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魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~

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ANSURⅡ其は天上より堕ち流れる死を奏でる者~MuR~

 
前書き
音の堕天使ミュール・エグリゴリ戦イメージBGM
碧の軌跡「ふるわれる軌跡」
http://youtu.be/VMDpnB9A-OU 

 
†††Sideオーディン†††

「アギト、シグナム。君たちは自らが望む戦いをすればいい」

私は今、サーチャーの魔道・イシュリエルを通してアウストラシア騎士団の戦況を観ている。オリヴィエを将とした騎士団は、リサとアギトとシグナム、十数人の騎士を残して進軍を再開した。それにしても驚いたな。リサが率いる騎士隊ズィルバーン・ローゼのメンバーの中に、知った家名を持つ騎士が何人か居た。

(シャルロッテは今も昔も恵まれているな・・・)

セリカ・グラシア。名前もそうだが外見までがソックリなため、騎士カリムの先祖だろうな、やはり。
エレス・カローラ。先の次元世界で友となり、主となったセレス・カローラとそっくりだったため、彼女の祖先で違いがない。それはつまりヨツンヘイム皇族の末裔を意味するのだが、今は無視できるだろう。
グレーテル・ヴィルシュテッター。シャルが生前率いていた騎士団の副将だ。彼女の血族もまた生き残っていたんだな。大戦では敵同士で、堕天使戦争では味方だったグレーテル。懐かしさが溢れてくる。
しかし今は思い出に浸っている場合じゃない。リサは、シャルの意思が宿った“キルシュブリューテ”を手に、あの第一騎士エーアスト・リッター・風の騎士公オペル・オメガ・シュプリンガーの子孫らしいヨハンと戦っている。

「シャルの奴、リサにちゃんと託したようだな。それにしても良いタイミングだった。シャルの宿ったキルシュブリューテが無ければ、ヨハンの初撃でリサは殺されていたぞ」

エインヘリヤル・シャルに頼まれて“キルシュブリューテ”の複製品(オリジナルは、シャルの魂と共に転生したはずだ)を、永遠固定(私が消えても残り続ける)の魔道を掛けてリサに返還した。生前のシャルが記した自伝なる魔導書を読んで、独学でシャルの戦術を組み立てたリサにとって本物のシャルの戦術はどう映っただろうな。
とりあえずはリサの閃駆にも無駄な動作が消えたし、複数の変換資質の属性攻撃も出来ているようだ。今あの場でヨハンとまともに戦えるのはリサだけだ。アギトと融合しているシグナムでもおそらく五合目まで切り結べればいいくらいだ。それ以上は速度で圧倒的に負けているシグナムが死ぬ事になる。シグナムですら勝てない相手と今、リサとシャルは戦っている。

「・・・・ヴィータとアイリ、クラウス達はどうだろうか・・・」

リサ達の事を信じ、次はシュトゥラ騎士団方面に飛ばしたイシュリエルと回線を繋ぎ、戦況を確認する。シュトゥラ騎士団はアウストラシア騎士団とは違い、途中まではマクシミリアン艦隊で移動、艦隊戦が激化したところで降下し馬で進軍だ。今はイリュリア艦隊と戦闘中。ヴィータ達が降下するのはもう少し後だな。
なら次は、ヘルウェティア・ヴィンランド・シュヴァーベンの同盟艦隊とイリュリア艦隊が戦闘を行っている海上へ設置したイシュリエルへ繋げる。その三国は海を越えたところに在るため、どうしても騎士団戦が困難となるから自然とこういった役目を担う事になる。

「ただの1では敵わないだろうが、しがらみを捨てて、力を合わせて1つとなれば、強大な力にでも太刀打ちできる」

この同盟はこのイリュリア戦争の時だけで、終わればまたそれぞれが敵同士となるだろう。だがそこには机上の戦争――話し合いという選択肢も生まれるはずだ。騎士は誇り高い。決闘も好きだろう。戦争の果ての勝利を絶対だという者もいるだろう。しかし必ず平和を求める心を持っているはずだ。・・・甘い考えかもしれないが。
ある程度海上の様子を見、次に東部・北東・南東から攻めるガレアとダールグリュン帝率いるのウラル騎士団と、戦船の戦況を観る。判っていた事だが「ダールグリュン帝、強いなぁ~」ハルバードをブンブン振り回して敵性騎士団を薙ぎ払うその光景は、アリサの家でシャルがハマっていたテレビゲーム――タイトルは確か・・・真・三國○双。それに登場するキャタクターの呂布のようだ。

「マリアージュの数もどんどん増えていくな・・・。イクスヴェリア、辛いだろうが頑張ってくれ」

イクスヴェリアの心情を思うと辛いものがあるが、イリュリアだけはどうしても止めておかないとダメだ。しかしベルカ先史書にイリュリア戦争の事はどう記されていただろうか。ポッカリ記憶に穴がある。
ここまで酷い出来事であれば残っているはずだし、読んだのなら確実に記録として残っているはずなんだが。前々から思っていたが “堕天使エグリゴリ”が介入した事で、すでに歴史がズレているのかもしれないな。

「(やはり私たちは歴史を狂わすだけの邪魔者か。頭が痛いな・・・。にしても)イリュリアに下る国もやはり出て来たな」

ネウストリア、ブルクント、パルティアの三国が、イリュリアに協力をし始めた。ネウストリアはオリヴィエ率いるアウストラシア騎士団の担当した南部に。ブルクントとパルティアは、隣国である三連国バルトの内の二国リヴォニアとリトヴァに戦争を仕掛けた。それでバルトの戦力の大半が迎撃の為にそっちに向けられた。8ヵ国+聖王家同盟の戦力を削るために、テウタが仕組んだ事だろう。

「とりあえず私の役目を果たすとするか。『スキーズブラズニル、二番艦、三番艦、四番艦、五番艦――』」

シュトゥラ防衛と艦砲援護射撃のために召喚したアースガルド艦隊のうち4隻のスキーズブラズニルに指示を出す。二番・三番艦の砲門をマクシミリアン艦隊前方のイリュリア艦隊へ、四番・五番艦の砲門を海上のイリュリア艦隊へ向けさせる。

『撃てッ!』

そして砲撃を発射させた。イシュリエルを通して、ベルカの空を突き進む計80の砲閃を見守り、イリュリアの戦船に次々と着弾、撃沈させたのを確認。

「よしっ。ジャストミート。悪く思わないでくれ、イリュリア騎士諸君」

「我が主。シュリエルが戻りました」

「お待たせして申し訳ありませんオーディン」

戻って来るのが遅れたことに心底すまなさそうにしているシュリエルだが、気にすることはない。何故なら、

「ああ、お疲れ様だ、シュリエル。こちらは問題なかったぞ、ザフィーラが居てくれたからな」

「・・・そのようですね・・・。ではこれより私が、オーディンの護衛として御身を御守りいたします」

セフィロトの樹の周囲に倒れ伏している、ここまで侵攻して来たイリュリアの一個騎士団員。ベルカ半球すべてを七美徳の天使アンゲルスでカバーしているため、8ヵ国以外の国も防衛も可能。初撃のヘルヴォルズ・カノン以降、アースガルド艦隊の砲撃を含めた私の攻撃は一切通じなくなったが、それでもカレドヴルフを防ぎきる事くらいは出来る。
テウタはそれをどうにかするために、やはり私を狙ってきた。が、私には頼りになる仲間が居る。シュリエルは彼らを見て何故か悔しげな表情を見せ、そのうえザフィーラに張り合うようにやる気を見せた。

「頼りにしている。ザフィーラ、これより私の護衛の任を解く。すまないが、これからシュトゥラ騎士団と合流し――っ!」

「?? どうかしましたかオーディン・・・?」

途中で私が話を区切り、イリュリア方面へと目をやったことに訝しむシュリエル。

「・・・いや、想定通りの事態に向かっている事が判ったんだ」

「想定通りの事態、ですか?」

小首を傾げるシュリエルに「ああ。私を殺すための戦力が、こちらに向かっている」率直に告げる。絶句するザフィーラとシュリエル。しかしすぐにその戦力が何なのか察したようで、「離れていろ、という命令は聴きませんから」とシュリエル、ザフィーラも「同じく」と頑なだ。元から手伝ってもらうつもりだ。どうせ来るのはあの娘だ。ガーデンベルグ達じゃないだろう。

「頼む。来るのはミュール・エグリゴリ。複製品のエグリゴリだが・・・強い」

「「承知しています」」

力強く頷く2人に私も頷き返す。ならば今の内にミュールと戦える術を2人に与えておかなければならないな。複製品のミュールだから通じる策だろうが、オリジナルの“エグリゴリ”に通用しないだろうな。だがそれでいい。グラオベン・オルデンは“エグリゴリ”とは戦わせない。

「セフィロトの樹、数は2、意は智慧、色は灰、宝石はトルコ石、神名はヨッド、守護天使はラツィエル」

――力神の化身(コード・マグニ)――

第二のセフィラ・コクマの魔力を3%を消費し、上級術式・強化補助のマグニをザフィーラとシュリエルに掛ける。身体・魔力強化はもちろん、神秘を魔力核に付与させた。2人の魔導は魔道となり、ミュールにも通用する。
準備万端になった直後、「さすがお兄ちゃん、すっごぉ~い♪」あの娘――ミュール・エグリゴリの幼い声が、拡声器を使ったかのように大音量で響いてきた。一斉に身構える。どんどん近づいて来る神秘。先手は私が貰い受ける。空へ向かって左腕を伸ばし、周囲に魔力球を29生成。レベルは中級、効果は攻性、属性は雷撃系、魔力に神秘を付加。

――天壌よ哭け(コード)汝の剛雷(エネディエル)――

ミュールの気配のする方向へ向け射出する。エネディアルは高速で天へ上って1つの雲に進入、「爆散粛清(ジャッジメント)」指を鳴らし全発を爆破させる。爆破した蒼雷が雲を散らす。「やりましたか・・・!?」とシュリエルに訊かれ、私は首を横に振った。

「紳士淑女の皆様っ。わたしミュール・エグリゴリの音楽会をこれより開催しますっ!」

そんなふざけた事を言いながら姿を現したミュールは、風に遊ばれる藍紫色のウェーブのかかった髪を手で押さえつつ、赤紫色の柔和な瞳でこちらを見下ろしている。そして背には、放射状に広がっているクジャクの尾羽・エラトマ・エギエネスと言う名の魔力翼を展開。

「無傷か。ゼフォンとは違ってやはり強いな」

結構な威力のはずだったが、やはり中級では傷を付けれないか。徐々に高度を落としてきたミュールに「やはりお前が来たな」そう言い放つ。

「うん、来たよ。今日のわたしは、お兄ちゃんが死ぬまで帰らないから♪」


VS◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦
其は偽りを超越せし音楽の堕天使ミュール
◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦―◦VS


――我が武装その弐(トロンペーテ)――

ミュールは胸の前で両手の平を向い合せ、オレンジ色の魔力でなんとトランペットを作り出した。マウスピースに口を付けたところで、シュリエルが血色の短剣ブルーティガー・ドルヒを22基射出。ザフィーラはミュールの逃げ場を限定するために鋼の軛で包囲。そして私はミュールの頭上に、

――殲滅せよ(コード)汝の軍勢(カマエル)――

炎熱、氷雪、雷撃、風嵐、閃光、闇黒、無属性(重力・音波etc)の魔力槍を2千基展開。

蹂躙粛清(ジャッジメント)ッ!」

号令を下して一斉降下させる。ブルーティガー・ドルヒとカマエルの挟撃。逃げ場は鋼の軛で封じている。ミュールに出来る事と言えば、迎撃か防御だけ。ミュールは「せぇ~~のっ♪」大きく息を吸いプクッと頬を膨らませ、勢いよくプァァ~~~ン♪とトランペットを吹いた。

――砲閃は全てを粉砕して(シュピーレン・カノーネ)――

トランペットのベルから特大砲撃が放たれ、ブルーティガー・ドルヒを殲滅、砲撃と共に発生した何百という八分音符がカマエルを迎撃。しかし数ではこちらが勝っているため、大半がミュールに直撃。そして砲撃は、

――女神の救済(コード・イドゥン)――

手の平を翳して受け止め、イドゥンで吸収していく。収まりきらない残りの砲撃の魔力は、上級の炎熱砲撃・女神の陽光コード・ソールの発動に利用。砲撃が途切れた瞬間にソールを発射。2発目の砲撃がミュールより放たれた砲撃と真っ向から衝突して拮抗。だが、僅かにソールが押し返していく。威力では勝っているようだ。砲撃を徐々に押し返していく。
私とミュールの相性は良いらしいな。近接・射砲撃戦ともに私が上なはずだ。所詮は複製品。今の私を相手に勝てるわけがない。そしてソールはミュールにまで到達し直撃、蒼い爆炎の花が咲く。蒼炎と黒煙がミュールを覆い隠す。

(どうせ無事なのだろう・・・?)

――我が武装その壱(エレクトロ・ギタレ)――

――砕音破ただ狂おしく(クヴァール・ゲロイシュ)――

「やはりな」「「っ!!」」

爆炎を吹き飛ばして拡散するのはト音記号、八分音符、全音符、シャープ、フラット、ナチュラルと言った魔力で創られた音符群。私はそれらを見てすぐに『ザフィーラとシュリエルは回避!』指示を出し、隠れしセフィラ・ダアトより動けない私は留まって・・・

「(魔力は先ほどの砲撃で回復したからな)・・・派手に行くぞッ!」

――女神の大戦火(コード・フレイヤ)――

†††Sideオーディン⇒シュリエルリート†††

オーディンのご指示通りに私とザフィーラはミュールの魔導を回避する事で難を逃れたが、彼はその場から動こうとしない。ミュールの魔導がオーディンの周囲に着弾し爆発。「オーディン!」「我が主!」ザフィーラと共に名を叫ぶ。橙色の閃光と黒煙がセフィロトの樹を覆い隠す。だが私たちの心配は杞憂だった。黒煙が蒼く光ったと思った瞬間、何本もの砲撃が黒煙を吹き飛ばしてミュールへと向かって行く。

「わふっ♪ すっごい重奏(アンサンブル)❤ リピートありと言うのもすごいなお兄ちゃん♪」

ミュールは翼を翻しながら断続的に放たれて来る蒼の砲撃群を避けつつ笑う。オーディンの頭上には、あの方の魔導を象徴する十字架と四本の剣で形作られた魔法陣が18と環状展開されていた。魔法陣1枚より断続的に発射され続ける砲撃。それが18枚となると、その合計は百幾つとなる。

『シュリエル。私の砲撃フレイアがあと僅かで途切れる。それと同時に捕縛の魔道を仕掛けるから、間髪入れずにデアボリック・エミッションを頼む』

『判りました、お任せを』

頼まれた事に心が弾む。期待に応えたい。ただその一心でミュールの動きをしっかりと追う。それにしても「回避力が途轍もないな」ミュールは笑顔でフレイヤという砲撃群の中を踊るように回避していく。その中でも弦楽器を弾きオーディンへ向け音符を飛ばすが、どれも砲撃に掻き消されていく。そしてフレイアが途切れた。ミュールが回避行動をやめたその一瞬の停止状態。

――リングバインド・シーリングフォース――

「うわっと・・・!?」

その隙を突いたオーディンが仕掛けた捕縛の魔導が、ミュールの両足首と腹、弦楽器の首の方を持っていた左腕を捕えた。それと同時に弦楽器は消滅。今だ。ミュールの元へと急いで翔け、この娘の背後からガシッと頭を鷲掴む。

「闇に染まれ・・・!」

――デアボリック・エミッション――

私とミュールを中心に爆ぜる魔力球。障壁生成阻害効果がある、この広域殲滅の魔導。オーディンの補助魔導のおかげもあるのか、威力や効果がこれまでより爆発的に上昇している。これなら戦船だろうが一撃で撃沈可能だと確信できる。今は亡きゼフォンにすらも損害を与えられるだろうな。

「結構痛いなぁ、これ。お兄ちゃんの魔道に、魔力生成阻害効果がある所為かな。防御がなかなか上手くいかないよ」

「馬鹿な・・・!?」

しかしデアボリック・エミッション発動中にも拘らず、ミュールはあまり堪えていないようだった。さらには捕縛輪を力づくで粉砕し、「むぅ、ちょっと頭放してください」頭を振る事で私の手を振りほどいた。

――我が武装その参(ツィンベル)――

ミュールは両手に円盤状の楽器・・・名は確かツィンベルを創り出した。ツィンベルは、両手に持つその円盤を打ち付ける事で鳴らす楽器だったはずだ。好きにさせてはいけない。傍に浮いている“闇の書”を手元に戻し、頁を開く。私自身の魔導は、デアボリック・エミッション発動中のため使えないが、“闇の書”から発動する分には問題ない。

「ラ~ララ~♪ 力強く(フォルツァ)勢いをつけて(フォルツァンド)♫・・そして活発に(ヴィーヴォ)~~~~ッ♬」

――拡がる音は魔を喰い殺す(レルム・ベレスティグング)――

オーディンの魔導を発動しようとしたが間に合わず、ミュールがツィンベルを打ち鳴らし始め、ビリビリと空間が揺れているのが体に伝わる。耳朶を貫き頭の中を掻き回すような不快な音に、堪らず両耳を押さえる。直後、発動中のデアボリック・エミッションが、ツィンベルの音で掻き消されてしまった。あまりに呆気なさすぎる。オーディンの『離れろシュリエル!』の思念通話に従い、フラつきつつもすぐさまミュールより距離を取る。

――屈服させよ(コード)汝の恐怖(イロウエル)――

ミュールの左右に蒼の円陣が生まれ、銀の巨腕イロウエルがミュールを押し潰すように飛び出してきた。回避も防御も出来ていなかったミュールは、ズンッ!と重い音と共に2本のイロウエルによって押し潰された。その光景を距離を開けつつ眺めた後、オーディンのお顔へと目をやる。オーディンはすでに別の魔導の準備に入っていた。蒼光の弓と槍の如き長さを誇る矢、コード・ウルという魔導だ。

「・・・っ!?」

ゾワッと身の毛がよだつ。イロウエルから――いや間違いなくミュールから発せられる魔力が原因だ。考える間もなく私はオーディンの元へ飛ぶ。ザフィーラはさらに高度を上げることでミュールより距離を開ける。
私はこれまで悲嘆や絶望を多く抱いた。しかし恐怖だけは抱く事はなかった。なのに今、私は恐怖を感じ、オーディンの傍へ行きたいという衝動に駆られた。オーディンの蒼と紅の瞳は真っ直ぐにイロウエルの両手の平の接着点を見据えている。

『父と子は~~お互いの存在意義を~~懸けて~幾星霜~~~戦い続け~~♪』

頭の中に直接聞こえてくる、ミュールのお世辞にも巧いとは言えない歌声。オーディンの放つ空気が変わった。それとほぼ同時、イロウエルが粉々に粉砕された。舞い散る瓦礫の中、無傷であるミュールは自身の身長と同じく大きさの三日月を後ろから抱くような姿勢で宙に座っていた。三日月には弦が張られ、両手の指で弦を弾き音色を奏でていた。

『父は~幾多の世界を~~幾多の刻を~~孤独に~~』

「黙れ・・・」

――弓神の狩猟(コード・ウル)――

ミュールの歌を拒むかのように放たれたウルは無数の光線となって、ミュールを全方位から急襲。次々と着弾していき蒼の光花を咲かしていく。あれほどの攻撃を受けては無事では済まないはず。だと言うのに、

『救いたい? それが多難であっても。どうしても? それが父の道だから。どうやって? 自らの命を削ってでも♪』

ミュールの歌声は止まる気配がない。それどころかさらに魔力が膨れ上がって行くのが判る。もはや私をも超えているだろう。

――ハウリング・スフィア――

私は周囲に魔力球を4基発生させ、「響け!」多弾砲撃ナイトメアハウルを発射。ウルが途切れたところでミュールに着弾、爆発を起こす。歌声は途切れたが、「ハープの音色は止まらないな」オーディンがポツリと漏らした。弦の張られた三日月――ハープの音色は、ミュールの歌声とは違ってとても美しい。

『無駄無駄よお兄ちゃん♫ そんなヌルい攻撃じゃわたしの障壁は突破できないの♬』

無傷のままで私たちを見下ろすミュールはハープを弾く事を止めずに胸を張る。おそらくあのハープの音色が、あの異常とも言える防御力の要となっているのだろう。ならば止めるまでだ。飛び立つ前にオーディンの手に触れる。それだけで恐怖は払われ、勇気が生まれる。何が何でも御守りしたい彼の存在を確かめる事が出来るからだ。

「はぁぁぁあああああああッ!」

――守護の拳――

ザフィーラの拳がミュールへと打たれるが、当たる前に何かに拒まれたかのように止まった。不可視の障壁ではない。爆発することで今までの攻撃では確認できなかったが、小さく薄っぺらな音符が盾としてザフィーラの拳打を防いでいるのだ。ミュールがハープの弦を弾くたびに生まれ出る音符の盾。だがこれはある意味では好機だ。ハープを出してからは一度も反撃が無い。おそらく防御特化の楽器なのだろう。

「ザフィーラや君には強化のマグニを付加しているんだが、それでも突破できないとなると一筋縄ではいかな――」

「お兄ちゃん、もう大人しく死んじゃおうよ。頑張り続けて苦しみを長引かせるより、死んで楽になった方がいいよ」

ミュールが突然オーディンに死ぬように言う。苦しみから逃げるために死んで、そして楽になれ、と。
真っ先に反応するのは「貴様!」ザフィーラと、「ふざけた事を・・・!」私だ。翼をはばたかせてミュールへと翔ける。その途中にブルーティガー・ドルヒ20基を一斉射出。
ハープが奏でられる事で生まれる音符の盾。ドルヒ全基が防がれる。しかしそれでも私の突撃は止まらない。ミュールへ最接近。両拳に魔力を纏わせる。術式はシュヴァルツェ・ヴィルクング。打撃力強化、そして障壁破壊を付与しての打撃。

「「おおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」」

――シュヴァルツェ・ヴィルクング――

――鉄破震砕打――

ザフィーラもまたオーディンに教わって習得した、障壁破壊特化の効果を持つ魔力を両拳に纏わせた打撃を繰り出す。音符に防がれるが、間髪入れずに音符の隙間を縫うように左手を伸ばしミュールの肩に触れる。ザフィーラもまた私と同じように片方の拳打を防がれたが、もう片方の拳打をミュールの右頬に打ち込んだ。ミュールは「ぐっ・・・!」呻き声を漏らし、ハープを手放して錐揉みしながら吹き飛び、

――懲罰せよ(コード)汝の憤怒(マキエル)――

蒼光、蒼雷、蒼炎で形作られた3頭の龍が、ミュールを食い殺そうと競うように上ってきた。ザフィーラの拳打が効いたのかミュールはなんの抵抗をすることもなく蒼炎の龍の大口に呑まれた。蒼炎の龍は何度も咀嚼を繰り返す。それに続いて蒼光の龍が蒼炎の龍の頭部を噛み砕いて取り込み、咀嚼を繰り返す。
今度は蒼雷の龍が蒼光の龍の頭部を噛み砕いて取り込み、咀嚼を繰り返す。何度もそれが繰り返され、蒼炎の龍の口よりミュールの翼と思われる羽根が10数枚と燃えながら漏れていては霧散していく。いよいよミュールの身は粉砕されているだろう。だが油断はせず、臨戦態勢は解かない。

「わ~たしは~音楽のぉ~~堕~天使~~ミュール・エグリ~ゴぉリ~~~♪」

――輝きたる音軍(ルスティヒ・マルシュ)――

3頭の龍の内部から何百と言う音符が飛び出し、3頭の龍が一瞬で弾け飛ぶ。ミュールや龍とは距離を十二分に開けていた事で音符群の密集点は遠く、回避する事はそう難しくはなかった。ミュールの衣服が少々焼け落ちた事で肌を晒しているが、それでも決定打は受けていないのは判る。ミュールは流し目をオーディンに送りながら、「お兄ちゃんを~殺しちゃう~の~~♪」私の神経を逆撫でするような事を歌う。

†††Sideシュリエルリート⇒オーディン†††

マキエルを音符群で粉砕して、衣服は破れていようとも無傷の様相で姿を現したミュール。携えているのはオレンジ色の魔力で構成されたエレキギターで、弦を弾きながら「ラ~ラ~ララ~♪」歌い続ける。防御力が半端じゃないな。あの防御力をどう突破するかが勝利への鍵だな。今はとにかく何がミュールに通用するのかを確かめないといけないか。そう言えば・・・

『ザフィーラ、シュリエル。ミュールの攻撃は私が防ぐ。2人は近接格闘戦に持ち込んでくれ』

『『はいっ!』』

ミュールの口端、血を拭い去った跡があるのが見て取れる。無傷じゃない、ちゃんと通じている。どうやらミュールはゼフォンとは違い、ガーデンベルグたち“堕天使エグリゴリ”に近いようだ。それが攻略のポイントかもしれない。純粋魔力攻撃には強いが打撃には弱い。イロウエルのように防がれやすい巨大さではなく、柔軟な動きが出来る対人格闘戦であればおそらく・・・。それを確かめるために、セフィロトの樹より足を離す事が出来ない私に代わって2人には働いてもらう。

「か~みの~毛チリチリ♪」

――拡がれ音天使の調べ(ヴィルト・メロディー)――

激しく弦を掻き鳴らすミュールの周囲にト音記号が10数個現れ、さらに弦を弾いてエレキギターの先端――ヘッド部分からいくつもの光線を放つ。ミュールの周囲に設置されたト音記号は光線を反射、全方位に拡散してザフィーラとシュリエルの接近を拒む。
途切れるところを狙って接近を試みればいい、と思うのは甘い考え。途切れない。弦を弾くたびに光線やト音記号が生まれてくる。それをどうにかするのが「私だよな・・・。『突っ込め、ザフィーラ、シュリエル!』」指示を出す。2人の表情に困惑の色が見える。馬鹿だな、何の策もせずに突っ込ませるような薄情な事はしないさ。

「我が手に携えしは確かなる幻想」

――パンツァーガイストver.テレズマ――

先の次元世界の契約の際にシグナムから複製した術式を、ザフィーラとシュリエルに掛ける。もちろん私の魔道で改良している。ただの魔導ならすべてシャットアウト。魔道でも十分に対応できる防御力を誇る。2人の表情から困惑の色が消え、ミュールへと接近を試みる。光線を紙一重に避けつつ、直撃はパンツァーガイストによって弾かれる。

速く生き生きと(ヴィヴァーチェ)ッ♪」

ミュールの表情が少し強張ったがすぐに笑みに戻し、さらに速く、さらに豪快に、小躍りしながら弦を弾き続ける。

――爆ぜろ死奏の音乱舞(レークヴィエム)――

光線、反射板のト音記号、さらにミュールの周囲には音符の書き込まれた楽譜の五線までが螺旋状に現れ、五線の音符全てから光線や魔力弾が次々と放たれてくる。パンツァーガイストでの防御は可能だが、受け続けると当然破綻するし、突破される前に押し返されるだろう。

「我が手に携えしは確かなる幻想・・・『一度離脱してくれ2人とも。それと――』」

『『・・・ヤヴォール!』』

――神技――

念話であらかじめ指示を出しておく。そして頭上に魔力を集束させ、「エーテルストライク!」かつて共に戦った女神から複製した一撃を放つ。光線や魔力弾群を消し飛ばしながらミュールへ突き進み、五線に着弾。閃光爆発は空を真っ蒼に染め上げる。
しかしそれまでだ。光が収まり視界がクリアになった事で視認できる現状。五線が絶対の防壁となって、着弾したエーテルストライクを完璧に防いでいた。見る限りミュールにダメージは入っていない。だが今はそれだけでいい。

「「はぁぁああああああああッ!!」」

閃光爆発によってこの空域一帯が真っ蒼になっていた合間に、ザフィーラとシュリエルは、ミュールの前後へと最接近を果たしていた。エーテルストライクは、ミュールへの行く手を妨害する弾幕排除とミュールの視界潰し、という効果をもたらすためだけのもの。ダメージが入っていれば儲けもので、まずはその2つの効果さえ生まれればそれでいい、と考えていた。

「っ! がはっ・・・ぐっ!」

悔しそうに歯噛みしたミュールの背中に打ち込まれるザフィーラの蹴打。ミュールの体がへし折れたと思ってしまうほどに反り返る。シュリエルがザフィーラが離れたその瞬間に腹へ踵落としを決めた。吐血するミュールを見て少々胸が痛いが『一気に畳み掛けろッ!』指示を出す。2人は元よりそのつもりだったようだ。2人はミュールの腹にもう一度蹴打を落とし、

――コメート・ヴァンダーファルケ――

そのまま地面へと急降下、ミュールを背中から地面に叩き付けた。よほどの威力だったのか砂塵や石礫が巻き上がり、「ぅぷ・・・」目や口を閉じざるを得なくなる。魔力で気圧を変化させて突風を起こし砂塵を晴らす。真っ先に見えたのは小さいながらもクレーター。そこから飛び出してきたシュリエル。「ザフィーラとミュールは?」と訊く。

「ミュールは気を失っていましたので封縛で捕縛しています。ザフィーラはその監視を。トドメはいかがなさいますか? やはりオーディンが・・・?」

シュリエルがクレーターを一度見下ろしてから答えてくれた。私は“エヴェストルム”をランツェフォルムで起動し、シュリエルに差し出す。人間ではない上に敵だが、子供の姿であるため「頼めるだろうか・・・?」シュリエルにミュールの破壊を頼むのは気が引ける。シュリエルは私の表情からそれを察したのか「お気になさらないでください」そう言って“エヴェストルム”を受け取った。

「守護騎士ヴォルケンリッターは、あなたの盾であると同時に剣でもあります。あなたの行く手を邪魔する者は、守護騎士が――あなただけの剣で盾、そして翼であるこの支天の翼シュリエルリートが、全て薙ぎ払います」

長い銀の髪を翻しながら踵を返し、クレーターの下へと降り立って行ったシュリエル。あぁ、くそ。私には勿体なさ過ぎるよ、君の想いは。前へ向く前にチラッとだけ見せた微笑みが脳裏に焼き付いて離れない。いつかその微笑みが、はやてたち八神家を明るく照らしてくれると願うばかりだ。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

――砕音破ただ狂おしく(クヴァール・ゲロイシュ)――

ミュールの悲鳴と共に超音波がクレーターから発せられた。遅れてザフィーラとシュリエルが押し出されるようにクレーターから飛び出してきて、地面に足をつけた直後に片膝をついてゆっくりと倒れ伏した。

「ザフィーラ! シュリエル!」

『問題ありません・・・』『大丈夫、です・・・』

辛そうだが即答してくれたことに一安堵。意識はハッキリとしているようだ。しかし「よくもやってくれたな・・・!」クレーターから飛び出してきた・・・ん? アレはミュールなのか?
スラリとした大人の女性の肢体へと変化しているミュールは完全にブチキレているツラを見せている。服装は破れたワンピースではなく、アースガルド同盟軍の軍服――つまり私と同じ衣服だ。色はオレンジ。背にはヘ音記号が一対の翼として輝いている。

「神器王ぉぉぉーーーーーッッ!」

お兄ちゃん、はもう付いて無く、ただ私の二つ名を叫びながら私へ向かって急滑空してきたミュール。

――轟き響け(コード)汝の雷光(バラキエル)――

――凍て砕け(コード)汝の氷槍(サルツィエル)――

――燃え焼け(コード)汝の火拳(セラティエル)――

――削り抉れ(コード)汝の裂風(ザキエル)――

――煌き示せ(コード)汝の閃輝(アダメル)――

――呑み食せ(コード)汝の夜影(ライラエル)――

――穿ち流せ(コード)汝の水瀑(マヌエル)――

無属性と土石系以外の属性砲撃を「七天粛清(ジャッジメント)!」一斉掃射。ミュールに着弾・・・はしたが、7条砲撃の中を突破してきて、私の首に両手を掛けた。へし折られる・・・ことはなかったが、一番起きてはいけない事態が起きてしまう。

「ぅぐ・・しまっ――足が・・・!」

セフィロトの樹を描いた地面から足が離れた。それではセフィロトの樹という儀式魔道の管理が出来ない。アンゲルスやアースガルド艦隊は、一度顕現すれば自立的に魔力を供給できるからしばらくはもつ。
問題は、自我を持つアンゲルスとは違い、アースガルド艦隊には指令官が必要という事だ。今の状態でカレドヴルフを、停泊しているアースガルド艦隊が展開している広域障壁の圏外に撃たれてはフォローが出来ない。だから私の首を絞めつつ飛行を止めないミュールの顔面へと・・・

「我が手に・・携えしは、確か・・・なる幻想・・!」

――閃牙明星 光帝 双煌掌――

「離せ!」

閃光系魔力を圧縮して球体状にした魔力球を両の掌底に乗せて打ち込む。私とミュールの間で閃光爆発、ようやく首から手が離れる。

「くそっ、ダアトが遠い・・・!」

――我を運べ(コード)汝の蒼翼(アンピエル)――

剣翼12枚を展開。ミュールへの追撃はせずに、すぐに足をつけるべきセフィラ・ダアトへと飛ぶ。だが「王は殺す! それが、エグリゴリの存在意義!!」ミュールが追いかけてくる。

――女神の陽光(コード・ソール)――

ミュールへ向け上級・炎熱砲撃ソールを撃ち込み・・・直撃。爆炎と爆風の煽りを受けて飛行速度が上がる。あと200mと言うところで、空から落ちる深紅の閃光――カレドヴルフ。最悪の結末が脳裏に過ぎり、心臓が止まるかと思った。砲閃の行く先を急いで確認する。運よくシュトゥラには向かわなかった。安堵の息を吐いた時、

「死ねぇぇぇぇええええええええええッッ!」

――砕音破ただ狂おしく(クヴァール・ゲロイシュ)――

その絶叫と共に超音波が放たれてきた。油断しすぎて「しま・・・っぐぅぅぅ」まともに受けてしまった。パン、と音がしたと思えば聴覚が働かなくなった。鼓膜が破れてしまったようだ。だがそれがどうした。すぐに治癒術式ラファエルを発動、ダメージを回復させる。

――力神の化身(コード・マグニ)――

続けて上級・強化補助のマグニを自身に付加。トランペットを手にしたミュールが撃ち続けてくる砲撃を回避しつつ、

――復讐神の必滅(コード・ヴァーリ)――

私に対して攻撃して来た者を永久追尾する砲撃、ヴァーリを4発と放つ。ミュールは向かって来るヴァーリを気にも留めずに直進を続け、直撃を受けるもののほとんどダメージが入っていない。やはり純粋魔力攻撃は通用しないようだ。「なら直接殴って墜とすまでだ!」辿り着いたダアトへと足をつけ、反転。

「真技!!」

耳を疑う単語がミュールの口から飛び出した。彼我の距離、あと数mというところでミュールは急停止して、魔力で指揮棒を創り指揮者のような構えを取った。私の周囲に強大な魔力反応がいくつも発生。見れば、オーケストラで使うような楽器すべてが三日月状に展開されていた。

「我は~ミュール・エグリゴリ~♪ 世に争いを呼ぶ~王を打倒する者~~♪」

――真技・堕ちた音天使大楽団(エグリゴリ・オルケスター)――

「祝せ、讃えよ、これぞ終曲♪」

「セフィロトの樹、数は3、意は理解、色は黒、宝石は真珠、神名はエロヒム、守護天使はザフキエル!!」

――女神の護盾(コード・リン)――

第3のセフィラ・理解のビナーの魔力15%を使用して、全方位に上級・防性のリンを発動。その直後にすべての楽器から攻撃が放たれた。リンに着弾して爆発、視界がオレンジ色に染まる。それだけでなく衝撃波が途轍もない。これはいつまでも耐えられるものじゃないぞ。

輝きを以って速く(アレグロ・コン・ブリオ)!!」

ミュールがそう指示を出したのが楽器が奏でる音の合間に聞こえた。さらにテンポが速くなって、リンに着弾する攻撃の凄まじさが跳ね上がった。

「あはははははは♫ さようなら、神器王のお兄ちゃん♬ 来世に乞うご期待だよ♪」

ミュールが発するのは大人の女性らしい妖艶な笑みと、子供らしい無邪気な言葉。数枚のリンにヒビが入り始めるのを見て「まずいな。間に合うか・・・?」歯噛みしてしまう。ミュールは指揮棒を大げさに振り上げ、

愛情を籠めて(アモローソ)❤」

振り落とそうとした。だが「え・・・?」ミュールの口から洩れる息。彼女は驚きによって眼を限界にまで見開いている。楽器からの攻撃が全て途切れる。その直後に数枚のリンと楽器すべてが砕け散った。もう少し遅れていれば、確実に私は敗れていただろう。しかしその未来は起こらなかった。

「・・・・ふぅ。助かったよ、ザフィーラ、シュリエル」

「我が主。少々ご無理をし過ぎです」

「まったくです。あと少し私とザフィーラの回復が遅れていればどうなっていたことか・・・」

私の“エヴェストルム”は双剣形態ツヴィリンゲン・シュベーアトフォルムにされ、それぞれ片方を携えたザフィーラとシュリエルに軽く叱責される。そんな中、「ごふっ、こんな事が・・・」吐血しつつ私を睨むミュール。貫かれた個所からは流血し、“エヴェストルム”の穂を伝った後、地面に滴り落ちる。

「怒りを戦場に持ち込んではいけない。正常な判断が出来なくなるからだ。ミュール・エグリゴリ。お前は、私に執着してしまったがためにザフィーラとシュリエルを意識の外に追いやった。その結果が、今の状況だ。そのようにエヴェストルム2本によって胸と腹を貫かれた」

ミュールは2本の“エヴェストルム”によって背後から胸と腹を貫かれていた。柄を握っているのはザフィーラとシュリエル。超音波で倒れた2人をその場で確実に討っておくべきだった。それを怠り、私の――古の王の殺害と言う目的に固執したのが失敗。
ここを離れている間にシュリエルは治癒術式(静かなる癒し辺りを使ったんだろう)で回復、預けていた“エヴェストルム”で反撃に出た。回復完了のタイミングは際どかったが、「私たちの勝ちだ、ミュール」勝鬨を上げる。

「がふっ、ただ貫いただけで我に勝ったなど――・・・どうして・・?」

魔道を使おうとしたが、発動できない事に困惑したんだろう。

「あのな――」

説明をしてやる。セフィロトの樹を描いた後、“エヴェストルム”の穂にいくつかのルーン文字を刻んでおいた。刺した対象の魔力生成を阻害させるルーン・ニード。他にも“エヴェストルム”を一時的に神器化させるためのテュールなどなど。ゆえにデバイスである“エヴェストルム”でも、神秘を有する相手であるミュールを含めた“エグリゴリ”全機に通用する武装となる。

「――そういうわけだ。・・・・さようならだ、ミュール」

説明を終え、“神槍グングニル”を具現させて構える。ガーデンベルグ達の救援はない、か。ならば今こそ複製品とは言え相当な実力者であるミュールを討つ好機。

「最期に言い残しておきたい事はあるか?」

「っ・・・・死んじゃえ!」

“グングニル”を薙ぎ払い、ミュールの首を飛ばす。最初は血が噴き出たが、次第に血は魔力へと変わり、ミュールの体は魔力として霧散して消滅した。



 
 

 
後書き
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
本作第二話で初登場を果たしたミュール・エグリゴリがついに退場です。今話の執筆途中、

「そう言えば、ルシル(オーディン)って電子戦能力もあったよな。ミュールを洗脳して味方に引き込むか」

などと考えていましたが、これ以上味方を増やしても無駄に話が長くなるだけだ、と思ってボツ。
堕天使エグリゴリには破壊と言う名の救済を施す。それがルシルの目的。複製品だろうと破壊対象です。
さてと。このままサクサクと片付けて行きましょうか。な? ミュール。

「フンだ、もう死んじゃったからどうなってもいいもんっ」

 
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