【表紙有】夢見る夢海
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夢海、夢見る
前書き
誰かに頼られることと、依存されることと。
表紙はmaftyさんにお願いしました。
https://mafty-bz.com/
「お前と夢海ってしょっちゅう一緒にいるよな」
「僕は嫌なんだけどね」
「嫌?」
「夢海の事、大嫌いだからさ」
もう昼休みが終わろうとしているのに彼女の姿が見えなかったので、三島はしぶしぶ夢海探しに乗り出した。彼女のいる場所を特定するのはそう難しくない。伊達に十年も一緒に居ないということだ。
真っ先に図書館に行くと、夢海がある書架の前でぼーっと立っているのを発見した。彼女の目線の先には、明治から大正に掛けて活躍した作家の全集が並べられており、彼女は今まさにその中の一冊を引き抜こうとしているようだった。
奥の窓からは陽光が挿し込み、空気中に漂う埃を輝かせていた。人間が立ちいってはいけない静けさを感じたが、授業開始の鐘が三島を急き立てる。夢海の肩に手を置くと、彼女の事を雑に揺さぶった。
彼女は「あれ? 三島くん。どうしたの?」と気のない返事をする。
「もう授業が始まんだよ。先行くぞ」
「えー。まってよぉ」
とっとっと、と彼の後を付いてくる夢海。彼女は楽しそうに「えっへっへ。本の中に入っちゃう夢、見ちゃった」と話した。本当はこんな無益なことで感情を高ぶらせたくなかったが、それがもう彼にとって「義務」としか思えない。立ち止まり、振り返ってはっきりと言った。
「夢海。もう図書館に行くな」
当然のように彼女は「なんでー?」と訊いてくる。
「とにかく、行くなったら行くな。分かったな」
「でも……」
手を揉む夢海。追い打ちを掛けるように
「それと、僕に夢の話をしないってこの前約束したよな?」
と、かなり厳しい口調で言った。
約束のことをすっかり忘れていた夢海は「あっ」と声を漏らす。
「今度の約束は守れよ。図書館には、い、く、な」
夢海は悲しそうな表情を浮かべる。まるで僕が意地悪しているみたいではないか。――いや、彼女からしてみればそれに相違ないのだろう。なぜ図書館に行ってはいけないかを全く知らないわけだし、自分もまた、それについて尋ねられたとしても話せない。
テレビを見るな。映画館や遊園地へ行くな。本は読むな。三島が彼女に課した制限はこれだけじゃない。川や海で泳ぐなとか、横断歩道や線路を一人で渡るな。細々としたところまで禁止した。夢海はよく聞いてくれているのだが、最近では「なぜ?」と訊いてこない。彼にとってそれはとても都合のいい事だけど、本当に分かっているのか不安にもなる。
「授業、遅れちゃったね」
「ああ。お前のせいでな」
全ては彼女が悪い。三島は心の底からそう思っていた。本当なら、とっくのとうにお互いがお互いを敬遠して、忌み嫌い合ってもおかしくないような間柄なのだ。しかし、夢海は自分だけ我慢してその事態を回避している。三島と夢海が教室の中へ戻ってくると、教師から叱責の声が上がった。そしてクラスメートの「あいつら二人でなにしてたのかな?」という下世話なひそひそ話も。
「あ、あの先生。三島くんは悪くないんです」
と庇ってくる夢海を、彼はとても疎ましく感じて、彼女のことを睨んだ。
下校も夢海と一緒でなければならないのだが、彼女は六時間目が終わった途端、教室から姿を消した。
ホームルームにやって来た担任が、彼女の姿が見えないことを不審に思っている。夢海は成績優秀であり、素行も良好なので、サボったとは誰も思わなかった。
またどこかで「停止」しているのかもしれない。
三島は空席になった彼女の席を見て、そう思った。
ホームルームが終わると、三島は夢海の鞄を持って教室を出た。トイレだろうか? 彼は途中で会ったクラスメートに、夢海が女子トイレの中にいないか見てもらった。その頼みごとをしたとき、相手は怪訝な顔をしていたが、三島が「夢海がハンカチを忘れてさ」と、自分のハンカチをあたかも彼女のものであるかのように泳がせると、彼女も納得してくれた。
トイレの中には居ないよと言われて、三島はすっかり困窮してしまった。他に彼女がいそうな場所と言えば、渡り廊下にあるベンチや、屋上のフェンス前、どこも彼女にとっては危険な場所だ。手当たりしだいに当たってみようかと考えたとき、彼はあることに気付いた。夢海の鞄がいつも以上に軽いのだ。悪いことだと知りつつも、これも夢海のためだと無理に自分を納得させ、彼女の鞄を開いた。
いつもは、彼女は文学全集をかばんの中に入れている。(三島は「本を読むな」と毎回注意するのだが、この約束も守ってくれない)
しかし今は、鞄の中には教科書類しか入っていなかった。
――まさか。
彼は再び図書館にやってくると、そこでまたもや夢海を発見したのだ。どうやら本を返しに来ていたらしい。全集をわが子のように抱きしめ立ち竦む彼女の姿が、図書館の奥の書架にあった。
周りの書架には海外の画家――ボッティチェリやミケラッジェロの画集がみっちりと詰まっていて、こんな場所に来るのは夢海くらいだろうと思った。そもそも、図書館自体が飲食禁止のせいで不況なのである。最近の高校生は活字を全く読まないから、ここを利用するのは昼寝に来たサボり魔か夢海くらいだ。三島もそのなかの一人だった。夢海がこんな場所に来なければ、自分はさっさと帰ることができたのに。また彼女は約束を破って、迷惑を掛けた。
彼女をゆすり起こそう、そう思って手を伸ばしたとき、三島の中にあるアイディアが浮かんだ。自分が彼女を起こさなくたって、図書館の管理人が閉館の時に起こすだろう。いつも甲斐甲斐しく起こしてしまうから夢海はそれに甘えてしまうんじゃないか。
彼は伸ばしていた手を引っ込めると踵を返した。
彼女は少しくらい痛い目を見たほうがいいんだ。そう自分を正当化すると、幾分鬱憤も晴れた。それに、隣に夢海がいないと言うのは、彼の心を軽くさせた。夢海の歩調に合わせることもない。人ごみの時、彼女の手を取る必要もない。バスに乗るとき席を譲る必要も無い。こうしてみると、いかに自分が彼女によって束縛されていたかがよく分かった。
時刻が午後七時を回った頃、母が三島の部屋に入ってきた。熱心に勉強していた彼の頭を強く叩いた。それはあまりにも唐突に起こったことで、彼の視界に花火が舞った。
「どうして一人で帰ってきたの!?」
凄い剣幕で母親が彼の前襟をつかんだ。三島は自分がどうして怒られているのか、この時になっても理解することができず、普段は温厚な母親が激怒している姿に、ただただ恐怖の念をいだいていた。
「まだ夢海ちゃんが帰ってないって電話があったの! ねえ! 夢海ちゃんと必ず一緒に帰って来るって約束したわよね!?」
母親は狂ったように三島の事を揺さぶった。
夢見が帰っていない? 彼は理解した。夢海が今も図書館にいることを。彼女は見つけられること無く、今もあの場所で彫像のように佇んでいるのだ。それに対して三島が申し訳ないと思うことはなかった。彼の心を支配していたのは、自分をこんな目に遭わせた夢海への憎しみだけだった。
最初に約束を破ったのはあいつだ。自分は全く悪くない。
三島はこの期に及んでそう言う確信をいだいていたのだ。
彼は母親の手を振り払うと、迎えに行ってくると吐き捨てて家を出た。このままでは自分の立場が悪くなる一方だ。せめて夢海を連れ帰って挽回しないと。
自転車に乗っている最中、夢海への罵詈雑言を呪詛のように呟いた。あいつが変な病気を持っているせいで、自分はかなり多くの時間を縛られることになった。クラスメートからは変な目で見られるし、夢海はクラスで浮いているのだ。休み時間に図書室に隠るくせがあるのもそのせいだ。
たしかに自分はかつて夢海のことを兄妹のように慕っていた。夢海も自分のことを同じように思っていたと思う。だが、ある時から彼女の存在は自分にとって邪魔でしか無くなってしまった。それは、彼女が奇病を患う前から起こっていたことで、彼女の病気が切っ掛けなわけではない。むしろ、彼女の病気は自分が彼女から離れられない理由となってしまったのだ。
学校に到着すると、今まさに事務員が校門を施錠している最中だった。彼はまだ学校の中に人がいることを説明すると、特別に十分だけ待ってもらうことができた。先導しようとする事務員を丁重に断り、一人で図書館までやってくる。
灯は全て消されており、いつもは気にしたこともない本特有のカビとノリの臭いがした。図書館の一番奥の書架の前に、彼女の姿があった。こちらに背を向けて、本をギュッと抱きしめている。三島は彼女に触れないよう、背中を壁にくっつけながら、彼女の前に回った。夢海は眼を薄く閉じて、微動だにせず立っている。
三島が彼女の肩を揺すると、夢海は膝を折ってその場に崩れ落ちた。もう五時間以上こうやっていたのだ、仕方ないだろう。彼は夢海のことを冷たく見下ろしながら「おい。起きろ」と悪びれる様子もなく言った。夢海はよろよろと立ち上がり、辺りが真っ暗になっていることを知って困惑していた。
「あれぇ? 三島くん、どうしたの? こんな時間に」
彼女が抱いていた本を、三島はかすめ取り、それを書架の中へ適当に押し込んだ。
「……そんな事はどうでもいい。さっさと帰るぞ」
歩き始めた夢海は、その一歩目で激しく転倒した。その時、バランスを保とうと手を伸ばしたせいで、書架の本まで崩れ落ちた。彼女は落ちてきた本を浴びるように受け止めながら「足が痺れてるよぉ」と情けない声を上げる。
渋々といった様子で、三島は落とした本を上下気にせず本棚に押しこんで、高いところにある本を取るための脚立に夢海を座らせた。三島は口を真一文字に結んで、自分の足を揉む夢海を、敢えて視界に入れずに立っていた。
「三島くん。怒ってる?」
「ああ怒ってる」
即答する三島に対して、夢海は「ごめんねぇ……」と項垂れる。彼女が反省しているのは、三島も良く知っている。夢海は心の底から謝罪しているのだ。――ゆえに、彼は腹が立った。反省しているのに、どうして言う事を聴けない。耳にたこが出来るくらい「図書館には行くな」と注意したはずだ。図書館は彼女にとって地雷原のような場所だ。一歩あるくごとに意識を奪われ立ち尽くす。
「お前は意識を失うのが好きなのか?」
我慢できずそう言った。
もちろん本気で訊いたわけじゃない。そう皮肉ったつもりだった。だが帰ってきた返答は、彼の想像を超えていた。
「……そう、なのかもしれない」
夢海は瞳を伏せて、自信なさげに言う。
「はぁ? それ、本気で言ってるのか?」
彼女は立ち上がり、そして、軽く深呼吸すると、書架の間に溜まる闇をしっかりと見据えて「ああいうところに、何かいると思わない?」。
「何かって? 化物とか?」
「ううん。違うの。もっと綺麗で、光ってて、蝶々みたいなもの」
――彼女がその言葉を口にした時、本の裏に何かの気配を見つけた。そう、それはまさしく光の蝶だったのだ。アゲハチョウとは似て非なるものだ。その羽根は黄金の鱗粉を振りまきながら優雅に上下して、二人の目の前を飛び去った。愕然とした様子でその蝶を見送る三島、彼はその視線の先に出現した蝶の軍勢を見つけて、眩しさから目を細める。
こんなにも明るいのに、その光に嫌悪を感じることはなかった。むしろ心地良い太陽の温もりと、どこか懐かしい麦穂の香りが鼻腔をくすぐった。蝶はふたりのことを包み込む。反射的に腕で眼を庇った。彼が再び目を開けたとき、そこに図書館の景色はなかった。そこには地平線まで続く麦穂畑と、たった今沈まんとする巨大な夕焼けの姿が見えた。圧倒的な光景だった。穂波が彼の膝を舐めた。爽やかな風が彼の髪をふわっと持ち上がらせる。彼はその場に倒れこむと空を仰ぐ。麦穂のベッドが彼を優しく受け止めた。こんなにもいい気持ちになったことは無い。だんだんと彼の瞼は重くなり、やがて、眼を閉じた。
――「何やってるんだ?」
三島の意識を覚醒させたのは事務員だった。横を向くと、夢海の姿はたしかにそこにあった。思い出したかのように、カビとノリの臭いが彼の鼻孔をくすぐった。ここが書架であることをすぐには認識することができず、短い呼吸をなんども繰り返す。まだ意識が判然としない三島と夢海を、事務員は追い立てるようにして学校からたたき出した。
自転車を引いて帰る途中、夢海は突然しゃがみこむと、声を上げて泣きはじめた。どうして彼女が泣き出したのか、三島にはさっぱり理解できなかった。本当は彼女を置いて帰ってしまいたかった。でも、今度彼女をほったらかしにして家の門を潜ろうものなら、勘当されてしまうかもしれない。三島は彼女が落ち着くまで、ポケットに手を入れて、居心地悪そうに突っ立っていた。
「三島くん……。この世界にいる意味って、何かな?」
「意味?」
「百年後には皆死んじゃてって、千年後には私たちが存在した痕跡もなくなってしまう。それなのに、辛い世界で生きている意味って、何?」
三島は失語した。夢海は頭の弱い奴で、昔っから自分の言うことを唯々諾々と聴いてきた。約束が破られることはあっても、彼女が約束そのものを否定したことは今まで一度もなかった。だから、自分は心の何処かで、夢海には自分の意志ってものがないのではないかと思っていたのだ。しかし今、自分は困惑していた。
夢海が一番活き活きとしているときは、夢の話をするときだった。それは決まって三島が立ち竦む彼女の肩を叩いた後に起こった。三島はその話を聴くのが好きではなかった。それは一種の、生理的な嫌悪に近かった。自分は心の何処かで気付いていたのだと思う。夢海がこの世界よりも夢のなかの方が好きだと思っている事を。
いつもの自分なら、夢なんて言うのは脳の中で起こっている記憶の整理に過ぎないんだ。と言い切ることができるが、彼女の手を繋ぎ、彼女と同じ体験をしてしまった今、そんな事は言えなかった。
夢海が見る夢は、――体面を全て取り去って言葉にするならば、それは現実の世界よりも素晴らしい物だった。いつも孤独な思いをしている夢海が、夢の世界を渇望するのは、至って普通なことにすら思えた。そして、彼女を夢の中から引きずり出す自分は、邪魔者なのではないかとも思った。
歩き出す夢海。彼女に遅れないように、三島も歩き出す。夢海の本当の心を聴いたのは、これが初めてだと思う。自分は彼女のことを全て知っているようで、本当は何も知らなかったのだ。
踏切を通りかかったとき、渡りきってから彼女の姿がないことに気がついた。三島は自転車を荒々しく放り出すと、踏切の真ん中で佇む夢海の事を見つけた。タイミングを見計らったみたいに、警報が鳴り始める。彼女は再び夢の世界に浸っているようだった。その目には、光がない。
三島は踏切を飛び越えると。線路の中へ入っていった。遠くのほうで、電車が走る音が聞こえる。彼は立ち竦む夢海を前にして、彼女を起こすことを躊躇った。夢海の夢を共有した今、そこがいかに素晴らしい場所かを知ってしまった今、彼女曰く「辛い現実」に彼女を引きずり戻してしまうのは、良心が咎めた。彼女が最近、その自失の回数を増やしていっているのは、彼女の無言の訴えではなかろうか。「私を放っておいて」と言う。
三島は手を下ろす。
夢海の長い影を電車のフロントライトが描き出し、それは三島の目の前で行われた。筆舌に尽くし難い衝突音と、ブレーキの甲高い音。夏の空に吸い込まれるようにして、天高く鳴り響く。爆散した血液が、三島の制服を染めた。
これが彼女の望んだ結果なのだろうか。
三島は今更ながらに恐ろしくなり、がたがたと震えた。
こんな悲惨な結末を彼女は望んでいたのか。不自然に身を捩らせる――捻曲げる彼女のうつろな瞳からは何も汲み取ることが出来なかった。歯はガタガタになり、片目が潰れている。道路との激しい接触のせいで鼻が削げ落ちているではないか。そこに人間の顔があった事にさえ疑問を覚えてしまう。
強いクラクションの音で三島は眼を覚ました。そこは、まだ学校の前の信号だったのだ。三島と夢海はスポーツカーの強いライトによって照らし出されていた。夢海は……無事だった。彼女は相変わらずぼけーっとした顔で、三島のことを見上げている。彼は夢海の手をとると、乱暴に引っ張って横断歩道を渡った。そして、彼女がちゃんと生きていることを確認して、深いため息を吐いた。自分は、また夢海によって夢を見せられていたんだ。彼女がどうしてあんな悲惨な夢をこれ見よがしに三島へ突きつけたのか、分からなかった。
夢海と三島は言葉を交わすこと無く、歩いた。歩いている間、三島にはある疑問が生まれていた。
この世界は、果たして本当の世界なのだろうか?
この世界もまた、夢海が勝手に創りだした幻想なのではないか。彼は横目で夢海を見た。彼女の顔を見ると、事故直後の潰れた顔を思い出してしまい、胸が苦しくなった。もしかしたら、夢海はいつもこのような「非現実感」を胸に抱えて生きているのではないだろうか。この世界が本物であるという確信を持てぬまま、三島に背中をせっつかれて、仕方なく人生という道を歩いているんじゃないか。
それは、彼が想像するよりもずっと過酷なことのように思えた。
次の日から、夢海は学校からいなくなった。待ち合わせ場所――彼女の家の前で、一限目が始まるまで待っていたのだが、やはり夢海は現れなかったし、今日は休むというメールも来なかった。彼は渋々二限間目から学校に来て授業を受けた。昨日までの自分ならば、夢海の事を心のなかで散々罵倒しただろうが、今はそんなことをする気にはなれなかった。それはきっと、難しい病気を持つ彼女に同情したからだろう。雨に打たれる小汚い犬に抱く感情と同じものだ。
夢海の居ない学校生活というのは、かくも充実するのかと思い知らされる。彼女がいると、休み時間はいつも自分の机の周りにまとわりつくし、昼飯は一緒に食べないといけないし、トイレにも付き添わなければいけなくなる。夢海は、一日で百回くらい三島に「迷惑かけてごめんねぇ」と謝り、彼はその謝罪に対しても心をいらつかせる。
今の彼はとても清々しい気持ちだったし、苛立ちは少しもなかった。ただ、強いて難点を上げるならば、あまりにも心が軽すぎて、自分が本当に自分なのか、分からなくなってしまう事が一人になるたびに起こった。
これは一体どういう事だろう。三島はチクっと来る自分の心を前にして考え込む。その小さな痛みは、確実に彼の心のなかに堆積していっていた。夢海が学校に来なくなってから三日経って、彼はその痛みがいわゆる「孤独」であることを、自販機でココアを買った瞬間に理解した。
こんなにも不可解なことがあろうか。自分は、あの鬱陶しい幼なじみが消えて、寂しいと心のなかで思っていたのである。その寂しさに気づいてしまってからは、もう駄目だった。辺りの風景は急に色をなくし、気さくに話しかけてきてくれた友達の声は、急速に遠のいていった。そして、夢海が居ないことに少しも不便を感じていない多くの十七才に対して、言いようのない憤りを覚えたのである。
彼は学校の帰り、家には向かわず、そのまま夢海の家のドアを叩いた。誰も応答してくれなかったので、ずーっと叩いていた。インターフォンだって何度も押した。だが、夢海は居なかった。彼女は、忽然と姿を消してしまったのだ。
後書き
これからも一本のラノベとして
イラスト付きの作品を出していきたいと思っています。
読者になっていただけたら嬉しいです。
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