俺様勇者と武闘家日記
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第1部
ポルトガ~バハラタ
シーラの正体
「ごめん、ミオちん。あたしがずっと嘘をついていたせいで、ミオちんばっかり辛い目に遭わせてたね」
嘘? 一体何を言ってるの? それに、別にシーラのせいで辛い思いをしたなんて思ってないよ。
「でももう、逃げないよ。今まで見て見ぬふりをしてきた分、あたしがミオちんを助けるから」
シーラはそう言うと、覚悟を決めた顔でカンダタを見据えた。
「今のは、お前の仕業か? 前にみたときはただのバニーガールだと思っていたが、本当は呪文使いか?」
呪文? 一体誰のことを言っているんだろう。遊び人のシーラが、呪文を唱えられるはずないのに。
毒のせいか、考えることもままならない。けれど、シーラが一体何をするのかを見届けたいと思うのはどうやら本能らしく、無意識にシーラを視界に映し続けた。
「まあ、それも唱えられる前に始末すればいい話だけどな。じゃあな、二人とも!」
カンダタは今度は腰に提げてあった鉄の斧を手にし、それをそのままシーラに向かって放り投げた。
正確なコントロールで、弧を描いた斧はまっすぐシーラの頭へと目掛けて飛んでいく。だが、シーラは微動だにしない。
このままだと当たる、そう思った瞬間、シーラが高々に叫んだ。
「バギ!!」
突如、シーラの手のひらから、見えない刃が放たれた。スカートははためき、金髪の三つ編みが踊るように風にあおられる。
「くっ!!」
カンダタに迫った刃は、まるでカマイタチのように全身を浅く切り刻んだ。
真空呪文バギ。確かユウリの話によれば、風を刃と化して敵を攻撃する呪文だ。ユウリにも使えないその呪文は、『僧侶』のみが扱えると聞く。
なんでそんな呪文を、シーラが!?
さっきの攻撃も、シーラが放ったバギなのだろう。カンダタだけでなく、彼が放った斧も彼女の呪文によって、先程の鉄球と同じ末路を辿った。
「ぐ……。所詮風の呪文だろ……? なんでこんな、強力な……」
二度も攻撃をくらい、足元がおぼつかなくなっているカンダタは、地面に滴り落ちる自身の血液を足で無造作に消すと、舌打ちをした。
「くそっ!! てめえらごときにおれがやられてたまるかよっ!!」
最後のあがきか、カンダタは一心不乱に迫ってきた。
狙いは、私――?!
おそらく人質をとって抵抗させない気だ。なんて奴だ! 早く、逃げなきゃ――。
だがすでに、私の身体に巡った毒は、そう簡単に動くことを許してはくれなかった。少しでも指先を動かせば、脳をつんざくような痛みが全身に行き渡る。
シーラも、不意をつかれたのか、もしくはもう魔力が残っていないのか、その場に踏みとどまる。
このままでは、二人とも――。
「ライデイン!!」
一筋の稲妻が、暗い洞窟を瞬間的に照らしていく。
その光は希望となって、一人の盗賊の身体を貫いた。
「大丈夫か? ミオ!」
懐かしい銀髪に安堵しながら、私は目で頷いた。
その様子を彼は訝しむが、今はそんな場合ではない。
その横では、今しがた電撃呪文を放った勇者が、無表情のままカンダタに向かって剣を抜いていた。
「やはりあのときにとどめを刺しておくべきだったな」
冷徹とも言えるその表情に、瀕死状態のカンダタは、顔面蒼白になりながら声を震わせた。
「まっ、待ってくれ! 実はあるお偉いさんに頼まれてたんだ!! 人身売買も、好きでやってたわけじゃ……」
「そんなことはどうでもいい。潔く捕まれ。もしくは死ね」
「ひっ……!」
容赦ないユウリの一言に、更にカンダタは恐れおののく。そして、なにかに気付き再びユウリに話しかける。
「仲間は……、おれの仲間は……?」
「雑魚どもは一掃して木に縛り付けてある。お前を捕まえたら一緒にロマリアまで送り届けてやるから安心しろ」
「ははっ、てことは、最初からおれに勝ち目なんてなかったって訳か……」
カンダタは諸手を上げ、降参の意思を示した。ユウリは疑うような眼差しを向けるが、どうやら本当に抵抗する気はないようだ。
ユウリは目でナギに合図をすると、荒縄を手にしたナギが無言でカンダタを縛り上げる。
そして今度は、シーラに近づき、低い声で言った。
「お前、何で呪文が使えるんだ?」
その言葉に、シーラの身体がびくついた。ナギも懐疑の目で彼女を見ている。
待って、シーラは私を助けてくれたんだよ? どうして二人ともそんな目でシーラを見るの?
「ごめんなさい。訳は後で話すから、先にミオちんを助けさせて」
俯きながらそう言うと、シーラは私の前まで来ると、しゃがみこんで手をかざし、眼を瞑った。
「キアリー」
彼女の声とともに、身体を蝕んでいた毒が泡のように消えていくのがわかる。
毒消し草でも治らないと言われる毒が、あっという間に消え去ったのを感じた。
続いてシーラは、ホイミの呪文をかけた。毒針を受けた傷がみるみる回復していく。
私はお礼を言う前に、シーラをまっすぐに見つめ、尋ねようとした。
「シー、ラ……。ど……して……」
けれど、毒が消えたばかりの私の身体には、痺れという後遺症が残っていた。口だけではなく、試しに手足も動かそうとしたが、思うように動けない。
「取り敢えずシーラの言うとおり、詳しい話はあとだ。タニアさんはどこだ?」
「ここから少し行ったところで、待ってもらってる」
ナギの問いに、静かに答えるシーラ。彼女の言うとおり、少し離れたところでじっと待っていたのか、グプタさんとタニアさんが固まって座り込んでいた。
グプタさんたちは緊張の糸が解けたのか、涙を流しながらユウリたちにお礼を言った。
「リレミトを使うには、大所帯過ぎるな」
どうやらリレミトには、人数制限があるらしい。仕方なく、出口まで歩くことに。
ユウリはカンダタを縛った縄を持ち、動けない私は、グプタさんたちに介助してもらいながら、ナギにおんぶしてもらうことになった。
出口に向かう間、ナギは私にしか聞こえない声で言った。
「悪いな……遅くなっちまって。ここにたどり着くまでに手間取ったんだ」
声を出せないので、後ろで大きく首を振る私。その反応を知ってか知らずか、ナギは言葉を続ける。
「お前らを乗せた馬車が思いの外早くてさ、一回見失っちまったんだよ。そのあとなんとか見つけ出したのはいいんだけど……、途中でその、お前らを買い付ける業者みたいな奴らに出くわしてさ。そいつらから先に足止めせざるを得なかったんだ」
つまり、私たちを買うつもりだった人たちの妨害を先にした、ってことかな?
でもやっぱり、あの時カンダタが言ってたことは、嘘だったんだ。二人が私たちを見捨てないでくれたことが、何よりも嬉しかった。
「オレたちがもっと早く助けに来れてれば、お前もシーラもあんな目に遭わなかったんだ。……本当にごめんな」
いつになくしおらしいナギを背中越しに見て、彼の肩を掴む手に力が入る。
ううん。本当は、ナギたちが来るまで待ってれば良かったんだ。二人を完全に信用せず、後先を考えず無鉄砲に飛び出してしまった私が一番悪い。自業自得と言われても仕方ない。
けれど、それを言葉に出すことができない自分に若干苛立ちを覚えているのも事実だった。
「オレさ、この間イシスにいたとき、また変な夢を見たんだ」
夢!? てことは、また予知夢? 一体どんな夢を見たんだろう。
「今回のは、お前が目を閉じて倒れている夢だった」
え?
「そのままずっと目を覚まさないまま朝を迎えて、オレたちに囲まれて棺桶に入れられるところで目が覚めた」
待って待って待って!! それって私、死んじゃうってこと?!
「私、死ぬ、ってこと?」
私は若干痺れのとれた口の筋肉を必死に動かして叫んだ。
「夢の中ではな。でも、その見た夢の場所が、洞窟だったんだ。だから、もう予知夢は起こったんだと思う」
「じゃ、シーラ、が、助けて、くれたから」
「ああ。予知が外れて、お前はカンダタに殺されなくて済んだってことだ」
ナギのその言葉に、私は安堵と同時に背筋が凍った。
「だからこそ、あいつには……シーラには正直な話を聞きたい。もし最初から呪文が使えたんなら、今までこんな苦労せずに済んだしな。それに、このままわだかまりが残ってちゃ、お前を助けてくれたことに感謝したくてもできねえしさ」
「……」
確かにシーラが何で今まで呪文を使えることを隠してたのか知りたいとは思うけど、彼女は彼女なりに悩んできたんだと思う。だったら無理に問い質すのは彼女にとっていいとは言えないんじゃないか。そんな思いが頭の中を渦巻いている。
とは言えナギたちの言い分もわかる。だったらシャンパーニの塔に行ったときも、ピラミッドに罠にかかったときも、戦力になったはずなのだから。
「ナギ」
「何だ?」
「シーラはきっと、隠したくて、隠したわけじゃ、ないよ」
「……」
「だから、あんまり、責めないで」
私は切実にナギに訴えた。ナギはしばらく黙っていたが、一言、
「あとは、リーダーの考え次第だな」
そう落ち着いた声で答えただけだった。
洞窟の入り口まで戻ると、確かにカンダタの仲間が、揃って大木の幹に縛り付けてあった。しかもご丁寧に、ラリホーの呪文までかけており、皆ぐうぐうといびきをかきながら寝ている。
ひとまず盗賊全員をバハラタの役人に引き渡すため、馬車に乗せることになったのだが。
「それなら、僕がカンダタたちを町まで送り届けますよ」
そう買って出たのは、グプタさんだった。彼はマーリーさんのお店の手伝いによく馬車を引いていたので、扱いには長けているらしい。
グプタさんにお礼を言い、盗賊たちとタニアさんを任せた後、残ったのは私たち四人のみ。
口の痺れもすっかり治ったので、この微妙な空気を打破しようと、自ら話を切り出そうとしたときだった。
「ミオちん、身体は大丈夫?」
洞窟から戻った後もずっと黙りこんでたシーラの方が、私に声をかけてきてくれた。
「あっ、うん! もう普通に喋れるし、怪我もシーラのお陰ですっかり治ったよ」
そう言って私は笑顔を見せると、それを見たシーラはほっとした表情を浮かべる。
「そっか、それならよかった」
すると、まるでタイミングを見計らったかのように、ユウリがシーラの方へと近づいてきた。
「おい」
緊張で強張るシーラを尻目に、いつもの無表情で話し掛けるユウリ。
私はその様子をヒヤヒヤしながら傍観している。
「取り敢えず、礼は言っておく」
「え?」
意表を突かれた言葉に、シーラは思わず聞き返した。
「お前がいなければ、こいつは今頃殺されていたかもしれなかった。ありがとうな」
私を指差し、淡々とだがお礼を言うユウリ。
ええっ!!??
私は驚きのあまり耳を疑った。
あのユウリが、お礼を言った!?
責めるどころかお礼まで言うなんて、天変地異の前触れなんじゃないのだろうか!?
そう思っていたのはどうやら私だけではないらしく、言われた張本人のシーラさえ目を見張らせている。
「えと、その……怒ってないの?」
「何がだ?」
「その……なんで私が今まで呪文を使わなかったのか、とか」
消え入りそうな声でシーラは尋ねるが、当のユウリは何を言っているんだという顔で、
「別にもう過ぎたことだ。それにお前は、こいつが殺されそうになった時に助けただろ。怒る理由が思い浮かばん」
きっぱりと言い放つユウリの様子を見て、私は思い違いをしていることに気がついた。確かにカンダタと対峙したときも、呪文が使えることを隠した理由を尋ねただけで、特に責め立てるようなことは言っていなかった気がする。
とはいえ、普段が怒っているのかそうでないのかわからない言動なので、本当はどういう感情を持っているのかは本人しかわからない。実際本人以外は怒っていると思っていただろう。
「俺が聞きたいのは、なぜ遊び人であるお前が僧侶の呪文を使えたのかってことだ。お前が住んでたアッサラームには、神父はいるが僧侶や寺院はいないはずだろ」
ユウリの指摘に、シーラは小さく息を吐いた。そして、ユウリの態度にいくらか緊張が解けたのか、とつとつと語り始めた。
「本当はあたし、ダーマの出身なの」
その言葉に、一驚したのはユウリだけだった。
ダーマといえば、聖職者が集まる聖地であり、また自身の職業を変えられる場所、ということくらいしか知らない。特に私が住んでた田舎では転職など必要がなく、ほとんど無縁の場所だからだ。
同じくナギも、ダーマという地名にピンと来ないのか、キョトンとした顔をしている。
私とナギが顔を見合わせていると、察したユウリが教えてくれた。
「ダーマは僧侶や巫女が集まる場所だ。精霊神ルビスを信奉する神父やシスターと違い、彼らは世の理や自然の摂理を人々に説くことを業としている修行者でもある。普通はある程度年月を経てから僧侶に転職すると聞いたけどな」
「そうだね。でも、例外もあるんだ。ダーマの最高位……つまり大僧正の後継者は、生まれたときから僧侶見習いとして修行させられるの」
「大僧正の後継者……って、まさか!?」
ユウリの言葉に、シーラは苦笑いを浮かべた。
「そう。今の大僧正はあたしのお父さん。あたしはその後継者として育てられたの」
そんな……。昨日の話がまさかそんなスケールの大きなことだったなんて、思っても見なかった。
夕べのシーラの話では、厳しいお父さんに嫌気がさして家出したって言ってたけど、今の話を聞いてると、家出なんて言う生易しいものではないことは私でもわかる。
確か弟がいるって言ってたけど……。
「でも、五年後に弟が生まれて、一緒に修行してたんだけど、弟の方が才能があったみたいで、あたしは途中で修行を諦めたんだ。きっと弟がお父さんのあとを継ぐと思って」
「それで遊び人になったって訳か」
納得したようにユウリが呟くと、シーラは頷いた。次に言われる言葉を恐る恐る待ちながら、目を伏せていると、
「わかった。それじゃあ町に戻るぞ」
そういってユウリは、くるりとシーラに背を向けたではないか。あまりにもあっさりした反応に、私は思わず肩透かしを食らう。
「ユウリちゃん、もういいの?」
「何がだ?」
「どうして遊び人になったのかとか、なんで今まで呪文を使わなかったのかとか、聞かないの?」
「聞いてほしいのか?」
面倒くさそうに言い放つユウリ。その様子を見て、シーラも目が覚めたのか、
「……そんな顔されながら聞いてもらうのも、なんかやだなぁ」
そう苦笑した。
「俺が聞きたいのは、なぜお前が呪文を使えたかということだけだ。その理由がわかったんだから、もういいだろ」
そうきっぱりと告げると、ルーラを使うから近くに来いと私たちに呼びかける。
『……』
三人で顔を見合わせた途端、緊張の糸が緩んだのか、揃って笑みが漏れた。
相変わらずうちのリーダーは何を考えているかわからない。でも、時折見えるその不器用な優しさに、私はいつしか彼を信じてついて行こうと思えるようになったのだった。
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