| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

四十八 葬儀のあとで、

 
前書き
今回、シカマル→ナルが強いです。ご注意ください。
また、木ノ葉の忍びは全員、アスマが死亡したと思っているので、それを念頭に置いてお読みください。





 

 
空は晴れていた。

鐘の音が厳かに鳴り響く中、行列を成す黒。喪服姿の人々は棺桶へ一同に頭を垂れる。

あちこちで上がる嗚咽は鐘音で掻き消される。空は晴れてはいたが、あいにくの曇り模様だ。
里を包む暗欝な空気は、空と同じく曇っている。

代表として棺桶へ供えた花束を、紅はじっと見つめる。
その花だけが白き輝きを以って咲き誇っていた。



嗚咽を漏らす木の葉丸の肩を撫でさすっていたナルは、隣から聞こえてきた囁き声に眼を瞬かせる。

「シカマルは?」
「もう出かけたっておばさん言ってたのに…」


いのとチョウジの小声のやり取りを聞き留め、ナルはシカマル不在の葬儀を眺める。



冥福を祈る木ノ葉の里は今や、黒白の世界へと成り代わっていた。














開く。火をつける。閉じる。
開く。火をつける。閉じる。


手持ち無沙汰に、ライターを開閉させながら、シカマルは空を仰いだ。
屋根の上で寝転がって、里を見る。
うるさいくらいに鳴く蝉の鳴き声に雑ざって、子ども達の笑い声が聞こえてきた。
前者は煩いだけだが、後者は微笑ましいものだ。

思わず口許を緩ませる。だがすぐにその顔は、微笑みを忘れたように沈んだ。

空はずっと曇っている。
だからだろうか。木ノ葉の里もずっと沈んでいる。

色を失ったかのような白黒の世界が、今のシカマルの瞳には映っていた。




アスマが死んだ。
どうしようもなかった、と人は言う。
お前達が生きていただけで僥倖だ、と里長は言う。

突如割り込んできた桃地再不斬がいなければ、アスマだけではない。
イズモ・コテツ、そしてシカマルもまた、アスマに続いて命を落としていただろう。

そう言い切れるほどの強敵だった。
そう諦められるほどの強者だった。
けれど──。



シカマルはライターを握りしめる。
もはや形見とも言えるソレは、先日までアスマが煙草を吸う時に使っていた物だ。煙草を吸わないシカマルにとっては無意味なモノ。

けれど意味はあった。
確かに、意味はあったのだ。

『暁』の飛段と角都。
その飛段の何らかの術で、アスマは死んだ。
不死身である奴に対抗すべき手段など現時点では思い浮かばない。だからこそ歯痒い。
だからこそ…──。

アスマが死んだあの時、あの瞬間。
何もできなかった自分自身がシカマルは悔しかった。


ぼんやり、と空を仰ぐ。
不意に、影が差した。
いきなり目の前に広がった明るい青に、空が突然晴れたのか、とシカマルは思った。


「やっぱり。此処にいたってばね」


ニシシ、と笑う声。傍にいるだけであたたかくなる、やかましいほどの明るい気配。
覚えのありすぎるその気配を感じて、シカマルは眼を眩しげに細めた。
さら、と以前よりずっと伸びた金の髪が頬をくすぐる。



それは、シカマルの晴れやかな青空だった。









シカマルを見下ろし、にしし、と笑った波風ナルの笑顔を見上げれば、沈んでいた気持ちも僅かに浮上する。我ながら現金な、と己自身に呆れながら、シカマルは身を起こした。

「此処だと思ったってばよ!」


シカマルの背中に、こつん、と軽く重みが乗る。
背中合わせで座り込んだナルのぬくもりを感じながら、かなわねぇなぁ、とシカマルは内心呟いた。


かつてアカデミーで一緒に騒いでいた頃、ナルとこうやって屋根の上で昼寝していたことがある。
それを覚えていたナルに、むずがゆいものを感じて、シカマルは苦笑を零した。

背中にあるぬくもり。それを心地よく思いながら、空を仰ぐ。
ナルが来たことで、白黒だった世界が微かに色づいた気がした。

「……………………………」
「……………………………」

蝉の声がする。里を駆けまわる子ども達の笑い声がする。
けれど身近の、背中越しに感じるぬくもりの主は一言も声を発しない。
暫し、無言で座っていたシカマルはとうとう口を開いた。

「……なんも聞かねえのか」

普段、やかましいくらいの幼馴染が無言で座り込んでいる。
そのことを訝しげに訊ねながら、シカマルはほとんど独り言のように呟いた。

「…なんで何も聞かねぇんだ」

彼女からの返事は期待していなかったが、ナルは軽く体を預けてきた。


「シカマルこそ、なんで我慢してるんだってばよ」

背中越しのその言葉に、ぎくりと身体が強張る。
そのあからさまな反応に気づいていながら、ナルは知らないふりをした。

「シカマルは昔っから溜め込むタイプだかんな~」


あえて明るく笑う。それ以上、深く踏み入れないナルの声を、シカマルは背中で聞いていた。
いつも遠慮なく相手の領域に踏み込んでいながら、こういう時はどこか聡い幼馴染に、荒れていた心が穏やかになってゆくのを感じる。

しかしながら直後の彼女の言葉に、穏やかな心が波紋を帯びた。

「何かあれば、いつだってオレの肩でも膝でも胸でも貸してやるってばよ!」


どんとこい!!とばかりに、ナルが胸を大きく張るのが背中越しにも伝わってくる。
思いもよらぬ励ましに、シカマルは思わず突っ伏した。咳き込みそうになったのをぐっと耐える。

前半はともかく後半は色々とマズい。
純粋な厚意だからこそ、好意を持っている相手が誤解すること間違いなしの言葉を堂々と男らしく告げる彼女に、シカマルは頭を抱えた。

「…お前、それ、他の奴らには言うなよ」
「なんでだってばよ?あ。それとも、」

いきなり項垂れた彼に、ナルは不思議そうに首を傾げる。

「ご飯にする?お風呂にする?それともオレにする?のほうがよかったってば?」
「ごふ…っ」


今度こそ、シカマルは思いっきり咳き込んだ。
暫し、沈黙するシカマルの背に「シカマル~?どうしたってばよ?」というナルの呑気な声が届く。

「……それ、誰に教授された…?」
「きょーじゅ?」


なんとか問い返したシカマルに、ナルがきょとんと眼を瞬かせる。


「エロ仙人が言ってきたんだけど…男が喜ぶ魔法の言葉だって」
(三忍って……)


伝説の三忍と呼ばれるもエロ仙人と称される自来也を思い浮かべ、シカマルは空を仰いだ。


「まぁオレだって、ご飯かお風呂か修行かって聞かれたら、嬉しーけどなっ」
「あ──…お前ならそう言うだろーな…」



オレにする=修行するという意味で考えているナルに、シカマルは苦笑を返した。
直後、ナルが弾かれたように肩を跳ね上げる。

「あっ、やべッ」



彼女の視線の先を追えば、ヤマトが額に青筋を立てて、此方へ向かってきている。
「修行を影分身に任せて本人はいないってどういう了見だい!?」と非難めいた声を上げながら屋根から屋根へ跳躍してくるヤマトを見て、ナルはあちゃ~っといった表情で頭を掻いた。

「もうバレちまったか…」
「ナル、おまえ…」



修行中にもかかわらず、シカマルを捜しに来てくれたのが影分身でもシカマルは嬉しかった。
けれど、ナル本人だと知って、軽く眼を見張ったシカマルに対し、ナルは気まずげに視線を彷徨わせる。

以前、アスマへ“風”のチャクラ性質のことを聞きに来た時でさえ、影分身だったのだ。
一分一秒も惜しいとばかりに修行に打ち込むナルが、その時と同じように影分身を寄越すこともできただろうに、そうしなかったと悟って、顔が自然と熱を帯びた。


ナル自身さえ、アスマとは先日会ったばかり。
“風”の性質変化のコツを教えてほしい、と頼んだ矢先の死は、彼女にも多大な衝撃を齎しただろう。

けれど、シカマルのほうを案じて、なによりも優先する修行を放って、ナル自身が会いに来てくれた。
それが理解できないシカマルではない。


案の定、本人がいないと知って、怒り心頭で彼女を捜しに来たヤマトに、ナルは説教されている。
謝りながら、修行に戻ろうとするナルへ、シカマルは急ぎ、感謝の言葉を投げた。




「ありがとな、ナル」


くるっと振り返ったナルがシカマルを見つめる。
そうして、なんでもないように、にしし、と笑った。



「オレってば、な─んにもしてないってばよっ」



その太陽のような笑顔を目の当たりにした瞬間、シカマルの視界が色鮮やかになる。


寸前までモノクロだった沈んだ里。白黒だった道行く人達。晴れているのに灰色の空。
それらが、ナルを中心にして一気に色を取り戻してゆく。





真っ青な空の下、シカマルの太陽が笑う。
特に色鮮やかなその笑顔が、シカマルの落ち込んだ心に火を灯した。










アスマが死んだ。
どうしようもなかった、と人は言う。
お前達が生きていただけで僥倖だ、と里長は言う。

突如割り込んできた桃地再不斬がいなければ、アスマだけではない。
イズモ・コテツ、そしてシカマルもまた、アスマに続いて命を落としていただろう。

そう言い切れるほどの強敵だった。
そう諦められるほどの強者だった。
けれど──。



諦めない。諦めるわけにはいかない。
諦めないど根性を持つ彼女の隣で、胸を張って共にいられる男でありたいから。






















「…シカマルは?」


夕食の席にも現れなかった息子の所在を、シカクは妻に問うた。


「それが…その。家に帰るなり部屋に籠もって…」

妻のヨシノの言葉に、シカクは「へぇ」と片眉を上げる。
息子の部屋へ向かえば、やけに静かだ。時折、パチンパチン、と聞き慣れた音がして、シカクは静かに障子を開けた。

「シカマル、入るぞ…」


軽く断りの言葉を入れて部屋へ足を踏み入れる。
けれど、シカクはそれ以上進むことも言葉でさえ先を続けられなかった。


息子はいる。
だが、彼はじっと将棋の盤を睨んでいた。


どこか鬼気迫る様子で、将棋を打つその横顔に気圧される。
自分が部屋に入ってきた事にすら気づけないほど、凄まじい集中力だった。

戦略を練っているのだろう。
将棋の駒を敵に見立てて、どう攻めるか。どう動くか。

何通りも何十通りも目まぐるしく思考を巡らしている様子がありありと理解できて、シカクは何も言わずに障子を閉めた。





「──なんだ。てっきり、しけた面してるかと思ったが、」


凄まじい集中力で盤に向かう息子を目の当たりにしたシカクは、障子を背に、軽く肩を竦めた。


「存外、悪くない顔つきじゃねぇか」





アスマの死に、腑抜けているのかと思った。我慢して溜め込んでいるのかと思った。
将棋に誘い、その溜め込んだモノを吐き出させようと思ったのだが…要らぬ世話だったらしい。


「俺の出る幕じゃなかったかね…」



シカマルが持ち直した原因に大体の当たりをつけながら、シカクは空を仰いだ。

先ほど見た息子の眼は過去ではなく、未来を見据えていた。
アスマの死から現実から逃避せず、死を受け止めた上で先を見通していた。
悲しみ・怖れ・憤りも何もかも腹の中のもの全部、吐き出すよりも、それら全てひっくるめて、覚悟を決めた男の眼だ。

そうなるように導いた太陽のような子を思い浮かべ、シカクは口許を軽く緩ませる。



(ナルちゃんか…)


シカマルが幼い頃からずっと、気にかけている女の子。
里人から忌み嫌われ、敬遠され、辛い過去を生きてきたにもかかわらず、太陽のように明るい子をシカクも気に入っていた。


夜の帳が下りて、星が瞬く夜空。
庭から聞こえてくる虫の音に耳を澄ませながら、シカクはガシガシと頭を掻く。

父の助言なく立ち直っている息子に、なんとなく寂しいものを感じた。




「…まったく。誰に似たんだか」


間違いなく自分だとわかっていながら、シカクはそうぼやかずにはいられなかった。














翌朝。

洗面所へ足を運んだシカクは、遅れて顔を洗いに来た息子とすれ違った。
通り過ぎ様に、昨日声を掛けなかった代わりに揶揄してやる。


「惚れた相手の前ではカッコつけちまうよなぁ」
「ごふ…っ」


うがいをしようとしていた矢先の父の言葉に、思いっきり咽る。
ごほげほ、と咳き込むシカマルの背中になんとなく安堵して、シカクは呵々と笑った。


急に遠い存在に思えて寂しいものを感じていたが、色恋沙汰になると急に子どもに戻る息子に安心する。
げほごほ、と咳き込みながら恨めしげに睨んでくるシカマルの視線を背中に感じながら、シカクは飄々と洗面所を出て行った。



息子の部屋をひょいっと覗く。
散らばった将棋の駒や乱雑に置かれていながらも筋道の通っている盤を視界の端に捉え、シカクは眼を細めた。


今から息子が何をしようとしているのか、知っていた。
知ってはいたが、シカクは止めようとは思わなかった。


息子のやりたいようにやらせてやろうと、見なかったふりをして、シカマルの部屋を後にする。


「…骨は拾ってやるさ」


本音は止めたくとも、それを押し殺すその表情は、覚悟を決めた父親の顔だった。































「…少しは、休憩なさったら如何ですか」
「ああ、お前か」


尋問され、軽く遠のく意識の片隅で、話し声がする。
うっすらと眼を開けると、霞む視界の向こうで、寸前まで自分を尋問していた大柄な男に話しかける細身の忍びの姿があった。


「私が見ておきますから」
「しかし…」

渋る素振りを見せるも、疲労の色が濃い部下達の顔色に思い直したのか、木ノ葉隠れ暗部の拷問・尋問部隊隊長──森乃イビキは「悪いな」と軽く謝罪する。


「奴は鬼人と名高い忍びだ。重々気をつけろよ」
「はい」


部下達と共に出て行ったイビキと入れ替わりに入ってきた忍び。
幸の薄そうな男だ。
気絶したふりをしていた百地再不斬は、無防備に自身へ近づく忍びを怪訝に思う。


『暁』と交戦し、木ノ葉の里に拘束され、現在尋問を受けている身。
霧隠れの鬼人と評される己に対して、聊か無防備すぎやしないだろうか。


警戒心が微塵も見えない相手を、再不斬は気を失ったふりをしながら、慎重に窺う。
ひょろひょろとして生気のない顔だが、なんとなく懐かしい気配を覚えた。



「…もういいですよ」

イビキ達の気配が遠ざかったのを見計らったように、その忍びが再不斬へ囁く。
監視を任せられたにもかかわらず話しかけてくる男に、伏せた顔を歪めた再不斬は、まるで今日の空模様を語るかのような気軽さで掛けられた言葉に、顔を上げた。



「ナルトくんはお元気ですか?」




気絶しているふりを看破しただけでなく、ナルトの名まで出した忍びの顔を再不斬はまじまじと見遣る。
やがて、彼はふん、と鼻を鳴らした。


「一度、嗅いだことのある匂いだな」

イビキ達、忍びを遠ざけ、監視しに来たという体で自身に接触してきた忍びの顔は見覚えがない。
けれど、その温厚な顔の裏に秘めている何かを、再不斬はどことなく感じ取った。




「俺と同じ野心の匂いだ」




霧隠れの鬼人の言葉に、イビキと入れ違いに再不斬の監視をしに現れた忍びは、一瞬、眼をぱちくりとさせた。
ややあって、まるで久しぶりの再会を喜ぶかのように、瞳を細める。





霧隠れの鬼人を前にして、月光ハヤテは口角を吊り上げた。
 
 

 
後書き


冒頭の場面、【上】の五十七話の三代目火影の葬儀の場面と似通っていながら、ちょこっと変えています。

アニメでのモノクロな描写がかっこいいから、つい…
でもシカクさんがかっこいいのを書きたかったのに、思った以上にシカマルがやる気を出したので、書けませんでした…すまんやでシカクさん…

次回もどうぞよろしくお願い致します!! 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧