| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

アスカリの持ちたる国~ヴァンフリート民主共和国~(下)

「あぁ、そうだ。すまないが出征には立ち会えないよ、だがヤン提督とお前の手助けになるかもしれない、まぁそういう意味もある」

「――いやいや、流石にそのようなことはないさ。これは政府と軍首脳部が決めたことだ。
ロボス閣下もトリューニヒト委員長も同盟が滅べばよいだなんて思っているわけではないさ」

「上手くいかないと思っているからこその親切だって?
ハハハハハ、作戦の前にそれだけ言えるならお前も立派な同盟軍人さ。それなら彼らの鼻を明かしてやれ。あぁお休みフレデリカ」

「――さて」
 娘との通信を切ると、グリーンヒルは宿泊しているホテルの窓から外を見る。
 小惑星をくりぬいて作られた『マンデラ』に夜はない――わけではない(マンデラ標準日時に合わせて照明が調整されている)がその喧騒はやむことはない。
 解体が行われている区画から離れていようと今度は軍将校達が昼夜交代で動き回っている。

 エル・ファシルで妻と出会ったのが切欠だった。ハイネセンで勉学に励み、中央官庁と正規艦隊(レギュラーズ・フリート)とを往復していた自分が【交戦星域】の住民と顔を合わせるようになった。
 性格の合わないロボスと組む事もそれが原因であった。彼は幼少の頃に両親に連れられ亡命した母が住まうアルレスハイム王冠共和国で生まれ、両親の仕事の都合でハイネセンに転居している。
 出会った経緯から【里帰り組】とあだ名されたことで妙な結束ができてしまった気がするな、と苦笑する。そして――地方駐留艦隊を経験した者達や構成国軍と意見を交換するようになったグリーンヒルは独自の人脈を築き上げた。
 中には士官学校卒業成績(ハンモックナンバー)で主流から弾かれていても”使える”人材も居た。

 大将となり、艦隊司令長官となったロボスはグリーンヒルを総参謀長に指名した。ハイネセン育ちの穏健派でありながら地方出身者と縁が強く【交戦星域】との交渉に強いグリーンヒルが統合作戦本部の宇宙軍担当次長となる事をシトレも歓迎した。
 グリーンヒルは二人の上官に望まれた通りの仕事を成し遂げた、【ロボスの演習計画】は構成軍、警備艦隊と正規艦隊(レギュラーズ・フリート)との合同演習や任務支援を年間を通して行うことで密接な情報共有と連携により通商破壊部隊――正式に言うのであれば貴族が雇った【傭兵】や非主流派平民将校の【私掠部隊】――の駆逐に成功したからである。
 望んだ昇進は叶った。だがその理由は皮肉なことに本人が望む艦隊決戦ではなく組織運営者として評価されたことであった。彼の昇進は珍しく【民主主義の縦深】労農連帯党右派と自由党系会派に国民共和党の地方党人派という対立の多い3会派の合同推薦によるものであったのだ。

 【交戦星域】! 自由惑星同盟軍の兵にとっては身近な存在であり、将校達にとりある者にとっては粘り強い交戦対象(タフ・ネゴシエター)でありある者にとっては轡を並べる戦友でもあり、そして何より庇護対象である。
 自由連邦主義者(リベラル・フェデラリスト)にとっては『社会正義』と『不平等』の板挟みであり逃れえぬ呪縛である。社会民主主義者にとっては救済の対象であり、同時にお荷物である。

「問題はイゼルローンなのだ」

 そして、ハイネセンを中心とした首都圏では【見ず知らずの星】に死体を放り出された者達の遺族が悲しみに打ちひしがれ和平を求めている。だが、平和主義といえば聞こえは良いが講和の目途は立っていない。当たり前だ、そもそも我々を国と認めては帝国の名分が成り立たない。それに対し実質的には【交戦星域】の者は土地を捨てればいいではないかと言っている者達がハイネセンには増えている。そしてそれを公然と『善政』であるかのように言う者も。
「棄民ではないか、それは――」
 アスターテの者が何故船団に乗りながらアスターテの周囲を巡航しているのか。ヴァンフリートのアスカリ達は土地ですらない、小惑星コロニーに暮らしている。アルレスハイムはゴールデンバウム朝に制圧されたら殺戮の対象になる者はいくらでもいる。エル・ファシルとてほんの7~8年前に本土を失陥したばかりだ。それでも――
「彼らはここで暮らしているのだ」
 【交戦星域】の者達は経済的にも国防としてもバーラトに依存しなければならず、『バーラト・エリート』に複雑極まる感情を抱いている。そこにそうした反戦運動がバーラトで主流派を占めた場合は――
「シリウス政府は搾取に耐えかね、最後には首都であった地球を虐殺した。そしてスラムを潰す為に農奴を作ったのはルドルフだ。そしてそれを支持したのは荒廃した辺境から流れてきた流民が作るスラムと犯罪に耐えかねた都市部の市民達だった。――我々はどうなのだ」
 同盟は民主主義国家だ。だが数の暴力で少数派を切り捨てるとしたらどうなるのだ――妻が眠る土地を――同郷の者を兵卒たちが無理矢理引き剥がし、永遠の別れを告げさせるのか――?

「いかん、いかんな」
 意味のない仮定だ。なによりも自分も娘達が行う作戦が失敗すると端から決め込んでいるようではないか!
 グリーンヒルは大人しく酒でも飲んで寝ようとルームサービスのリストを手に取るが――
「‥‥‥アラックにマルメカヤにバナナ・ビール」
 地酒面してるけどここで育てるの相当大変なんじゃないか?と新たなこの国の謎を見つけてしまったグリーンヒルであった。

「‥‥タピオカミルクティーもあるのか、まさかキャッサバをここで育てているのか?」




 ヴァンフリート議会はそう大きくはない。少なくとも同盟議会と比べると華やかさと壮大さに欠けている。そしてその代わりに簡素と無骨という形容が相応しいだろう。

 そして同盟議会と異なるのは議員達が一様に浅黒い顔をしている事だ。シドニー・シトレ元帥をはじめとして同盟政府内の高官にも肌の色が濃いものはけして少なくないが――やはり異国情緒、という点ではグリーンヒルにとっては自分が異質な”余所者”であることを強く意識させる。


 だがそれでも――グリーンヒルは訴えかけなければいけないのだ。自分は余所者ではなく、彼らも”余所者”ではないのだと。たとえそう信じない者がどれほど居ようとも。
 民主主義において正義である多数派を無視しようとも、だ。
 グリーンヒルは深呼吸をすると演台から降り注ぐ目線に微笑を浮かべ、一礼を返す。
「モハメド・カイレ人民元帥閣下、人民元老院議長閣下、労兵評議会議長閣下、ヴァンフリート議会の皆さん、そして傍聴に御足労いただいた皆様、この宇宙歴796年の4月26日に両院議員諸賢が小職の為にここで皆様にお話をさせていただく機会を設けてくださったことに感謝いたします」
 メディアのカメラに視線を向けるが意識しないように努める。

「まず最初にこの度のアスターテの戦い、そしてこの157年間続く専制主義者の暴威に晒され星の海の中に眠る無数の人々に向けて祈りを捧げさせていただきたい。
彼らはサジタリウス準州と同盟の国父ハイネセン達が共有する価値観、即ち市民の自由と開拓精神から発展した自由惑星同盟という国家の在り方を尊び、そして故国で育まれた自由市民の精神に従い、勇気を示し銃後の暮らしを守ってくれたことを遺族の方々にお伝えします。彼らの強靭な精神が銃後の人々を守ったのです。そして彼らは勇敢に務めを果たし、帰郷の途に着くのです。どうか皆様もお祈りください、彼らの信仰に叶った安らぎがあらんことを」
 目を閉じたグリーンヒルの胸が大きく動く。

「さて、皆様。一つ、大きな戦いが終わりました。ですが未だ銀河中の市民は恐怖に震え、民主主義は守勢に立ち、民主共和制という人類が勝ち取った偉大な文明は危機に瀕しています。我々はこの150年の間、数多くの耐え難き苦しみと勝利の歓喜を味わい、侵略を防ぐ為に多くの市民が犠牲となりました。
もはや我々は、専制主義者の奴隷に後戻りすることはけしてできない事を知り尽くしております。
疲れ果て悲しみに耐えきれず、平和を求める者も一人として帝国の農奴となりたいと思っている者はいないでしょう。我々は平和を求める為にも今はただ戦い続けることのみが必要とされているのです。
 皆さん、人間は有史以来、常に平和を探し求めてきました。国家間の紛争を防止する、あるいは解決する国際的手続きを創り出す為に、様々な方法がこの長い歴史を通して試みられてきました。個々の市民に関する限り、我々はその答えを知っております。そう、友愛、調和、そして忍耐と対話により、我々はこれを黄金律とし、友好の輪を築き上げるものです。
しかし国家間の争いでは一度も永遠の平和が達成されることはありませんでした。地球統一政府、シリウス政府、銀河連邦、これらは全て平和と平等を求め、そして破綻し、戦争と虐殺を引き起こしてきました。
 ですがそれでも、いいえ、だからこそ我々には民主共和制と議会主義が必要なのです。
我々がこれを放棄し、絶対的な指導者に頼ろうとする時にこそ、破滅的な暴虐が再び私たちに到来することになるでしょう。
 先達が失敗したのは統一政府において利害の対立の解決を専制と暴力によって解決しようとしたからであります。そう!オーディーンに巣食う専制主義者達のごとく!」
 張りのある声は彼がただ物静かな参謀ではなく、第五次イゼルローン作戦で兵を叱咤しかの要塞に肉薄した艦隊司令官の一人であることを多くの者達に思い出させた。

「我々の専制主義帝国に対する優位は軍事のみならずそれを支える社会的優位でありましょう。我々の優位は国家を構成する一人一人の市民の精神に由来するものであり、それは私たちの比類なき過去2千年にも遡る科学、芸術、文学、そして物質的で文化的発展を支えてきた自由精神の前進にあります。
自由惑星同盟を構成する諸国民は出自の違いを乗り越えた新たな自由な国、分け隔てなく互いに尊重し合いながら共存する共同体の集合体として自由惑星同盟を発展させてきました。私たちの父祖による圧政からの独立、そしてそれを死守し続けてきた歴史もまた分け隔てなくこの国に暮らす全ての人々に受け継がれているのです。
だからこそ、我々は共有する価値観により団結した人々により社会的な優越を勝ち得ている事に疑念を持ちません。
私たちが、この銀河に住まう人類を救う際に用いる国家の総力とは物質的な実力のみならず私たちが受け継いできた独立の歴史、専制主義から抜け出した記憶、民主と共和を尊ぶ精神をも武器とすることで勝利するのです」

「自由惑星同盟という国家が銀河帝国に優越する要素の一つとして、慈愛深い国民、同胞愛を抱いていることは疑いの余地がありません。
しかし我々は、専制主義が引き起こす侵略行為に対してその慈愛深い心を向ける事はないのです。
国内問題についての我が国の政策が、われわれの国内にいる多様な人々の権利と尊厳に対する適切な敬意と民主共和制という社会正義に対する信仰に基づいているのと全く同じように、我が国の安全保障政策は、大小を問わずすべての国の権利と尊厳に対する適切な敬意とそれを脅かす敵へ屈しないという強固な精神に基づいております」

 そうだ!そうだ!とヴァンフリートの議員達が喝采をあげる。モハメド・カイレも満足そうに頷いている事だろう。
 ここまでは良いのだ。自由惑星同盟軍と【交戦星域】の利害の一致を確認しているのだから。
 
「そして我々のその強固な精神は絶対的な正義ーー即ち普遍的な人権と自由の擁護を一人一人の兵士が市民として理解しているからであります。そうであらば、最後には勝利が齎させるのは必然となるのです!」
 そうだ!と見るからに下士官上がりの議員がこぶしを突き上げている。
 まるで巡航艦隊を指揮して突撃する時のようだ、とグリーンヒルまで若い頃を思い起させた。まぁいい、この演説の内容だ、やるのならとことん青臭い頃を思い起こしてやろう、と調子に乗る、という50を越した高級軍人には些か必要な戦度胸を奮い立てる。
 
「自由惑星同盟の歴史が始まった時から、我々は絶えず変化を推し進めてきました。それは専制主義が残した傷跡と戦う永続的な平和革命に他なりません。 それは、着実に進むゴールデンバウムという腐敗した木を切り倒す為の革命であり、その為に我々は武器を作り出すかのごとく、労働と知恵で暴君から奪われたものを少しづつ作り上げ、社会の傷を癒してきました。
そこには我々の国父達が逃れてきた強制収容所も、逃走を阻む衛兵も必要ありませんでした。我々が追求する社会は、自由の旗の下で自由の民たちが、友好的な文明的社会を力を合わせる築き上げる姿そのものであります。それこそが今、この時に我々が戦う理由なのです」

 青臭い、ニヒリストが腹を抱えて笑いそうなことである。だがこれもまた【交戦星域】にとっては笑い事ではないのだ。

「我々は人類の普遍的な自由と権利を搾取するルドルフの残骸から同盟市民と帝国の虐げられた人々のもとに取り戻し、真の自由と対話により築かれた文明をこの銀河に産み落とす為に戦っているのです。
我々が希求する世界は、皇帝を僭称したルドルフとその走狗たちが虐殺と恐怖によって作り上げたオリオンに根差した専制主義が生みだす病巣のまさに対極にあります。
かの如き圧政に対して、我々は偉大な概念で対抗すのです。優れた理念により作られた社会は、人類支配の企てにも恐れを抱こうとも対峙することができるのです」
 息が詰まった。いよいよだ、いよいよこのほらを吹くときが来たのだ。”キングフィッシュ・ヨブ”が責任を逃れたのか、”シトレ校長先生”が賭けの負の面を押し付けたのか、”ラザールの親父”が見栄を張っていっちょ噛みしようとしたのか。
 いやどれでもいい。エルファシルの魔術師の前座であろうとこのステージに昇ると頷いたのは自分なのだ。
 今のこの時だけは――自分の物語だ。
「そして――」
 声がかすれた。咳払いをする
 
「失礼、そして――私は、自由惑星同盟の歴史で前例のない時期に際し、このヴァンフリート議会という場を拝借し、皆様に自由惑星同盟軍についてお話しする機会をいただけたことに感謝いまします。
【前例のない時期】 という言葉を使うのは、自由惑星同盟の安全保障における重大な脅威について【根本的な解決】がいよいよ訪れる時が来たからであります」

 議事堂のざわめきの質が変わった。あぁそうだろう、端末を叩いていたメディア席の記者が弾かれたように顔をあげたのが視界の端に映った。
 だが今、自分の眼に映るべきなのは違う、アスターテに送り出した兵だ。自分が率いてイゼルローンの砲座にミサイルを叩きませ、無人艦の為に死んだ若者達だ。

「自由惑星同盟は、その運命を数百億もの自由な男女の自由意志に託してきました。そして意志にも基づき多くの男女が軍服を着、死地に赴き国土と自由を守ってきました。
彼らが守り、そして我らが守る自由。その意味は明白であります。あらゆる場所で全ての市民の人権が至上であることを意味するのです。
我々はごく当たり前の人権を全ての国民が維持するために、侵略者を打ち倒す為に、我らは軍を築き長く血を流してきました。
われわれの強みは、われわれの目的の一致――即ち自由の勝利という至上の価値観を共有しているからであります」

 本当にそうなのかはどうでも良い、美辞麗句だろうとお題目を信じなくとも信じているかのように振舞うからこそ。人間は平等に生きることができるのだ。あぁまったく政治というものは!

「そして自由の勝利した銀河を見ることができるのは遠い彼方のことではないでしょう。我々はこの半世紀の間脅かされてきた安全保障上の問題を解決し、一つの節目、この銀河において自由が勝利する偉大な足掛かりとなる偉業を成し遂げるでしょう。
我々はアスターテにおける戦いで傷つきましたが、それを乗り越える大いなる作戦は既に実現の準備に入っております。
この796年にこそ、我々は専制主義の侵攻手段を破壊する大攻勢をおこなうでしょう!」
 だから――今自分が話している事もこの瞬間は真実となるのだ。同盟全土に中継され、何名かを介してフェザーンにも届くだろう。そしておそらく、イゼルローンにも。

「そう!攻勢ではありません!大攻勢であります!そして我々は先人達が挑んだ戦いは!おける犠牲は!けして無駄ではなかったこと証明し、皆様にご覧いただける事と確信しているのであります!
そしてその時にこそ同盟軍は皆様と共に大きな一つの節目を迎える事と確信しております!
ありがとう、ご清聴ありがとうございました、ありがとう」
 ざわめきながらも万雷の拍手が響き渡る。
 そして宇宙軍大将ドワイト・グリーンヒルは深々と一礼をした。
 マスメディアには常の丁重な紳士としての顔でノー・コメントを貫き通し、D・グリーンヒル大将は盤古に乗り込んだ。

 
 『4月27日、第13艦隊は半個艦隊規模の総力を引き連れて結成後初の大規模演習の為にハイネセンを出立した。』
 この一文にマスメディアの記者達は『偶然ながら』とつける事はしなかった。
 D・グリーンヒル大将の演説は彼らを含めた大規模な第七次イゼルローン攻略作戦が行われる予告だろう、と多くの者が受け止め、誰もそれを滑稽な飛びつきだとは考えもしなかった。
 少なくとも2週間ほどは。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧