・・金竜国親分とかなり距離が近かったみたいだな・・あの外道とつるんでいたとはな・・やはり、お前も父親のヤクザだったからな・・息子も息子だ・・」
「この事実はもうすでに教育委員会は知っている。君の教員免許は今年度で剥奪だ!・・ハハハハハ」
「・・・・・」
賢治はその場にひざまついた。
校長は楽しそうに話した。
「お前は、公務員であるにも関わりず闇の世界で副業をするめに、無断早退、年休みも取りすぎだ・・ほかの先生にも示しがつかん・・お前はあまりにも自由すぎた・・もう十分楽しんだだろ・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「何だ、文句あるのか・・」
「あの・・校長・・お願いが・・」
屈辱であった。この高長に頭を下げるとは。
「せめて、今年度まで、担任をさせて下さい・・そして、この学校を去ります。私にも子の学校で最後にやらねばならない事があります・・」
「それは何だ・・」
「今のクラスにいろいろな事を伝えたい・・・・私の教員生命を後四カ月の間延長して下さい・・」
「何を言っている。・・そこまでして・・・・」
校長はその発言に驚いた。
「分かった、君のそこまで頭を下げ、いうのなら・・仕方ない」
「では、今ここで辞表を書け、そして斬新の会も解散させろ!」
「はい・・・」

木村警部はここ大牟田図書館で、二〇年前の「三池港刑事の射殺事件」について、古い資料をあたり調査した。
「おい・・まさか!親父の同僚!」

木村警部は、写真のサングラスの女と接触した。
「おい・・お前の親父の名前は!・・・・」
「塩塚修よ・・」
二人は、しばらく話した。
「そうよ・・私の父は三池港で、佐々木に殺されたわ・・助手席で負傷したのがあなたの父親だったのね・・」
「なぜ、それを知っている!」
「私は、あの時、車の後部座席にいたの・・だから佐々木の顔も覚えてるわ・・
佐々木は、私らの父を狙っていた。おそらく、あなたの父を中島崖で殺したのも佐々木だわ・・・」
「私は父親の復讐を誓い佐々木に接近した!本当は殺すつもりだった・・」
「でもこの男が、証拠品を送って後は警察に任せようとね・・」
「俺も殺してやりたいぜ!だから警官になったんだ!」
木村警部は拳を握りしめた。
「でもなぜ、あの工事現場のトラックと分かったのだ・・・
このサングラス男もあの工事現場にいたのか・・」
「現場監督をしていたわ・・」
「そうだ!思い出したぞ!俺はこの男と第七工事現場で会ったことがあるぞ!・・・・・・」

「でも大した度胸だ・・二人とも・・」
「私等の父親も喜んでるかな・・」
「そうだな・・」
「でも、この男には感謝してるわ・・おかげで殺意がなくなったわ・・・・・・」
「もうこの男と連絡は取っていないのか・・」
「うん・・もう二度と会ってはいけない・・そんな気がするの・・
出会った時から、何だか危険な香りがしていたわ・・」

賢治は、いつものバーのカウンターに座りウイスキーを二杯並べた・・

「俺は、この学校で本気で改革し教育をしようと決意した・・
なぜこんなことに・・
組長・・今俺は、あなたとの出会いを恨んでいます・・
あの日、あの喫茶店に入ってしまった事を・・
あなたの分まで生きるというどころか・・
あなたと過ごした時間を恨んでいるのですよ・・
私たちの出会いは意味があったのですか・・
もしくは、天の悪戯なのか・・
俺の正体?
そんなの・・ただの教員に決まってますよ・・
しかし、俺は教育界からも抹殺された・・・

残り四ヶ月でクラスに何をしてあげられるのか・・
その前に、どう奴ら向き合っていけばいい・・」
 
賢治は気分転換するため、休暇を取り故郷に帰った。そこは人口わずか100名の小さな島である。
「高校卒業以来だな・・・」
しかし、その島はリゾート事業が進行中で、島の半分の人が出て行ったらしい。賢治の故郷もなかったのである。
「母は一体何処に行ったのか・・・一言、礼を言っておきたかったのに・・
これで、俺は完全に孤独になってしまった・・・俺の居場所なんて何処にもない・・
ところで俺は何者なんだ・・・」
賢治はこのとき酷い孤独に襲われしばらく出勤できなかった。やがて出勤しのたが職員室でも、考え込んでいた。やがて、彼の退職の噂は拡大した。特に幸代はとても見ていられなかった。職員は彼が退職する理由なんて想像もつかなかった。

「一体あなたの身に何があったの・・そんなに一人で抱え込まないで・・私は、何のためにあなたの副担任をしてると思っているの・・・・」
日がたつにつれて、幸代は嫌だちを感じて行った。
その日、待鳥は、飲み会の後、夜遅く職員室に忘れ物を取りに来た。
「え!・・深谷先生・・お疲れ様です・・」
「おおお疲れ、」
「深谷先生・・・あの・・いや、何も・・」
「ハハハ、どうしたのかな・・」
「いや、先生、こんな夜遅くに何をやっていたのですか・・最近変ですよ・・」
彼女は、賢治の本音を聞きたかったのである・・
「変?何言っている・・・俺はいつも変だぜ・・」
賢治は、ありったけの作り笑いをした。
「いい加減にしてよ!いつも、いつもそうやって、自分の気持ちをごまかして・・・私は、一体何のための副担任なのよ!私はあなたにとってHRの道具なの!愚痴でもいいから言ってみなさいよ!」
幸代は今のクラスの入学時から誰よりも近くで彼を支えてきたつもりだったのであった。
「うるせえよ・・一人にしてくれ・・」
賢治は黙ってうつむいていた。
「そうやって一人で、格好つけてなさい!」
待鳥は声を震わせながら言った。そして、逃げるようにその場を去った。
賢治は、机にもたれかけ、ため息をついていた・・

帰りの車で幸代は考えていた。
「あの人、私の気持ちなんか何も分かっていない・・もう嫌い・・」
「でも、すごく寂しそうだった・・弱り果てた彼に、私言いすぎたわ・・」
慌てて車を引き返した。

待鳥は、学校到着したが職員室は電気がついていなかった。
「あら、深谷先生がいない!帰ったのか・・遅かったわ・・・」
残念そうに車に乗り込もうと扉を開けた。
「なんて綺麗な満月なの・・・」
その時だった。何かメロデーが聞こえる。

「んんん・・ピアノ・・」
耳を澄ました。
「月光第1楽章・・」
「なんと美しい・・何処から・・こんな真夜中に一体、誰が・・・まさか、体育館・・」
電気の着いていない体育館に恐る恐る近寄った。そして、扉をあけると・・・

「ええ!嘘でしょ!」

窓からの入る月明かりに照らされて、賢治はステージ中央で優雅に弾いていた・・実に幻想的な光景だった。

「この人、ピアノ弾けるの・・弾けるどころの次元ではない・・何なの、この表現力は・・・・」
メロデーは幸代を包んだ。彼女は、うっとりして、たたずんだ。
やがて、演奏終了した。
賢治は、俯いたまましばらく鍵盤を見ていた。そして、しばらくして、次の曲が始まった。
「次は、何なの、早く聴かせてよ・・・楽しみだわ・・」
幸代の心は躍っていた。
そして、賢治は目を閉じたまま、ゆっくりと演奏が始まった。

「何だかとても美しい曲ね・・遠い昔に聞いたことがあるような・・凄く癒されるは・・」
最高に心地よくほほ笑んだ。
「でも、何だか、とても悲しい曲・・」
2小節が終えたところで、

「まさか、この曲、ベートーベン作曲、悲愴第二楽章・・・」

ベートーベンは、晩年近くに、目も耳も不自由になり、苦悩の末この曲を作曲した。彼は視覚のない暗闇の中、一瞬の光を求めながらこの曲を作曲されたとされている。彼の曲名はすべて、番号であるが、このは「悲愴」と自ら任命した。

「この曲をこんなにも深く表現できるなんて・・
深谷先生・・あなたって人は、どこまでも、不幸で、悲しい人ね・・」

このとき、待鳥は、とてつもない悲しみの底にどこまでも落ちていくのだった。

「この曲は、あなたの苦しみそのものだわ・・
ずっと、私は誰よりも近くで、あなたを見てきたつもりよ・・
あなたは、私といるとき、笑ったり、くだらない話をするだけで、何一つ言ってくれない。弱いところをね・・
でも、もう分かったから。演奏をやめて・・
もう、これ以上聴けないわ・・」
幸代は呟いた。

「涙が止まらないわ・・・」・

「もう、やめて!分かったから!」
幸代は、叫んだ。
賢治は、演奏を辞め、体育館中央にいる待鳥に気がついた。
そして、無表情に幸代を見た。
「・・・・・」
「深谷先生、私ね・・」
涙で、声にならなかった。
賢治は一言った。

「ああ・・言いたい事は分かっている・・
この旋律は今の俺の情緒そのものだ・・・
最後まで聞いてくれるか・・」

「・・・・・」
待鳥はゆっくりとうなずいた・・
「2人で、その光を探しましょう・・
かつて、ベートーベンが求めたように・・
でも、あなたには、もう時間がないわ・・・・」
 
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