天才少女と元プロのおじさん
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21話 サイコーに格好良かったよ
梁幽館ナインが守備に着く。間も無く試合が始まろうとしていた。
正美は1塁のコーチャーズボックスへ入る。コーチャーズボックスから吉川の投球を観察していると、横から彼女に声を欠ける者が居た。
「君は今日も控えなんだね」
ファーストを守る梁幽館のキャプテン、中田である。他の内野にボールを転がしながら流し目で正美をチラリと目をを向けた。
話し掛けられるなんて思ってもみなかった正美は少し驚きながら、その視線を中田のものと交差させる。
「初戦は見事だったよ。君の事をうちのスカウトが見落としていたのが不思議な位だ」
「ありがとうございます。中田さんにそう言って頂けて光栄です」
悪い話では無さそうだと一安心した正美は、笑みを浮かべて礼を言った。
「打席で相手にスライダーを要求してたのは相手投手のためか?」
中田の言葉に正美は驚く。小さくジェスチャーしていたので、新越谷ナインも気付いていなかったのだ。
「まさか気付かれるとは思いませんでした」
中田はあの場面について、自身の見解を話し始める。
「相手はデッドボールを与えて、見るからに動揺していた。その後はスライダーを一度も投げていない。投げようとすればどうしても当てたことを思い出すからね。キャッチャーも気を使ってサインを出さなかったんだろう。
あのまま試合が終わってたら、彼女もしばらく尾を引いたかもしれない。だから君は余計なことを考えさせないよう、挑発するような真似をしてスライダーを投げさせた。彼女のためにね」
中田の予想が当たっていたとして、その行為は見方によっては誉められた事ではないのだろう。しかし、中田の声音から批難を感じることは無かった。
「いやですよー。そんなに買い被られたら流石に照れますってー。ただ単に野球バカで、一番良い球を打ちたかっただけかもしれませんよ?」
正美は茶化すように言う。
「ふっ。そういう事にしておくよ。まあ、本当にそうなら今バックスクリーンに君の名前があると思うがね」
中田は一呼吸置く。
「先程の守備も素晴らしかった。もし君が梁幽館に来てくれてたら、この3ヶ月はもっと楽しかっただろうと思うよ」
中田の惜しみ無い賛辞に正美は少しだけ赤面した。
1番の珠姫が右打席で構えると、主審からプレイボールのコールが掛かる。
春大会にて梁幽館は格下相手に外中心で積極的にストライクを取りにいっていた。そのデータが頭に入っていた珠姫は狙い玉を定める。決め球のスライダーが来る前のストレートに。
珠姫はデータ通りにストライクを取りにきた外角のストレートをセンターへ弾き返す。いきなりノーアウトのランナーが出塁した。
「お見事ー!」
正美はプロテクターを受け取りながら珠姫を讃える。
続く菫も初球を、送りバントを決めた。ワンナウト2塁。新越谷は僅か2球でチャンスを作り上げた。
クリーンナップを迎え、稜が右打席に入る。
バッターボックスの彼女に客席の会話が聞こえてきた。
「一年相手にいきなりピンチかい」
「今年は投手がなぁ······」
「まあまあまあ、1点くらい。終わってみればコールドよ」
――ちっ、やりにくいなぁ。一般客は梁幽館寄りかよ······。
観客のほとんどが名門、梁幽館の勝利を信じて疑っていない。1年生中心の無名校が勝ち進むビジョンなど誰も思い描いていないのだ。
初球。ストレートに対しフルスイングするも、バットは空を切った。B0ーS1。
「へーい、どこ振ってるの?緊張してるのかい」
観客からのヤジに稜が気付く。
「さっきのバントの娘もガチガチだったしね」
「ありゃマグレだね」
稜は悔しさに歯を噛み締める。
「稜ちゃーんっ、ナイススイングー!!いけるよー!!」
正美を皮切りに、一類側ベンチからも声援が飛んだ。
――そうだ。マグレでも何でも、珠姫も菫も一発で決めたんだ。私だって冷静になれば捉えられない球じゃない!
2球目はしっかりとバットがボールを捉えたものの、打球はサードの側、ファールゾーンを走り抜ける。B0ーS2。稜の球足を見たサードが守る位置を後に下げた。
3球目。追い込んだ吉川は決め球のスライダーを投じる。稜は鋭く変化するスライダーに必死に食らい付いた。打球はサード前方へ転がる。稜は全力で1塁へ走り、三塁手は猛チャージをかけた。
稜は頭から1塁ベースへ飛び込む。サードは············どこにも投げることが出来ない。
三塁手が先程のファールを見て後退していた分、捕球するのが遅れたのだ。
「ナイバッチー」
正美が稜に声を掛けた。
「ひ~、かっちょ悪いヒット」
稜はユニフォームに付いた土を落としながらそう言うが。
「ううん。サイコーに格好良かったよ」
正美はそれを否定する。
「いいよー、6番!」
「ナイスファイト」
「私あの6番応援しよっと」
「よく見るとかわいい」
スタンドからも稜を讃える言葉と共に拍手が送られた。
――都合の良い奴らめ······。
内心そう悪態着くも、頬を赤く染めてベースに直立する姿から、照れているのがバレバレである。
「よく見るとかわいー」
正美が稜に聞こえるくらいの小声で観客の言葉を繰り返した。稜は頬を染めたまま正美を睨む。
「······後で覚えてろよ」
忌々しげにそう言う稜の横で、中田がおかしそうに吹き出していた。
後書き
ちょっと無理があるかな~と思いながらも投下!
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