蛇五婆
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第一章
蛇五婆
江戸に妙な話が伝わっていた。
何でも越前に奇怪な老婆がいるというのだ、ある場所にずっといるがその姿も行いも非常に奇怪であった。
歳は米寿の頃の様であり顔は皺だらけで髪は雪の様に白くなっている。服は民が着ているもので質素なものだ。右手に青い蛇を持っていて左手に赤い蛇を持っている。そしてそこに人が来ると睨みつけて寄せ付けない。
この老婆が何者であるのか都の誰もが話して考えた、だが誰にもその老婆が何者であるのかわからなかった。人ではなくあやかしかと言う者も多かった、しかし何者であるのかは誰もわからないままだった。
それで江戸城でも話されていたがどうしてもわからず遂に本朝で一の知恵者であると言われるの天海に聞こうということになった。
それで天海が呼ばれたが。
天海は老婆の話を聞いてすぐに将軍である徳川家光にこう答えた。
「それは蛇五婆かと」
「変わった名であるな」
「はい、妖怪であります」
「人ではないか」
「そう言っておられる方も多いですが」
「まさにそれか」
「はい、特に悪い妖怪ではありません」
家光に穏やかな声で話した。
「別に害を為す訳ではなく」
「その場におるだけか」
「左様です、またそこにいるのは訳があります」
「では何故おる」
「そこに夫がいまして」
その蛇五婆のというのだ。
「蛇五衛門といいます」
「亭主がおったのか」
「はい、その夫がです」
「一体どうしたのじゃ」
「過去に悪さをしたらしく塚に封じられ」
そうなっていてというのだ。
「蛇五婆はその塚を守っています」
「女房が亭主を守っているのか」
「まだ蛇五右衛門は死んでいないので」
「封じられただけか」
「そうであるので」
それでというのだ。
「近付く者を恐ろしい形相と蛇達で脅してです」
「塚に近寄せぬか」
「左様であります」
「そうか、害がないのならな」
そう聞いてだ、家光は考える顔になった。そのうえで天海に言った。
「これといってな」
「すべきことはない」
「越前藩にもその様に伝えよ」
当の蛇五婆が出るというその国の藩にもというのだ。
「別にだ」
「怖がることはないと」
「人に害を与えぬならな」
「いえ、それよりもです」
天海は何もしなくていいという家光にこう述べた。
「妖怪の悩みを取り払うべきかと」
「妖怪のか」
「はい、そうすれば妖怪はその場からいなくなりますので」
「よりよいか」
「やはりそこに蛇五婆がいれば民が怖がります」
「民が怖がることはよくないか」
「それだけで、それにです」
天海はさらに話した。
「妖怪もまた輪廻の中にあるもので」
「命があるか」
「魂が。魂を悪戯に苦しめたままにするのも政としてよくないかと」
「言われてみればそうであるな」
家光は天海のその言葉に頷いた、そのうえであらためて言った。
「そのことは」
「はい、ですから」
それでというのだ。
「ここはです」
「蛇五婆の亭主を救うべきか」
「そうすれば蛇五婆もそこからいなくなりますので」
「民も怖がらずか」
「妖怪も夫婦に戻るので」
そうもなるからだというのだ。
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