魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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G編
第79話:狩る者と狩られる者
前書き
どうも、黒井です。
今回は学際から離れてF.I.S.サイドのストーリーです。
切歌と調が何故リディアンに乗り込んでクリスに挑戦しているのか。
それは偏にマリアを守る為であった。
戦えば戦う程、マリアの意識はフィーネの魂に塗り潰されてしまう。そう認識している2人は、これ以上マリアに負担を掛けないようにする為、障害となる二課のシンフォギア装者の排除とネフィリムの餌の確保を同時にこなす為に行動した結果である。
マリアは胸が痛かった。彼女は切歌達に嘘を吐いている。2人はその嘘を真に受けて、マリアの為にと動いているのだ。
家族同然の2人の少女を騙している現状に、心苦しさを感じずにはいられなかった。
だが何より苦しいのは、それによって生じる弱音を誰にも打ち明ける事が出来ない事にあった。
曲がりなりにもマリアは組織の象徴。彼女には毅然とした態度が求められる彼女に、弱音などは許されなかったのだ。
後悔が隠しきれていないマリアに、ナスターシャ教授が声を掛けようとしたその時、部屋の入り口近くで佇んでいたソーサラーが魔法で紅茶の入ったティーカップを取り出した。彼はそれを何も言わずマリアに差し出す。
「ッ?」
突然目の前に紅茶のカップを出された事に驚くマリアだったが、彼の気遣いに気付き小さく礼を言ってカップをソーサー毎受け取った。
「あ、ありがとう……」
マリアは紅茶を受け取ると、ソーサラーに軽く礼を述べカップに口を付けた。温かな紅茶が緊張を解してくれる。
マリアの緊張が解れたのを見ると、ナスターシャ教授が改めて口を開いた。
「後悔しているのですか?」
「――ッ」
ナスターシャ教授の言葉にマリアは一瞬顔を強張らせる。だが緊張が解れていた事で、自分でも思っているより落ち着いて言葉を返す事が出来た。
「大丈夫よマム。私は、私に与えられた使命を全うしてみせる」
マリア自身はそう言うが、その内面に燻っている後悔や不安は隠しきれていなかった。ナスターシャ教授だけでなく、ソーサラーにもそれが伺えてしまう。
表情を変えずマリアを見つめるナスターシャ教授。一方のソーサラーはマリアの肩に手を置こうとして、直後にエアキャリア内に鳴り響いた警報に手を引っ込めて周囲を警戒する。
マリアも驚いて立ち上がり、ナスターシャ教授はモニターを開く。
エアキャリアを隠している倉庫内にはカメラが隠してあり、モニターには完全武装した特殊部隊の隊員が工場を包囲している様子が映し出されていた。
「今度は本国からの追手……」
「もうここが嗅ぎ付けられたのッ!?」
相手が二課の装者や魔法使いではない事に若干安堵したが、厄介な連中が来た事に変わりはない。マリアの表情は険しかった。
「異端技術を手にしたと言っても、私達は素人の集団。訓練されたプロを相手に立ち回れるなどと思い上がるのは、虫が良すぎます」
マリア・切歌・調の3人は確かに装者であり強い。だがそれは所詮個人プレーの強さであり、潜入・捜索・破壊工作などは本業のそれに遠く及ばない。本気を出して捜索されては、組織力で劣る彼女達が逃げ切れる道理はなかった。
これがウィズ達であれば認識阻害の結界で見つからないようにする事も出来ていたであろうが、生憎とジェネシスにはそこまでの魔法は無い。あれはアルドのオリジナルの指輪であり、ジェネシスにはあれ程の物を作れるだけの作り手が存在しなかったのだ。
「どうするの?」
「踏み込まれる前に、攻めの枕を抑えに掛かりましょう。マリア、排撃をお願いします」
排撃……それはつまり兵士達を排除しろと言っているに他ならない。自らの手を血で染めろという言葉に、マリアの顔色が変わった。
「排撃って――!? 相手はただの人間、ガングニールの一撃を喰らえば――」
「そうしなさいと言っているのです」
「ッ!?」
無情なナスターシャ教授の言葉に、思わず息を呑むマリア。
慄くマリアにナスターシャ教授は容赦なく畳み掛けた。
「ライブ会場占拠の際もそうでした。マリア、その手を血に染める事を恐れているのですか?」
「マム……私は……」
ナスターシャ教授にマリアは何も言い返す事が出来ない。彼女の言いたい事は分かる。目的を果たす為にはここで彼らを排除しなければならないし、何よりも動けないセレナに危害が及んでしまう。
正しいのはナスターシャ教授であり、悪いのは煮え切らない自分であるという事はマリア自身分かっていた。
しかし――――――
「覚悟を決めなさい、マリア」
ナイフの様に鋭いナスターシャ教授の言葉がマリアの心に突き刺さる。
直後、爆音と共に工場の壁が爆破された。米軍の特殊部隊が、強行突入してきたのだ。
もう時間的猶予はない。
「始まりましたね……。さぁ、マリアッ!」
「くっ――!?」
後に退けなくなった状況に、マリアは遂にその手を血で染める決断を下さざるを得ないかと思った。
その時、ナスターシャ教授は先程まで居た筈のソーサラーの姿が無くなっている事に気付いた。
「ん? 彼は何処に……?」
「え?…………あッ!?」
いつの間にか姿が消えたソーサラーの姿を探して周囲を見渡す2人だったが、不意にマリアがモニターを見るとそこにソーサラーの姿を見つけた。
ソーサラーは既にエアキャリアの外に出ていたのだ。そして彼は、迫る米軍特殊部隊の前に立ち塞がっている。
突然姿を現したソーサラーに、米軍特殊部隊は動揺を隠せない。本国の各基地が魔法使いの襲撃により壊滅したのは彼らも知るところ。その下手人である魔法使いとよく似た格好をした相手が自分達の前に立ち塞がっている事は、彼らの精神に凄まじい衝撃を与えた。
「Magician!?」
「Open fire! Open fire!」
魔法使いの脅威をよく知る彼らは、ソーサラーの姿を見るなり警告も無しに発砲した。
マリア達がジェネシスと結託しているだろうことは米軍も掴んでいるのか、その装備は特殊部隊でありながら重装備だ。
無数の銃弾が放たれるが、ソーサラーは微動だにしない。全ての銃弾を鎧で受け止め、回避どころか防御すらしなかった。
それは回避も防御も必要ない位特殊部隊の攻撃がソーサラーには通用していないからであり、ある意味でソーサラーの余裕の表れであった。
だがマリア達はそれを余裕ではなく別の意味で捉えていた。
即ち、「さっさと引き上げろ。今なら見逃してやる」と言う、相手が引き下がるまでの猶予を与えているのだ。明確な戦力差を見せて、相手の気勢を削いで撤退を促そうとしているのである。
しかしそのメッセージは彼らには伝わらなかった。無抵抗で攻撃を受け続けるソーサラーを、彼が戦う気が無いと判断したのかそれともここで確実に仕留めようというのか攻撃の手を緩めず徐々に距離を詰めてきた。
するとそれが分かったのか、ソーサラーも動き出した。銃弾を受けながら手にハルバードを持ち米軍特殊部隊に突撃するソーサラーに、彼らは慌てて引き下がるがもう遅い。
「ッ!? 待って!?」
届かぬと分かっていても思わず声を上げてしまうマリアだったが、彼女の心配は杞憂に終わった。
肉薄したソーサラーはハルバードを振るい次々と特殊部隊を薙ぎ倒していくが、攻撃は全て柄か峰の部分で行われた。刃で切り裂かれた者は誰一人として居なかった。中には掌底や蹴りで無力化される者も居るが、彼らは全員生きている。
特殊部隊の大半が戦闘不能となって、無事な隊員が負傷者を引き摺って撤退しようと一か所に固まる。
それを見た瞬間、ソーサラーは右手に指輪を嵌めてハンドオーサーに翳した。
〈トルネード、ナーウ〉
ソーサラーが手を米軍特殊部隊に向けて翳すと、極彩色の竜巻が特殊部隊の殆どを巻き上げ上空へと誘っていく。
「Aaaaaaaaa!?」
「Noooooooo!?」
竜巻は天井を突き破って空へと伸び、特殊部隊の兵隊達は悲鳴を上げながら空へと消えていく。ソーサラーはそれを見送ると、運良く竜巻の範囲から逃れていたまだ無事な隊員達に目を向ける。
ソーサラーから視線を向けられて、生き残りの隊員達は慌てて逃げ出した。
「Fall back!? Fall back!?」
勝ち目はないと踏んで逃げ出す特殊部隊の隊員達を、ソーサラーは追撃することなく見送った。どの道この場所はもう使えないのだし、無駄な労力を割く必要は無いと考えたのだろう。
逃げていった特殊部隊の残りに背を向け、エアキャリアに戻ろうとするソーサラーだったがその彼の耳に逃げた筈の特殊部隊隊員の悲鳴が聞こえてきた。
「Nooooo!?」
「Help, help!?」
「ッ!?」
まさかと思いソーサラーが倉庫の外に出ると、そこでは生き残った特殊部隊の隊員がノイズによって炭素分解されたところであった。
やったのはウェル博士。彼は戦闘の最中に出てきて、逃げる隊員達を確実に仕留めに掛かっていたのだ。
ウェル博士の行動にソーサラーは溜め息を吐くが、次の瞬間彼はとんでもないものを目にした。
騒動を聞きつけてか、どこからか子供が3人倉庫に近付いてきてしまっていたのだ。
それだけならまだ良かったが、問題なのはウェル博士がその少年達にソロモンの杖を手に近付いている事だった。
ソーサラーからは見えないが、ウェル博士の子供達を見る目は氷の様に冷たい。
そのウェル博士の尋常ではない目をカメラ越しに見たマリアが、悲鳴のような声を上げた。
『止めろウェルッ!? その子達は関係ないッ!? 止めろぉぉぉぉぉぉッ!!?』
「ッ!?」
通信機からマリアの悲痛な声を聴いたソーサラーは、ウェル博士が子供達を殺めようとしている事に気付き彼を止めるべく走り出す。
しかしソロモンの杖から放たれたノイズは無情にも子供達へと向かって行き――――――
「くっ!? ハァッ!」
子供達がノイズに炭素分解される直前、彼らの前に全身ローブの1人の女性が立ち塞がった。アルドだ。あわやと言う所で現場に到着した彼女は、ハーメルケイン・レプリカでノイズを受け止め、切り払い逆にノイズを消滅させたのである。
目の前で目まぐるしく変わった状況に、理解が追いつかず呆然とする子供達。だが振り返ったアルドが少年達を叱るように声を掛けた事で、自分達の身に危機が迫っていた事を理解した。
「今の内です、逃げなさい! 早くッ!!」
「あっ!? う、うわぁぁぁぁぁぁっ!?」
大慌てで逃げ出す子供達を見送り、アルドはウェル博士・ソーサラーと対峙した。
「おやおやおや? 要注意人物が来てしまうとは思いませんでしたよ」
「貴方、正気ですか? 何故あんな子供達まで?」
米兵はまだ分かる。非情かもしれないが、生かして返せば面倒な事になるかもしれない。ある意味で米兵を誰一人逃がさないのは合理的だ。
だが子供達は話が別だ。幾ら目撃者とは言え、子供達を犠牲にする必要があったとは思えない。彼らには何の力も無いのだから。
「何故と言われましてもねぇ? 英雄の辿る道に、犠牲は付きものでしょう?」
然も当然のように言うウェル博士に、アルドは嫌悪感からか唇を嚙み締めた。目の前に居る男は真面ではない事に気付いたのだ。
「このような事をするのが英雄だとでも?」
「なりますとも。犠牲の分だけ多くを救えば良いだけの話です」
「無用な犠牲を払った者を英雄と呼び称える人など居ませんよ」
薄ら笑いを浮かべるウェル博士に対し、アルドは遠回しに「お前は英雄ではない」と告げた。
その言葉は流石にカチンときたのか、ウェル博士の顔から一瞬表情が抜けた。だが直ぐに余裕を取り戻すと、アルドにソロモンの杖を向けた。
「では味わってもらおうじゃありませんか……僕の英雄としての力をッ!?」
ソロモンの杖からノイズを召喚してアルドに襲わせようとするウェル博士。アルドはそれをハーメルケイン・レプリカで迎撃しようとするが、直前にノイズ達の前に出現した魔法陣が爆発しノイズを吹き飛ばした。
「ッ!? 今のはッ!?」
「ウィズ!」
今の魔法は言うまでも無くウィズのエクスプロージョンだ。ノイズを一掃された先には、アルドの傍にハーメルケインを片手に持ったウィズが佇んでいた。
「この程度で英雄を名乗るなど、烏滸がましいにも程があるな?」
「くっ!?」
ウェル博士は再びノイズを召喚しようとしたが、ソーサラーによりそれは止められる。ソーサラーはウェル博士の肩を掴んで後ろに引っ張ると、彼と立ち位置を入れ替えた。
ソーサラーはウィズ達にハルバードを構えながら、手で下がるようウェル博士に示した。ここは彼が1人で受け持つつもりらしい。
一瞬何かを言おうとしたウェル博士ではあったが、少し落ち着いて冷静に考える余裕を取り戻したのか眼鏡を掛け直した。
「ふぅ……ここはお任せしますよ、ソーサラー」
そう言って倉庫の中に消えるウェル博士。彼の姿が無くなった瞬間、ソーサラーはハルバードをウィズに向かい振り下ろした。ウィズはそれを受け止める事無く、体の軸をズラす事で紙一重で回避した。
「アルド、行け」
「はい!」
ウィズがソーサラーを相手取り、その間にアルドにエアキャリアの確保を行わせようとする。
だがソーサラーはそれを許さなかった。
〈チェイン、ナーウ〉
「ッ!? くぅっ!」
ソーサラーは魔法の鎖でアルドを拘束し、その場から動けないようにした。彼女の動きが封じられた事にウィズは舌打ちすると、右手をハンドオーサーの前に翳す。
〈エクスプロージョン、ナーウ〉
魔法が発動し、ソーサラーの周囲に魔法陣が展開される。四方八方を囲む爆発する魔法陣に、ソーサラーの動きに焦りが伺えた。
逃げ場のない爆発の檻の中に消えるソーサラー。だがアルドの拘束は外れる事無く、ソーサラーはいつの間にかウィズの背後に移動していた。
ソーサラーが背後に移動している事に気付いているウィズは、彼に背を向けたままハーメルケインを持ち直すと予備動作無しで振り返りソーサラーを攻撃した。
その後も、拘束されたアルドをそのままに戦うウィズとソーサラー。
2人の戦いを、物陰に隠れた“ウィズ”がじっと見つめていた。
「そのまま暫く頑張ってくれよ」
今ソーサラーと戦っているウィズは魔法で作り上げた分身だ。本物と寸分違わぬ容姿と能力の分身を作り出せる、デュープと言う魔法の効果である。魔力が切れるか分身体が倒されたりしなければあのまま戦ってくれる。
倉庫の外で激しい戦いが行われているのを尻目に、ウィズは魔法でエアキャリアの中に転移した。倉庫内は監視カメラで死角はないが、エアキャリア内に入ってしまえばこっちのもの。彼は目的を果たすべく静かにエアキャリア内の廊下を歩いていく。
「さて、目的の人物は何処に居るのやら?」
ウィズは一部屋一部屋慎重に覗き、目的の人物が居ない事を確認した。
いくつか部屋を覗き、そしてウィズは目的の人物を見つけた。
「ここに居たか……」
ウィズが入ったのはセレナが寝かされた部屋だった。今彼女はベッドの上で眠りについている。防音が完璧だからか、外での騒動に気付いた様子はない。
眠ってくれているのなら騒がれる事も無いし楽でいいと、ウィズがセレナに近付き手を伸ばした。
次の瞬間、セレナの姿はガラスの様に砕けた。いや、セレナだけではない。部屋自体が砕け散り、気付けばウィズはエアキャリアの中ではない別の場所に立っていた。
「ッ!? これは――!?」
予想外の事態に、しかしウィズは自分が罠に嵌められた事に気付いた。あの部屋は入り口自体が一種の魔法のゲートの様なものであり、セレナは自分を誘き寄せる為の餌だったのだ。
ウィズが今居るのは何処かの城の中のような場所。品の良い調度品が室内の至る所に置かれている。
「久しぶりだね、ウィズ…………いや、不詳の弟子よ」
出し抜けに背後から声を掛けられ、ウィズは背後を振り返った。そこには、色以外は彼と瓜二つの姿をした魔法使い――ジェネシスの首魁・ワイズマンが佇んでいた。
ウィズは姿を現したワイズマンにハーメルケインの切っ先を向けつつ、ワイズマンを中心に円を描く様に動いた。
それに対し、ワイズマンはその場を動かず両手から赤い光の刃を出した。
「……何故私の動きが分かった?」
「分かったのはお前の動きでは無いよ。だからお前がここに来たのは偶然だ」
「…………あの馬鹿め」
悪態を吐きながら、ウィズはこの場をどう乗り切るかを考えていた。ハッキリ言って悔しいが、今はワイズマンに勝つ自信が無い。ただでさえソーサラーの相手をする為に魔法で作り出した分身にかなりの魔力を割いているのだ。
ワイズマンに勝つのならば、それ相応の準備が必要であった。
しかし当然ながら、敵は彼の事情など理解してくれる筈も無く――――――
「さて、そろそろお前との因縁も終わりにしようか!」
ワイズマンはローブの裾を翻し、赤い光を放つ刃をウィズに振り下ろした。
後書き
と言う訳で第79話でした。
はい、トラウマブレイクです。やっぱり子供が理不尽に殺されるシーンはあれだったんで助けました。主人公側に頼りになる人が多いですからね。
そして主人公の師匠キャラとラスボスの相対は個人的に燃えるシチュエーションだと思います。
執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします!
次回の更新もお楽しみに!それでは。
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