Fate/WizarDragonknight
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ムー大陸復活
「冬休み!」
ココアの元気な声が聞こえた。
寝起きの目をこすりながら、ハルトは自室を出る。
ラビットハウスの二階に備え付けられている自室。木造の匂いが充満する中、ハルトは静かにドアを閉める。
「チノちゃーん! 可奈美ちゃーん! 起きて!」
いつもならば君が起こされる側なんだよなあと思いながら、ハルトは欠伸をかみ殺す。
クリスマスが開け、もう年越しを待つのみになった見滝原。昨晩の雪はかなり積もっており、二階の窓から見える景色は、雪色一色である。
「……はあ……」
窓を開けて息を吐くと、吐息が白い。寝巻姿で浴びる温度ではないと、ハルトは窓を閉ざした。
その時、階段より足音が聞こえてくる。振り向くと、ラビットハウス店長、香風タカヒロが登ってくるところだった。
「やあ、ハルトくん。おはよう」
「おはようございます。店長」
ハルトとタカヒロは挨拶を交わす。
「店長は、これから……」
「今日はもう休ませてもらうよ。クリスマスでも、色々夜通しの人はいたからね。君たちのパーティの後でバータイムをやっていたんだ」
「そうでしたか……ありがとうございます」
「いやいや。それにしても、君たちの昨日には驚いた」
タカヒロの言葉に、ハルトはぎょっとした。
「可奈美君も、用事があると言って出ていったが。彼女は気絶して君に背負われてくるから。何かあったのかい?」
「えっと……あの、昨日空に天使が現れたって噂があったんですよ。店長も聞きませんでした?」
「聞いたね。お客さんも見たと言っていたよ」
エンジェルの出現は、大勢の人々に見られている。だが、その後降りてきて、ハルトと戦ったことまで知っている人物はそれほど多くないだろう。
「その時、ちょっと、悪い人に絡まれちゃって……可奈美ちゃんは転んで、何とか逃げ切ったんです」
「大丈夫かい? 警察には?」
「ええ、連絡しました。だからもう大丈夫です」
「そうか……あまり遅い時間に出歩くのは感心しないな」
「はい……気を付けます」
寝室に入ったタカヒロを見送り、ハルトは大きくため息をついた。
数秒タカヒロの部屋のドアを見た後、可奈美が使っている個室をノックする。
「可奈美ちゃん。いる?」
返事はない。普段この時間に寝ていることなどありえない彼女だが、今日はまだ倒れているのだろうか。
心の中で詫びを入れながら、ハルトはドアを開けた。
部屋はすでにもぬけの殻だった。
「可奈美さんは朝もう出ましたよ」
チノがあっさりと言った。
「今日も少し見滝原公園で走ってくるそうです。シフトまでには帰ってくるとは言ってましたけど」
「そうなんだ……」
朝のベーコンエッグを口にしながら、ハルトは頷いた。
「今日のシフトって……ココアさんと可奈美さんです。あと、リゼさんも来てくれるそうです」
「そっか。ところで、ココアちゃんは……なんであんなに落ち込んでるの?」
ハルトの隣で、ココアが机に座りながら白目を剥いている。口から魂が飛び出していそうな彼女を、チノが説明した。
「珍しく一番に起きて、パンを焼いてビックリさせようとしたみたいです。実際は可奈美さんは今言った通り、私も倉庫にいただけだったので、ハルトさんの次にお寝坊さんだったという事実にショックを受けているそうです」
「あははは……な、なんか……気にしないで」
「私……お姉ちゃんなのに……」
消え入りそうなココアのそんな声を聞きながら、ハルトはベーコンエッグの最後の一口を飲み込んだ。
味がしなかった。
駐輪場にマシンウィンガーを停め、ハルトは見滝原公園に足を踏み入れた。
いつも大道芸を披露している噴水広場を素通りし、湖がある公園の中心へ急ぐ。
可奈美がよくこの湖の周囲で走っていることは何度か聞いていた。だが、存外広いこの公園では、中々可奈美一人を見つけることは難しかった。
その代わり。
「お前ここで何してんの?」
「見りゃ分かんだろ? 飯だよ飯」
湖近くの芝生にテントを張り、コンパクトな機材で焼き鳥を焼くコウスケを見つけた。
「今日の朝飯だ。お前も食うか?」
コウスケはにっこりと焼き鳥をハルトに差し出す。ハルトはそれを断りながら、テントへ目を移す。
「お前こんなところで寝泊まりしてんの? 雪だよ? 寒くないの?」
「全然」
コウスケはさも問題なさそうに言い切った。
「俺、ビーストだからな。夜寝るときはいつも変身して寝てんのよ」
「寝袋替わりに変身……まあ、やったことあるけどさ」
「おお!? お前もあるのか!? いいよなあ、魔法使いの変身。実は保温性に優れるおかげで風邪ひかねえし。響にも変身して寝ろっていったら案外心地いいって言ってたぜ」
「そうだ、響ちゃん!」
ハルトは声を荒げた。
「その、ごめんな。バングレイにさらわれるの……防げなくて」
「気にすんな。ほい、これ食え」
コウスケは二本目の焼き鳥を渡してきた。ハルトは今度は断れずに受け取り、頬張る。
「旨いか?」
「……うん、そうだね」
全て平らげて、ハルトは言い直す。
「なあ、どうすればいいんだろう。どこに攫われたか、分からない?」
「分かんねえ。それよりも今は飯だ」
「それよりって……」
「響は無事だ。あいつは、オレが助けに行くのを待ってる」
「そうかもしれないけど……」
「だったら、オレは万全を期すために、今は飯だ! よく言うだろ? 腹が減っては勝てぬって」
「戦はできぬな」
「皆まで言うな! それに、ほれ」
コウスケは右手の甲を見せつける。
「響の令呪。まだしっかり残ってんだ。これが、アイツが無事って何よりの証拠だろ?」
「まあ、そうかも」
「オレたち参加者は見滝原から出ることはできねえ。つまり、根気よく探せば、響は見つかる! そう考えてんだよ、オレは」
「……そっか」
彼には何を言っても無駄なのだろう。彼が、誰よりも響が無事だと信じ切っている。
その時。公園のどこかから、こんな声が聞こえた。
「さあ、絶望してファントムを生み出せ!」
その声に振り向いたハルトは、コウスケに言った。
「行くぞ」
「ああ。……少しムシャクシャしてんだ。憂さ晴らしさせてもらおうぜ」
「結局苛立ってんじゃん」
「うるせえ! 響は無事だろうがよお、こっちはアイツがいなくて少し気分悪ぃんだ」
「何だよそれ」
「いいからいくぜ! ハルト」
「皆まで言うな」
「それオレのセリフ!」
公園で暴れるファントムのもとへ急ぎながら、ハルトとコウスケは同時に告げた。
「変身!」
「変~身!」
「……」
両手を鎖に縛られた響は、押されるがままに歩く。
かび臭い遺跡。前人未到の空間。
バングレイに攫われた響は、気付けば宇宙船に幽閉され、この遺跡に連れてこられた。どうやら、見滝原から大きく移動して、どこかの遺跡に来たらしい。
前にはバングレイ。そして、彼が可奈美と友奈の記憶より作り上げた少女たちが歩いている。
拘束した響は未来に連れ添われ、その最後尾に、エンジェルがいる。
「バリバリバリバリ。驚いただろ? 俺は狩りの時は、情報はきちんと集めるんだよ」
バングレイはのっしのっしと遺跡を歩く。道中、時々遺跡の壁をあちこち傷つけているが、それを全く意に介さない。
「それにしても、よく見滝原を離れる許可が下りたものだな」
エンジェルが言い放つ。
「聖杯戦争の参加者は、見滝原から出ることが出来ないのだろう? なぜここに来れた?」
『それはボクがやったんだよ!』
そう叫んだのは、聖杯戦争の監視役。
バングレイの肩に乗る、白と黒の人形のような存在。
熊の形をした、左右を色分けしたそれは、胸を張ってエンジェルへ言い放つ。
『大変だったんだよ? 頭の固い後輩を説得して、君たちに一日だけでも外出許可をもらうの。全く、キュウべぇは放任主義の癖に真面目なんだから』
「ま、予めの場所は宇宙で調べてあったからいいんだけどよ。いよいよ狩りの集大成だ。バリ楽しみだぜ!」
バングレイが大声とともに進んでいく。
仮にここで脱出を試みたところで、五対一。見込みはなかった。
「響、どうしたの?」
未来が響の顔を覗き込む。
これまでずっと、響の陽だまりとしていた少女は、寸分なく再現されており、目を見返すのも辛かった。
「未来……なんだよね?」
「そうだよ? 響」
未来は体をべったりと近づけてくる。
「響の一番の友達の、小日向未来だよ? 響」
「……」
響は顔をそむけた。彼女が一挙手一投足、何かを行うたびに、響の脳裏に未来との最後の記憶がフラッシュバックする。
___私の想い! 未来への気持ち! 二千年の呪いよりもちっぽけだと誰が決めた!!___
___バラルの呪詛が消えた今! 隔たりなく繋がれるのは神様だけじゃない!___
___神殺しなんかじゃない! 繋ぐこの手は私のアームドギアだ!___
___未来を! 奪還するためにいいいいいいいいいい!___
___させぬ! 呪いを上書きしようとも!___
___!___
___METANOIA___
___開いた拳を……握ったな……? 神殺し___
___あ___
___貴様の望み通り、神を越えたな……? 神殺し____
___あ……あ……___
___我はもう消える……人類を救った英雄よ……我を屠ったことを誇るがいい___
___ちが……___
___さらばだ……響……___
___未来……?___
___ごめんね……響……___
「っ!」
響は、背筋が凍った。瞼の裏に印刷された、未来の最期の顔。驚きと痛みの眼差しを響へ向ける彼女の顔が、今の平常の表情が重なる。
「未来……」
「何? 響」
「……」
あの時、手にかけてしまった陽だまりが、目の前にいる。
自分でも、どんな顔をしているのか分からない。響は、未来から目を離した。
「着いたぜ」
どれほど歩いただろうか。
バングレイの言葉に、響は足を止めた。
「これが、俺のターゲットの巨獣か」
その言葉に、響は顔を上げる。
遺跡のどの部分なのだろう。大きく長い階段を登り切った踊り場は、神殿のようで、祭壇が奥にあった。左右にはトーチが備えられており、その下には巨大な円が描かれていた。
祭壇の向こう側には、ムーの紋章が描かれた遺物があった。それは、巨体を備えており、今にも動き出しそうなものだった。
「ラ・ムー……」
「これがラ・ムーか……」
バングレイの発言を、エンジェルが繰り返した。
バングレイは頷く。
「俺も見るのはバリ初めてだぜ。噂だと、コイツがムーのあらゆるテクノロジーの中枢を担っていたらしいぜ」
「ほう」
「今は休眠状態か。ムーの力を恐れたムー人が、コイツをムー大陸ごと封印したって話だ」
「詳しいな。マスターよ」
「宇宙を色々旅していると、バリ色んな話を聞くからな。コイツを狩るか、それとも力を奪うかはあとで決めるがな」
バングレイはそう言って、懐より二つの石を引っ張り出す。手裏剣と恐竜の形をした石を、二人の少女___姫和と美森へ投げ渡した。
「おい。その石を、そこのたいまつに置け」
バングレイが指図したのは、巨大な円の両端。円の中に描かれる正三角形のところにもトーチが立っており、その上には皿も置かれている。
姫和と美森は頷き、それぞれ皿に石___オーパーツを置いた。すると、それぞれのトーチが、赤、緑の光を灯していく。
「おい、お前。ベルセルクもそこに置け」
バングレイの命令に、未来が響を押す。
「み、未来!?」
「大丈夫だよ響。私も一緒に行ってあげる」
未来が響の手を握りながら告げた。唱も歌えなくさせる能力を秘めた手錠がある限り、響は身動き一つ取れないでいた。
「響」
「やめてよ……未来」
「どうして? 響」
未来は、響が知るものと全く変わらない眼差しを向けた。いつも、響を支えてくれる最高の陽だまり。それが、響をただのベルセルクの剣として押していく。
「未来……! うっ!」
響が未来を呼びかけようとしたとき、丁度響の体がトーチに触れた。その時。
響の体は、ただの物になった。
「な……に……?」
石化した体は、動きを忘れた。
体勢をそのままに、黄色の光を全身から吐き出す響は、体のエネルギーがトーチに吸われていくのを感じた。
バングレイは高笑いしながら、叫ぶ。
「さあ、バリ復活だ! ムー大陸!」
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