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渦巻く滄海 紅き空 【下】

作者:日月
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四十三 再来

火影邸の屋上。
霧が立ち込める中、五代目火影の号令が響く。
その目前には新編成した二十小隊が招集を受け、勢ぞろいしていた。


「────以上だ。なにか質問はあるか?」


火ノ国に『暁』が潜入した旨を語る彼女の隣には、若き僧侶が所在なさげに佇んでいる。
その僧侶に気を取られつつ、アスマは手を挙げて火影に問いかけた。


「火ノ寺が襲撃されたとの話ですが…あそこには元守護忍十二士の地陸がいるはず」


綱手は、猿飛アスマの問いかけに、無言で視線を隣に向ける。
襲撃された忍寺。
這う這うの体で木ノ葉隠れの里へ向かい、事の次第を綱手に伝えた僧侶は、綱手の視線を受けて顔を伏せた。


「地陸様は『暁』の手に掛かり……」
「……ッ、」


火ノ国に火ノ寺ありと謳われた忍寺。
其処にいる火ノ国の大名を守る守護忍十二士であった元エリート忍者であった地陸はアスマの戦友だ。
同じ守護忍十二士として共に戦ってきたかつての戦友。


そう易々とやられる相手ではない。それがわかっていたからこそ訊ねたアスマは、手を握りしめる。
火の国の紋が入った腰布の傍で固く握られたその拳は、動揺で小刻みに震えていた。

俯いたアスマを見やって、綱手は改めて忍び達の顔触れを見渡す。


「木ノ葉の威信にかけても、なにより火ノ国の安全の為にも!奴らをこれ以上、野放しにするわけにはいかない。必ず見つけ出せ。拘束が不可能な場合、抹殺しろ!!」


火ノ寺の若き僧侶の話から、相当の手練れの忍びだと知った今、油断は禁物だと五代目火影は鋭く言い渡した。



「────火ノ国から絶対に逃がすな!!!!行け!!」


綱手の号令で一斉に地を蹴る。散開した忍び達はそれぞれ別方向へ『暁』と思わしき人物を捜しに向かってゆく。

その内の一小隊である猿飛アスマは、「火ノ寺からあたるぞ」と同じ小隊である奈良シカマル・神月イズモ・はがねコテツの顔を見渡す。
頷いた彼らに頷き返すと、アスマは眼を細めた。


視線の先にある一室。
窓の向こうにいる夕日紅を透かし見るようにして、アスマは一瞬微笑むと、火ノ寺へ向けて地を蹴った。





















「こんなクセーとこにいてられっか」

便所にある隠れ扉。
その中にある死体換金所から、飛段は顔を顰めて外へすぐさま出た。

便所だけではなく死体の臭気も雑ざっている中は非常に耐えがたい。
うんざりした顔で扉から出ていく飛段の後ろ姿を見送りながら、換金所の主人の男は角都と向き合った。

「あの連れの方は金に縁遠い顔をしてますね…」
「まぁな」

肩を竦めてみせた角都は「それより、」と男を促す。
角都の視線を受け、男は遺体を確認する。

パラパラ…とリストを眺めた。
桃地再不斬・猿飛アスマとめくられてゆく頁の中にある地陸の顔写真と、遺体の顔を見比べる。


「確かに地陸だ。今回は大物だったな、角都さんよ」
「ああ」

忍びの死体は情報の宝庫。死体そのものが換金され、保管される換金所の主人の言葉に角都は頷く。
渡された金の数を確認しながら、角都は問うた。

「コイツより高値の忍びとは、例えばどんな奴だ?」
「そうですな…」


ふむ、と顎を撫で擦りながら、換金所の主人はリストをパラパラめくる。


「例えば…元・霧隠れの忍び刀七人衆など高く売れるでしょうね」
「ふむ、なるほど」

金がギッシリ入った鞄をバタンと閉ざす。
口許を覆う布の下で角都はニヤッと笑った。


「そいつはいい金になりそうだ」

































(見つけた)

火ノ寺近くの換金所。
その手前で堂々と座り込んでいる男の姿を遠くから見て取って、アスマは顔を顰める。

火ノ国全体に突然立ち込めた濃霧のせいでハッキリ見えないが、黒地に赤い雲。

間違いない。
『暁』だ。


木ノ葉の里から真っ先に向かった火ノ寺。
其処の僧侶から地陸の亡骸だけが見当たらないと聞き、遺体を持ち運んで換金所へ向かった可能性が高いと睨んだアスマは、他の小隊にその事を報告すると、すぐさま近くの換金所へ足を向けたのだ。

地陸は闇の相場で三千万両の賞金首となっている。五か所の内のいずれかの換金所。
それらを虱潰しに探すのが一番手っ取り早い。
そう判断して各小隊はそれぞれ、近くの換金所へ駆け出す。

同じく、火ノ寺からもっとも近い換金所へ向かったアスマの小隊は、現在、予想が的中したことに、緊張を高めた。



















国境及び火ノ寺から半径百五十㎞を中心に二十小隊による包囲網を敷く。
蟻の這い出る隙もない。だと言うのにまだ誰も暁を見つけていないことに、五代目火影は焦れていた。


「ええいっ!まだ見つからんのか!!」

思わず声を荒げて机を叩く。火影室を叩くノックに、彼女は「なんだ!?」と苛立たしげに答えた。


「なにやら里が騒がしいですが…何かあったんですか?」
「カカシか…」

はたけカカシの顔を見て、綱手は一瞬、苛立ちを喉奥にしまい込んだ。
募る焦燥感を抑え、呼んでもいない相手をジロリと睨む。

「お前にはナルの身辺警護を任せているはずだ」


ナルの修行を見るのは表向き。
実際『暁』の目撃情報があった今、九尾の狐の人柱力であるナルの護衛がカカシへの命令だった。

それなのに此処にいる理由を問い質せば、カカシは悪びれた様子もなく「それはヤマトに任せています」としれっと答える。


「俺も関わらせてくれないですかね?」
「…なにか嫌な予感でもするのか?」
「勘ですよ」


カカシの曖昧な返事に、ふんと鼻を鳴らす。しかしこの状況。人手は多いほうがいいのは確かだ。
「いいだろう」と手を組んで、綱手はカカシに命じた。


「これよりカカシ。お前はアスマの小隊を追え」
「はっ」






























「こいつ…不死身か…!?」


シカマルの術で動きを止めて、早々に『暁』の片割れを仕留めた。
かと思いきや、急所を狙ったのに平然としている飛段に、アスマは身構える。

「ほう…?珍しく金に縁があったな、飛段」

直後、頭上から落ちてきた声と影に、シカマルはすぐさま地を蹴った。
拍子に【影縛り】の術が解ける。


火の国の紋が入った腰布。
守護忍十二士の証であるソレを身に着けたアスマを認め、角都は機嫌良さそうに眼を細めた。

地陸に続いてすぐに高値の遺体が手に入る。運が良い。


既にアスマを死んだも同然と考える角都に向かって、シカマルの術から自由になった飛段が叫ぶ。


「手を出すなよ、角都!!こいつは俺が売られた喧嘩だ」

三刃の大鎌の切っ先を、アスマを始めとした木ノ葉の忍びに向ける。
「金はてめぇにやる」という飛段の言葉に、角都は頷いた。


「それならいいだろう。だが、調子に乗るなよ────死ぬぞ」
「だーかーら!それを俺に言うかよ」


ジャシン教の人体実験を繰り返した結果、手に入れた『不死身の肉体』。
それを持つ飛段にとって角都の言葉は皮肉でしかない。
肩を竦めて、イズモとコテツに刺された際に流れた己の血で地面に円を描く。


「殺せるもんなら殺してほしいぜ」

血の円陣の上で、飛段は警戒する木ノ葉の忍びを見て、ハッと鼻で嗤った。


「まっ、無理か。俺を殺せるとしたら邪神様くらいだろ」












飛段とアスマの戦いを、シカマル・コテツ・イズモはただ、見ているだけしか出来なかった。
否、シカマルはこの状況を打破する方法を目まぐるしく考えているが、相手は不死身。

時折、隙を見て飛段に【影縫い】の術を仕掛けるも、拘束までに至らない。
決定打が圧倒的に足らないに加え、退くにしても相手が見逃してくれるはずもない。

せめてもの救いは飛段の片割れである角都が手を出してこないことだ。
とはいうものの、本当に手出ししてこないか確証はないので、イズモとコテツはアスマの命令でシカマルの護衛をしつつ、角都の様子を窺っている。


敵陣突破の棒銀は犠牲駒。
その犠牲駒にアスマ自らがなるつもりだと察したシカマルはギリ…と唇を噛み締めた。


「だからって…!アンタが犠牲になるこたぁないだろ、アスマ…!!」

悔しげにアスマと飛段の戦闘を見る。
暁に圧力をかけられるほどの駒にもなれない自身が憎らしい。
気を逸らすほどの餌の駒ですらなれない。

『暁』の二人組は間違いなく大駒。
大駒を捕らえるには大駒の代償もやむなしと思えるほどの餌が必要だ。
その最善の手とも思える餌になり得るほどの駒はこの場にはいない。
今の持ち駒で使える戦力はアスマくらいだ。



「なにか打開策はあるか、シカマル?」

角都と飛段から視線を離さずに訊ねられたイズモの問いに、シカマルもまた術を発動させながら答えた。


「奴らは明らかに大駒。だがこちらには奴らの気を逸らすほどの駒すらないんスよ」
「…俺らじゃ、餌にもなりはしないってか」


チッと舌打ちするコテツの横で、シカマルはアスマの背中から目線を逸らさず、冷や汗を流す。

アスマの頬が飛段の放つ鎌で斬りつけられる。
圧倒的不利な現状に、シカマルは思わず師を呼んだ。

「アスマ…!!」

三刃の大鎌の切っ先に付着した血を見て、にんまり嗤う。
そのままその血を舐めようとした飛段は、刹那、霧の彼方から飛んできた何かに注意が向いた。
鎌で受け止める。







「────はん。餌、ねぇ」



衝撃。凄まじい打撃音。角都が軽く目を見開いた。


「なら、その餌とやらになってやろうじゃねぇか。大駒くらい動かせっだろ」


霧が深い。その中で、ぼうっと人影が浮かび上がる。
見覚えのある姿に、アスマがハッと眼を見張った。














三刃の大鎌にも劣らない、否、それより大きな得物を軽く肩に回しながら、男は嗤う。
戦闘中にもかかわらず、その場にあっさり割り込んできたその人物を見て、角都は眼を輝かせた。


「鴨が葱を背負って来たな…ちょうど換金所だ。貴様の死体は高値で売れる」
「あん?」


角都の言葉を耳にした男は、得心がいったように「ああ」と肩を竦めた。


「俺を売ろうってか。お目が高いな」

死体換金所をチラッと見る。
それで察した男は「だが残念」と肩に担ぎあげた首切り包丁をくるっと回した。



「この身は売約済でな。他をあたりな」

賭けをしている身。そう易々と放り出せない。
十年ほど前から約束しているこの身も首切り包丁も、その賭け事が終わるまでは絶対に。



「第一、俺の首は早々狩れるもんじゃねぇぜ」





火ノ国に立ち込める濃霧。
それを生み出した張本人────桃地再不斬は首切り包丁を構えて、愉快げに眼を細めた。



「なんせ俺は、首を狩る側なんでな」
 
 

 
後書き

今年最後の更新になります。
今年は色々ありましたが、こうして長い話を読んでいただけていること、大変光栄に思います。
大変お世話になりました。
来年もどうぞよろしくお願い致します!! 
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