天才少女と元プロのおじさん
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最速を前に
31話 刺し違えても止めろー!!
大村 白菊。
高校から野球を始めた初心者であるが、剣道で鍛えられたその強靭な肉体から放たれる打球は、ジャストミートすれば悠々と外野の柵を越えていく。まだまだ確実性には掛けるが、新越谷自慢のロマン砲である。
彼女のポジションはライト。初心者はライトを始め外野に配置させることが多いのだが、だからと言って外野が簡単なポジションかと言えばそんな事は無い。内野より圧倒的に広い守備範囲や遠投、毎回伸び方が異なる飛球の判断など、外野手にも求められるものは多い。
外野の後方にあるのはフェンスのみ。外野が抜かれれば長打は必至であり、ランナーが居れば一塁からでもホームに返って来ることが可能。外野とは守備における最終防衛ラインなのだ。
「ほらほら!また目を切るのが早いよ。ボールを掴むまで目を離さないのっ。白菊ちゃんの後ろには誰も居ないんだから打球は刺し違えても止めろー!!」
“おに”と書かれた鉢巻を巻いている正美は打球を捕り損ねた白菊に檄を飛ばしている。
「いやいや、刺し違えちゃ駄目だろ」
正美の檄に怜が冷静に突っ込んだ。
「それぐらいの気概でって事ですよー」
正美と怜は白菊に守備の指導をしている。先の馬宮戦で白菊はエラーさえ無かったものの、僅かではあるが落下点を見誤る危なげなプレーが見られた。そこで白羽の矢が立ったのが新越谷の外野陣で唯一の経験者である怜と、ポジション問わず守備の上手い正美である。
白菊の元に強めのゴロが転がってきた。白菊は全力でチャージを掛けて打球をグラブに納めるが、一連の流れが綺麗に行えたとはお世辞にも言えなかった。
「ビューンと突っ込み過ぎ。全力でチャージしたらバウンドを合わせる時に7割、捕ってから送球に移るまでを8割に抑えて!」
正美の熱血指導の甲斐あってか、少しずつ白菊の守備が様になっていく。
白菊の守備練習が終わりを迎えると、正美は息を切らせる白菊の元へ駆け寄った。正美は右手を掲げ、空を指差す。
「見ろ白菊ちゃん。夜空に一際大きく輝くあの星こそ、王者の星、巨人の星だ!いつか必ず、お前はあの星に駆け登るのだ!」
「······まだ星が出るような時間じゃないぞ」
正美のノリに着いていけない怜が突っ込む一方、野球漫画が好きな白菊は割とノリノリだった。
「明日のオーダーを発表するよ~」
練習後のミーティングにて、芳乃により次の熊谷実業戦のオーダーが発表された。
1.川口息吹(左)、2.三輪正美(三)、3.山崎珠姫(捕)、4.中村希(一)、5.岡田怜(中)、6.藤田菫(二)、7.藤原理沙(投)、8.川崎稜(遊)、9.大村白菊(右)。
継投:理沙→正美→詠深。
詠深は次もベンチスタートと知るや否や、目に見えて落ち込んだ様子を見せた。
「ごめんね。流石にベスト8以降は詠深ちゃんを温存できないから、今のうちに休んでおいて欲しいんだ。一応、最後は調整の意味も込めて投げてもらうから」
芳乃は拗ねる詠深の説得を試みる。
「伝家の宝刀はここぞという時に抜く物だもんねー」
正美は前回と同じく詠深をヨイショする作戦に出た。詠深の体がピクリと動く。
「伝家の宝刀······なんか神々しいわね」
そして菫が駄目押し。すると詠深が機嫌を直し、復活を果たした。
「やっぱヨミちゃん単純だねー」
「正美っ、シーッ······」
正美の呟きを菫が咎める。幸いにも正美の声は詠深の耳には届いていなかった。
「それにしても、もう5回戦なのにヨミちゃん温存なんて、芳乃ちゃんも大胆だよね」
そう言う正美は思う。熊谷実業はシード校である上、強打のチームだ。普通であれば投手を始めたばかりの理沙を先発に据えたりなどしない。
「熊谷実業は守りでは無名校にもにもそこそこ点取られているからね。まあ、ここまで詠深ちゃんを温存できるのも高橋さんから貰ったデータのお陰なんだけどね」
当然、芳乃も勝機の薄くなるような采配はしない。今回のオーダーも確固たる根拠があって決定したのだ。
「ところで私が2番で良いの?久保田さんのストレート私の力で打てるか微妙だよ?」
久保田 依子。埼玉県最速の名を欲しいがままにする速球派の投手であり、投球の約8割を威力抜群のストレートが占める彼女は、正美にとって天敵とも言える。
「大丈夫。確かに久保田さんのストレートは速いけどコントロールはあまり良くないから、粘れば塁に出れるよ。それに、野球はピッチャー有利だからみんなで1点を取りにいくって正美ちゃん言ってたよね?」
正美は芳乃の言葉に不意を打たれ呆然とするが、それも一瞬の事。
「あはっ。ほんとその通りだ。よーし、県内最速だろうと負けないよっ。どかーんと勝ってこー!」
次の試合に向け気合いを入れるのだった。
後書き
外野ゴロの10割→7割→8割はエリア66でお馴染みの元千葉ロッテマリーンズ、岡田幸文氏の守備理論を引用させていただきました。
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