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外典 【H×H編】その3
さて、ネオンに念能力も戻ったしノストラード組のネオンの待遇も元に戻るだろう。
少し買い物でもして帰ろうかと見知らぬ街に出たのが間違いだった。
けたたましく鳴り響くサイレン。アスファルトに焦げ付く無数のゴムの匂い。
繁華街の中心で警察が強盗か殺人犯だろうか、犯罪者を取り囲んでいるのが見えた。
しかし取り囲む犯罪者の恰好が異形そのもので、ホラー映画に出てくる怪物と言われた方がしっくりくる。
昆虫と他の生物を足したような人型の化け物は銃弾など物ともせずに警官たちを食い殺した。
「ひぃいっ化け物だっ!」
取り囲んでいた警官。さらにその周りに安全だと思って覗き見ていた野次馬が我先にと逃げ惑うが、それを面白く感じたのか化け物は目にも留まらぬ速さで虐殺していく。
念能力が使える化け物…だけど…
逃げ惑う人々にまるで川に打った杭のように動かないテトラ。
その杭を見つけた化け物はイヤらしい目つきでテトラを目標に定めるが…
斬ッ
「…なに?」
久しぶりに抜いた日本刀は血糊が付くよりも速く相手の首を切断し、斬られた怪物は首をもがれたと言うのに数秒自分の死を認識しているほどだった。
「帰ろう」
そう言って踵を返すテトラの体を抗えない衝撃が襲った。
『………から逃げてはいけない』
それは昔、そう死にかけていた頃に感じた以来の…
テトラは携帯電話を取り出すとコールボタンを押したのだった。
ヨルビアン大陸、ミテネ連邦にほど近い漁港に有るホテルの一室で備え付けのソファに座って対面するのはテトラとビスケの二人だ。
この間倒した化け物の類似事件はヨルビアン大陸の辺りで頻繁に発生していて、ちょうどその近くに居ると言うビスケを一人で尋ねて来たのだ。
「わざわざこんな所まで来るとは、あんたももの好きだわね」
「ちょっと、ね。それで何が起こっているの」
どうやらミテネ連邦でバイオハザードが起きているらしい。
大型のキメラアントと思われる生物が確認され、大量に人を襲っているようだ。
キメラアントの最大の特徴は摂食交配と呼ばれる特殊な繁殖方法で女王アリの産んだ子供に食べた生物の特徴が混ざって産まれてくる事が有るらしい。
そして今回発見された女王の大きさは2メートルを超え、人すら食せるほどだと言う。
女王はコロニーを形成すると兵隊蟻を産卵し数を増やし、ある一定に達すると王を産むと言う。
その後王は独立し再び女王はコロニーで別の王を産み種を増やしていく。
その過程で女王が死ぬと兵隊蟻の統制が利か無くなり生殖能力のない個体だったはずの兵隊蟻が生殖するために散る事もあるらしい。
「なるほど、その結果があの化け物か」
「そう言う事ね。協会からの情報だと王は既に生まれ女王は死んだらしいわさ」
ズズっと紅茶を飲みながらビスケが答えた。
つまり既に兵隊蟻のコントロールは利いていないらしい。
「そんな事を聞くためにわざわざ来たわさ」
「うーん…ちょっと今回の事はわたしも行かなないといけない気が」
「ハンターでもないのに?」
「多分わたしの誓約が関係している」
「念?」
「たぶん」
「たぶん?煮え切らない答えね」
どう言う事だわさ、とビスケ。
「子供の頃、母の形見の宝石を飲み込んだの。その時に誓約させられたらしい。まぁそのおかげで今生きているのだから感謝こそすれ恨んではいないのだけれど」
「誓約内容はわかるわさ」
「人類に対する脅威から逃げてはいけない」
「そん…な…内容…それであんたの強さも納得だわさ。天秤が大きいほど得られる効果も大きい。つまり今回の事件は人類存亡の危機だと判断された訳だわね」
ビスケははぁとため息を吐く。
「女王のコロニーの大半は降伏してハンター協会の管理下に居る。王はミテネ連邦の東端、東ゴルトー共和国に向ったらしいわ」
「ありがとう」
「行くんだわさ。ちょっと待って、いまネテロのじじいに電話を掛けるから」
ネテロって誰だろう。
しばらく電話口でビスケが会話しているのを待つ。
話が終わったのか携帯電話をポケットにしまい込んだ
「これで東ゴルトーに潜入しているハンターが接触して来るはず。私は外に逃げた兵隊蟻のハントがあるから一緒には行けないけど」
「うん、十分」
「気を付けなさいな。今回はネテロのじじいも慌てているみたいだから。あ、それとゴンとキルアがおそらく向かっているはずだから、一応気にかけておいてくれるかしら」
どうやらミテネ連邦でひと月ほど彼らの修行を付けていたらしい。そしてキメラアントを追っている。言って聞く子じゃないから無茶しているはずだ、とビスケ。
「それともう一つお願いがあるわさ」
ビスケからボソボソと告げられた内容。
「ん、わかった」
それをテトラは受け取った。
気球船にのって西ゴルトー共和国へ入国しそこからは走って東ゴルトー共和国へと密入国。
東ゴルトー共和国は入国審査が厳しく一般人はまず入国できない閉鎖的な国だった。その為警備の薄い所から堂々と入国したのだった。
開発の遅れている南部の草原を一人歩くテトラ。
「お、獲物はっけーん」
その背後から速くしなやかな動きで走ってくるのはチーターと人間を混ぜたようなキメラアントだった。
その言葉からそのチーターの様なキメラアントがテトラに接近するまで一秒足らず。
「はい、どーん」
突き出した右手。その右手はテトラの頭をくびり落としたはずで、確認の為に動きを止めて振り返った自分の右手には無様な死に顔をさらした少女の首を掴んでいたはずであった。しかし…
「なん…で…オレのから…から…」
掴んだ頭は自らの物で、視界の端には何のことも無い様に歩いて行くテトラの姿を視認してようやく自身の状況を受け入れたように首を落とされた体から大量の血液が宙を舞い倒れた。
彼は気づくべきだった。彼が走った先に同胞の死体がいくつも転がっていた事を。そんな中に華奢な少女が一人で出歩いているはずの無いという事も。
全ては遅きに失したのだ。
「これは…ハギャ様にほうこ…」
その様子を上空から複眼で覗くキメラアントも自身の迂闊さを後悔する間もなくテトラのクナイで脳を複眼事撃ち抜かれて絶命した。
クナイへと飛雷神の術で飛び回収していると、今度は人間の気配が二つテトラの円に触れた。
「あんたが連絡に有った助っ人か?」
と今時珍しいリーゼントをきめた青年がテトラに問いかける。
「ビスケから連絡があったのなら多分そう」
どうやらキメラアント討伐チームのハンターらしい。
「あの速度のキメラアントを一撃か…」
左腕を着流しの懐に隠した侍風の男が戦々恐々と呟いていた。
「オレはナックル、こっちはシュートってんだ」
ふむ、ボールコンビ。覚えた。
「つぇえ奴は大歓迎だ」
とナックル。
「それで、王様はあっちとあっち、どっち?」
テトラは左右の指を使い二方向を指す。
「…王城はあっちだな。なんでもう一方が気になるんだ?」
「勘。あっちは怖い、こっちは…今行かないと会えないような?」
「言ってる意味がわかんねぇな…ちょっと待てやコラ、どっち行くんだよっ!」
テトラが歩き出したのは王城じゃない方向。
「今は少しでも戦力が欲しい、オレ達と一緒に来てくれ」
その言葉に少し逡巡した後テトラはホルダーからクナイを一本取り出しナックルに手渡す。
「これが何だってんだコラ」
「それを持っててくれれば必ず合流できる」
「お前の念能力か?だから行かせろ、と?」
「ナックル、もともと援軍など当てにしてなかったんだ、行かせれば良いだろう」
「シュート…チッ…だが突入前には合流しろよっわかったかコラ」
「うん、大丈夫」
そう言い置くとテトラはオーラで強化した脚力で地面を蹴るとあっと言う間にナックルたちの視界から遠ざかった。
「オレよ、足には自信があったんだが…自信無くなっちまったぜ」
「気にするな、アイツが特別なだけだ…おそらくな」
「おそらくってなんだよ、泣くぞこんちくしょうっ!」
草原をひた走ると荒野になり岩山が屹立し始めて来た頃、どうやら目的地に着いたらしい。
小高い岩山の上から尋常じゃない気迫を感じる。
向こうもこちらの存在を感知したのか小山を降りてきたようだ。
トスッとかなりの距離を垂直に落下してきたと言うのに軽やかな音のみを立てて着地する老人男性。
いや、歳は老齢だがその体は引き締まり今までテトラが見て来たどの存在よりも力強さを感じる。
「何しに来たのかのう」
剣呑な声だった。
「あなたがアイザック・ネテロ?」
「確かにワシがアイザックじゃが、お主がビスケの言っていた助っ人かの」
「そう。ビスケにお願いされた。あなたの修行相手になってくれって」
「ほっほっほ、お嬢ちゃんがか。それはちぃっとなめられたものじゃなぁ」
好々爺然としていたのがいきなり雰囲気が変わった。その表情は険しい。
「がっかりはさせない」
「ほう、言うじゃねぇか小娘が」
言うや否やネテロのオーラが爆発した。
その激しさ、熟練さから長年の研鑽が伺える。
テトラも印を組むと瞳にオーラを集めた。写輪眼だ。
「その年でなかなかのオーラじゃのぅ」
「あなたも」
チャリっとテトラがホルダーから複数のクナイを取り出すと二人のオーラに当てられた小岩が音を立てて崩れたそれが合図であるかのようにテトラは手に持ったクナイを投げ放つ。
勿論、その程度ネテロが回避できないはずも無い。
すぐにテトラは二射、三射と射線軸を変えて投擲していく。
「ほっほっほ、中々の投擲技術じゃのぅ。じゃが効かんよ」
既にクナイは無く、手裏剣を投げているテトラ。
影手裏剣の術もネテロには見切られてしまった。
「準備運動にもなりはせんのう」
「大丈夫、本番はここから」
印を組み上げる。
「水遁・霧隠れの術」
水蒸気が一面を包み込み濃霧が互いの視界を遮った。
「しゃらくさいのう」
ブォンとネテロが合掌から腕を振った様に見えて次の瞬間、立ち込めた霧が吹き飛ばされた。
いいっ!?一撃は想定外。それと一瞬背後の何か見えた気がする…
ネテロの背後から迫るテトラを危なげも無く肘を振り下ろして迎撃するネテロ。
ドンッ
空気が震えている。
重い…壊されるっ…
肘と肘のぶつかり合いはしかしネテロが押し勝ったようだ。
体を捻りガードを崩した所に反対の腕で回転しながら裏拳を叩き込む。
バシィ
だが目にも留まらないとはまさにこの事だろう。ネテロが引き戻した腕の方が速くテトラの拳を叩き落した。
そして引き戻された腕が再び合掌を取り打ち出される二撃目。
上体を捻りその掌打をそらすついでに足を蹴り上げるがネテロも上体をそらして当たらず。戻す腕で足を取りに来た。
無理、避けられない。取られると折られるね…
「む?」
ネテロの疑問の声を出す一瞬前、捕まえたと思ったテトラの姿が消えた。
確実に掴んだと思ったのじゃがの…
最初に投げ放ったクナイと手裏剣。それらは飛雷神の術のマーカーが刻んである。
あちこち散りばめたそれに一瞬でテトラは転移したのだ。
「土遁・山土の術」
印を組み手を地面に着くとネテロの両側の地面が彼を挟み込むように跳ね上がる。
ネテロはその土壁を壊すのか、かわすのか。
そんなの関係ないとばかりに続いて印を組むテトラ。
「土遁・土流槍」
ネテロを中心に円を描くように地面から無数の土槍が勢いよく隆起した。
常人ならば串刺しになってもおかしくない攻撃を、ネテロは隆起する土槍の先端を足の親指と人差し指で挟み込み持ち上がる槍の上に乗るとならばとテトラが再び襲わせた土槍を合掌からの一撃で全て薙ぎ倒した。
それは巨大な手の平だった。
千手観音…?
ネテロの背後に浮かび上がる巨大な菩薩の姿にテトラは知識から一番近い物を連想させた。
「百式観音。誇れよ、ワシにこれを使わせたのじゃからな」
霧を吹き飛ばしたのもこれかっ!
ネテロがこの離れた距離でも合掌から拳を振るった。
それに呼応するかのように背の百式観音がその掌を繰り出してテトラを襲う。
「土遁・土流壁」
地面を隆起させて巨大な一枚岩を作り出したが一撃では無く百式観音の連打の拳に脆くも崩れ去る。
取り除かれた壁。しかしそこにはすでにテトラの姿は無かった。
飛雷神の術でネテロの死角へと転移したテトラが攻勢に移ろうかと拳を構えて地面を蹴るとまるで見えているかのように百式観音の掌が迫る。
「くっ」
空を切る百式観音の攻撃。
テトラは堪らず飛雷神の術で逃げるが発見から攻撃までが恐ろしく速く逃げるので精いっぱいだった。
恐ろしく速いネテロの攻撃をそれでも避けれられているのは写輪眼による所が大きい。
やはりこの能力を創っておいてよかった…
だが逃げてるだけと言うのも芸がない。
「水遁・水断波っ!」
高圧カッターのような一撃がネテロを襲う。
「いいっ!?」
百式観音の振るった掌が水断波を風圧だけで捻じ曲げてしまった。
一応百式観音の手も何本が破壊されているが、再びネテロが合掌した瞬間に元に戻っていた。
「おじいさんのくせに今まで出会った中でぶっちぎりに強い…」
「お褒めにあずかり恐悦至極。じゃがお主も中々よの」
「うん、だからわたしも本気をだす。…ほんのちょっと待っててもらえる?」
「面白そうじゃ、やってみるが良い」
「じゃぁお言葉に甘えて」
テトラは肩幅に足を広げ腰を落とし自然体に立つと両手を胸の前で合わせ合掌。目を閉じた。
「ぬ、オーラの気配が消えたか?」
消えたのではない。変化したのだ。
再び開いた瞳は赤く隈取が覆っていた。
「仙人モード」
生命エネルギーと精神エネルギー、そして体外から吸収する自然エネルギーを融合させた状態。
テトラの得意忍術は知っての通り水遁と土遁だ。
だが血反吐を吐くような訓練によりこのモードの時にだけ使える忍術がテトラには存在する。
「仙法木遁・真数千手」
テトラの後ろに現れた木造と思われる巨大な千手観音。
大きさはネテロのそれとさほど変わらない。これは大きくし過ぎると逆に速さに対応出来なくなると小さく顕現させたからだ。本気を出せば山をも越える。
「ほう、おもしろい」
ネテロの顔面は面白いと言う表情ではない。それは修羅もかくやと言う感じだ。
それもそうだろう。ネテロがその人生を賭して完成させたその百式観音にまさか目の前の様な小娘がたどり着こうとは思いもしなかったからだ。
「血沸く血沸く、行くぞ小娘」
「来い、じじぃ」
百式観音と真数千手の激突は大地を揺るがし小山を削る。
繰り出す技の切れ、速度共にネテロの百式観音が上回る。流石にテトラではその域に達するまでにあとどれほどの年月がかかるだろうか。
しかし常人では目にも留まらぬ攻撃もテトラはしっかりと捉え確実に反撃していた。
数百、数千にも及ぶ技の型。その組み合わせは万華鏡のように多種多様な百式観音の攻撃。
それに耐えれているのは仙人モードによる仙術チャクラの優位性とタフさ。
食没を覚え、自然エネルギーすら取り込んだテトラの仙術チャクラは常人の数百倍に上り、ネテロにですら軽々と上回っている。
「木遁・皆布袋(ほてい)の術」
「ぬぅっ」
観音同士の戦いにテトラは更に術を上乗せし地面から無数の巨大な腕を生やしてネテロを捕獲しようと伸びる。
百式観音で巨腕をも相手取らなくてはならなくなったネテロはそれでもその優位を崩さない。
「木遁・挿し木の術」
更に巨腕から芽吹いた枝がクラスター爆弾かのように撃ちだされるとネテロを襲う。
「甘いわっ!」
巨腕一撃。横薙ぎに穿った掌で飛ばした挿し木もテトラの木遁・皆布袋(ほてい)の術で乱立した巨腕諸共に一掃する。
百式観音と真数千手の攻防も、テトラはネテロの無数にある型のすべてを読み取り記憶し今までより速くネテロの型に対応できるほどに分析していた。
ネテロの筋肉、オーラ、呼吸に至るまでのほんの些細なしぐさで次の型を予想し、ネテロの攻撃よりも速く真数千手で百式観音を攻撃する。
「やりおる」
どこか嬉しそうにつぶやくネテロ。
ここに来て戦いの天秤が少しづつテトラへと傾いて行った。
「無意識の意識…ワシの百式観音にこのような弱点があったとはのう」
二人の攻防はそれこそもはや数えることが億劫なほど繰り返されていた。
ネテロはこの時無意識に好む自身の攻撃の癖と言うものを理解した。それは初めての感覚だった。
それも仕方がない。ネテロほどの実力者になれば彼を凌駕する能力者に出会う事は少なく、百式観音を出さざるを得ない状況であったとしてもここまで打ち合う事は無いと言っていい。
「楽しいのう、嬢ちゃん」
「うん。わたしもこれほどの技をぶつけれる相手には初めて出会った」
互いに死力を振り絞る。そんな戦いはしかし長くは続かないのが定め。
綻びが見つかれば針穴を通る水であってもその流失は止まらない。
「まずい…負けるかも」
冷汗が流れる。
テトラが優位かと思われた戦況もネテロが自身の認識を改めた事で再び逆方向へと向かい始めた。
見切ったと思った百式観音の癖をネテロがこの数秒で修正してきたのだ。
そして遂にネテロの百式観音がテトラの真数千手を打ち破り、無慈悲にテトラへとその掌が迫る。
「くっ…木遁・榜排(ほうび)の術 」
左右の地面から木が伸びて来てテトラを包み込むと振り下ろされた百式観音の掌。
ドゴンッと砂埃が舞っている。
「果たして、箱の中の猫は生きておるのか、死んでおるのか」
封印術に分類されるはずの榜排(ほうび)の術 のその防壁にひびが入っていた。
ネテロの一撃がどれほどの威力を持っていたかが伺える。
「何々、シュレディンガーの猫?流石に年の功?」
「…それは褒めておるのか?」
背後から掛けられたテトラの声に若干あきれながら振り向くネテロ。
「さすがに勝てない」
「そうじゃろうそうじゃろう。まだ小娘には負けんて」
「木遁・木分身の術」
もぞりとテトラの体が分裂するかの如く二人に増えた。
「だから今度は二人で行く」
「………その分身は流石に念能力は使えんのじゃろ?」
「………?」
コテンと首を傾げるテトラ。
「………マジ?」
今度はネテロが冷汗をかく番だった。
ネテロとの組手の後、良い頃合いでテトラは飛雷神の術でナックルの元へと飛ぶ。
「あいつ、まさか来ねえつもりじゃねえだろうな」
どこかの廃墟になっているホテルの一室でキメラアント討伐の為に集められたハンター達が待機している時にその中の一人ナックルがそう呟いた。
「だれが来ないって?」
ザッとみな一斉に部屋の四隅に散らばる様に移動しオーラを発した。
「てめぇ、今どうやって入って来た」
大きな、それこそ普通の人間には巨大な鈍器と言った方が良いかもしれない大きさのキセルを構えたサングラスの男、がそう問いかける。
テトラはざっと部屋を見渡す。
ゴンとキルアの見知った二人、ナックル、シュートのボールコンビ、キセルを構えた男と、人型の人外が二人。
集まっているのはゴンとキルアは抜くとしても一流のハンターが三人も居て、テトラが現れるまで誰も入室に気が付かないなんて事は本来有り得ないのだ。
「あれ、テトラさん?」
「えっと、ゴンくん、久しぶりかな」
「うん、グリードアイランド以来だね」
ゴンの言葉にキルアも警戒を解く。続いてナックルとシュートも面識がある為に警戒を緩めた。
ただ一人彼らより頭二つほど飛びぬけた実力者であろうキセルの男、モラウだけはまだ警戒を解いていない。
「なんだ、お前らの知り合いか」
「と言うか、コイツが例の助っ人で間違いないですぜ」
ナックルに言われてモラウもやっと納得したようだ。
小さなタコのようなキメラアントのイカルゴはキルアの後ろに隠れて動かず、もう一人は…
一人足りない…オーラも見えない、写輪眼でも捉えられない。
「納得が行ったのなら姿を見せて欲しいのだけれど」
「わりぃわりぃ…信用が出来なかったからな」
そう言って現れたのはフードを被ったカメレオンの様な男。メレオロンだ。
「さて…悪いが嬢ちゃんどうやって入って来たのか教えてもらえないか」
能力のすり合わせは王討伐に関わる重要な案件らしい。
「仕方ない…ナックルくんの持っているクナイ」
「こいつか」
懐から取り出したのはいつか渡したクナイだ。
「わたしはその記した目印に向って飛ぶことが出来る」
「ノヴと同じ空間跳躍系か、だがノヴほどの汎用性はない、か。作戦を大まかに修正するほどじゃないな」
念能力者は普通複数の能力を創り得ない。
テトラの能力が類稀な転移能力だとわかったモラウはそれ以上の追求を止めた。それ以上の能力を創れないだろうと思っているのだ。
実際テトラのそれは習得した技術であってテトラの念能力では無いのだが。
王直属の護衛軍の三人を王から引き離すのがここに居るメンバーの役割だ。
王城に居るネフェルピトー、シャウアプフ、モントゥトゥユピーと呼ばれる三体。これを王から引き離しネテロが王を討つ、そう言う作戦のようだ。
「あなたはどうしてこの作戦に?」
そう問いかけたのは遅れて入って来たノヴと呼ばれる白髪の男性。頬はこけ不健康そのものの言った感じだ。
「わたしは来なければならなかった、ただそれだけ」
「…それは何故ですか」
「誓約のせい。人類の脅威から逃げてはいけない」
「そんな誓約…履行されるはずが…」
四方から驚愕に視線がテトラに向けられていた。
まさかそんな理由でここに居るとは思わなかったからだ。
「最初に言っておく。わたしの目的は脅威の排除。それはもしかしたらあなたたちの目的と合致しないかもしれない」
「どう言う事」
とゴン。
「例えば何か理由が有ってあなた達が王を見逃そうとしてもわたしは誓約でその王を殺す。人類の脅威である事に変わりはない。その事があなた達の不利益になるとかは考慮されない」
「まるで王を殺せると確信している口ぶりだな」
とキルア。
「前提が違う。そもそもわたしは人類に対する脅威を討つ為に居る存在」
「意味がわかんねぇや」
「ま、心強い戦力が増えてと捉えるしか無いだろう」
そうモラウが締めた。
作戦開始は明日午前零時丁度。
ゴンたちはノヴの能力で宮殿内部へと侵入するらしい。
そのノヴの4次元マンション(ハイドアンドシーク)はテトラとは相性が悪かった。
念によって隔絶された空間と出口を繋げる能力なのだが、その内部からは自然エネルギーを集められない。
ナックルがクナイを持ってさえすれば侵入できるとテトラは一人宮殿の外、宮殿を守るピトーの円のギリギリ外で自然エネルギーを集めつつ待機していた。
午前零時。
その時、東ゴルトー共和国の宮殿を上空から幾重もの極光が降り注いだ。
それは作戦開始の合図だった。
張り巡らされていたピトーの円は解かれ既に一合相まみえたのだろう。ピトーがテトラとは反対側へと吹っ飛ばされていった。
百式観音…せめてこちらに飛ばしてくれれば…
仕方がないと二キロの距離数秒で詰め、テトラは宮殿正面入り口から中へと入る。
それとテトラにも誤算があった。
メレオロンの能力で消えている間、ナックルが持っているはずのクナイも分からなくなっていたのだ。これでは飛雷神の術い使えない。
「てめぇ、侵入者かっ!」
多数の兵隊蟻が襲い掛かってくるが露を払うかの如く抜き放った日本刀で首を刎ねて行った。
中央階段を上ると轟音が響き渡っている。
そこにはシュートが一人で護衛軍の1人であるユピーを相手取っていた。
見るからに劣勢のその状況。
ユピーは歴戦の念能力者をも遥かに上回るオーラを発している。よくシュートも持ちこたえているものだとテトラは感心した。
複数本の腕を鞭のようにしならせて攻撃するユピーのそれは射程に入ったもの全てをミンチにしてしまえるのではないかと言うほど凶悪だった。
しかし注意散漫なユピーは外から現れたテトラに大技を繰り出す時間を与えてしまった。
もう少し冷静であればまた結果は変わっただろう。それはシュートとナックルの頑張りのおかげだった。
「木遁・黙殺縛りの術」
突如階段の隙間から何本ものひも状の蔓が伸びユピーを縛り上げる。
「何だこれはっ」
囚われたユピーは力いっぱい引きちぎるように四肢に念を込めていた。
「木遁・樹縛栄葬」
そこに更に絡みついた樹木がユピーを飲み込んで成長していく。
「うぉおおおおっ!」
穿った木の枝は実を付けユピーの体の中を成長し脳へと達したその種子はそれを養分にするかのように成長しユピーの体を内側から破壊する。
残った物は大きく育った巨木と呆気に取られているシュート。そしてメレオロンの能力が切れたのだろう、姿を現したナックル達だった。
ナックルが現れた事で彼の能力、天上不知唯我独損で取り付けていたはずのポットクリンも現れるはずがその姿は見えない。
「死んだ…のか…」
とはボロボロのシュートの言葉だ。
「ポットクリンが消えた」
それは相手の死を意味していた。
「ぐっ…」
「シュートっ!」
シュートに駆け寄るナックル。
「病院に連れて行かねぇとシュートがやべぇ、俺達はここでリタイアだ。メレオロンはゴンかキルアを助けてやってくれ」
「分かった」
「あんたは…心配するだけ無駄だな…俺がちびってしまいそうな敵をこうも簡単にやっつけるとはな…」
「二人が時間を稼いでくれたおかげ」
「まぁそう言ってもらえると報われるな」
シュートを担ぎ上げたナックルは正面入口へと降りて行った。
上階へ出ると既に王の気配はない。
仙人モードで感知をすると、どうやらネテロが王を連れ出したようだ。空を飛ぶ一匹の龍を見送る。
残った護衛軍は二人。
1人はモラウが相手しているのか煙の中に隔離されている。
もう一人は…
正面右の尖塔。そこに気配を感じる。
右の尖塔へと飛び移ろうとジャンプしたテトラを突如落雷が襲う。
テトラの堅を抜くほどでは無かったがその衝撃でテトラは地面に落下。その正面に現れた敵にテトラはほんの少し動揺した。
「キルアくん」
「わりぃけどあんたをこの先に行かせたくないんだ」
必死の形相を浮かべるキルアがテトラの行先を塞いでいる。
「そう。でも最初に言ったよね」
「ああ、だからオレはここに居る」
それ以上の問答は必要ないらしい。次の瞬間キルアの姿がブレた。
電光石火。雷にオーラを変換できる彼はそれを操り高速での攻撃を得意としている。
だがそれもテトラの眼を誤魔化すほどでは無かった。
繰り出して来た抜き手を掴むと背面に捻り上げそのままキルア足を狩り転がる威力も加味しながら肘を討つ。
それをキルアは骨が外れるのも構わずに強引に体を捻って回避し、足を蹴り上げた。
それを残った左手でガードし、互いに離れる。
ゴキリ音がする。着地したキルアは両手を使えなくする愚を起こさないように筋肉の圧縮のみで肩の関節を嵌めなおしていた。
バチバチと雷にオーラを変化させたそれを右手に集め纏わせ始めた。
「この技を使うのは癪なんだがな…」
その技に似た技をテトラは知っていた。
千鳥…でもどうして…あの速度でその攻撃はヤバイ…
そしてキルアの姿が再びブレる。
ホルダーから二枚の手裏剣の抜き放ち素早くキルアへ向かって投擲。
「手裏剣影分身の術」
「くっ…だがその技も見た事あるぜっ」
増えた手裏剣にもキルアはすぐに対応して見せた。
だが影手裏剣で放った一撃がキルアを掠めほんの少しばかりその突撃速度が緩んだその隙に投げた手裏剣へと飛雷神の術で飛ぶとキルアの攻撃は空を切った。
「水遁・水乱波」
背後からテトラが吐き出した水弾がキルアを襲うが残像を掠めただけだった。
右腕は覚悟してよね…
地面に着地したテトラは日本刀の鯉口を切った。
神速の勢いで迫りくるキルアに抜刀でもって切り伏せるテトラ。
狙いたがわずキルアの右手を斬り飛ばしたはずだが…その姿が歪んでいた。
その一メートルほど後ろに二人目のキルアの姿。
このキルアはっ!?
瞬間、大量の電撃へと姿を変えたキルアだったもの。
「雷遁影分身…」
「油断だぜ」
襲い掛かる電撃そのものと言っていいキルアの分身にテトラは至近で喰らい炎上してしまった。
「殺すしか…なかったんだ」
「気を抜きすぎ」
背後から聞こえるテトラの声に反応しようにも既に体に残っていた電気の殆どは先ほどの攻撃に使ってしまっていたようで対応が遅れてしまったキルア。
「ちっ…あんたのも分身かよ」
「そう言う事。何を思って邪魔をしたのか…分かっているけれど、もう遅いよ」
「何を…」
そう呟いたキルアは東の尖塔からゴンの心からの叫び声を聞いた。
「ああああああああああああっ!!!」
キルアとの戦闘を木分身に任せたテトラは尖塔を上る。
尖塔の部屋の中には傷つき倒れた少女とそれを念能力で治すピトー、それを無表情で見つめるゴンの三人の姿があった。
ピトーが少女を治している事は不可解であったが理解する必要のない事とテトラは考える事を止めた。
ストストとピトーに歩み寄るテトラをぞっとした表情でピトーは見つめた。
しかしそれを止めたのはゴンだ。
「何をするの?」
腕を取って来ようとしたゴンをひらりとかわすと奇しくもゴンがピトーと少女を守る位置でテトラの正面に立った。
「わたしの目的はそのキメラアントを殺す事。分かってるでしょ」
「それじゃダメなんだ…アイツにはカイトを治してもらわなきゃ」
「そう、なにかゴンくんにも事情があるみたいだね。でも事情があると言ってもそれをわたしが汲む必要がどこに有るの?」
「へ?だってアイツじゃないとカイトを治せないんだよ?」
「うん、だから?あまり我がままを振りかざさないで?」
「我がまま…?カイトを助けるのが我がままだって言うの?」
「わたしに理が無い事を言ってるんだよ?我がまま以外のなんなの?」
「ぼ、ボクの命なら差し出す…だからコムギだけ直す時間をくれないか」
ピトーが懇願してきた。
どいう言う理由か念能力は行使しているが今のピトーは丸裸も同然だ。
「それじゃ約束が違うっ!カイトをっ」
じっと見つめるピトーの瞳はもうゴンを見てもいない。
この場で一番誰が強いのか、おもねる相手をピトーは理解していた。
ピトーのその言葉はゴンとの約束など反故にしてしまっても構わないと言う事だった。それほどまでにピトーはテトラに脅威を感じ、また正しかった。
「だめ…だめだよ…それじゃあダメなんだ…」
ぐっとゴンは右手を引いて中腰になるとそのオーラを拳に集めていく。
「じゃん…けん…」
ゴンのその攻撃がテトラに放たれるより速くゴンを抜いたテトラは既にピトーの傍で刀を振り切っていた。
一瞬だった。
「あ…」
ピトーは自分の死を理解した瞬間彼の念能力は強力になってその場に留まる。
治療していた少女の傷を塞ぐまで彼の念能力は留まり続けるのだろう。
そして首を刎ねられたピトーをみたゴンは絶叫する。
「ああああああああああああっ!!!」
涙の勝手に溢れるソレを拭う事も無くゴンはテトラを怒りの表情で睨みつけていた。
「さいしょはグー…じゃんけん」
大量のオーラを拳に集めた硬によるゴンの必殺攻撃。
しかしそれを待ってあげるほどテトラは優しい相手では無かった。
唯一情があったとすればそれは刀を振らなかった事か。
無防備な腹部をテトラに蹴られ背後の壁面をぶち破って尖塔を落下していくゴン。
「ゴーーーーンっ!」
尖塔の外からいち早くそれを発見したキルアがゴンを受け止め地面を転がる。
パラリと衣服に着いた礫すら気にせず立ち上がるゴンの瞳には受け止めたはずのキルアすら写っていない。
ゴンには今テトラしか見えていなかった。
「止めろゴンっ!」
キルアが後ろからゴンを羽交い絞めした事によりようやく彼を認識したゴンだが、その表情は何の感情も浮かんでいなかった事に彼は絶句する。
「ゴン…?」
「邪魔…しないでキルア。お願いだから」
抑揚のないゴンの言葉にたじろぎキルアはその腕を離してしまった。
「テトラっ!」
拳を振り上げるゴン。
だがただの一度もゴンの拳はテトラに届かない。
蹴られ、殴られただ吹き飛ばされるだけだった。
「もうやめろよ…ゴンっ!そいつには敵わないんだっ!」
「うああああああああああっ!」
再びゴンの絶叫。しかしそこからの変化はキルアには目を疑うほどの物だった。
急にゴンの身長が伸び鍛え抜かれた逞しい筋肉を纏った青年へと変化したのだ。
それは命を圧縮するかのように誓約を重ねた怨。
ただ憎しと言う感情のみに突き動かされたものの成れの果て。
しかしその効果は絶大で、テトラの攻撃に付いていけてなかったゴンがテトラに食らいついて来るようになっていた。
連打の応酬。ゴンの拳をテトラは左腕でガードし引いた右手の先にはオーラが渦巻いていた。
「仙法・大玉螺旋丸っ」
突き出すテトラの右手にゴンは自身の右手を打ちだす。
「まて、ゴンっ!そいつがクナイだけに飛べるとは限らないっ」
「あ…」
キルアのその言葉は一瞬遅かった。
ゴンとの連打の応酬の時には既に彼の体中に飛雷神の術の印を付けて置いたのだ。
ゴンの右手は空を切り背後に現れたテトラの螺旋丸がゴンの背中を直撃。
「がっ!?」
そのまま地面を削ってクレーターが出来てしまうほどだ。
肉体は最盛期、練れるオーラの量も桁違いに増えたにもかかわらずテトラとゴンの間には経験と言うまだ分厚い超えられない壁が存在していたのだ。
「ゴーーーンっ!」
キルアの絶叫。
今の攻撃が決定打になり気を失ったゴンの体はその代償を支払うが如くその体を萎ませていく。
それは老人を通り越してミイラの様であった。
神速の歩行で走り寄るキルアよりも速くテトラは印を組んでいた。
「木遁・榜排(ほうび)の術」
木がゴンを覆いつくす。
「テメェ、ゴンに何をした」
睨みつけてくるキルアだがそれ以上はしてこない。実力差を分かっているからだ。
「封印術の一種。あのままだと念の代償で死んでしまう所だったから」
「っ……」
「でもわたしが出来るのはここまで。このままじゃ結局ゴンは死ぬよ」
「くそっ!今あんたとやり合っても解決しない…分かってるんだ…」
複雑な表情を浮かべるキルアにテトラは背を向けてその場を後にする。
残るはシャウアプフと王の二人だ。
王は今は王宮からは遠く、プフはいまだにモラウが閉じ込めている。
近い方はプフだ。
護衛軍の三人を始末出来れば残りは王のみとなる。
合流される前に叩かなければならない。
仙人モードの感知を使うとどうにも様子がおかしい。
煙の中は両者とも動かずプフのオーラはその煙の外へと漏れ出しているよう。
写輪眼で見れば極小の何かが煙の外を漂っていた。
大きいより小さいほうが質が悪い…
漂う何かを一つ残らずどうにかしないといけないのだから。
よく観察してみればそれは極小の蟲らしい。
…虫であるのならまだ対応出来る…かな?
この世界には多種多様な植物が存在した。
そんな中で強烈な誘引力を持つ食虫植物もまた存在している。
テトラは仙術チャクラを込めると印を組んだ。
「木遁・食虫花の術」
煙を取り囲むように生やした食虫植物は強烈な誘引力を発揮してその小さな虫を消火液へと誘導し溶かしていく。
「結局、これ何なんだろう。とりあえず邪魔は出来てると思うけど」
モラウの煙に閉じ込められていたプフは突如として煙の外と交信できなくなり焦りを感じていた。
彼の手はずではベルゼブブ(蠅の王)を使い自身の細胞を細かく分割し抜ける隙の無いようなこの煙の結界から脱出を図っていたのだ。
本体である司令塔は蜂ほどのサイズ以上には細かく分裂できないが羽化を待つ蛹の様なその外皮にモラウが惑わされて結界を解けば本体も逃げ出せるはずだった。
だがそこに来てどうにも風向きがおかしい。
最後に分身が伝えてきた事は抗えないほどの衝動。
かつて感じた事のない焦りは正常な思考をプフから奪っていった。
一刻も早く外を確認しなければ、と。
その気持ちの逸(はや)りが分身が伝えた抗えない誘惑に本体も次第に蝕まれている事に気が付かないまま飲まれて行った。
もはや抗えない衝動しか送ってこない彼の分身にプフ本体はもはや正常な思考など得られるわけも無く…
「何だこれは…」
それはプフでは無く焦りから煙の結界を解いたモラウの言葉だ。
だがそんな言葉もプフの耳には入っていなかった。
すでに彼の分身は全て食われて溶かされている。そして煙を解かれた事によりその強烈な誘引を自身で感じる事になってしまったのだ。
分裂するほどに自身の能力は落ちてしまう。蜂ほどの自身にはやはり蜂ほどの力しか持っていないのだ。
集合するはずの分身は既になくこの強烈な誘引に抗うだけの精神力すらもはやない。
「ヒャァアハハハハハハ」
プフは自ら食虫植物消化粘液へと身を投げたのだった。
「誰かの念能力、か?」
むしろこの状況に一歩も動けないのはモラウの方で、誰の攻撃か見当もつかず彼は王が討伐されるまで拘束されるのだった。
テトラは食虫植物で煙を覆った後、煙の結界を外側から破壊する訳にもいかずにここではする事は無いと王を目指す。
崩れた塔の屋上でしばらく自然エネルギーを貯めた後飛雷神の術でネテロにくっつけておいた印に飛ぶ。
数百、数千の攻防を経て、蟻の王とネテロとの死闘は王の優勢へと天秤の針を傾けていた。
傾けばその地力の差は歴然、後は崩れたダムのように決壊するだけだった。
完璧を誇ったネテロの技の冴えすら潜り抜け王の攻撃がネテロの足を穿つ、正にその時。
ネテロの背後に突如として現れたテトラに王は驚き警戒した。生命エネルギーを纏っていなかったのだ。だが絶をしていると言う事でも無いと感じた王の一瞬躊躇。その隙を見逃さずネテロは百式観音で王を弾き飛ばす。
空中での攻防であったのだろう、スタリとネテロは軽やかに着地しテトラも続く。
王は地下洞窟の柱を折りながら弾き飛ばされた先で態勢を立て直したようだ。
「お前さん、テトラか」
「……負けそう?」
「正直勝てん」
ネテロにそう言わせるほどに蟻の王は強かった。
「代わる?」
「しばらく休ませてもらおうかのぅ」
ネテロにしてみれば勝敗は既に決していた。彼の心臓の鼓動に連動してその鼓動が止まった時に爆発するようにネテロの体には貧者の薔薇と呼ばれる爆弾が埋め込まれていたのだ。
その爆弾は良くできておりたとえ生き残ったとしても薔薇の毒を浴びては長くは生きられない。それこそが人類に与えられた蟻の王を殺し得る真の切り札だった。
「選手交代か…賭けは有効なのか?」
「お主がその小娘を倒せたのなら教えて進ぜよう」
「ほう、面白い」
禍々しい蟻の王のオーラが膨れ上がった。
「ん、何…?」
「ちぃっとヤツと賭けをしててのう」
どうせ碌でもないものだろう…
「ああ、そうじゃ…その小娘、くやしいがワシでも勝てんかった娘じゃぞ」
ニタリとネテロは嗤った。
王の発するオーラが地下空洞を揺らしている。
対するテトラは腰を落とし目の前で合掌してオーラを発しているはずだが王にそれを感じ取る事は出来なかった。
王の攻撃速度は下手な忍術の発動を優に上回る。不意を突かねばまず間違いなく向こうが速い。
テトラはホルダーからクナイを取り出すと王目がけて投げつける。
「子供だましか」
その様な投擲、やはり王には通じない。
「ありゃあ厄介だぜ王様よ」
ネテロは一度くらっているからこそテトラの攻撃の意図に気が付いていた。
「興覚めだな」
クナイを投げ終わった頃、王が地面を蹴ってテトラに迫る。
写輪眼でもギリギリ…ネテロが苦戦するはずだ…
幸いなのは王の攻撃手段が徒手空手だと言う事。
互いの攻撃が空を切る。
しかしテトラの攻撃をかわした王の左頬が何かに抉られるほどの衝撃を受け堪らず地面に叩きつけられた。
「……?なんだ」
かわしたはずだぞ、と王が言う。
再び王が地面を蹴る。
テトラの喉を狙った高速の突き。
しかし王の攻撃は空を切り、突如として後ろに現れたテトラが突き出した拳に王は注射器の様な尻尾で弾き飛ばそうとして、しかしやはり触れる事も出来ずに弾かれテトラの拳を受け地面へと激突する。
今のテトラの攻撃は重く鋭い。
一見ダメージを負っていないような王ではあるが口元から流される血を拭い、初めて痛みと言うものを自覚した。
王は一目見ただけでテトラが消えたカラクリの半分は理解していた。
最初からテトラはどこぞから突如として現れたのだから転移能力者なのだろう。
だがそれと今自分がただ殴り倒されている事態は結び付かない。
王が地面を蹴りテトラに攻撃し、かわされ、反撃を受けながらも追撃し、しかし霞となって消える。
背後に、また正面に、一定の法則は有るのだろうが攻略の糸口を掴めなかった。
あの飛ばした武器か…
だが今更それを回収させてくれるはずも無いだろう。
しかし真に王を戸惑わせているのは研鑽によるテトラの実力なんかよりももっと単純な事だった。
この余が単純な力比べで押し負ける…
ドゴンと何度目なるのかも数えるのが億劫なほに王は地面に叩きつけられていた。
種の頂点として産み落とされたはずの自分が目の前の小娘にあしらわれている現実を受け入れられない。
これでは裸の王様ではないか…
テトラの格闘の腕前はビスケとの修行、ネテロとの死闘を経て完全に開花していた。
「信じられるか、蟻の王よ。テトラの念能力はただ目が良いだけなんだぜ?」
そうネテロが呟いた。
つまりは今のテトラを形作っているものは念能力の優位性の埒外に有るものだった。
蟻の王は生物としての骨子がすでに人間をはるかに凌駕している。それは疑いようも無い事実であり、一流の念の使い手であるネテロですら…彼の奥の手である百式観音零の掌でなら分からないが…蟻の王にダメージらしいダメージを与えられないほどだった。
飛雷神の術での回避も既にクナイなど関係のない状態になっていた。なぜなら直接王の体に印を書き込んだからだ。
そしてそれは攻撃にこそ最大に利用される。
「仙法・大玉螺旋丸」
そのまま王に突き出せば何のことも無く彼はかわすだろう。しかし瞬間に転位して真横に現れればさすがの彼もかわし切れるものではない。
「がぁっ!?」
テトラのその攻撃はいかな生物の頂点である蟻の王の硬皮とて削り取っていく。
「容赦がないのぅ」
この状況でテトラから一番必要のない言葉だった。
テトラはここに王を殺しに来ている。ただそれだけなのだ。
最強最悪の存在であるはずの蟻の王はただただテトラに蹂躙されるだけの存在に成り下がっていた。
油断なく全力で蟻の王に止めを刺そうとしたその一瞬前。
「コムギ、余はこれほどまでに弱い存在だったのか」
蟻の王の独白に止めを刺す寸前の所でテトラの攻撃が止まる。
「どうしたんじゃ」
仙人モードも解け、オーラを感じられるようになったテトラをネテロが訝しむ。
そのオーラは確かにそこいらのハンターとは隔す力強さを感じるが、ネテロにすれば圧倒的なまででは無い。
ネテロをもってしても対抗しうる程度だ。いやもしかしたらネテロの全力の方が上回っているかもしれない。
「…たった今、彼は人類に対する脅威では無くなった」
「それはどう言う…」
「誓約が作用しない。ブーストが効かない。もう人類に対する脅威じゃない」
テトラが超絶な程の地力を得ていたのは人類に対する脅威に相対してた故だ。でなければ普段のテトラの実力では蟻の王を圧倒出来はしない。
「余を殺さないのか」
「死にたいの?」
「いや…今はただ、無性にコムギに会いたい」
やる気の無くしたテトラと違いネテロの殺気が増大していく。
「庇い立てするか?」
「……?」
コテンと首を傾げるテトラ。
「帰る。わたしのやるべきことは終わった。わたしも早くネオンに会いたい。無性に会いたい」
そう言って踵を返すテトラ。
「余を害するつもりなら流石に抵抗するが?」
蟻の王はネテロを向いて言った。
その言葉に逡巡したネテロはしかし最後はその怒気を収めた。
「ワシじゃ敵わんのじゃし人類に対する脅威に変わるようならまたテトラが来るのじゃろうて」
テトラの事をそう言う存在だとネテロは認めたのだ。
「監視は付ける。人を喰わない、理由なく襲わないと約束するのならNGLでのみその存在を認めよう。蟻の王、メルエム」
蟻の王はネテロの言葉にはっと目を見開いた。
「そうか、余はメルエムと言う名なのか」
この後の結末にテトラは興味がない。
今はただ無性にネオンに会いたかった。
飛雷神の術でネオンの元に飛ぶと、いつもの様に我がままで尊大なネオンがテトラを迎えるのだろう。
そうした日常に帰れる事に安堵し、また感謝しながらテトラは生きる。
あの時、死ななくて良かったと胸を押さえながら今一度あの時得た奇跡に感謝した。
後書き
H×Hの世界の最強は念能力ではありません。爆弾と毒です。と言うのがあまり納得がいかなかったのでテトラには頑張ってもらいました。護衛軍の三人は倒したけれど王は倒さなかったと言う結末にしましたが、メルエムがコムギだけを思って改心…と言うよりは挫折する展開があっても良いんじゃないかな、と。
さて次はいつになる事か。それではまた次の機会に。
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