| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

歪んだ世界の中で

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第三話 小さな決意と大きな一歩その十

「これにするの」
「あれっ、白なんだ」
 白いその扇を見てだった。希望は。
 千春が自分にと言ってくれた青い扇を見ながらだ。そのうえで言ったのだった。
「僕は青なのに」
「白だと駄目なの?」
「いや、青っていうとさ」
 その対比になる色、それはだというのだ。
「赤かなって思って」
「それでなの」
「それでどうして白なの?」
「白いお花が大好きだから」
 それでだというのだった。
「いつも千春の傍に咲いてるから」
「千春ちゃんの?」
「そうなの。だから大好きなの」
「そうだったんだ。それで」
「白っていう色自体が大好きなの。けれど」
 それでもだとだ。ここでだ。
 千春はその顔を曇らせてだ。こんなことも言ったのだった。
「けれど赤は」
「赤は?」
「赤いお花も好きだけれど。花はどれもどの色も大好きだから」
「それでも?」
「赤っていう色は嫌いなの」
 千春にしては珍しくだ。顔を曇らせてだ。
 そのうえでだ。こう彼に言ったのである。
「赤は火の色だから」
「それでなんだ」
「そう、嫌いなの」
 火の色だから。それで嫌いだというのだ。
「そういうことなの」
「ううん、火の色だから」
「お水も好きだけれど火だけは駄目なの」
「それで赤はなんだ」
「白にしたの」
「成程ね。わかったよ」
「うん。それじゃあね」
 ここまで話してだ。千春は。
 希望にだ。その青い中国の扇を手渡してだ。そのうえでだった。
 カウンターで代金を支払い店を出てだ。暫く中華街を二人で歩いた。
 そして夕方になってまた電車に乗った。そうして帰路についてだ。
 駅でだ。彼に言ったのである。
「じゃあね」
「また明日だね」
「うん。それだけれど」
「それで?」
「頑張ってね」
 微笑みは戻っていた。そしてその微笑みでだ。
 希望にだ。あのことを話したのである。
「できるって信じていれば絶対にできるから」
「そのことなんだ」
「そう。信じてやってね」
「うん。じゃあ」
「そうしてね」
「やってみるよ」
 確かな顔になってだ。希望はだ。
 微笑みだ。頷いたのだった。
「千春ちゃんの言う通りね」
「うん、それじゃあね」
「そういうことでね」
 こう話してだった。二人はだ。今は別れた。
 希望は家に帰った。この日は何のおかしなこともなくそうできた。そしてだ。
 夕食を食べてだ。すぐにだ。ジャージに着替えてだ。
 母にだ。こう言ったのである。
「ちょっと走って来るよ」
「えっ、あんたが!?」
「うん、ランニングに行って来るよ」
「冗談言わないでよ」 
 母は我が耳を疑う様にだ。希望に言ってきたのだった。
「あんたがランニングって」
「ちょっとね。やってみるよ」
「一日坊主じゃないの?」
 完全にだ。何の期待もしていない言葉だった。
「どうせ今日だけでしょ」
「とにかくやってみるよ」
 母の言葉は信じずにだ。千春の言葉を思い出してのことだった。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧