SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第二章 ~罪と罰~
その五
「やあ稟ちゃん、楓ちゃん、待っていたよ」
「魔王のおじさん?」
「どうしたんですか?」
帰宅した稟達を魔王が迎えた。
「いやなに、プリムラをね」
「いつもの検査ですか?」
「ああそうだよ。いつも通り四~五日程度で済むから。それに結果次第では……」
「?」
「いや何でもないよ。それではプリムラ、行こうか」
「……うん……行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃい、リムちゃん」
そうして魔王はプリムラと共に芙蓉家を後にした。
* * * * * *
その夜。
「ただいまー」
近くにジュースを買いに行って来た稟が帰宅した。
「こんなことなら家に居りゃ良かったか……」
じっとりと汗をかいて濡れたシャツを見ながらぼやく。九月に入ったとはいえまだ残暑が厳しいうえに湿度も高く、エアコンで除湿しなければ寝苦しい夜になりそうだった。
(あー、やっぱりクーラーは人類の至宝だよなあ)
その涼しさを全身で満喫しつつソファに座る。ジュースのプルタプを開け、一気に口に流し込む。内側から冷やされる感覚に、ほう、とため息をつき、ソファに背中を預けた。しばらく涼んだ後、着替えを取りに自室へ向かう。汗を流すためだ。
準備を終え、脱衣所の扉を躊躇無く開けたまさにその瞬間。
「……」
「……あ……」
思考が一時停止する。
「……」
「……稟……くん……?」
その声に停止していた思考が動き始めた。
「あー……その……なんだ……」
「は、はい……」
「ま、まあ……一緒に住んでいればいつかは起きてもおかしくないトラブルではあるわけで……」
最近は無かったものの、久しぶりすぎて若干混乱しているようだ。言い訳にもならないが。
「そ、そうですよね……」
「わざと……ということは決してない。信じてくれるか?」
「わ、分かってます……」
「……だから、えーと……それで……」
とっとと謝って外に出ろ、と彼の幼馴染ならツッコンでいるだろう。
「わ、悪い楓っ! すぐ閉めるから!」
叫ぶように謝り、脱衣所の扉を閉める。しかし、
「ふう……」
「……あ」
「……」
「……え、えーと……」
残ってどうする! と彼の幼馴染なら以下略。
「あ、あの……稟、くん……?」
「……閉めたって……俺が残ってちゃ意味ないよな……」
「はい……」
いや気づけよ! と彼の以下略。
「本気でごめんなさい!!」
脱衣所を逃げるように飛び出し、リビングへ駆け込む。着替えを覗いただけでなく内部に留まるという二重のお約束をかますとは。土見稟、一生の不覚である。
「ま、まあ……楓の裸くらい何度か見たことあるもんな。今さら見たって……」
KKKのメンバーが聞いたら問答無用で抹殺されるであろう台詞を口にする。というかそれは子供の頃の話だろう。
「しかしあいつ……随分と成長してたんだな……あれでどのくらいのサイズなんだろうか。結構大きかったような……っていかんいかん!」
ぶんぶんと頭を振る。何を考えているのか。楓は居候先の恩人で、大事な幼馴染だ。そういうことを考える対象として見るのは……。
「やっぱりスタイルいいんだな……ってだからそうじゃなくて!」
土見稟、現在絶賛混乱中。どうやら今夜は二重の意味で眠れない夜になりそうだ。
* * * * * *
翌日、金曜日。バーベナ学園は第二・第四土曜日が休みなので今日を乗り切れば二連休になる。そんな中で、
「……ぽー……」
「どうかしたのか、楓? なんかポーッとしてるけど」
「あ、いえ、何でもないんです」
「?」
楓と柳哉がそんな会話を交わしていた。楓の顔が若干赤い。
(やっぱり怒ってるのか? 昨日のこと……)
昨日は気まずさから、楓と顔を合わせることなく寝てしまった稟。今朝方も少し顔が赤かったような気がしないでもない。
「もう一回、ちゃんと謝った方がいいかなあ……」
「謝んなきゃいけないようなことをしたわけ?」
「いや、あくまでも偶然だったわけなんだけどな……」
「ふーん。ぜひとも詳しく聞きたいねえ、そのあたり」
まあ、簡単なことなんだけども……と続けようとしたところで、
「ふんふん」
「それで?」
二人の悪友の存在に気づく。麻弓と樹だ。空気のように現れたため、一瞬違和感が無かった。
「……ちょっと待て。どうして俺が自白せにゃならん」
「ああ、私たちのことはお気になさらず」
「そうそう。それで、簡単に何をしたんだい?」
ならば簡単に言おう。
「帰れ」
麻弓と樹の顔に苦笑が浮かんだ。
* * * * * *
「よし、今日はここまでだ。明日から二連休だが、休みだからといってはめを外し過ぎないように。少なくとも犯罪行為はするな。分かったな緑葉」
「先生、それに関しては俺様よりもさらに危険な人物が約一名いると思いますが」
「そっちは超法規的措置でなんとでもなるんだよ。お前の場合はヤクザの娘にでも手を出して問題起こすだろうが」
「大丈夫ですよ。それに関しては上手く処理しましたから」
女好きもいいところだろう。しかも優秀な頭脳を持つ分、さらに性質が悪い。
「……休みだからといってはめを外し過ぎないように。少なくとも犯罪行為はするな。特に緑葉!」
思っていた以上に侮れない男、緑葉樹。命も惜しまぬ節操の無さはもはや賞賛に値する……かもしれない。
「よし、本日は解散だ。日直、号令」
起立、礼、の号令の後、教室を出て行く撫子。ほぼ同時に開放された生徒達が家路に付き始める。
「楓、帰ろうぜ」
「え……あ、は、はいっ」
「今日は何か買ってく物あるのか? 付き合うぞ」
いえ、今日は特に、と言いかけた時だった。
「きゃあっ」
稟に合わせようとして慌てたのか、カバンを持って駆け寄ろうとした楓の足が大きくもつれ、稟を巻き込みながら床に倒れ込んだ。
「痛てて……楓、大丈夫か?」
「は、はい」
一緒に倒れ込んだせいで至近距離に楓の顔があった。楓も気づいているのか、顔が紅潮している。
(こんなに近くに、稟くんが……)
そんな思考が楓の頭をよぎる。と、稟が身を起こそうとしている。早くどかなければ。
「あ……」
しかし、そんな考えとはうらはらに、楓の体は動かなかった。稟が不思議そうに楓を見ている。
(稟くんのこの唇に、シアちゃんが……)
私も、とそう思った時、楓の体は勝手に動いていた。
「ん……」
「!!」
楓の唇が稟のそれに重なっていた。柔らかな感触に稟の思考が完全に停止した。数秒後、楓の唇がゆっくりと離れた。その顔は夢でも見ているかのような甘い表情を浮かべている。そのまま楓は稟の顔を見つめ続ける。
「……かえ……で……?」
「あ……」
稟の声に自分が何をしたのか気づいたようだ。赤かった顔がさらに赤くなり、小さな声を漏らす。
「あ、あの……私……その……」
「……」
「ご、ごめんなさいっ!!」
謝罪の後、楓は脱兎のごとく教室を飛び出していった。後には、唖然としたクラスメイト達が残されていた。
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