天才少女と元プロのおじさん
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20話 私だって緊張してるよ
1回戦とは打って変わり、大宮公園野球場の客席は大勢のギャラリーで満たされていた。
このギャラリーの声援が新越谷の後押しとなるかというと、そうでは無い。ベンチ入りを果たせなかった梁幽館高校野球部員は勿論、来場者のほとんどが強豪、梁幽館高校の試合を見に来ていた。
客席から歓声が上がる。三塁側から梁幽館のメンバーが姿を見せたのだ。送られる声援で特に目立つのがキャプテンの中田とリードオフウーマンの陽に向けられたものである。
梁幽館のシートノックが始まると声援が更に増した。100人規模の野球部員の絶え間ない声がグラウンドに集まっている。
この声の重圧に菫、稜、息吹の三人は萎縮してしまうのだが、対して詠深はアウェーの空気など意にも介さず、ベンチ裏の客席にクラスメイトを見つけ、嬉しそうに手を振っていた。
「流石、詠深ちゃん。心強いねー。これぞエースの風格って感じ」
正美は詠深を見て、感心するように話す。
「そう言う正美も平気そうだな」
そんな稜の指摘に正美は苦笑いを浮かべた。
「私だって緊張してるよ。こんなたくさんの人の前で試合するの初めてだもん」
緊張も解れぬまま、新越谷のシートノックの時間となる。各々自分のポジションに、正美はセンターの守備に着いた。
1.山崎珠姫(捕)、2.藤田菫(二)、3.川崎稜(遊)、4.中村希(一)、5.岡田怜(中)、6.藤原理沙(三)、7.大村白菊(右)、8.川口息吹(左)、9.武田詠深(投)。
吉川の球を一番知っている珠姫が1番に入った為、上位打線が大きく動いている。新越谷の最強打者である希が4番に入っており、彼女が勝負を避けられぬよう、怜は5番に下がっていた。
グラウンドに立ってもノックを受ける稜と菫の動きが悪い。二人共いつもなら何事もなく捕れる打球もグラブから弾いてしまっている。
梁幽館ベンチでは稜と菫のエラーを前にし、選手達の纏う空気が弛緩していく。キャプテンの中田はそんな彼女達に危機感を覚えていた。
――弛緩している。無理もないが······。武田がどんなピッチャーか未だに分からないというのに······。
中田は過去の試合を振り替える。格下相手に苦戦することは何度もあったが、決まって調子の良いお山の大将エースに抑え込まれる展開だった。
詠深は小柄な選手の多い新越谷において目立つ体躯。一年生にしては鍛えられているし、メンタルも強そうというのが中田の評。
――杞憂であれば良いがな。
「あっ、次あの子ですよ」
友利の声に反応し、中田はセンターに視線を向ける。その先にいるのは1回戦で見事な盗塁を決め、サヨナラヒットを放った背番号10の少女、正美である。
監督の藤井がライナー性の打球を飛ばすと、正美は迷うこと無く全力で前へ走る。普通の選手であればワンバウンドで捕る打球を、正美は地面に触れる前に手を伸ばして捕球した。
正美の守備範囲を目にした三塁側ベンチの緩んでいた空気が一気に緊張する。
次に正美へ飛んできた打球は平凡なフライだったが、素早く落下点に入る無駄のない動きから、正美の守備のレベルの高さが見てとれた。
中田は顎に手を添え、彼女がセンターに入ったらヒットゾーンが大分狭くなると考えている。すると、正美はセンターの定位置に戻ること無く、ショートへ移動した。
突然のポジション移動に中田は怪訝な表情を見せるがそれも最初のうち。
「なんであの娘レギュラーじゃないのかしら?」
一人から漏れたその言葉は中田の思いも代弁していた。正美の柔らかなグラブ捌きに、相手の次の動作を意識した送球。守備範囲も広そう。彼女はショートも一級品だった。
新越谷のシートノックが終了し、選手達が一塁側ベンチに引き上げる。
試合開始まであと僅か。三塁側ベンチでは円陣が組まれた。
「相手は1年中心だが、一回戦を突破したチームだ。データも少なく、何が起こるか分からない。油断して足元を掬われぬよう全力で挑もう!」
中田の掛け声に一同が応えると円陣が解散される。
――何を考えているかは分からないが、戦力を温存して勝てるほど梁幽館は甘くないぞ。
中田は一類側ベンチにその視線を向けるのだった。
後書き
ふと、クロスファイアの意味を間違っている方が多いかもしれないので、この場で解説したいと思います。
一般的に左投手が右打者へ投じる内角のストレートを言うことが多いですが、正確には『投手の利き手と対角に投げるストレート』を野球ではクロスファイアと呼びます。対角なのでクロスなのです。
つまり、大野さんが希に対してクロスファイアを投げる場合は、左対左なので外角のストレートとなります。
ちなみに、大野さんが「埼玉一右から放たれるクロスファイアを」と言っておりますが、浅井さんは内角低めに構えています。マウンテンプクイチ氏も間違って認識しているのでしょう。
ちなみに、ハーメルンでも同様の描き方をされている方が多々おりますが、原作通りなので過去にもこれからも指摘するつもりはありません。
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