魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~
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魔法絶唱しないフォギア無印編
魔法使いの帰省・透の場合
前書き
どうも、黒井です。
今回は透の帰省編になります。颯人の時とはまた違ったテイストの話になりますよ。
軟禁から解放され、透は弦十郎達二課の計らいで住居を用意されていた。場所はリディアンからほど近い所にある高校への通学に適したマンション。状況が落ち着いたら、彼はここから高校に通う事になる。
尚ここにはクリスも共に生活している。これは身内が既に他界した彼女の事を慮った弦十郎による配慮であった。
そうして始まった新生活。フィーネの元に身を寄せていた頃から共同で生活していたようなものだったので、そこまでの苦労はなかった。戦いも終わり、新しい生活にも慣れ、クリスの顔にも大分余裕が出てきたのを透は感じ取っていた。
生活が安定してきたのを見計らい、透はある事をクリスに提案した。
「家に、帰る?」
透の提案は彼自身の実家への帰省。そう、8年前に雪音一家についてバルベルデに向かって以後、音信不通となっていた透の父・航との再会である。
ジェネシスの配下の魔法使いとなり、フィーネの元に身を寄せ、二課によって保護されていた間連絡も取る事が出来なかった透と航の父子。その2人が再会する時が来たのだ。
クリスもリディアンに通う事になり、彼女の周りも色々と安定してきたのを見て頃合いと判断した故の判断だった。
すると、透にとって予想外だった事にクリスもついてくると言い出した。
「頼む透。あたしも一緒に連れて行ってくれ。透のお父さん……航おじさんに一言でも良い。謝りたいんだ」
クリスにしてみれば、透がバルベルデで武装勢力に捕まり喉を切り裂かれたのは完全に自分達雪音家の所為であった。勿論雪音家……雪音夫妻にはあの2人なりに向かう理由があっての事。それ自体は悪い事ではない。
だがクリスにとっては、透が声を失ったのは自分の両親、延いては自分の責任であり航には謝罪する義務がある。少なくともクリス自身はそう考えていた。
彼女の提案に、最初透は首を横に振った。これは飽く迄も彼自身と父の問題。クリスが態々出向く必要はない。それに恐らく、航の方も透と音信不通になったのを雪音一家の所為と認識しているだろう。今クリスと航が顔を合わせると色々と拗れる危険があった。
しかしクリスも頑なだった。例えここで拒否しても、クリスは透の家を知っているので自力で彼の実家に向かってしまう。
悩む透だったが、最終的に折れたのは彼の方だった。クリスの言いたい事も分かるし、今後の事を考えると早期に2人には和解してもらいたい。多分最初航はクリスに怒りを露にするだろうが、その時は自分が間に入って宥めれば何とかなるだろう。
***
それから次の日曜日、透はクリスと共に電車を乗り継いで透の実家へと帰省していた。場所は郊外にある閑静な住宅街。その一画にある一際大きな屋敷、それが彼の家だ。
あれから8年経ち、家の周囲の様子も少しだが様変わりしていた。その事に時の経過を実感し、少し寂しさを感じつつそれでも帰ってきた事に胸が熱くなるのを感じた。
暫く実家と周囲の景色を堪能し、透は意を決して門にあるインターホンを押そうとした。鍵があればそれを使って家に入れるのだが、家の鍵などとっくの昔に紛失している。家に入るにはインターホンを押すしかない。
しかしそれをクリスが止めた。何故と透が彼女を見ると、彼女は自分にまず行かせてほしいと言ってきた。
「頼む。最初は、あたしから行かせてくれ。航おじさんに謝りたいんだ」
それと透に、少しの間何があっても姿を見せないでくれと頼むとクリスは一瞬躊躇してからインターホンを押した。透はそれを見て少し悩む仕草を見せ、クリスの意を酌んで門の中から死角になる場所まで下がった。
『はい、北上です』
クリスがインターホンを押して少ししてから、マイクを通じて透の父である航が応答してきた。心なしか、透の記憶よりも声に覇気が足りない気がする。愛する一人息子の身に起きた不幸は、彼の心に大きな傷を残したのだ。
本当なら今すぐにでも言葉を交わしたいが、今の彼からは声が奪われている。どちらにしろ、まず最初はクリスに声を掛けてもらって航に出てきてもらわなければ。
「お、お久しぶりです。あたし……クリスです。雪音、クリス……」
『雪音……クリス────!?』
インターホンからの応答に答えたクリスの言葉に、航の声色が明らかに変わった。インターホンの向こうからは航が慌てて家の中を駆ける音が外にも聞こえてくる。
程なくして航が出てきた。扉を蹴飛ばす勢いで出てきた航は真っ直ぐクリスの前に立った。その表情は、怒りや色々な感情が混ざり合って言葉では表現しづらいものとなっている。
しかし、クリスの前に立った航は何も言わない。てっきり怒鳴られたり、門前払いとばかりに水をかけられたりするかと思っていただけに、拍子抜けとは言わないが意外過ぎて何も言えなくなってしまう。
暫く互いに見つめ合っていたが、先に口を開いたのは航の方だった。
「…………正直、ここに来るまでは君に文句の一つも言おうと思っていた。君ら一家について行ったが為に透は……。だがそれを決めたのは透自身で、止めなかったのは私だ。それに君も立派な被害者、その君に石を投げるような真似は出来ない」
航は門の格子越しに手を出し、クリスの頭をゆっくりと撫でた。
「よく……生きて帰ってきた。ご両親の事は、大変だったな。出来れば透も一緒だと──」
門の内側に居る航からは透の姿が見えていない。だから彼は、クリスだけが生きて戻ってきたと勘違いしていた。
クリスはそれを即座に訂正させる。
「居ます」
「何?」
「透は、生きてます。さ、透」
クリスに促され、透が航の前に姿を現した。航の記憶にあるよりも成長し、大きくなった姿の透。まだ幼さを残しつつ、同時に大人に近づきつつある息子の姿に航は目を見開き、唇を震わせた。
「と、透? 本当に、透なのか……?」
航の問い掛けに、透は目に涙を浮かべながら笑みを浮かべて頷いた。その笑みは、航の記憶の中にある子供の頃の透の浮かべる笑みと瓜二つで。
次の瞬間、航は門を開けると透を思いっきり抱き締めた。目からは止め処なく涙を流し、8年ぶりに抱きしめる我が子の感覚に息子の生存を漸く実感した。
「透! 透ぅ! あ、あぁ……よく……よく生きて────!」
8年ぶりの父からの抱擁に、透も涙を流しながら応えた。
その光景をクリスは、羨ましさを感じつつも目尻に涙を浮かべて2人の再会を祝っていた。
***
その後、落ち着いた航は2人を家の中に招き入れた。流石に何時までも門の所で立ち話と言う訳にもいかない。
航に連れられて入ったリビングは、2人の記憶の中にあるままの光景だった。まるで時間が止まったかのようである。
リビングのソファーに座り出された茶で一息ついたところで、航はずっと気になっていた事を2人に訊ねた。
「ところで透、一体お前の身に何があったんだ? あまり言いたくはないが、あれから私の元に入ってきたのは透が死んだと言う情報だけだった。それにクリスちゃんも、二年前に帰国したと思ったらすぐに失踪してしまって……」
「航おじさん…………実は────」
クリスは全てを包み隠さず話した。武装組織に捕虜となった後の事、透の喉が切り裂かれてしまった事、透が魔法使いになった事、クリスとフィーネ絡みの事……全てだ。彼にはそれを知る権利がある。我が子の事なのだから。
最初その話を聞いて、航は信じられないと言った様子だった。あまりにも突拍子が無い話なのだから当然だ。
だが透が首元のマフラーを外して傷跡を見せたり、実際に魔法を使ってみせると信じない訳にはいかなくなっていた。
そうなると当然、話は彼が二課に所属した事に移る。
「透……お前はそれで良いのか? お前はもう十分い辛い目に遭ったじゃないか? それなのに、政府の組織に所属して戦うだなんて……クリスちゃんもそうだ。幾ら2人が戦う力を持っているからと言って、それで2人が戦う必要が何処にある? 2人はまだ子供じゃないか」
航としては、まだ子供である透とクリスが危険に身を置く道理が理解出来なかった。2人はまだ大人の庇護を受けるべき子供である。
2人がシンフォギアに魔法使いと言う、安易に明かす事が出来ない機密を扱っている事は分かる。外国からの干渉を避ける為に日本の組織に所属してその庇護下に置かれると言うのも、まぁ納得は出来る。
だがそれと戦う事は別問題だ。
「2人とも、今からでも遅くはない。戦いから身を引くんだ」
自分の息子と友人の娘がこれ以上危険に近付くのを引き留めようとする航の言葉は、1人の親として間違ったものではない。
しかし、2人は航の言葉に異を唱えた。
「そうはいかないんだ、航おじさん。あたしはもうとっくに、子供だからで済まされない罪を犯しちまった。償わないと、透にも顔向けできない」
「だがそれは、仕方のなかった事だろう? 私が言うのもなんだが、大人の勝手に振り回された結果だ。全部が全部、クリスちゃんが悪い訳じゃない」
「それでも、あたしの所為で沢山の人に迷惑を掛けたのは事実なんだ。それをなぁなぁで済ませるなんて、それこそ間違ってる」
クリスの反論に航は思わず閉口した。彼が思っている以上にクリスの意志は固かった。ここら辺、先日透について来ようとするクリスを言葉で止めきれなかった自分と重なって透は思わず苦笑する。
それはそれとして、透にだって二課に所属しなければならない理由がある。ジェネシスはまだ健在なのだ。彼らを止める為には、颯人だけでなく透の力も絶対に必要だった。ここで投げ出す訳にはいかない。
何より──────
〔魔法の力はただ戦う為だけの力じゃない。誰かを助ける事も出来るんだ。結果的に手に入れちゃった力だけど、力があるならそれを誰かの為に使いたい。助けられる力があるのに、自分が可愛いからって助けられる人から目を逸らすなんて僕には出来ない〕
「透……」
〔だから父さん、お願い。僕に二課で誰かを助ける事を許してほしい〕
手にしたメモ帳にそう記し、透は航に頭を下げた。その隣で、クリスも頭を下げている。
2人に頭を下げられて、航は頭を抱えて溜め息を吐いた。
「……はぁ。これも血筋って奴か。ここまで似なくてもいいだろうに」
2人の意志の固さは良く分かった。しかしそれでも、子供だけで全てを決める事に航は頷き切れない。
そう思っていると、インターホンが鳴った。こんな時に一体誰だと航が話を中断してインターホンに出た。
「はい、北上です」
『突然失礼します。私、日本政府組織の特異災害対策機動部二課の司令を務めております。風鳴 弦十郎と言う者です。少しの間お時間を頂けないでしょうか?』
まさかの肩書を名乗る相手の来訪に航は言葉を失い、インターホンのマイクから聞こえてきた声に少し離れた所からそれとなく聞き耳を立てていた2人も顔を見合わせた。
取り合えずこれは待たせてはいけない相手だと、航は弦十郎を招き入れた。そうして入ってきた弦十郎に、クリスがすかさず声を掛けた。
「おいオッサン、何で来たんだよ!? あたしら今日ここに来ること誰にも言ってないんだぞ!?」
「すまんな。透君の重要な関係者という事で警護の為に周囲を見張っていたのだが、その警護の者から君達が来たと報告を受けたんだ。恐らく君らの事だから真実を話すだろうと思い、北上氏に俺の方からも話をする為に急いでやって来たんだ」
なんとまぁフットワークの軽い事と、クリスは額に手を当て透は困ったような笑みを浮かべる。
「…………まず、うちの透がお世話になったようで。その節はありがとうございます」
「いえ、我々は出来る事をやったまでです」
「ですが、透やクリスちゃんを戦いに巻き込むことに関しては納得できていません」
航は弦十郎をソファーに座らせ、彼の分の茶も出してから話を切り出した。
「仰ることは尤もです。ですが我々にはこの2人の力が必要なのです。情けない話ですが、我々が立ち向かおうとしている特異災害に対して、我々は無力に等しい。被害を最小限に留める為には、2人の力がどうしても必要なのです」
「それはあんたらの理屈だろう! こんな子供達を戦わせて、アンタ達はそれを何とかする為の対策を練ろうとは考えないのか!?」
それがあればそもそも透達に頼るようなことはしていない。機密だけを守らせて、彼らに危害が加えられないように守り、戦いは自分達でやっている。だが二課が挑むべき特異災害はそんな簡単な相手ではないのだ。
しかしその一方で、弦十郎は航の言う事に同意してもいた。戦いなどの危険な事に子供を巻き込む等以ての外、そんなのは大人のするべきことではない。
「北上さん。貴方の言う事は間違っていません。彼らの様な未来ある子供達を戦いなどと言う危険な事に巻き込む等、大人のする事ではありません」
「分かっているなら「しかし」、ッ!?」
「しかし…………それでも彼らに頼らなければならないのが現状なんです。我々も自分の無力さが悔しい。ですからせめて……罪滅ぼしではありませんが、私達は彼らが無事に帰ってくる事が出来るように最大限サポートします。いや、させてください。戦いでは彼らに頼るしかできませんが、それ以外の脅威からは我々が全力で命に代えても守ります。ですから、どうか……」
弦十郎はそう言って深く頭を下げた。それこそ土下座でもしそうな勢いだ。そしてその横では透とクリスが同じように頭を下げている。
3人に同時に頭を下げられ、しかもそのうちの一つは自分の息子である事に、とうとう航が折れた。
「……一つ、言わせてください」
「はい」
「透は私に残された、妻の忘れ形見です。たった1人の掛け替えのない息子です」
「存じています」
「その息子の命を預けるんだ。もしこの子に何かあったら……その時は私があんたを殺すかもしれない」
「覚悟の上です」
互いに相手の目を見る航と弦十郎。2人の間には真剣勝負のような緊張感が漂っている。透とクリスは2人を交互に見比べていた。
その緊張感を、最初に破ったのは航の方であった。
「…………分かった。貴方方を信じます。この子達の事を、よろしくお願いします」
「はい。全力を尽くします」
航は弦十郎の答えに小さく息を吐き、彼に右手を差し出した。弦十郎はその手を取り、固く握手する。2人が和解できたのを見て、透とクリスは安堵の溜め息を吐いた。
と、航は弦十郎との握手を止めると2人に近付きそれぞれの頭を撫でた。
「透、無茶だけはするんじゃないぞ。クリスちゃんもだ。天国に居る君の両親の為にも、命を粗末にするような事だけは絶対にしちゃいけないよ」
「……はい!」
父からの激励に透は笑みを浮かべ、クリスも気恥ずかしそうにしながらしっかりと答えた。
その後、透とクリスは学業の事もあるのでマンションへと帰る事になり、弦十郎も長居する訳にはいかないと透の家を後にした。
その際、航は家を去ろうとする透とクリスに声を掛ける。
「透、辛くなったら何時でも帰ってきなさい。クリスちゃんも、遠慮せずに頼ると良い。それが雅律に私が出来る、せめてもの手向けだ。いいね?」
優しく背中を押され、2人は力強く頷いて北上家から去って行った。
去り行く2人の後姿を、航は見えなくなるまで優しい目で見送るのだった。
後書き
と言う訳で透の帰省でした。
航には透が戦い続ける事を結構渋ってもらいました。たった1人の大切な息子ですからね。そう簡単に危険に首突っ込ませるようなことはしませんよ。
こう言う時に活躍してくれるのが弦十郎の旦那。男と男の約束をするのに、これ以上の適任は立場的にも居ません。
次回は一転して、季節ガン無視して夏の一幕を描きます。装者と魔法使い達の平和な一時をどうぞお楽しみに。
執筆の糧となりますので、感想その他よろしくお願いします。
それでは。
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