天才少女と元プロのおじさん
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43話 こういうデリケートな問題には気を付けて欲しいな
正美の見立てだと、希はあの一打席をだいぶ引きずっている。
大野は夏大会で引退なので、少なくとも高校ではリベンジの機会が失われていた。希自身、憤りの向く先を見失っているのだ。
切っ掛け一つで立ち直れるだろうが、その切っ掛けをどうしたら作ってあげられるか、正美には分からないでいた。
正美と希の二人が部室棟に戻ると、芳乃が部室の入口に貼られていた張り紙を剥がしていた。
――あっ、ついにあの脅迫文はがすんだ。
紙に書かれているのは“野球部のへや!入室者は野球部員とみなします >▿<”。
去年、暴力沙汰も含んだ不祥事で野球部が停部処分となった事は校内に留まらず有名な話である。例えジョークだとしてもイメージが悪いのではないかと、正美は以前から気になっていた。
「芳乃ちゃん何しよーと?」
希が声を掛けると、正美と希の存在に気付いた芳乃ちゃんは振り向いて二人の手を取った。
「二人とも入って入って!」
――芳乃ちゃん嬉しそうだけど、何か良い事あったのかな?
二人が部室の中に連れられると、そこにはグラウンドで話した女の子が居た。クリーム色の髪を白いリボンでポニーテールに纏め、左の前髪に赤と黄色の髪留めを着けたその女の子の前に出た芳乃は先程剥がした張り紙を目の前に出す。
「全員揃った所で自己紹介をお願いします!」
さも当然かの様にそんな事を口にした。
「ちょっ、まさかの強要の現行犯!?」
正美は思わず叫ぶ。
刑法第223条:生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する。
過去の判例では周囲を取り囲んで義務の無い事を行わせた場合にも強要罪は成立した。
「は、はい。川原 光、二年生です。夏大会凄かったです……私も一緒にやりたいなって。よろしくお願いします!」
自信なさげな目で前を向けながらたどたどしく、それでもでも一生懸命に光は言葉を紡ぐと、周りのみんなから拍手が起こった。
「タメ口すみませんでした!」
バレー部の助っ人から戻っていた詠深が勢いよく頭を下げる。光を部室の中に案内したのは詠深で、その際にタメ口で光に話し掛けていた。
「本当に良いんですか?これならジョークですよ?」
ここまで成り行きを見ていた珠姫が芳乃から張り紙を奪って光に問う。
「もー!本気だよ」
珠姫の発言に芳乃は抗議した。
「来るもの拒まず去る者追いかけます!」
――怖っ!?堅気の人がいう事じゃないよ!!
このままじゃマズいのではと感じた正美は光に近付いて尋ねる。
「川原先輩、一年の三輪です。あの……本当に入部希望なんですか?後から無理やり入れられたって訴え出たりとか……。うち停部明けたばっかなんで、それは困ると言うか何というか……」
気まずそうに話す正美に光は可笑しそうに微笑んだ。
「大丈夫。さっき言ったのは本当だから」
本人に入部の意志を確かめて、正美はようやく安心する。
「良かったー……」
一安心した正美は椅子に倒れ込んだ。
「芳乃ちゃん、こういうデリケートな問題には気を付けて欲しいな」
正美は恨めしそうな目を芳乃に向けるのだった。
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