私利私欲
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第三章
「そして食えればな」
「そうなのですが」
「これではです」
「それも適いませぬな」
「このままでは」
「なら仕方ない」
まさにというのだ。
「これではな」
「はい、それでは」
「これよりですか」
「もう話し合いを止め」
「そのうえで、ですか」
「そうだ、もうだ」
まさにというのだ。
「ローマを攻めるぞ」
「そうしてですな」
「貰うものを貰いますか」
「そうしますか」
「そうする、奪うだけだ」
彼等の中では普通のことだ、それで言うのだった。
「いいな」
「ローマに帝国の軍勢はいません」
「今攻めれば確実に攻め落とせます」
「そして多くの富を奪えます」
「そうしますか」
「これまでは囲むだけだったが違う」
今度はとだ、アラリックは言い切った。
「ではいいな」
「わかりました」
「それではこれよりですな」
「ローマを攻めて」
「多くの富を奪いますか」
「そうする」
アラリックは決意した、そしてだった。
自ら部族を率いてローマを攻めた、ラヴェンナの守りは堅固であったがローマは違った。まともな守りはされておらず。
ローマは西ゴート族のものとなった、多くのものが奪われ壊されて多くの血が流れた。だがそれでもだった。
ホノリウスはその話を聞いてこう言った、色黒で小柄でかつ丸々と太っている。寝惚けた様な顔である。
彼は紫の衣を着て山海の珍味と美酒を飲みつつ言った。
「ああ、そうか」
「はい、ローマはそうした状況です」
「西ゴート族が攻めてです」
「多くの血が流れています」
「ラヴェンナはそうなっていない」
声も何でもない、そうした感情が出ていた。
「ならだ」
「それならですか」
「それでいいですか」
「このままで」
「それで、ですか」
「ラヴェンナを護る」
自分が今いるこの街をとだ、ホノリウスは告げた。
「それでいい」
「ではローマはですね」
「このままでいいですね」
「そして領地も」
「ここが安全だというのに何をする必要がある」
こう言ってだった。
ホノリウスは何もしようとしなかった、そしてだった。
食事の後は酔ったそれも酩酊といっていい顔で飼っている鶏達の世話をした、そうしてローマひいては帝国の領土については何もしなかった。
ホノリウスは贅沢を極めた、だが。
自分の国もその権益も民も守ろうとしなかった、そして側近達に幸せかと言われるとこう言い切った。
「余程そうである者はいない」
「左様ですな」
「ではこのままです」
「このラヴェンナにいましょう」
「ここにいて何の憂いがあるのか」
まるで夢の中にいる様な顔で言った、そうしてこの街で世を去るまで贅沢を貪った。彼は最後まで誰かの、国の為に何かをすることはなかった。
ローマ帝国の西は以後西ゴート族をはじめ多くのゲルマンの諸部族が入りかつ叛乱が頻発し無残な姿となり西ローマ帝国と後世に呼ばれる国はなくなった、それにはこのホノリウスという人物が大きく関係していると言われている。皇帝でありながら自分のことしか頭にない彼がだ。これは歴史にある事実である。忌まわしい事実であると言うべきか。
私利私欲 完
2020・6・12
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