天才少女と元プロのおじさん
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夏大会4回戦 アンツ······馬宮高校
28話 ハリネズミになってもらいます!
試合の後は学校へ戻って練習となった。藤井教諭より、試合の反省点を重点的に行うとの事だ。正美は芳乃とのハリネズミを見に行く予定を潰され、唖然としていた。
球場から帰る前に中田と高橋が新越谷ナインの元へ挨拶に訪れた。中田からはたくさんの折り鶴を託され、高橋からはこれから当たるであろう相手校の情報を譲り受ける。正美はちゃっかり中田と連絡先を交換していた。
閑話休題、その練習が終わり、バットを杖にしてようやく立っていた藤井教諭がグラウンドからはけると、稜、菫、白菊がその場に座り込む。息吹に至っては胴まで地に着けていた。死屍累々······、
「それにしても梁幽館······よく勝てたわね」
菫がしみじみと呟く。
本日の勝因について、希のホームランと詠深の好投や、梁幽館が格下相手にも関わらずデータ通りの堅実な試合運びをしてくれたお陰など、様々上がるが。
「やっぱり大きなミスもなく想定内の3失点で踏ん張れたのが勝因だよ。みんなの勝利だよ!」
芳乃はそう総括した。反れに対して異論を唱えるものは一人もいない。
「そのみんなの中に途中出場の私も入って良いのかな?」
正美は上目遣いで窺うように尋ねる。
「勿論!ナイスバッティングだったよ」
芳乃が微笑みながら答えた。
「よく私に変わって打ってくれたぜ!」
「なに偉そうに言ってるのよ。あんたじゃ中田さんから打てたかどうか······」
サムズアップして言う稜に菫がツッコむ。
「正美ちゃんのおかげで狙い玉絞りやすかったよ」
ホームランを打った希も正美の功績を称えた。
「正美も誇って良いんだ」
「ええ。自信をもって」
怜と理沙も正美の活躍を認める。
「そっか······」
そんなみんなに正美は表情をふにゃりと崩した。
「そういえば、ヨミは結局出てきてないのか?」
怜はそう言って部室棟へ視線を向ける。詠深は今日の試合で完投したため、練習を免除されていた。
「一人で録画見てましたけど、もしかしたら寝てるかも」
詠深の女房役である珠姫が怜に答える。
「ずっと、ぽわっとしてたからヨミちゃん今頃ようやく実感が湧いて一人で泣いてるかもね」
『あー』
正美の言葉に一同、あり得る、と思った。
みんなで部室へ行くと案の定、涙で頬を濡らした詠深が珠姫へ飛び付く。
「武田投手、公式戦初勝利だね。おめでと」
そんな珠姫の優しげな言葉に詠深はより一層泣き出すのだった。
そして、珠姫の練習着が詠深の鼻水の犠牲となる。
そして部活が終わり······。
「さぁさぁ我が家へようこそー」
そう言って正美が示した一軒家は1階がお店になっていた。看板には“三輪はりきゅう治療院”と書かれている。
正美と一緒にいるのは詠深、珠姫、芳乃、息吹の四人。
本日の受付は終了している旨が書かれたプレートのぶら下がった入口を、正美が開いた。
「ただいまー」
彼女が中に声を掛けて中に入ると、奥から白衣を身に付けた年増の女性が顔を覗かせる。
「おかえり······いらっしゃい。話は聞いてるわ。入って」
そう言うと、女性は中へ戻っていった。
中は五畳ほどのスペースで、ソファーとテーブルが置かれている。どうやらここは待合室のようだ。
「そっちに荷物を置いて入ってきて!」
中から発せられた女性の指示に従い、鞄を待合室に置くと、四人はカーテンで区切られた奥へと入っていく。
中にはベットが四つ置いてあり、それぞれがカーテンで区切られていた。他にも台車や機械なども並んでいる。
正美は既に奥へ進んでおり、四人を待ち構えていた。
「それでは、ヨミちゃんにはこれからハリネズミになってもらいます!」
「ハリネズミって鍼の事?」
正美の宣言に詠深は疑問符を浮かべる。
「······あんたまさか何も説明しないで連れてきたの?」
女性は詠深の言葉を聞き、正美を問いただした。
「あははー。ちゃんとハリネズミにしてやるって言ったよ?」
正美は女性から目を反らしながら答える。そんな正美の両頬を女性は摘まんで引き伸ばした。
「ひはいっ、ひはひほははっ」
正美は目に涙を浮かべながら女性に必死に訴え掛ける。
「全く、あんたって子は······」
女性は正美の頬を摘まんだまま、詠深に顔を向けた。
「ごめんなさいね。私は正美の母で、ここで鍼灸師をしてるの。この子からあなたを治療してって言われてるのだけど、鍼は怖くないかしら?」
「いえっ、是非受けてみたいです!」
詠深の返事を聞くと、正美ママは正美を解放する。
正美は涙目で自らの頬を擦った。
「そう。ならこのベッドでその服に着替えてちょうだい」
詠深が指定されたベッドに行くとカーテンが閉められる。
「他の子達はどうする?」
正美ママは三人も治療を受けるか聞く。
「それじゃあ、私もお願いします」
珠姫も鍼治療を受けることにした。
「私はやめときます」
「私は見学してます」
川口姉妹は見ていることを選ぶ。ただ二人の理由は異なり、芳乃は体のケアに関する好奇心から、息吹は鍼を刺されるのが怖いからである。
「そ。ならあなたはそっちのベッドで着替えて待ってて」
珠姫も正美ママが持ってきた着替えを受けとると、カーテンで隔てられたベッドで着替え始めた。
「着替えましたー」
詠深が正美ママを呼ぶと、正美ママはカルテを手にし、問診をしていく。
正美ママは詠深をベッドに腹這いで寝かせると、鍼灸用の治療着についたマジックテープを外し、背部を露出させると次々に鍼を打っていった。
それほどの時間を要さず、詠深の全身は鍼だらけになっていく。
「うわぁ······ヨミ、痛くないの?」
息吹は若干引きながら詠深に尋ねる。
「ううん、全然痛くないよー」
半円状の枕に顔を埋めた詠深は声をくぐもらせながら答えた。
「今、辛い鍼はあるかしら?」
「平気です~」
「それじゃあ、しばらくこのまま置いておくから、途中で痛くなったら教えてね」
そう言うと、正美ママは珠姫の元に向かい、同じように治療を進めていく。
「ヨミちゃん、写真撮っとく?」
「あ、お願い」
正美は詠深の了承を得ると、スマートホンを構えてハリネズミとなった詠深を撮影した。
「LIONEで送っとくね」
「ありがとー」
暫くすると正美ママが戻ってきて鍼を抜いていく。今度は仰向けになった詠深の前側にも鍼を打っていった。
治療が終わり、詠深は体を動かして具合を確かめる。
「おぉ!体が軽い!」
詠深は軽快に肩をぐるぐる回した。
「これからまた投げたくなっちゃうよ」
「調子に乗らない。完投してるんだから今日は絶対休むんだよ?」
本当にオーバーワークしかねない詠深に、治療を終えた珠姫が釘を刺す。
「送った写真はうっかり人前で開かないようにねー。ヨミちゃんの柔肌がしっかり写ってるから」
「そうだ、写真!」
正美から写真を開く時は気を付けるよう注意を受けると、詠深はこの場で写真を開く。
「わー!いっぱい刺さってるー」
詠深は写真に写る鍼だらけの自分を見て楽しそうにしていた。
後書き
鍼のシーンは特に意味は無いです。鍼灸専門学校の学生としては、鍼灸の力で夏大会後半も調子を落とさず乗りきりましたと書きたいところですが(笑)
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