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天才少女と元プロのおじさん

作者:碧河 蒼空
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24話 お前もハリネズミにしてやろうかー!

 4回はお互いに無得点。

 新越谷は奇策、白菊のセーフティバントと送りバントでチャンスメイクしたものの、9番の詠深が三振に倒れる。打順が調整され、次の回に1番から始められるので、悪いことばかりと言う訳では無かったが······。

 梁幽館はツーアウトの後、ラッキーな安打もあり1・3塁とするも、後続の陽がファーストゴロに打ち取られ、チェンジとなった。

 5回に入る前にグラウンド整備が入る。

「ヨミちゃんは一日で最高何球投げたことある?」

 珠姫はリードの参考までにと何気なく詠深に尋ねたのだが、詠深の解答に驚愕する事となる。

「うーん······ダブルヘッダーとかもあったしなぁ······250球くらいかな!」

 詠深も何てこと無さ気にそう答えた。

「は?ちょっ、勘弁してよ。よく壊れなかったね?今まで!」
「250球と言っても全力で投げた事無かったし。でも今日はタマちゃんが一生懸命考えてリートしてくれて全力が出せているから、120球くらいでバテるかも」

 詠深は嬉しそうに語る。

「でも調子良いし、決め球でゴリ押ししても耐えられると思うから、遠慮無く!」
「しないよ!すぐ調子に乗る!」

 珠姫が詠深を嗜めると、後ろから正美が現れた。

「あはっ。でも体のケアはちゃんとしないとね。折角だし今日解散したらうちにおいでよ」
「正美ちゃんちに?」
「ふっふっふー。お前もハリネズミにしてやろうかー!」
「ハリネズミ!?」

 正美は1㎜も似ていない閣下の物真似をするが、残念ながら詠深は蝋人形○館を知らない。

「ま、損はさせないから楽しみにしててよー」

 正美はニコニコしながら詠深と約束を取り付けるのだった。






 5回も新越谷は得点圏にランナーを置くも、白井のファインプレーによって無得点に終わった。
 この試合、再三チャンスを作るものの、1点が遠い。

 梁幽館も上位打線から始まるが、詠深のギアが更に上がり、二者連続三振に切って取られた。

 2out走者無しで迎えるのは本日2敬遠の中田。再び敬遠かと、少なくない者がそう考えたが、珠姫は野手陣に後ろへ下がるよう指示を出す。

 珠姫が中田に対して初めてキャッチャースボックスに座った。3打席目にして新越谷のエース、詠深と梁幽館の主砲、中田は実質的な初対決を迎える。

 右打席に立つ中田がバットを構えると、一瞬にして周囲の空気が変わった。中田から放つプレッシャーを感じ取ったのは珠姫、希、芳乃、そして彼女と対峙する詠深である。

 しかし、全国レベルの威圧感を感じても尚、詠深は笑った。

 初球、強ストレートをインハイに投げ込む。それに対し、中田もフルスイングで応えた。結果は空振り。

 2球目も同じく強ストレート。外角の球を中田もまたフルスイングすると、今度は真後ろに飛んでいった。

 1球仰け反らせるインハイで外して迎える4球目。ナックルスライダーを中田はライト側へカット。その打球はグングン伸びていき、ポールの外を通りスタンドへ飛び込む。カウントに動きは無かったが、中田のスケールの大きさを改めて見せ付ける形となった。

 それから両者の一歩も引かない攻防が始まる。新越谷バッテリーは微妙なボール球と明らかなボール球を交えて投げているが、中田はその全てをカットしている。

 高校通算50本塁打、OPS2前後の数字を誇る中田はカウントが悪くなると勝負を避けられる可能性が高い。だが2out走者なしの状況において、チームが中田に求めているのはホームラン。それを分かっているからこそ、中田はボールと分かっていてもバットを振る。いつか来るストライクを仕留める為に。それが出来る事こそが、名門梁幽館高校野球部において中田が4番に座る所以である。

 外に変化球を散りばめ、布石を整えた10球目。ここで決めようと珠姫はインハイの強ストレートのサインを出す。詠深は未だ慣れないこの球を珠姫の構えた所へしかと制球して投げた。

 珠姫の期待以上の、本日最高の直球。そして············中田の待ち望んだ好球(ストライクゾーン)

 中田は哂った。

 そして、詠深と珠姫の胸郭内に悪寒が走る。

 中田がフルスイングすると、バットは直球をジャストミートした。

 打球はレフトへ、高々と(そら)を駆ける。中田の打球を初めて直に見た者は始めフライに打ち取ったと思う者もいるだろう。

 しかし、長打シフトの息吹は一歩も動かない。打球は彼女の遥か向こう側へ伸びる。

 ようやく白球が落ちた場所はレフトスタンド後方。中田は歓声が降り注ぐ中、ゆっくりとダイヤモンドを一周した。

 バックスクリーンに1の文字が掲げられる。0ー3。新越谷は重い重い追加点を奪われた。

 続く5番打者にも良い当たりを打たれるが、センターライナーとなり、五回を終える。 
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