SHUFFLE! ~The bonds of eternity~
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第一章 ~再会と出会い~
その二
その日、八重桜はご機嫌だった。
ちょっと散歩に出かけた先で可愛いぬいぐるみを発見、ひと目で気に入り、相場よりも控えめな値段だったことも手伝って即決で購入――彼女風に言えば保護――したからである。しかし、彼女の足取りが軽いのはそれだけが理由ではない。
「懐かしい夢、見ちゃったな。 それに……ふふっ」
昨夜見た夢を思い出し、また今日のことを思うと自然に笑顔になってしまう。その笑顔をみた通行人の若い男性の目がハートマークになっていたのは全くの余談である。
時間は二日前に遡る。
* * * * * *
「あれ? これは……?」
帰宅した桜は自宅の郵便受けに入っていた自分宛の手紙を見てつぶやいた。今日は彼女の在籍するストレリチア女学院の登校日だった。名門お嬢様学院だけあって、登校日といえどサボる者など皆無だと言っていい。もっとも八重家はごく一般的な家庭なのだが。
「誰からだろう?」
頭に疑問符を浮かべながら封筒を裏返した桜の目が驚愕に見開かれる。そこに記された差出人の名前は彼女にとってだけではなく、彼女の幼馴染達にとっても懐かしいものだったのだから。逸る心を抑えつつ急いで自分の部屋に戻り、制服姿のまま封を切る。内容はいたって簡潔なものだった。
『桜へ
勝手に手紙の遣り取りを打ち切った人間がなにを、と思われるかもしれないが、もしまだ俺のことを友人だと思ってくれているなら、下記の番号へ連絡してほしい。そうでないならこの手紙は焼き捨てるなりなんなりしてくれてかまわない』
そんな文面の下に携帯電話のものと思われる十一桁の数字、そのさらに下には送り主の名前が署名されていた。
「これだけ……?」
いささか拍子抜けしたような声がもれる。
(もしまだ俺のことを友人だと思ってくれているならって……当然でしょう?)
八年前、彼がこの町を離れてからしばらくの間、桜は彼と手紙の遣り取りをしていた。当時はまだ携帯電話の普及率もそこまで高くはなく、彼らにとって連絡の手段といえば固定電話か手紙くらいのものであり、また、当時まだ小学生だった彼らにとって長電話というのは褒められたものではなく、結局手紙という手段しかなかったのである。
実はこの手紙の遣り取りは桜にとってはかなりの支えになっていた。彼がこの町を離れてから半年ほど経った秋のある日、土見家と芙蓉家を襲った悲劇、そして変わってしまった稟と楓の関係……二人の間で板ばさみになってしまった桜……どうしていいか分からず、手紙で頻繁に彼に相談した。それでなにかが変わる、ということも無かったが、同じ想い(稟と楓に元通り仲良くしてほしい)を抱える彼の存在は当時の桜にとってとても頼もしいものだった。
しかし、その手紙の遣り取りも三年程で途絶えた。定期的に届いていた彼からの手紙が来なくなったのだ。心配になり、電話をしようにも番号が分からない。なぜ聞いておかなかったのかと後悔した。その後も手紙を送っていたのだが、ある時から宛先不明で返ってくるようになってしまい、そのまま手紙を出すことを断念せざるをえなくなったのである。
それらを思って感傷に耽っていた桜だが、ふと我に返り、手紙に書かれていた番号を注視する。この番号にかければ彼と話せる。八年ぶりに。妙な緊張感があった。よく考えれば稟以外の男の子に電話をするのは初めてだ。そんなことを思いながら自分の名前と同じ桜色の携帯電話を手に取った。
番号を見ながらキーを押そうとするが手が震える。少し落ち着こうと携帯電話を置くと同時にまだ制服姿なのに気づく。
(こんな姿を滑稽って言うのかな)
そんなことを思いながら着替える。少し時間をおいてから再度手紙と携帯電話に向き合う。
「……よし!」
気合を入れつつ番号を押す。震えはもう無かった。
『……もしもし?』
数回のコール音の後に声が聞こえてきた。思わず背筋を伸ばす。
「もしもし……あの……柳ちゃん?」
『! 桜か!?』
息を呑む音のすぐ後に答えが返ってきた。
「うん……久しぶりだね」
『ああ……本当にな……』
話したい事はたくさんあるはずなのに、言葉が出てこない。どうしよう、と桜が思っていると、
『良かった……』
「え? なにが?」
『いや、もし電話が来なかったらどうしようかと思ってたからな』
と、そんな言葉が返ってきた。
「どうしてそう思ったの?」
『理由も話さずにいきなり、しかも一方的に手紙の遣り取りを打ち切ったからな……正直うらまれててもおかしくないって思ってたから』
そんなに冷たい人間だと思われてたの?と反論すると、ごめんごめん、という声が返ってきた。
「誠意がこもってないよ」
と少し不機嫌な声で返す。
『えっと……どうすれば機嫌が直るのでしょうか』
「……あれからどうしてたのかちゃんと話しなさい」
『了解。ああ、でもな』
「ん? どうしたの?」
『話せない部分がいくつかあるんだがそれでもいいか?』
「うん。いいよ」
本音を言えば聞きたかったが、彼の口調に辛そうなものを感じたのでやめておいた。
『ありがとう』
簡潔に言うと、手紙の途絶えたのと同時期にある事件に巻き込まれ、さらに翌年、父親を事故で亡くし精神的に余裕が無くなっていたためだという。手紙が宛先不明で返ってきたのは、この間に引越しをしていたからだという。連絡ができなかったのは、彼の家族全員に余裕が無かったためである。今はもう落ち着いているが。
「そっか、大変だったんだね」
『でも、そっちも大変だったんだろう? 今はどうなってるんだ?』
桜も近況を話す。中学の時に楓の誤解が解け、稟と仲直りしたこと。自分は夢を追うため、二人とは違う進路を選んだことなどだ。そこで桜はあることに気づく。
「ねえ柳ちゃん。思い出話と近況報告をするためにあんな手紙を出したの?」
『ああ、実はな……』
それから彼の口から聞かされたことは桜にとっても、また稟や楓にとっても喜ばしいことだった。電話を切り、少し余韻にひたる。
「柳ちゃん、帰ってくるんだ」
そう、彼が八年ぶりにこの町に帰ってくるのだ。稟も楓もこれを聞けば驚き、そして喜ぶだろう。しかし、そう言った桜に彼は待ったをかけた。どうせなら驚かしてやろう、というのである。そういえば彼は昔からそういうサプライズが好きだった。と同時に自分にもいたずら心が湧いてくる。あのことは黙っていよう。つい二ヶ月と少し前、稟達に訪れた騒動のことは。
* * * * * *
そして今日、彼がこの町に帰ってくる。一度家に帰り、荷物を置いて再度家を出る。その際、おめかしすることも忘れない。彼は昼過ぎに駅に到着するという。今からなら充分に余裕がある。ちなみに母親と妹の到着は明日だと言う。仕事先でトラブルが発生したためらしい。
「じゃあお母さん、柳ちゃん迎えに行ってくるね」
「行ってらっしゃい。よければうちにも顔を出すように頼んでおいてね」
「はーい。行ってきます」
そうして桜は家を出た。足取りはとても軽い。八年ぶりの再会はもう間近だった。
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