SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第一章 ~再会と出会い~
その六
――翌日――
「ここ、か」
そうつぶやき、柳哉は来月から通うことになる校舎を見上げた。
国立バーベナ学園。
五年前に開校したばかりで歴史・建物・設備のいずれもが新しい。十年前、全人類を驚愕させた“開門”をきっかけに世界は大きく変貌し、それに対応するために急遽作られたのがこの学園だ。神族・魔族・人族の三種族が同じ空間で共に勉学に励み、交流を深めている。授業内容はほとんどが普通の学校と同様だが、歴史では人界だけではなく神・魔界のそれを習い、また魔法や錬金術について学ぶ魔法学など独自のものがある。似たような学園は各地で作られつつあるが、そのすべての見本となっており、まさに三種族共存のモデルケースであると言える。
柳哉がいまだ夏休み中のこの学園を訪れたのは転入手続きのためだ。既に必要な書類等は送ってあり、あとは残るいくつかの手続きや購入した教科書の受け取り、そして担任との顔合わせを残すのみだ。
「あのお二方が無理なこと言ってなきゃいいけどな……いや、いまさらか」
昨夜の宴会で聞いたこと――親馬鹿共が娘達の恋の成就のためにごり押ししまくった――を思い出す。この学園の上層部は非常に胃の痛い想いをしたことだろう。いや現在進行形でか。そんな益体も無いことを考えながら柳哉は学園の受付に向かった。
* * * * * *
受付で名前と用件を告げ、職員室へ向かう。その場で待つ、という選択肢もあったが却下。日差しも強いし。
「失礼します。二学期からこちらに転入する水守と申しますが、紅薔薇教諭はいらっしゃいますか?」
ノックをして入室し、そう告げる。
「ああ、こっちだ」
長身の女性教師が手を挙げて答える。
(美人さんだな。というかこの人が担任だと生徒は色々と悩ましいことになるんじゃ……)
主に思春期的な意味で。
「何か今、不愉快な電波を受信した気がするんだが……」
「気のせいでは?」
危ない。かなり勘が鋭いようだ。ただ単に言われ慣れているだけかもしれないが。
「改めまして、水守柳哉と申します。ご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
頭を下げる。
「あ、ああ。私が君の入る2-Cの担任、紅薔薇撫子だ。よろしく」
「? どうかされましたか?」
「ああ。いや、ちょっとな」
言いよどむ撫子。心当たりは……ありすぎるほどあった。
「すみません。身内、というわけではありませんが、あのお二方が……」
「どういう関係なんだ?」
言葉を遮りながら若干強い口調で問う撫子。
「あのお二方とは昨日が初対面だったんですが、何故か気に入られたようです。むしろ関係があるのは稟と楓のほうでして……二人とも紅薔薇教諭のクラスなんでしょう?」
「ああ……つっちーと芙蓉から聞いたのか?」
「いえ。ただ昨日のお二方の様子から見て、こうなるんじゃないかなーと予想はしていました。あとあの二人とは幼馴染です」
八年も前のことですけど、と付け足す。
「君は変わっているな。どこがどう、というわけではないんだが」
「えーと、褒められてるってことにしときます」
「まあなんにせよ、だ。問題だけは起こさないでくれ。無駄かもしれんが」
「……善処します」
疲れたように言う撫子。その姿にどこか哀愁が漂っていたのはきっと気のせいだろう、と思いたい。
* * * * * *
「それではまた新学期にな」
「はい、よろしくお願いします」
諸手続きを終えた後校内を簡単に案内し、教科書を渡したところで今日の用件は終了。柳哉は撫子に挨拶し、帰っていった。次に会うのは新学期だ。
「しかし、ほんとうに不思議な奴だ」
撫子は一人ごちる。その理由は先程まで交わしていた会話にあった。
「歳に似合わないあの落ち着きぶり……というよりは老成ぶり、か?」
普段から接している生徒達はみな年下であるため、どこかこちらが手加減して話さなければならないものだが、彼との会話ではそれがほとんど必要なかった。それはつまり彼の精神年齢が実年齢よりもかなり上であることを意味する。事前に知っていた“事情”故のことかとも思ったがそれだけでは根拠としては弱い。
「水守柳哉、か……」
“あの”土見稟と芙蓉楓の幼馴染。彼の様子を見る限り、八年も離れていたとはいえその仲は良好のようだ。ならばそこまで心配することもないだろう。さらにもう一人、頼りになる幼馴染がいるようだし、どこか危なっかしい稟と楓だが彼らが近くに居れば安心だろう。特に根拠はないがそう思えた。
* * * * * *
「ただいま」
「お帰りなさい」
帰宅した柳哉は玄関で妹と遭遇した。どうやら夕飯の買い物に行くようだ。
「片付け、終わったのか?」
「はい、だいたいのところは」
「そうか。今夜から“あれ”を再開するぞ。いい場所が見つかった」
「分かりました。時間はいつも通りですか?」
「ああ」
彼らと彼らの関係者にしか分からない会話を交わした。
* * * * * *
「お墓参りのことなんだけど」
「何か都合でも悪くなったんですか?」
夕食後、母親である水守玲亜の言葉に長女であり柳哉の妹、水守菫が返す。
「ううん、荷物の整理もほぼ終わったし、明日の午前中に行こうかと思って」
「学院には午後から行きますから大丈夫ですよ」
「それじゃ、幹夫さんに連絡しとこうか」
「いいわ、私が連絡するから」
そう言って玲亜は電話に向かう。
(桜にも連絡しとくか)
桜と同じストレリチア女学院に転入する菫を気に掛けていて欲しいと昨日頼んだこともあるし、顔合わせをしておくべきだろう。そう思って柳哉は携帯電話を手に取った。
* * * * * *
光陽町内のとある寺。その中にある墓地にいくつかの人影があった。稟に幹夫・楓の父娘、椿・桜の母娘、そして水守家の三人と住職の九人だ。隣接して立っている土見家と芙蓉家の墓前には新しい花とウイスキーのボトル、板チョコに草餅などが供えられ、辺りにはお経が響いている。水守家の三人は心の内で近況報告をしながら手を合わせていた。
やがて読経が終わり、住職は一礼して本堂へ戻って行った。しばらくの間、思い出話に花が咲く。再会の挨拶は既に済ませていた。昼近くになり解散しようとしていたその時、水守兄妹が“それ”に気づいた。
「大丈夫ですよ」
「それに、稟も楓も独りじゃありませんから」
誰もいない方に向けて二人は言った。知らない人が見たら首を傾げるだろう。しかし目には見えないが二人にはしっかりと“そこ”にいるのが感じられた。今なお稟と楓を見守り続ける三人の存在を。
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