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モンスターハンター 隻腕のドルフ

作者:さざらき
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第一話 岩竜

 額から流れ落ちる汗が、頬を伝い、首元へ消える。鎧の中は水浴びでもしたかのようにびしょ濡れで、漂ってくる汗の臭いにほんの少し顔を顰めた。

 岩陰から顔だけ出して様子を窺うと、前方に、不自然な岩石があった。周囲にある岩とは違った色味で、分かりやすく言えば、あの岩石だけが浮いていた(・・・・・)


——見つけた。


 男の頬が緩み、思わず、笑みがこぼれた。

 火山地帯特有の暑さのせいで思考が鈍り、判断が遅くなる。彼にしては珍しく、獲物へのマーキングが途切れてしまい、数時間かけてこの広い火山の中から漸く見つけ出した獲物は、地面に潜って擬態していた。

 目を凝らせば、その岩の所々には、彼が付けたとされる斬撃の跡が残っている。間違いない。別個体ではなく、あれが、彼の追っていた獲物だ。


 懐から小さな耳栓を取り出して耳に詰め、身の丈にも迫る巨大な剣の柄を握り、男は息を整えた。獲物は弱っている。故に逃げた。逃げられた。だが、モンスターが最も凶暴になるのはそういう時(・・・・・)である。手負いの獣は、それ故に凶暴性が増す。気を抜いたハンターが、瀕死のモンスターに殺される事例も少なくはない。

 周囲に別のモンスターはいない。狩るなら、今しかない。


——じゃり


 男がつま先に力を込める。そして、左腕に装着された小型ボウガンを例の岩石に向けた。

 小型ボウガン……遠く離れた地のギルドにて開発された、試験運用段階の新兵器。名は、スリンガー。そこに装填されているのは、矢ではなく爆弾。衝撃を与えると、鼓膜が破れそうなほどの爆音を轟かせる、音爆弾だ。

 地中に潜って擬態している獲物は、地表への警戒が薄い。雑音を立てながら接近するハンターならばまだしも、飛来する小さな爆弾には到底気が付かない。そして当然、そこから発せられる爆音も、警戒していない。

 対策されることを避け、ここまで温存していた音爆弾。それを今、男は——岩石に向け、放った。


 同時に、駆ける。スリンガーから放たれた音爆弾は、ボウガンから放たれた弾丸のように高速で飛来し、岩石に当たって弾ける。直後、震えた空気の波が男の頬を打った。

 ただの岩石に見えたそれは、爆音が鳴り響くと動き出し、咆哮をあげながら飛び出した。岩のような皮膚に、大きな翼。角のようにも見える、頭から生えた二本の突起。


 『岩竜』という別名を持つ飛竜種。それが、バサルモスだ。


 対策もなしに爆音を受けたからか、バサルモスは苦しみながらうずくまっている。それを見逃すはずもなく、男は例の大剣を構え、バサルモスに突進した。

 上段から振り下ろされる、一見すれば飛竜の翼のようにも見える巨大な剣。その鋭くも鈍い刃が、バサルモスを狙う。

 硬い岩石に覆われたバサルモスの体表は、生半可な武器では傷一つ付かない。鉄で打った剣では、恐らく、剣の方が負けて折れてしまうだろう。

 それは、男の剣とて同じ。鉄よりも硬い素材で作られてはいるものの、あまり無茶をしすぎては、討伐するよりも先に剣が死んでしまう。

 男が狙ったのは、バサルモスの腹部だ。バサルモスのあの硬い外殻は、あくまでも外殻であり、皮膚そのものが硬質化しているわけではない。柔らかい皮膚の表面を、硬い岩石が覆っているだけにすぎない。早い話、その岩石を取っ払ってしまえば、バサルモス最大の長所は失われることになる。

 そして、それを最も容易く行えるのが、腹部。可動域の問題か、腹部の岩石だけは他に比べてやや薄く、脆い。そのため、腹部を集中的に狙って外殻を砕き、その内側を攻めるのが、バサルモス討伐のセオリーだ。



 男の一撃は、バサルモスの胸部から腹部にかけてを斬り裂いた。一刀両断、とまではいかないが、高位素材で作られた男の大剣は、バサルモスの硬い外殻に確かに傷を付けている。一撃一撃は小さな傷でも、それが積もればいずれは岩をも砕く一撃となる。塵も積もれば山となる、というやつだ。

 続けて男は身を捻り、いまだ動きが鈍いままのバサルモスに向け、横薙ぎの斬撃を加えた。一般人なら持ち上げることも叶わず、ハンターであっても満足に振るうことは難しいとされる大剣。その重量と遠心力を活かして放たれた渾身の一撃は、バサルモスの腹部外殻を大きく削り取り、そのまま地面に突き刺さって土煙をあげ、静止した。


 直後、漸く動き出したバサルモスが、その体を小さく震わせる。バサルモス、及びその成体であるグラビモスと呼ばれるモンスターが、この体を震わせる行動をとるのは、下腹部からガスを放出する時。バサルモスが放出するのは……毒ガスだ。

 男はあろうことか、地面に突き刺さった大剣の柄を手放し、バサルモスから距離を取った。戦闘中に武器を手放すなど、ハンターにあるまじき行為だが、男は把握していたのだ。毒ガスを放出する際、バサルモスは身動きが取れなくなる。あれは元々、地中に潜ったバサルモスが、近付く獲物を仕留めるために放出するもので、激しい動きを伴って行うものではないからだ。

 男が距離を取るとすぐに、バサルモスの下腹部から目に見えて有毒そうなガスが放出される。色で表すとすれば、紫。それを吸い込むまいと、男は左腕で口元を覆った。

 徐々に毒ガスの濃度が下がっていく。バサルモスは何も、毒に特化したモンスターではない。たとえば沼地等に生息する『ゲリョス』と呼ばれるモンスターのように、大量の毒を一度に生成することはできない。毒ガスを放出していられる時間も、そう長くはない。

 その隙を見計らって、男は再び駆け出した。真っ直ぐ、置き去りにした剣目掛けて。


 タイミングは恐ろしく正確だった。男が剣を手に取るのと、毒ガスが霧散して消えるのはほぼ同時で、男はそのまま剣を引き抜くと、隙だらけのバサルモスの腹部に向け、剣を突き出した。


 彼の感覚では、もう間もなく。


 突き出された剣は、腹部外殻の最も傷が深いところを捉え、激しい音を響かせながら突いた。少しの抵抗と、そして、何かが壊れるような感触。これまでの戦闘でダメージを蓄積させたバサルモスの腹部外殻は、その一撃で、砕けるように剥がれ落ちたのだ。

 男は手を止めない。そのままとどめを刺そうと、突き出した剣に力を込める。雄叫びをあげることもなく、目を見開くこともなく、ただただ冷静に、冷徹に、剥き出しになった筋肉に向け、剣を突き出したのだ。



——そして。



……グオォォォオォ……



 岩竜の力無き咆哮が、火山内に響き渡った。男が剣を引き抜くと、支えを失ったバサルモスの体躯は横倒しになって、土煙をあげ、そして動かなくなった。

 男は、大剣に付着した血を落とすため、その場で一度、大きく素振りをすると、それを背負い直しながらぼそりと呟いた。



『暑い』



 人を簡単に殺せるほどの力を持ったモンスターと、先程まで戦っていたとは思えないほど落ち着いた声で。
 
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