天才少女と元プロのおじさん
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25話 キャプテン、シビれるー!
残るイニングは二つ。打席には怜が向かった。
「キャプテン打ってー!!ホームランッ。私の仇を取ってー!!」
詠深が声を張り上げて怜にエールを送る。
気丈に振る舞ってはいる詠深だが、先程はベンチで悔しさに震えていたのを怜は見ていた。
――後輩が頑張っているのに無得点とは不甲斐ない。中田の様にホームランは無理だが、理沙と二人で1点取るぞ。その為にはまずチャンスメイクだ。
怜が振るうバットはマウンドから放たれた白球を右中間へと運んだ。打球は外野を抜き、フェンスへ向かって転がっていく。
怜は一塁を蹴って二塁へ。
センターの陽がボールを拾うと中継の白井へボールを返した。
――まだだっ。正美ならこんな所で止まったりはしない!
怜は一人の後輩を意識しながら二塁を周り、三塁へ駆ける。しかし、白井の中継プレイも上手い。ボールを受けてから投げるまでのタイムラグを最小限に留め、サードへ送球した。
タイミングはギリギリ。怜は三塁へ滑り込む。
「セーフ!」
ボールよりも早く怜が三塁へ到達した。0 out走者3塁。新越谷のキャプテンの好走塁がここに来てチャンスを生んだ。
一塁側ベンチは怜のプレーに色めき立つ。
「キャプテン、シビれるー!!」
正美も立ち上がって歓声を上げた。
梁幽館の内野陣がこの試合初めてマウンドに集まる。
「正美ちゃん。この後、9・1・4番以外でチャンスになったら代打いくから」
「りょうかーい。ドーンと任せて」
芳乃が正美に起用プランを伝えると、正美は笑って了承した。
梁幽館の内野陣が解散すると、打席にはここまでノーヒットの理沙が入る。
梁幽館ナインはほぼ定位置に立つ。1点を捨てるシフトだ。
――怜は流石ね。他のみんなも格上相手にここまでやれるなんて······ここで繋ぐ力くらい私にもあるはずっ。
理沙により振るわれたバットは白球を地面へと叩きつける。打球はピッチャーの頭上を破るが、ショートが処理し、ファーストへ送った。打者走者はアウトになったものの、新越谷はようやく1点を上げることに成功した。
打点を上げた理沙はベンチに温かく迎え入れられたものの、長椅子に座ると悔しそうな表情を浮かべる。
点数は入ったものの、ランナーは無くなり、仕切り直しとなってしまった。吉川も楽に投げられる様になり、続く白菊を三振に打ち取る。
8番の息吹はストライクゾーンにきたボールをカットして粘り、フォアボールを勝ち取った。
「ナイス選!」
「流石はチーム最高出塁率ー!!」
ベンチが再び沸き立つ。
次はラストバッターの詠深。吉川は同じく珠姫とバッテリーを組んでいた者として詠深を意識していた。彼女を前にして、吉川は気合いを入れ直す。
1球目は空振りを奪うが、甘くなった2球目を詠深が捉えた。打球は良い角度で上がっていったが、センター陽はほぼ定位置でグラブに納める。
これでスリーアウト。この回、新越谷は1点を返したが、未だ2点の差か開いていた。
先程、ホームランを打たれた詠深だったが、イニングを跨ぐとギアを更に上げた。下位打線とはいえ、6・7番を連続で三振に切って取る。
8番の小林に対しても3ストライクを取ったのだが、珠姫が最後のナックルスライダーを後ろにそらしてしまった。打者は振り逃げで出塁する。
最後の球を一塁側ベンチから見ていた正美は目を見開いて驚いた。次の瞬間には目を鋭くさせ、詠深のピッチングを見逃さないようマウンドを見つめる。
中高合わせて無失策だった珠姫に付いた初めての失策。それほどまでに、この試合の中で詠深は成長を遂げていた。
同世代の投手では捕れない球はない無いと思っていた珠姫は自らの横を通り過ぎていったナックルスライダーに興奮を隠しきれない。続くラストバッターに対する決め球もナックルスライダーを要求。今度もミットに納めることは叶わなかったものの、珠姫はボールを体で止め、一塁へ送球。3アウト目を奪った。
――流石に私も打つ自信ないかも······。
マウンドから笑顔で帰ってくる詠深からは先程の魔球とも思えるナックルスライダーを投げるようなオーラを感じない。そんな詠深を見つめ、正美は汗を浮かべながら、詠深が敵じゃなくて良かったと思うと共に、逆に味方である事を心強く思うのだった。
そして、試合は運命の最終回を迎える·····。
後書き
正美の存在感薄し······。
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