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魔法絶唱シンフォギア・ウィザード ~歌と魔法が起こす奇跡~

作者:黒井福
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無印編
  第66話:奇跡を起こす者

 
前書き
どうも、黒井です!

今回でシンフォギア一期は終了となります。とは言えこれで終わりではありませんのでご安心を。 

 
 戦いは終わった。

 ファントムと化したヒュドラは消滅し、フィーネがネフシュタンの鎧とソロモンの杖と共に融合して出来た蛇竜も体を崩壊させた。

 街は瓦礫と化したが、逆に言えば被害はそれだけに留まったのだ。

 その瓦礫の中を、響が傷だらけのフィーネを担いで歩いてきた。颯人達はそれを苦笑いしながら迎えた。

「物好きだねぇ、響ちゃんも」
「立花らしい」
「ったく、このスクリューボールが」
「そこが響の良い所なんだろうけどな」

 颯人達は好き放題言うが、そこに響の行動を非難する言葉は一つもない。仲間達からの言葉に、響はやや恥ずかしそうに笑みを浮かべた。

「みんなにもよく言われます。親友からも、変わった子だ~って」

 言いながら響はフィーネを降ろす。フィーネは響の手を借りながら瓦礫に腰を下ろし、その隣に響が立った。
 その様子を颯人達だけでなく、弦十郎を始めとした二課のオペレーター陣、響の友人達、そしてウィズとアルドが見守っている。

「もう終わりにしましょう、了子さん」
「私はフィーネだ」
「でも、了子さんは了子さんですから。教えてください。何で了子さんがこんな事をしたのか。了子さんお想いを、知りたいです。それを知らないままなんて嫌です」
「響の言う通りだね。少なくともアタシには知る権利がある。あんたの身勝手で、アタシの家族は死んだんだ」

 響の意志は固く、また奏も引く気は見せなかった。
 その意志の固さに何かを感じたのか、フィーネが少し顔を上げ話し始めた。

 数千年前、先史文明期と呼ばれる時代に、フィーネはこの世界の人類を創り出した神に等しい存在──カストディアンと言う存在に使えていた巫女であった。そしてフィーネは、その創造主の1人であるエンキと言う名の男性に恋をしていた。
 神に恋するなど不遜と理解してはいても、胸の想いだけは伝えようとフィーネは塔を建てた。後の世でバベルの塔と呼ばれる塔だ。しかしそれは創造主の怒りに触れるものだった。

 塔は砕かれ月からは『バラルの呪詛』が降りかかり、人類同士のみならず想像首都の意思疎通と相互理解を可能としていた『統一言語』が失われてしまった。

 それからだ。フィーネはバラルの呪詛を解く為にその発生源である月の破壊を画策。しかしその為には時間が圧倒的に足りなかった。だからこそフィーネは己の子孫がアウフヴァッヘン波形に触れた時記憶と人格と能力を継承して体を乗っ取る転生システムを、己の遺伝子に仕込んだのだ。

 そうして何度も転生を繰り返し、その度に歴史の裏で暗躍してきた。櫻井 了子の体を乗っ取った時の様に。

 因みにノイズはバラルの呪詛により統一言語を失った古代人が作り出した兵器らしい。分かり合う事が出来なくなった古代人が、手を取り合う事ではなく相手を殺す事を選択した結果生み出された人間だけを殺す兵器。それがノイズの正体だった。

 全てを話し終え、黙るフィーネ。その彼女に真っ先に声を掛けたのは、誰あろう響であった。

「きっとわたしたち、分かり合えます」
「聞いていただろう……ノイズを作り出したのは、先史文明期の人間。統一言語を失った我々は、手を繋ぐ事よりも、相手を殺す事を求めた」

 瓦礫から腰を上げ、フィーネは装者達と魔法使い達、そして二課の面々に背を向け夕日に向け歩いていく。
 その後ろ姿からは、これ以上無い程明確な拒絶の意思を感じる。

「そんな人間が、分かり合えるものか」
「……あぁ、嫉妬か」
「何がだ、颯人?」

 フィーネの言葉に颯人が徐に呟く。その言葉の意味が分からず奏が首を傾げると、颯人は透とクリスを交互に見ながら答えた。

「この2人はフィーネの言う事の真逆を体現してる。透が言葉で想いを伝えられないのにも関わらず、この2人はお互いを理解できてる。会話に言葉を必要としないくらいに」

 颯人の言葉にフィーネが拳をきつく握りしめる。それは彼の言葉が正解である事の何よりの証拠だった。

「そんな……そんな理由であたしと透をあいつ等に売ったのか?」
「…………勘違いするな。そんなのは明星 颯人の下らぬ深読みだ。私はただ、目的の為に最善だと思える選択をしただけに過ぎない」

 反論するフィーネだったが、彼女は顔を背けたままだ。もしかするとそれは、表情から嘘を颯人に見抜かれるかもしれないと警戒しているからかもしれない。

「人が言葉よりも強く繋がれる事、分からないわたし達じゃありません。だから了子さんももう一度だけ、信じてみませんか?」

 響がそう言ってフィーネに歩み寄る。

 それに対してフィーネは──────

「ふぅ…………でやああぁぁぁぁぁっ!」

 溜め息を一つ吐き、何かを決意したかのように目を見開き振り返ると、鎖鞭を勢いよく伸ばした。
 不意打ちに等しい一撃であったが、鎖鞭の先に居た響は難無く交わし拳をフィーネの胸元で寸止めする。

 だがフィーネの目的は、響自身ではなかった。

「私のぉぉっ! 勝ちだぁぁぁぁッ!」
「ッ!? そっちか!」
「え、あ!?」

 鎖鞭は信じられない速度で空へとどんどん伸びていく。その先には、砕けた月の欠片がある。
 地球から月への距離を考えれば、僅かでも角度がズレれば無駄に終わるその行動。しかし技術か執念か、フィーネの放った鎖鞭は真っ直ぐ月の欠片に突き刺さった。
 手応えでそれを感じたフィーネは、足元の地面を砕きながら月の欠片が刺さった鎖鞭を背負い投げた。

 鎖鞭が抜け地上に戻ってくる頃には、月の欠片はその軌道を地球へと向けていた。

「月の欠片を落とす!?」
「マジか!?」
「な、なんだと!?」
「デタラメ過ぎんだろ、どんなパワーだよ!?」

 フィーネの所業に誰もが驚いた。一体誰がフィーネのこんな行動を予測できるだろうか。悪足掻きにしたって常識外れ過ぎる。物理法則もへったくれもあったものではない。

「諦めきれるものか! 私の悲願を邪魔する禍根は、ここでまとめて叩いて砕く! この身はここで果てようと、魂までは絶えやしないのだからな! どこかの場所、いつかの時代! 今度こそ、世界を束ねる為に!!」

「ロクデナシの為にそこまでするか?」

 狂気に満ちたフィーネの笑みが、颯人の放った一言でピタリと止まる。フィーネだけではない。彼の言葉を聞いた全員が、言葉を失って彼の事を見ていた。

「…………なんだと?」
「ん? 違うのか? 直接会おうとしたのに門前払いしただけで飽き足らず、関係ない奴にまで迷惑かけるような癇癪持ちのロクデナシじゃねえか。んな奴の為にそこまでする義理あるのかねぇ?」

 どこか小馬鹿にしたような物言いの颯人に、フィーネは響を押し退け憤怒の表情で颯人の首を掴んだ。

「取り消せ!? あの御方がロクデナシなどと!? あの御方の事を何も知らない貴様如きが、好き勝手言うな!?」
「じゃああんたが知るそのエンキって奴は……こんな事しないって言うのか?」
「そ…………!?!?」

 颯人の反論に言い返そうとするフィーネは、そこで自身の認識の矛盾に気付いた。
 フィーネが自分の言いたい事に気付いたと見て、颯人は首を掴んでいる彼女の手をゆっくり外しながら諭すように言った。

「確かに言わなきゃ何も伝わらない。だが少なくとも、あんたはそのエンキってのがどんな奴なのか知ってるんだろう。あんたが知るエンキって奴は、たった1人の不遜な行動で全人類にペナルティを課す程傍迷惑な奴なのか?」
「違う!? あの御方は、何処までも優しかった! 人である私を自分と対等に扱い、誰よりも慈悲深く、思慮深い方だった!」
「じゃあそう言う事だろ」

 今、フィーネは確かに認めた。彼女が愛したエンキと言う男は、些細な事で全人類に罰を下すような男ではないと。

 自分で言って、フィーネは漸く気付いた。

「まさか…………私が……勘違いしていた? あの御方は……私を、拒絶してはいなかったのか?」
「伝える暇が無かったのか、それとも言えない理由があったのか……どっちかは知らんがね。あんたの言う人物像そのままなら、その呪詛も不遜を許さなくてとかじゃなくてそうする必要があったんだろう」
「そ、そんな…………あ、あああぁぁぁぁぁ──」

 フィーネは堪らずその場に崩れ落ちた。無理もない。長年……それこそ転生までして果たそうとしていた悲願が、全くの無駄であると理解してしまったのだ。

 勿論これが正解であると言う保証はどこにもない。颯人の考えが間違いであり、フィーネが長年抱いていた認識が正解だったのかもしれない。
 だがフィーネの知るエンキの人物像を信じるのであれば、バラルの呪詛を用いて人類から統一言語を奪ったのには何か事情があったのだろう。それもフィーネに何も伝える暇も無かったほどの事情が。

「ま……さっきも言ったが、相手に伝える努力しなけりゃ何も伝わらねえよな。だからあんたがこんな行動に出るのも分からなくはないよ。ただあんたには次がある。次はこんな短絡的な行動に出ず、もうちっと考えて行動してくれ。次に俺らみたいに止める奴がいるとは限らないんだしさ」
「そう、だな。……ふふ、何が天才だ。こんな事にも気付く事が出来なかっただなんて」

 フィーネは涙を流しながら自嘲的に笑っていた。その様子には先程の狂気が感じられない。己の行いを顧みて、心の底から悔いているのだろう。
 今のフィーネに出来るのはそれだけだ。先程月の欠片を引き寄せるのに残されていた力を全て使い果たし、後は体が朽ちるのを待つだけだ。償いをするには時間が無さすぎる。

 徐々に崩れ行くフィーネの姿を見て、弦十郎が辛そうに顔を歪めた。

「了子君……」
「だから、私は違うって言うのに……全く、もう」

 弦十郎が苦しそうな顔をするのは、フィーネ……了子がただ仲間だったからではない。弦十郎は打ち明けてはいないが、了子を1人の女性として慕っていた。
 だがその想いを告げる事無く、了子がこの世から去ってしまう。それが弦十郎にはとても辛く、そして仲間であった二課職員達にとっても悲しい事であったのだ。

 しかしそんな悲しみを払う存在がここに居た。奇跡を起こし、人々を笑顔にする魔法使いが。

「本当に悪いと思ってるなら盗んだものを返してから逝きな」
「え?」

 颯人の言葉にフィーネが首を傾げるが、それに構わず彼は弦十郎に近付いた。その様子を奏達だけでなく、二課職員やウィズも訝しげに見ている。

「颯人君? 今のは一体──?」
「時間が無さそうだから単刀直入に訊くぞ。おっちゃん、了子さんにもう一度会いたいか?」
「何!?」
「時間が無いんだ。イエスかノーで答えてくれ」

 こうしている間にもフィーネの体は崩壊している。颯人の言う通り時間は無さそうだ。

 一刻を争うこの状況で、弦十郎は答えを口にした。

「勿論イエスだ!」

 弦十郎の答えに、颯人はニヤリと笑みを浮かべると一つの指輪を取り出した。フレイムウィザードリングとは違うが、装飾部分が赤い魔法石で出来た指輪だ。

 それを遠目から見た瞬間、ウィズが慌てて颯人に掴み掛ろうとした。

「おい待て颯人! お前それは!?」
「奏頼む!」
「翼!」

 颯人が取り出した指輪──ホープウィザードリングをウィズが慌てて取り上げようとするが、彼がこう動く事を予想していた颯人が素早く奏に妨害を頼む。
 念話が無くとも彼の言いたい事を理解した奏は、翼を伴い素早くウィズを取り押さえた。

「ッ!? は、離せ!?」
「悪いね。そうもいかないんだ」
「颯人さんが何をするのかは分かりませんが、今はあの人に任せるのが最善と判断しました」

 ウィズが奏と翼を引き剥がそうとする前で、颯人は弦十郎の右手中指にホープウィザードリングを嵌めた。

「いいかおっちゃん、心の底から了子さんの事を想え。他には何も考えるな。了子さんともう一度会う事を考えろ」
〈ルパッチマジック、タッチゴー! ルパッチマジック、タッチゴー!〉

 颯人が弦十郎の右手をハンドオーサーの前に持っていく。その間に弦十郎は、颯人に言われた通り己が抱く了子に対する想いとのみ向き合った。

──了子君!!──

「待つんだ!?」

〈ホープ、プリーズ〉

 ウィズの制止も聞かず、颯人はホープの魔法を発動させた。弦十郎の想いを原動力に、颯人の魔力を使って希望の魔法が力を発揮する。

 その瞬間、奇跡が起こった。魔法が発動した瞬間、フィーネの足元に魔法陣が浮かび彼女の体を温かな光が包み込む。フィーネを包んだ光は意思を持っているかのようにフィーネから離れると、人の形を取り実体化していく。
 そして数秒もしない内に、そこにはフィーネが本性を現す前の姿……櫻井 了子がフィーネの隣に再構成されていた。

 それを見た瞬間弦十郎は了子に駆け寄った。

「了子君!!」

 再構成された了子は完全に実体化すると、重力に引かれその場に崩れ落ちそうになる。弦十郎はその了子をギリギリのところで抱き留めた。

「了子君、了子君!」
「ん……うぅん?」

 弦十郎の必死の呼び掛けに了子は目を覚ます。実に12年ぶりに目を覚ました了子は、必死の形相で自分を起こす弦十郎と、自分と何処か雰囲気が似ているフィーネの姿に目を白黒させた。

「な、何これ?」
「良かった……本当に良かった──!」
「まさか、こんな事が……」
「ま、魔法はこう言う事も出来るってことで」

 混乱する3人を他所に、颯人は弦十郎の手からホープの指輪を回収した。その表情はどこか安堵している。問題の一つが解決しているのだ。

 が、その表情は直ぐに凍り付く。それとなく弦十郎の指から指輪を回収した瞬間、装飾部分に罅が入り粉々に砕け散ったのだ。

「えっ!?」

 今までに見た事の無かった光景に絶句する颯人。その彼の頭に、奏と翼の拘束を振り払ったウィズが拳骨を落とした。

「この、馬鹿者がぁッ!?」
「イッテェ!?」

 容赦ない拳骨に思わず蹲る颯人だったが、ウィズは彼が蹲る事を許さず襟首掴んで無理矢理立たせた。

「お前何という事をしてくれたッ!? この指輪に使われている魔法石はもう手に入らない、いや手に入ってはいけないものなんだぞッ!? それをお前と言う奴はッ!?」
「ちょ、ま!? ウィズ、苦しい苦しい!?」
「掠め取ったのはあの時お前に貸した時だな? 手癖の悪さは何時まで経っても────」

 ホープウィザードリングの損失は相当大きいのか、かなりヒートアップするウィズ。流石にこれ以上はまずいと、アルドが彼を宥めた。

「ウィズ、そこまでで……」
「だがなぁ────!?」
「壊れてしまったものは仕方ありません。今考えるべきは、月の欠片の落下をどうするかです」

 アルドに宥められて、ウィズは何とか怒りを抑えたのか颯人を解放した。解放された颯人は、奏に背中を擦られながら喉を押さえている。

「あ~、苦しかった」
「自業自得だ、馬鹿者め」
「なんか、すまんな颯人君。了子君の為に……」
「そこは気にしなさんな。俺がやりたくてやっただけだから」

 颯人はただ単に、出来る事をやっただけだ。ある意味で彼も究極のお人好しだろう。

 了子が奇跡とも言える再構成される瞬間を目の当たりにして、フィーネは憑き物が落ちたような顔になった。

「こんな奇跡が起きるだなんて、ね」
「それが俺の仕事なんでね。奇跡を見せるのが、俺の特技よ。知らなかった?」

 得意げに颯人がそう言うと、ウィズが調子に乗るなと頭を小突く。
 その様子を見てフィーネがくすくすと笑うと、体を崩壊させながら奏に頭を下げた。

「今更謝ってどうにかなるものではないけれど、それでも言わせて。ゴメンなさい、奏ちゃん。貴女の人生を狂わせてしまったわ」
「……もういいよ。全部を割り切った訳じゃないけど、過ぎた事を何時までもウジウジ言っててもしょうがない事くらい分かる。んな情けない事したら、颯人に馬鹿にされちまう」

 奏の視線の先で颯人が腕組しながら肩を竦める。仮面で顔が隠れているので表情は分からないが、奏には彼が挑発的な笑みを浮かべているのが手に取るように分かった。

 ここにも言葉を介さずに分かり合える者達が居た。その事にフィーネは、一頻り笑みを浮かべると慈愛すら感じさせる顔を奏に向けた。

「羨ましいわね。貴女達が…………。貴女の魔法使いを信じなさい。奇跡を起こして希望を作り出す天才よ、彼は」
「知ってるよ。誰よりも、ね」
「フフッ、そうだったわね」

 満足そうに笑ってフィーネはその身を完全に崩壊させた。残された砂は風に乗って運ばれていき、後には何も残らなかった。

 それを見届け、颯人は空を見上げた。彼の視線の先には、今正にこの星に向けて落下しようとしている月の欠片があった。

 朔也の計算で、このままでは確実にあれは地球に落下する。大きさから考えて、落下すれば地球はただでは済まない。

「後はあれを何とかしないとな。て事でウィズ、ん」
「…………何だこの手は?」
「何か指輪無いの?」

 さも当然の様に指輪を要求する颯人に、ウィズは仮面の奥で彼をジトっと睨み付けた。

「お前は私をどこぞの青狸と間違えているのではないか?」
「んな事言ってる場合かよ。何とかしねえとならねえんだ。それともウィズが1人で何とかしてくれんのか?」

 ウィズは大きく溜め息を吐くと懐に手を突っ込み、一つの指輪を颯人に渡した。

「こいつを使え。今のお前なら使えるだろう」
「ふ~ん……どんな効果?」
「使えば分かる」
「それは試作段階の指輪です。恐らく一度しか使えませんからそのつもりで使ってください」
「はいよっと」

〈スペシャルラッシュ、プリーズ! フレイム! ウォーター! ハリケーン! ランド!〉

 颯人が指輪を使うと、ウィザードの鎧に変化が起こった。先程ヒュドラファントムにトドメを刺す際に使用した胸のドラゴンの頭部に、両腕には鋭い爪の生えた赤い手甲、背中には赤い翼、腰の後ろには赤い尻尾が装着された。

 変化した己の姿に、颯人は感心した声を上げた。

「へぇ! こいつはスゲェ!」
「まぁホープの全力を扱えるのなら出来ても不思議ではないな。その状態なら欠片の破壊までは出来なくても、軌道を逸らすくらいなら出来るだろう。さっさと行ってこい」

 ぶっきらぼうに背中を押されて、しかし颯人は特に気分を悪くした様子も無く飛び立とうとする。
 その彼の背に奏達が声を掛ける。

「颯人!?」
「1人でなんて無茶ですよ!?」
「私達も!」

 自分も共に行こうとする奏達だったが、颯人はそれを制止した。

「待て待て待て、全員で行くのは不味い。ワイズマンが戻ってこないとは限らねえんだ。あいつが大群連れて戻ってきた時の為に、皆はここに居てくれ」

 颯人の言う事には一理あった。まだ明確な敵が残っている以上、一つの事に全戦力を費やすことは出来ない。

「安心しろ。すぐに帰ってくるからよ」

 そう言って颯人は奏達に背を向けると、背中の翼で飛び立って一直線に月の欠片へと飛翔した。
 成層圏を抜けそうになった辺りで空気の事が少し不安になったが、特に問題なく大気圏を抜けれて内心で安堵した。

 猛スピードで飛翔し、月の欠片が大分大きく見えるところまで来た。
 さてそろそろ月の欠片の軌道をズラす為に気合を入れようとした瞬間、颯人の耳に歌声が響いた。

 それは彼が世界で一番愛する、彼にとって最高の歌姫の声。

「────はぁ!?」

 まさかと思い背後を振り返ると、そこには案の定奏の姿があった。奏の姿と歌に安心を感じる反面、危険に首を突っ込んできた彼女に少なくない憤りを感じ声を荒げる。

「このバ奏!? 何で来たんだよ、待ってろって言っただろうが!?」
『そんな事言われて、はい分かりましたって言う事聞く女だと本気で思ってんのか?』

 確かに奏は人にやるなと言われて、それに大人しく従ってばかりの女ではない。だが今回ばかりは状況が違った。

「何の為に俺が下で待ってろって言ったと思ってんだよ。今からでも遅くねぇ、早く戻れ!」
『嫌だね。もう離れないって誓ったんだ。何より────』

 颯人の隣に並んだ奏は、彼の腕を掴みながらハッキリと告げた。

『颯人はアタシの歌があれば何時でも全開なんだろ? ならこんな大仕事だ。尚更アタシが近くに居て歌を聴かせた方が良い。違うか?』

 それは颯人が透に向けて言った言葉だ。大方透が奏の背中を押す為にバラしたのだろう。余計な事を言ってしまったと己の発言を公開した。
 だが同時に、嬉しく思う。月の欠片の軌道をズラすなどと言う大役を自分で立候補したとは言え、1人でなす事に対し全く不安が無かったと言えば嘘になる。漠然と不安を感じていたところに、愛する奏が彼の身を案じて駆けつけてくれたのだ。嬉しくない訳がない。

 何より、透に告げ奏が聞いた話は嘘ではないのだ。揶揄でも何でもなく──いや例え気分的なものだったとしても──奏の歌が彼の力の源になっている事は事実だったからだ。奏の歌があるからこそ、彼は頑張れるのだ。

 ここまで来たら奏は梃子でも動かないだろう。誰よりもそれを分かっている颯人は、やれやれと言いたげに溜め息を吐くと奏を軽く抱きしめた。

「分かった、俺の負けだよ。…………ありがとな、奏」
『礼はこれが終わってからにしてくれ』
「それもそうだな」

 2人は月の欠片と向き合った。欠片とは言えそのサイズは巨大だ。見上げるなんてレベルではない。

 しかし今の2人に不安はなかった。

「行くぞ奏! 気合入れていけよ!!」
『あぁ!!』

 颯人は月の欠片に向けて飛翔し、飛び蹴りの体勢を取った。すると胸にあったドラゴンの首が突き出した彼の右足に移動した。ドラゴンの口を中心として、彼の体は眩い輝きを放ちながら月の欠片に向かっていく。

 奏は巨大化した槍を突き出し、一直線に月の欠片に向けて突撃した。輝きを放ちながら突き進むその姿はまるで己の身を一本の槍としたかのようである。
 ここで述べておくが、奏は絶唱を唄っていない。絶唱の負担は彼女ではなく颯人の身に負担を掛ける。故に奏は、何があろうと絶唱は歌わないと心に誓っていた。

 だが今の奏の様子は絶唱を唄っているかのようであった。そして颯人の放つ輝きもそれに負けてはいない。
 今の2人の様子を表現するとすれば、まるで互いの愛が共鳴し合って倍どころか累乗で力を増しているかのようであった。

「『ハァァァァァァァッ!!』」

 二筋の光が月の欠片に突き刺さる。月の欠片はその地点から罅割れ、砕ける瞬間凄まじい輝きを放ち小さな欠片になって大部分が燃え尽きる。
 辛うじて地球に届いた欠片も、その小ささから全て大気圏で燃え尽き地表からはまるで流星群の様に見えた。

 地球に残った翼や響ら二課の仲間達は、降り注ぐ月の欠片を不安そうな目で見ていた。

「奏……」
「颯人さん……奏さん……」
「…………ん? おい、あれ!」

 装者3人が颯人と奏の身を案じていた時、不意にクリスが何かに気付き空を指差す。

 そこには一つだけ燃え尽きず地表に落下してくる月の欠片があった。
 颯人と奏の頑張りを無駄にしてなるものかと、3人と透がその欠片を砕こうとした時──────

「ッ!? 待て4人共!!」

 弦十郎が何かに気付き待ったを掛けた。それと同時に、月の欠片だと思っていた物から赤い翼が広がり、羽搏くと周りを包んでいた炎が掻き消え2人の人影が姿を現した。

 炎が消え、地表に降り立つ2人の人影。それは月の欠片を破壊し、無事に帰ってきた颯人と奏であった。降り立つと同時に変身が解けた2人は、元の姿でその場に背中から倒れ込む。

「だぁぁぁ! 終わったぁぁぁぁ! 行きより帰りの方が大変だったぞ!」
「大気圏突入の摩擦熱甘く見てたね。つか魔法で帰れなかったのか?」
「出来りゃやってる。魔力が持つか不安だったんだよ」
「肝心なところで頼りないな」
「帰り俺に全部任せきりだったくせに偉そうに言うな」
「アタシが来なけりゃ月の欠片壊せなかっただろ」
「俺は待ってろって言った筈だ。子供だって留守番位できるぞ」

「……何だと!?」
「やるか!?」

 ガバリと起き上がり、互いに睨み合う2人だったが、それも長くは続かず直ぐに表情を柔らかくし再び倒れ込む。

 遠くから響達が2人を心配して近付いてくる気配を感じるが、もう起き上がる気力も無い。

「終わったな」
「そうだな…………ところで奏よ。本当の所お前どうだったんだよ?」
「どうだったって?」
「俺が1人で月の欠片何とかするって行った後。お前もしかして泣いてた?」

 颯人の指摘に奏が再びガバリと起き上がる。その顔は先程と違って赤く染まっている。

「な、何をッ!?」
「気付かないと思ったか? 宇宙で俺に追いついた時、奏目尻に涙ついてたぞ。本当は心配と不安で泣いたりしたんじゃないのか?」

 言いながら奏の顔を見れば、奏は目を思いっきり泳がせ口をアワアワと震わせている。
 それを見て颯人がニヤリと笑う。

 颯人の言う通り、奏は颯人が1人で月の欠片の対処に向かった時静かに涙を浮かべていた。ヒュドラがファントムに変異した事もあって、颯人が1人でいなくなってしまう事が不安だったのだ。

「どうなんだよ、ん~? 正直に言ってみ?」

 挑発する颯人。それに対して奏は──────

「もう知らんッ!? 誰が言うか、この馬鹿ッ!?」

 羞恥心を誤魔化すように怒鳴り、勢いよく立ち上がると響達の元へと向かっていった。その様子に颯人は大きく笑い声を上げる。

「ハッハッハッハッハッ!」

 空に無数の星が降り注ぐ中、颯人の笑い声が響く。

 その向こうでは奏が、翼や響達と無事を喜び合っていた。
 仲間達と笑い合う奏の姿を、颯人は笑みを浮かべて目に焼き付け、そして星が降り注ぐ空を見上げるのだった。 
 

 
後書き
と言う訳で第66話でした。

了子さん復活です。先立ってホープウィザードリングを登場させたのはこの為でした。賛否両論ありそうで怖いですが。

それと月の欠片破壊のメンバーは颯人と奏だけです。これにはちゃんとした理由がありまして。
奏生存の為に颯人は奏のシンフォギアからの負担を全て請け負っているので、原作通りのメンバーも一緒に連れて行って揃って絶唱謳わせると颯人がヤバいと、この時は判断されてしまいます。実際は響が居れば何とかなるでしょうが、この時点では分かっていませんし。
じゃあ奏だけ絶唱謳わなけりゃいいじゃんと言う気もしますが、それはそれで何だか仲間外れにしてるみたいで気持ち悪い。それならいっその事、って事で颯人と奏の2人だけでと言う展開になりました。
付け加えるなら、颯人が言っていたようにワイズマンに対する備えも必要ですし。

次回からは暫しの幕間編となります。颯人達の平和な日常編を描いていきますので、どうかお楽しみに!

それでは。 
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