Fate/WizarDragonknight
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
あたしってほんとバカ
「魔法……少女?」
さやかが、その名前を復唱している。
突然さやかがキュゥべえに釘付けになったことで、妖精を見れない恭介は首を大きく振ってさやかが何者としゃべっているのかを探ろうとしている。
「っ、邪魔だ!」
ウィザードはようやくバラの怪物を突き放し、綿の手下たちの軍勢へ斬り込む。だが、そのあまりの数に、ウィザードの全力をもってしてもキュゥべえを妨害するのには時間がかかる。
そうしている間にも、キュゥべえの話は続いていく。
『そうさ。ちょうど君は、魔法少女が背負うべき使命と直面している』
「何を言っているの?」
『あれさ』
キュゥべえは、ウィザードの背後に迫るバラの怪物を顎で指した。
その時、ウィザードの背後で重量の気配を感じる。即座にディフェンドを使用。背後に出現した魔法陣ごと、ウィザードの体は弾き飛ばされる。
起き上がりながら、ウィザードはその名を耳にした。
『そう。魔女を倒す。そのための魔法少女さ』
「魔女……?」
その言葉に、ウィザードは一瞬攻撃の手を緩めて、上空のバラの怪物を見あげる。
魔女という、中世ヨーロッパ等で俗説として広まった存在。イメージに全く似合わないが、あの怪物は魔女と呼ばれる怪物らしい。
バラの怪物改め、バラの魔女は、ウィザードへ口から酸の液体を放った。
「くそっ!」
『エクステンド プリーズ』
魔法陣により、腕が伸縮自在になる。片手の範囲で掴めるだけの綿の怪物を縛り上げ、魔女の液体へ投げ飛ばす。凄まじい酸のそれは、綿の怪物たちを完全に溶解した。
「おい、キュゥべえ!」
『何だいウィザード。さっきも言ったけど、今回僕は君には用はないんだ』
「この前はイヤでも接触してきたくせに、今回は真逆に俺のことは無視か」
『僕はこっちが本業だからね』
「だったら今日は副業に専念してもらおうかな!」
キュゥべえに向かって、ウィザードは発砲した。銀の鉛玉は、さやかに触れようとしたキュゥべえの耳を引っ込めた。
続けての鉛玉は、綿の怪物たちを薙ぎ倒しながら、キュゥべえをさやかから遠ざけていく。
『やれやれ。僕の仕事を邪魔しないでほしいんだけどね』
「聖杯戦争の監督役だろ? だったら、今この病院は聖杯戦争の真っただ中ってことになると思うけど」
キュゥべえはその言葉に、ため息をついた。
『やれやれ。どうして君たち人間は、自ら忌むものへ飛び込んでくるんだい?』
「これ以上他の人を戦いに巻き込むこともないでしょ」
『それは君が決めることではないよ。美樹さやか自身が決断することさ』
そういって、キュゥべえはさやかに近づく。
『君を魔女との戦いに投じてもらう代わりに、僕は君の願いを何でも叶えてあげられるよ』
「何でも?」
さやかは、その言葉に耳を傾けている。恭介が見えない相手と会話している彼女に戸惑っているようだが、この異常な結界の中では、どうしようもない。
バラの魔女の体当たりをソードガンでいなしながら、ウィザードは「やめろ!」と叫ぶが、さやかには届かない。
『そう。何でも。お金でも、命でも。あそこのウィザードたちが戦って手に入れられる願いを、君は魔法少女になることで叶えられるんだよ』
「それって……」
さやかが恭介を振り向く。正確には、彼女は恭介の腕を見下ろしていた。
「恭介の腕を……もう二度と、ケガしないようにできる?」
『問題ないね』
「よせ!」
今まさに、キュゥべえの耳がさやかの胸に触れようとしている。もう、ソードガンの銃弾も肉壁に阻まれて彼女を助けられない。
その時。
「うわああああああああああああああ!」
耳をつんざく悲鳴。発生源は、さやかのすぐ隣。
「恭介……?」
入院していた少年の体から、蒸気が噴出していた。それは、恭介の姿をどんどん包み隠していき、やがて人体の変形するような音だけが聞こえてくる。
「そんな……」
もう見たくない、溶原性細胞の効果。
無事なはずがなかった。感染していないはずがなかった。
「長期間入院していた人が、病院の水を飲まないわけがない……チノちゃんみたいな一週間ならともかく……ずっと入院していたんだから……」
蒸気の中から現れた恭介は、恭介ではない。
バラの庭園に咲く、一輪の大きなバラの花。目と鼻が全てバラの花となったアマゾン。
両肩と胸にもバラの花が咲き誇る。その両腕は、鋭い園芸用のハサミとなっており、綿の怪物たちをいとも簡単に切り捨てた。
「きょ……恭介……?」
さやかの言葉を、バラアマゾン___すでに恭介としての意識はないようで、もはや唸り声でしか口からでてこない___は悲鳴で掻き消す。そのままさやかの首元へ、そのハサミを振るった。
『コピー プリーズ』
間に合った。ウィザードが近くの綿の怪物を押し飛ばすと、さやかのすぐ隣に出現したウィザードのコピーが彼女を同じように押し飛ばす。少しでも遅れていたら、ウィザードの分身の首ではなく、さやかの首が飛んでいた。
「仕方ない……!」
ようやく包囲網を突破した。ウィザードは、さやかを付け狙うバラアマゾンへ、ウィザーソードガンで斬りかかる。
だが、園芸ハサミの攻撃もすさまじく、応戦するバラアマゾンの攻撃には油断できなかった。
「さやかちゃん!」
倒れた状態から、少しだけ起き上がろうとして固まっているさやかに、ウィザードは語り掛ける。
「しっかりして! 俺のそばから離れないで!」
だが、さやかは返事がなかった。無表情のまま、彼女は恭介だったバラアマゾンを見つめる。
「恭介……恭介……恭介! 嘘……嘘だ嘘だ嘘だ!」
ウィザードとバラアマゾンの戦いに、魔女陣営も乱入してくる。無数の綿の怪物たちと、上空からヒットアンドアウェイを狙うバラの魔女。
「うわああああああああああああ!」
『フレイム スラッシュストライク』
さやかの悲鳴。ソードガンの詠唱。それらは全て、バラたちに塗り潰されていく。
周りの怪物たちを一気に焼き払い、ウィザードはさやかを守るように背にした。二種類のバラの怪人たちも、炎には弱いのか、一定の距離を持っている。
「大丈夫だから。だから、しっかりして」
「病院の水が原因なんだから……恭介が感染していないわけがなかったんだ……」
だが、さやかはウィザードの言葉を聞き入れていない。近くの綿たちを切り刻むバラアマゾンを見つめながら、ぶつぶつと言葉を繰り返している。
「さやかちゃん? ……うおっ!」
綿の怪物たちに押され、ウィザードはさやかから離れてしまう。さらに、バラアマゾンまでもがこちらに攻めてきた。
それぞれに対応しながらも、ウィザードの耳にはさやかの小声が響いていた。
「ようやく腕が治ったと思った……でも、それって、恭介が治ったんじゃなかったんだ……アマゾンになったからだったんだ……」
そして、次の言葉は、まるで無音のように、ウィザードの耳にはっきりと残った。
「そんな希望なんて……持っちゃいけなかったんだ」
バキ。
その音にぞっとして、ウィザードはさやかを振り向いた。
体制の変わらないさやか。だが、大きな変化が彼女に現れていた。
彼女の白い頬に、紫のヒビが走っていた。
「だめだ……ダメだダメだダメだ!」
ウィザードは急いで彼女のもとへ駆けつけようとする。だが、今度はバラアマゾンに勝負を挑まれる。その攻撃を防御しているときも、さやかに走るヒビはどんどん増していく。
「どいてくれ!」
だが、ウィザードの訴えにアマゾンは耳を貸さない。首のみを狙う彼に、ウィザードは防戦一方になる。
「そんなことにも気付かないで、バカみたいに来て……」
「さやかちゃん! しっかりして! ……邪魔だっ!」
『ビッグ プリーズ』
バラアマゾンを、ウィザードは巨大な手で白綿の怪物たちへ放る。
手のひらにバラの怪物のぬめぬめとした感覚を覚えながら、ウィザードはさやかへ急ぐ。
「さやかちゃん!」
手を伸ばすウィザードへ振り向いたさやかは、涙をながしながら___そして、ヒビはすでに、全身に行き渡っていた___静かに告げた。
「あたしって……ほんとバカ……」
その時。
美樹さやかという人間は、この世界より消滅した。
その体が粉々に崩れ去り、現れたのは青い水の生命体。
「_____!」
その姿に、バラアマゾンは興奮したように襲い掛かる。園芸ハサミで、その首をもらい受けようとしていた。
だが。
バラアマゾンの顔をわしづかみにして食い止めるそれは、そのままバラアマゾンを突き飛ばした。
「さや……か……ちゃん……」
だが、それが美樹さやかではないことは、これまで怪人と戦ってきたハルトが一番理解していた。
音楽を指揮するようなしなやかな腕。陸上で生活する以上に、水中での活動を重点に置いたヒレの足。まるで姫のような青く、大きなマントと襟が特徴のそれは、明らかに人間ではない。
「救え……なかった……」
その事実に、ウィザードは膝をつく。そのショックに、思わずウィザードの変身が説かれてしまった。
そう。バラの魔女の園の中で。
「_________」
遠くか近くか。バラの魔女の唸り声が聞こえる。視界が上空からの影に覆われたのを、ハルトはどことなく遠くの光景に感じていた。
そして。
頭上に迫った体積を、水流が押し流した。
「……うるさいよ」
それは、紛れもなくさやかの声。だが、それが彼女のものだと認識できなかったのは、それが彼女の声色とは全く一致しなかったからにほかならない。
まるで冷徹な。深海のように冷たい声。
「……さやかちゃん……ごめん……救えなくて……」
ゆっくりと立ち上がる、さやかだったもの。
それが何者か。誰よりもハルトは理解していた。
「また……俺の目の前で……ファントムに……」
ファントム。
ゲートと呼ばれる、魔力を持った人間が深く絶望することによって生まれる魔人。
その時、ゲートの命を奪って出てくる。つまりもう。
「また……俺は……」
だが、そうしている間に、さやかだったファントムは、行動を開始していた。
指揮者のように、右手に持った棒を掲げる。まるで音楽を奏でているかのように棒を振ると、結界をどこからともなく押し寄せた水が支配した。
「っ!」
それは、バラアマゾンを。バラの魔女を。そして綿の怪物たちを。誰も彼も見境なく押し流していく。
「魔法使いさん」
その言葉をかけられるまで、ハルトは自身が波に巻き込まれていないことに気付かなかった。
「さやかちゃん……違う。君は……」
「ファントム。マーメイド。それが、あたしの名前……ってことかな」
ファントム、マーメイドは頭を掻いた。
「あんたには、一応最初は助けてもらった恩もあるし、今回は助けてあげるよ。でも……」
マーメイドはパチンと指を鳴らす。
すると、結界内の荒波が一気に霧散。上空に巻き上げられた魔女と綿の怪物へ、一気に水の槍が突き刺さった。
「次は、こうするから」
一瞬で魔女を葬った。
それを証明するように、結界が消滅、ハルトのそばに黒いタネのようなものが落ちてきた。
「さてと。次は……」
マーメイドが見据える先。水を浴び、ダメージを受けたバラアマゾンがいた。
「アンタだけだね」
迫ってくるバラアマゾン。
だが、マーメイドはその指揮棒で、明確にバラアマゾンの胸を突き刺した。
「___!」
口から血を吐き、マーメイドの肩にもたれかかるバラアマゾン。数回の痙攣ののち、バラアマゾンは動かなくなった。
「お休み。恭介」
そう言って、マーメイドは指揮棒を抜く。力の抜けたアマゾンは、病室の床に転がった。
マーメイドはしばらくバラの遺体を見下ろし、やがてハルトに振り向いた。
「……!」
『ドライバーオン プリーズ』
ハルトはウィザードライバーを起動させる。ハンドオーサーに手をかけたところで、マーメイドは両手を上げた。
「待った待った」
マーメイドはそう言いながら、その姿をさやかに変化させる。さっきまでの彼女とは違い、表情に余裕のある、澄ました顔だった。
「大道芸人さん。今、あんたと戦うつもりはないよ」
「……」
だが、ハルトは警戒を解かない。
それを見たさやかは、首を振りながら病室の窓に近づいた。
「待て!」
窓に手をかけたさやかへ、ハルトは大声を上げる。
「お前は……君は……」
「安心して。ファントムのこと、マーメイドになったときに粗方分かったけどさ。あたしは別に、人を絶望させてファントムを増やそうだなんて思っていないから」
「……」
「おや? その顔は信用していないって顔?」
さっきまで焦っていた少女と同一人物とは思えない。からかうようにケラケラ笑うさやかは、手を後ろで組む。
そのまま窓際へ腰かけるさやかへ、ハルトは尋ねた。
「聞かせてくれ。君は一体……どっちなんだ?」
「どっち?」
「さやかちゃんなのか? それともファントム……マーメイドなのか?」
その問いに、さやかは数秒きょとんとして、にっこりとほほ笑んだ。
「さあ? どっちでしょう?」
「……」
「それってさ。大道芸人さんにとっては関係あるの? ファントムになったあたしってさ。魔法使いさんにとっては倒すべき相手? それとも、それは中身依存?」
「質問に答えてくれたら教えるよ」
「あっははは。ごめんね。でも、それは教える気はないかな」
さやかは、まるでブランコのように窓際で足を揺らす。
「まあ、そんなにカッカしなくても、すぐにまた会えるよ。それより今は、アマゾンの方が優先じゃない?」
さやかは天井を指さした。
「ほら。あたしと事を構えるのは、そのあとゆっくりやろうよ。それじゃ、またね!」
そのままさやかは手を振りながら体重を移動し、窓からその姿を消した。
無意識に窓際へ急いだハルトだったが、もうどこにも彼女の姿は見えなかった。
「……」
ハルトは深呼吸した。雨の空気が肺を満たし、静かに吐き出す。
『思ったより感傷的にはなっていないようだね』
病室から、キュゥべえの声が聞こえてきた。
『人を救えずに、ファントムにしてしまったというのに。こういう時人間は、意味もなく嘆くんだろう?』
「……ああ。そうだな」
『君はしないのかい?』
ハルトは静かに病室を振り返る。バラアマゾン___恭介の遺体の上で、キュゥべえが、魔女が落としたらしき黒い小物を放り投げていた。背中に開いた口よりそれを摂取する光景は、とても不気味だった。
「俺は救える人は救うけど、手遅れだった人は諦める。都合のいいように聞こえるかもしれないけど、俺が泣いている間に、誰かが傷つくことだってある。さやかちゃんのことは、また探すけど、今は……」
『バーサーカーを止めるのかい?』
キュゥべえの問いに、ハルトは頷いた。
『ふうん。まあいいさ。君の言った通り、今日は副業に専念するとしようか。幸いここには、僕が見出したマスターが二人もいるからね』
「二人?」
『君と。バーサーカーのマスターさ』
「千翼くんのマスター……でも……」
クトリには、令呪はなかった。他の誰かが、千翼のマスターということだ。
ハルトは恭介に手を合わせ、すぐに病室を飛び出そうとした。ドアノブに手をかけたところで、足を止める。
「なあ。キュゥべえ。一つだけ聞かせてくれ」
『何だい?』
「さっきのあの怪物……魔女……だったっけ?」
『うん』
「お前の魔法少女の勧誘のために……お前が呼んだんじゃないの?」
『それは今、必要な情報かい?』
ハルトは首を動かさず、横目でキュウべえを睨む。無表情のキュゥべえは、澄ました無表情でじっとハルトを見返していた。
『急いだほうがいいのに。どうして君たちは、優先事項よりも、細かい些細な情報を気にするのか。全く訳が分からないよ』
「……肯定って受け取っていいのか?」
『君がそう望むのなら。ね』
ハルトは出ていくとき、力を込めてドアを閉めた。バンと音を立てたドアは、反動で少しだけ開く。
その間、キュゥべえはじっと、病室の入り口を見つめていた。
ページ上へ戻る