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美少女超人キン肉マンルージュ

作者:マッフル
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第1試合
  【第1試合】 VSグレート・ザ・屍豪鬼(1)

 そして、現代――
 キン肉マンら伝説超人達が抹殺されてしまう危機的状況!
 暗黒の世にするべく、歴史を塗り変えようとしている時間超人。その悪行を阻止するため、新世代超人達がタイムシップで1983年に旅立ってから、1週間のときが過ぎようとしていた。
 そうは言っても、新世代超人と時間超人が壮絶な死闘を繰り広げているのは過去の時代、1983年の日本が舞台である。現代の日本は至って平和であった。

 秋葉原――
 戦後の日本において高度経済成長とともに、世界有数の電気街として発展した街。
 その一方で、アンダーグラウンドな存在であったオタク文化を大衆化させ、世界を巻き込むほどのオタクブームを世間に巻き起こしている街。
 住居用高層マンションが建ち、大小さまざまな企業が密集したオフィス街が存在し、急速な観光地化が進んでいる街。
 それが秋葉原である。
 休日ともなると、秋葉原はオタク文化に染まった男性達や女性達で賑わう。そして、普通サラリーマンやOL、カップル、外国人観光客、若者のいれば、お子様やおじいちゃんおばあちゃんだっている。この街は、性別、年齢、人種、趣味趣向問わず、様々な人達で溢れかえっている。
 そんな休日の秋葉原に、突如ひとりの超人が現れた。
 中央通りと神田明神通りの交差点の真ん中で、その超人は叫んだ。

「シゴシゴシゴッ! 我が名はグレート・ザ・屍豪鬼(しごき)! われはd.M.p再建のためにこの地に降り立った、悪行超人なりぃ!」

 街ゆく人は不意に上がった大声に驚き、声の主に目を向ける。
 グレート・ザ・屍豪鬼が着こんでいる真っ黒なジャージ、その背中には、鮮血のような赤々とした色で、おどろおどろしい字体で、d.M.pの文字が刻まれている。
 d.M.p(デーモン・メイキング・プラント)、この名を忘れた者などいないであろう。正義超人への復讐のために悪魔超人、完璧超人、残虐超人が手を組み、結成した組織の名前である。かつてキン肉マン万太郎ら新世代超人達を苦しめに苦しめぬいた、悪魔製造工場である。
 しかし現在では、残虐超人と完璧超人が悪魔超人達を粛清しようとした際の抵抗により、d.M.pは壊滅してしまっている。
 正義超人の敵であり、人類の脅威であったd.M.p。その再建を口にする超人の突然の登場に、人々は恐怖した。そして、蜘蛛の子を散らすように逃げまどう。

「あ、悪行超人だぁ! 悪行超人が現れたぞぉ!」

「う、うそだぁ! もう悪行超人はいないはずだろぉ?! d.M.pは無くなっただろ!?」

「悪魔だぁ! 悪魔の再来だぁ!」

 戦々恐々とする人々を見下すように眺めながら、グレート・ザ・屍豪鬼は笑い上げる。

「シゴシゴシゴッ! 新世代超人ベストメンバーが不在な今こそ! 新生d.M.p、デヴィル・メイキング・プラント結成の時なりぃ!」

 そしてグレート・ザ・屍豪鬼は右腕を振り上げた。

「ブラッディ・バンブレ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼の腕が、赤黒い竹刀へと変化していく。

「喰らえぃ! しごき桜・乱れ咲きの刑!」

 グレート・ザ・屍豪鬼が赤黒い竹刀を振り下ろすと、目の前にあった高層ビルがグワングワンと揺れ動いた。そして、急激な振動に耐えられなくなった高層ビルは、激しく震え、まるでビルが破裂したかのように、全てのガラスが粉砕した。
 大量のガラス片は、まるでスコールのように、ビルの真下にいる人々に向かって降り落ちていく。

「きゃああぁぁッ! た、たすけてぇ!」

 鋭すぎるガラスの刃が、人々に襲いかかる――
 その時である。茶色い閃光が、人々の頭上を走り抜けた。そして、大量のガラス片は跡形もなく消え去った。

「また懲りもせずに湧いて出やがったな、悪行超人めが!」

 ガゼルのような俊敏な肉体を持つ正義超人・ガゼルマンは、パンパンと両の手のひらを叩きながら、グレート・ザ・屍豪鬼を睨みつけた。
 ガゼルマンの足元には、大量のガラス片が山となって積み上げられている。

「ガゼルマンだ! 新世代超人のガゼルマンだ!」

「あのヘラクレス・ファクトリー1期生の主席卒業者、ガゼルマンだ!」

 逃げまどっていた人々は、ガゼルマンの登場に胸を躍らせ、歓喜の声を上げる。

「ガゼルマンが助けに来てくれたぞ!」

「悪行超人なんか倒しちまってくれぇ! ガゼルマン!」

「ガーゼールッ! ガーゼールッ!」

 いつしか周囲には、ガゼルコールが上がり、沸きに沸きだした。

「万太郎達が不在なのを見計らって現れるとは、見下げた奴だな! しかし運の無い奴だ貴様は! 正義超人軍代表、このガゼルマンが、再び悪行超人を根絶やしにしてやるぜ!」

 ガゼルマンは歓声に包まれながら、グレート・ザ・屍豪鬼にドヤ顔まじりの決め顔を向ける。

「シゴシゴシゴッ! よくぞぬかした、新世代超人の鼻たれめが!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は、再び右腕を振り上げた。

「ブラッディ・バンブレ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼の右腕が赤黒い竹刀に変化する。そしてその竹刀を、勢いよく地面に突き刺す。

“ビシシィィイイッ”

 地面が大きく裂け、巨大な穴が開いた。そして地の底から、リングがせり上がって来た。

「クソ生意気な鹿の子を、この儂が直々にしごきにしごいて、しごき倒し、しごき尽くし、しごき泣かし、終いにはしごき殺してくれようぞぉ!」

 リングに上がったグレート・ザ・屍豪鬼は、ガゼルマンを睨みつけながら言い放つ。

「ぬかせ! この落ち武者野郎が!」

 ガゼルマンは茶色の閃光となって、グレート・ザ・屍豪鬼に飛びかかった。

「アントラーフィスト!」

“ガシュッ!”

 グレート・ザ・屍豪鬼の胸が裂かれ、大きな爪の跡が刻まれた。
 ガゼルマンの手甲には、2本の爪が装着されている。

「どうだい、ガゼルの爪撃、アントラーフィストの味は?」

 グレート・ザ・屍豪鬼は口角で笑った。

「シゴシゴシゴッ! ガゼルの爪撃? アントラーフィスト? 鹿の子よ、儂はてっきり、孫の手で掻かれたのかと思ったわい」

 切り裂かれたはずのグレート・ザ・屍豪鬼の胸には、アントラーフィストの傷跡が消えていた。

「な、なんだと?! 馬鹿な!」

 ガゼルマンは我が目を疑った。目を見開いて、グレート・ザ・屍豪鬼の分厚い胸板を凝視する。

「確かに手応えはあった! 確かに胸を切り裂いた! なのになぜ、傷が無いんだ!?」

 グレート・ザ・屍豪鬼は胸をボリボリと掻きながら、ガゼルマンに歪んだ笑みを見せる。

「シゴシゴシゴッ! そう言えば、自己紹介がまだだったなぁ。この儂、グレート・ザ・屍豪鬼という超人はなぁ、d.M.pのメイキング超人だったのよ! シゴシゴシゴッ!」

「d.M.pのメイキング超人? な、なんだそれは?!」

 ガゼルマンは困惑した顔をグレート・ザ・屍豪鬼に向ける。

「悪行超人製造工場であるd.M.pは、いわば悪行超人の育成所。貴様ら正義超人で言うところのヘラクレス・ファクトリーじゃい。ヘラクレス・ファクトリーでは、伝説超人達が新世代超人の育成を行っていたなあ。同じくd.M.pにも、悪行超人の育成を担う超人が存在する。それがメイキング超人よ!」

「つまり、d.M.pのコーチ役、トレーナーってわけか」

「シゴシゴシゴッ! いいか若造! 教える者、育てる者ってのはなぁ、そいつ自身も一流の超人なんじゃい! 経験豊富、知識豊富、修得技術豊富、あらゆるものが豊富な超一流超人様なんじゃあ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は勢いをつけて右腕を振り上げる。

「ブラッディ・バンブレ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼の腕が、赤黒い竹刀に変化する。

「しごき桜・乱れ咲きの刑!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は、赤黒い竹刀をガゼルマン目がけて振り下ろす。

「ぐぅッ! ぎゃああぁぁあああッ!!」

 悲痛な叫びとともに、ガゼルマンの全身から血飛沫が飛び、辺りに撒き散らしていく。リング上の白いキャンバスには、鮮血の血桜が乱れ咲く。
 ガゼルマンの黒目は、ぐりぃと上に向かい、白目を剥いてしまう。そして膝が、がっくりと折れ、ガゼルマンは力なくリングに沈んだ。

「シゴシゴシゴッ! 我が竹刀が赤黒いのは、しごきにしごきぬいた若造達の血が染み込んでいるからよ! 今日もブラッディ・バンブレは、黒々、赤々と怪しく輝いておるわい! シゴシゴシゴッ!」

 ガゼルマンの鮮血で染まったブラッディ・バンブレを眺めながら、グレート・ザ・屍豪鬼は高らかと笑い上げた。
 ガゼルマンが倒され、圧倒的な強さと非情すぎる残忍さを目の当たりにした人々は、半狂乱になりながら再び逃げまどう。

「だ、だめだ! つ、強い! 強すぎる! ベストメンバー不在の新世代超人じゃあ、全く歯がたたないぃ!」

「お、終わりだぁ! 地球が乗っ取られる! 悪行超人に乗っ取られる! 平和が乗っ取られるぅ!」

「いやぁ! 悪行超人がはびこる世の中なんて、そんなのいやぁ! 悪行超人の時代の幕開けだなんて、いやあぁぁぁッ!!」

 蜘蛛の子を散らしたように、縦横無尽に逃げ駆ける人々。そんな人ごみの中で、唯一、リングに向かって走る者がいた。
 ローブで全身を覆い隠している、小柄な姿。リングの目の前にまで来ると、くやしそうに呟いた。

「お、遅かったですぅ……間に合わなかったのですぅ……」

 その声は、あどけなさが抜けきらない、可愛らしい少女の声であった。

「……こういう日が訪れてしまう前にぃ……見つけ出しておきたかったのにぃ……結局、見つからなかったですぅ……探し出せなかったですぅ……」

 ローブ姿の少女は絶望した様子で、へたりとその場に膝をついた。

「……申し訳ございませんですぅ、ミート様ぁ……」

 うなだれるローブ姿の少女。その横を、逃げまどう人々が走り抜けていく。

「あああ、あの……だだだ、大丈夫……ですか?」

 不意に聞こえた声に、ローブの少女は顔を上げる。すると目の前に、小さな手が差し伸べられていた。
 手を差し伸べたのは、気弱そうな少女であった。いまどき珍しい瓶底メガネ、ボサボサな髪を無造作に結ったツインテール、一瞬小学生かと思ってしまうほどに小柄な見た目。そして幼い見た目を強調するかのような、アニメ調にデフォルメされた超人の絵が描かれている、幼児向けの服を着ている。更に少女の仕草やしゃべり方からは、いかにも気の小さい、引っ込み思案な性格であるということが、いやがおうにも伝わってくる。

「あ、ありがとう、ですぅ」

 人々が逃げまどう中、唯一、このボサメガネな少女だけが立ち止ってくれた。それがローブの少女には、とても嬉しかった。
 目に溜まった涙を拭いながら、ローブの少女は差し伸べられたボサメガネ少女の手を、しっかと掴んだ。

“キピュアアアァァァッ”

 その時である。ローブの少女の胸元から光が溢れだした。

「え? えええッ?! ま、まさか! こ、これわぁ!」

 興奮した様子のローブの少女は突然に立ち上がり、胸に手を突っ込む。そして、ごそごそと何かを探している。一方、ボサメガネ少女は、ローブの少女に突き飛ばされて、尻もちをついてしまった。

「や、やっぱりですぅ! マッスルジュエルが輝いていますぅ!」

 ローブの少女は、胸から、光り輝くハート形の宝石を取り出した。宝石は様々な色の光を、四方八方に放っている。

「マッスルジュエルのこの反応! 間違いないのですぅ! この近くに、適合者様がいらっしゃるのですぅ!」

 ローブの少女は宝石に話かけるように、声を上げる。

「マッスルジュエルよ、教えてくださいですぅ! 適合者様は、どこにいるのですぅ?」

 ローブの少女は、輝く宝石を握り締め、その手を空に掲げた。

“ピキュゥアアァァァァッ”

 四方に放たれていた宝石の光が、ひとつにまとまっていく。光は1本の線になろうとしている。

「この光の先に、適合者様がいらっしゃるのですねッ?!」

 光がまとまりかけた、その時。ローブの少女の手首が、強烈な握力で握り絞られた。

「い、痛いですぅ! な、何をするのですぅ!?」

 グレート・ザ・屍豪鬼は、宝石が握られているローブの少女の手を締め上げ、そのまま身体ごと持ち上げた。

「痛いッ! いたいッ! イタイっ! はなせ! ですぅ! はんなぁせぇ! ですぅ!」

 ローブの少女は足をバタバタとさせ、離せと言わんばかりに暴れて抵抗する。

「シゴシゴシゴッ! お嬢ちゃんよ、いくらジタバタしようが無駄ってもんじゃい。まるで泣き叫んでいる乳飲み子を抱いているような気分じゃて」

 グレート・ザ・屍豪鬼は更に力を加えて、ローブの少女の手を締め絞る。ローブの少女は痛みに耐えかね、グレート・ザ・屍豪鬼のスネに連続つま先蹴りを叩き込む。しかしグレート・ザ・屍豪鬼は涼しい顔で、ローブ少女に話しかける。

「それよりも、貴様の持っているそれは、正真正銘、本物のマッスルジュエルなのか?」

 グレート・ザ・屍豪鬼は、ローブの少女の顔を覗き込み、睨みつけた。

「正義超人界の至宝、マッスルジュエル。このマッスルジュエルに超人強度の一部を込めると、マッスルジュエルにはその超人の能力情報が全てインプットされる。そして、マッスルジュエルを手にした者は、インプットされた超人の全能力を受け継ぐことができる。例えば、先程この儂がしごき倒した鹿の子超人が、もしもケビンマスクの能力がインプットされたマッスルジュエルを手にしたら、どうなるのか? 鹿の子は元々の自分の能力に加え、ケビンマスクの能力をも上乗せして手にすることができる。具体的に言うと、鹿の子はケビンマスクのフェイバリットホールドであるビッグベン・エッジや、ロビン王朝版火事場のクソ力と言われる大渦パワーを使うことができてしまう。もちろん、元々の自分の技であるアントラーフィストも使用することができる。つまり、ヒヨッコ超人である鹿の子が、ケビンマスク以上の強豪超人になってしまうということじゃあ。そうじゃろう?」

 ローブの少女は目に涙を溜めながら、グレート・ザ・屍豪鬼から顔を逸らした。しかしグレート・ザ・屍豪鬼はローブの少女の頬を掴み、無理やり自分の方へと顔を向けさせる。

「だがよぉ、お嬢ちゃん。マッスルジュエルの力を得ることができるのは、マッスルジュエルに適合した適合者だけ。そうじゃったよなあ?」

 ローブの少女は涙目になりながらも、きつくグレート・ザ・屍豪鬼を睨みつけた。

「そ、そうですぅ。誰もがマッスルジュエルの力を得ることができるわけではないのですぅ」

 グレート・ザ・屍豪鬼はニタリと歪んだ笑みを浮かべながら、ローブの少女を睨み返した。

「それにしても、じゃい。お嬢ちゃんみたいな娘っ子がのお、なんでマッスルジュエルなんていう、トップシークレットな超重要機密品を持っているんじゃい? 確かこいつは、キン肉神殿の最奥にある大金庫で、厳重に保管されてたはずじゃが?」

 ローブの少女はビクンと肩を震わせた。ローブの少女の身体が強張る。

「お嬢ちゃんよお。貴様はいったい、何者じゃあ?」

 ローブの少女は口をつぐみ、目線を下に落とし続けた。

「何者だと聞いている!」

 グレート・ザ・屍豪鬼はローブの少女の胸ぐらを掴み、そして強引にローブを引きちぎった。

「き、きゃあああぁぁぁああッ! ですぅ」

 悲鳴と共にローブが破られると、ローブの下から、まだあどけなさが残る可愛らしい少女が現れた。
 明るい栗色の髪の毛から覗いている頭頂のキン肉カッターは、この少女がキン肉星出身であることを物語っている。
 着衣はビキニにマントという露出の高い格好ではあるが、ボディラインはそれほど目立たない。胸や臀部の膨らみが控えめなのは、身体的なものではなく、年齢的なものであると見受けられる。
 つまり、この少女は本当に幼い、まだ成長途中にいる、正真正銘、子供なのである。

「やはりキン肉星の者じゃったか。しかもその姿は……貴様、シュラスコ族じゃなあ」

 少女はとっさに、マントで顔と身体を隠したが、時すでに遅し。グレート・ザ・屍豪鬼は少女の正体に気づいてしまった。

「貴様、シュラスコ族のミーノだな? 確か、あのミートの義理の妹であり、キン肉王家の使用人じゃったなあ」

「だ、だったらなんだというのですぅ?! 私が誰かなんて、あなたには関係の無いことですぅ!」

「シゴシゴシゴッ! ミーノよ、貴様に用は無くとも、マッスルジュエルには用があるんじゃい! だからのぉ、いい子だから、さっさと儂に、マッスルジュエルを献上するのじゃあ!」

 凄んで威圧するグレート・ザ・屍豪鬼に、ミーノは圧倒されろうになる。脚は震え、歯がガチガチとぶつかり鳴る。
 ミーノは身の危険を感じつつも、グレート・ザ・屍豪鬼に恐怖しつつも、必死にマッスルジュエルを守ろうとする。
 そしてミーノはビキニのブラに、マッスルジュエルを入れ込んだ。ぎゅうと抱きしめ、マッスルジュエルを守る。

「シゴシゴシゴッ! 大方、ミートにでも頼まれたのだろう、マッスルジュエルの適合者探しをのお。じゃが、いまだに適合者が見つかっておらぬ。どうじゃ、図星じゃろう」

 グレート・ザ・屍豪鬼は下卑た笑いを上げながら、ミーノを見下ろす。

「でわ、この儂が、マッスルジュエルの適合者探しを引き継いでやろう。心配しなくとも、ちゃあんと見つけ出してやるからなあ。至上最強の、悪行超人を!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は、ミーノの胸に抱かれているマッスルジュエルを奪うべく、ミーノの手を無理やりこじ開ける。

「い、いやですぅ! マッスルジュエルは絶対に渡さないのですぅ! 約束したのですぅ! ミート様……ミートニィと約束したのですぅ! 悪行超人になんか、絶対に渡さないのですぅ!」

 ミーノは必死になって抵抗をするが、グレート・ザ・屍豪鬼の圧倒的なパワーには、敵うはずもなかった。ミーノの手はこじ開けられ、マッスルジュエルがミーノの胸からこぼれ落ちる。

「シゴシゴシゴッ! これでマッスルジュエルは、儂のもんじゃあ!」

 落下するマッスルジュエルに向かって、手を伸ばすグレート・ザ・屍豪鬼。その時である。

「オーッ、トーッ、メーッ、のぉーッ!」

 ボサメガネ少女は声を上げながら、グレート・ザ・屍豪鬼に突っ込んでいく。

「クソぢからぁーーッ!!」

 “らぁ”の言葉を発するタイミングで、ボサメガネ少女はグレート・ザ・屍豪鬼に向かって飛び上がった。そしてボサメガネ少女は、マッスルジュエルをしっかと掴んだ。
 先を越されたグレート・ザ・屍豪鬼はマッスルジュエルを掴み損ない、宙を握った。

“どざざざざーッ”

 ボサメガネ少女はヘッドスライディング状態になって、グレート・ザ・屍豪鬼の横を滑り抜けた。
 しかし、滑るボサメガネ少女に、リングを支えている鉄柱が迫っていた。ボサメガネ少女はとっさに顔と上半身を曲げ、ヘッドスライディングをしたまま、無理やりにドリフトをかます。

「48の殺人技のひとつ、超人ドリフトぉー!」

 ボサメガネ少女の身体はグレート・ザ・屍豪鬼を中心に、美しい円を描きながら横滑りしていく。そして、華麗に鉄柱を避けきったボサメガネ少女は、グレート・ザ・屍豪鬼の目の前で停止した。

「あ……」

 ボサメガネ少女とミーノの、間の抜けた声がハモる。

「わざわざ儂のために、マッスルジュエルを運んできてくれるたあのお。ご苦労さんじゃい」

 グレート・ザ・屍豪鬼は意地の悪い笑みを浮かべながら、ボサメガネ少女に向かって手を伸ばす。
 ボサメガネ少女はとっさに身体を起こし、涙目になりながら後ずさりする。

「往生際が悪いぞい」

 グレート・ザ・屍豪鬼から必死に逃れようとするボサメガネ少女だが、無情にもグレート・ザ・屍豪鬼に捕まってしまう。ボサメガネ少女の細腕が、グレート・ザ・屍豪鬼のごつごつの手に掴み上げられた。
 悪行超人と人間の少女。どんなにボサメガネ少女が抵抗しようとも、グレート・ザ・屍豪鬼から逃れることは不可能である。赤子の手を捻るよりも容易く、グレート・ザ・屍豪鬼はボサメガネ少女からマッスルジュエルを奪い取った。

「シゴシゴシゴッ! やった、やったぞお! 遂に手に入れたぞい、マッスルジュエル! これで叶う! 新生d.M.p、デヴィル・メイキング・プラントを結成できるわい!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は、まるでポイ捨てをするかのように、ボサメガネ少女を放り投げた。そして、マッスルジュエルを見つめながら、誇らしげに笑い上げる。

「マッスルジュエル! なんて可愛らしい姿じゃあ。舌を出して、まぶたを引き下げていて……ってえ! なんじゃい、こりゃあぁ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼の手には、あかんべえをしているミーノの人形があった。

「シュラスコ忍法、変わり物の術! ですぅ」

 胸を張って大威張りするミーノを、グレート・ザ・屍豪鬼は苦々しく睨みつけながら、大きく舌打ちをした。

「いつの間にすり替えよったんじゃあ、あんの小娘めがぁ! ふざけよって! マッスルジュエルはどこじゃい!」

 キョロキョロと周囲を見回すグレート・ザ・屍豪鬼の目に、猛ダッシュでその場を離れて行くボサメガネ少女の姿が映った。

「お願いですぅ! それを持って、遠くに逃げてくださいですぅ!」

 ボサメガネ少女に向かって叫ぶミーノを見て、グレート・ザ・屍豪鬼はあかんべえをしているミーノ人形を、ミーノ本人に投げつけた。怒り混じりのグレート・ザ・屍豪鬼が放ったミーノ人形は、とてつもない勢いの剛速球となって、ミーノに被弾した。

「きゃああぁぁッ! ですぅ!」

 ミーノは思い切り吹き飛ばされ、地面を転げまわる。

「ミ、ミーノちゃん!」

 ボサメガネ少女は立ち止り、ミーノの方に向き直る。

「シュラスコ族のお嬢ちゃんへのお仕置きは、これくらいにしといてやろうかのお。次は貴様だ! 人間のお嬢ちゃんよお!」

 グレート・ザ・屍豪鬼の右腕のブラッディ・バンブレが、鉛筆ほどのミニサイズになる。

「超手加減版、しごき桜・乱れ咲きの刑!」

 極小サイズのブラッディ・バンブレが生み出した衝撃波が、ボサメガネ少女を襲う。

「きゃあああぁぁぁッ!」

 手加減版とはいえ、その威力はかなりのものであった。ボサメガネ少女の身体は引き裂かれ、全身がズタボロにされてしまう。

「い、いやぁ……」

 まとっている着衣はビリビリに破かれ、あらわにされている肌には、痛々しい血の滲みやアザがある。
 ボサメガネ少女は顔を真っ青にして、弱々しい声を漏らす。肩は震え、目には涙が溜まっている。

「シゴシゴシゴッ! 恐怖のあまりに、悲鳴すら上げられぬか!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は、うつむいているボサメガネ少女の顔を覗き込み、にたりと笑った。
 グレート・ザ・屍豪鬼と目が合ったボサメガネ少女は、グレート・ザ・屍豪鬼をきつく睨み、殴りかかりそうな勢いで声を荒げる。

「こ、このTシャツぅ! 激レアな超限定品だったのにぃぃ! どうしてくれるのよぉぉぉ!」

 ボサメガネ少女はボロボロになったTシャツを、豪快かつ大胆に脱ぎだした。そして怒りで我を忘れているボサメガネ少女は、グレート・ザ・屍豪鬼の目の前にTシャツを突き出す。

「このTシャツはね! 37年ぶりに大復活を果たした超人オリンピック・ザ・レザレクションの会場で限定販売された、激レア品なの! しかも、いま私が着ているTシャツは、キッズのLLサイズで、たったの2着しか販売されなかったの! もう本当に、超々お宝品なの!」

 グレート・ザ・屍豪鬼とミーノは、その場でコケた。

「グレート・ザ・屍豪鬼が恐くて、顔面蒼白になって、震えて、涙ぐんでいたのかと思ったのですぅ……でも実際は、大事なTシャツを破かれたことへのショックと、怒りのせいだったのですね……ですぅ」

 グレート・ザ・屍豪鬼は身を震わせて、怒りをあらわにする。

「貴様、なめとんのかあ! たかだかTシャツと、マッスルジュエル、どっちが大事なんじゃあ!」


「た、か、だ、か、Tシャツうううぅぅぅ?!!!」

 ボサメガネ少女は、憤怒の顔を屍豪鬼に向ける。

「あんたのせいで! この世にたった2着しかないTシャツが、1着に減らされてしまったの! かわいそうに……あんたのしていることは、絶滅危惧動物の殺害! キリングレッドデータアニマルズ! に匹敵するほどの大罪よ! 地球規模の超大罪よ! 今後、転生することを許されず、あんたの存在自体を抹消されてしまうほどの激大罪よおおおぉぉぉ!」

 ボサメガネ少女は、Tシャツの下に着ていた、もう1枚のTシャツを指さす。

「いまわたしが着ているピンクのTシャツはね、あんたが惨殺した青のTシャツの色違い、いわば兄妹! ほら、あんたには聞こえないの? この兄Tシャツの無念の声が……」

 そう言うと、ボサメガネ少女は、ぼろぼろの青Tシャツを、自分が着ているピンクのTシャツの前に持ってくる。

「ピンT、ごめんよ……お前を置いて逝ってしまう、この兄を……妹不幸な、ダメ兄を……許してくれ……」

「青Tお兄ちゃん! 青兄ぃはダメじゃないよお! だって、ピンTに、すごく優しくしてくれたもん! 大事にしてくれたもん! ピンT、青兄ぃのこと、大好き! 大好きだもん! だから、ダメだなんて言わないで! 逝くなんて、言わないでよお!」

「すまない……行方不明なメンズLサイズの黒Tシャツ父さん、レディスMサイズの赤Tシャツ母さんに代わって……親代わりとして、なんとかピンTと暮らしてきたけど……もう、お別れだよ……お、俺は、もう……ただの布さ……青色のボロ布なんだよ……もう、Tシャツとしては……死んでいるんだ……」

「いやあ! いやああ! 逝かないで、青兄ぃ! 逝かないでよお! 逝くのなら、ピンTも一緒……一緒だよ! 置いてかないでね、ひとりで逝かないでね、ピンTも一緒だからね! 一緒に逝こうよ! 一緒じゃなきゃ、嫌だよ! 青兄ぃ!」

「ピンT!」

「青兄ぃ!」

「じゃかあああああぁぁぁぁぁしいいいいぃぃぃぃぃ!!!」

 グレート・ザ・屍豪鬼はTシャツ兄妹のクライマックスシーンを見せられて、本気でキレた。

「やかましいんじゃい! ボケがああぁぁッ! 何が悲しゅうて、貴様のひとり芝居なんぞを見ねばならんのじゃい!」

 怒り心頭なグレート・ザ・屍豪鬼は、ボサメガネ少女に掴みかかった。

“びりぃぃ”

 嫌な音がした。グレート・ザ・屍豪鬼が掴んだTシャツは、びぃっと裂けてしまった。
 ボサメガネ少女は、裂けたTシャツからのぞいてしまっている乙女のやわ肌を気にする様子もなく、ぶつぶつと独り言のように呟きだした。

「青兄ぃ……ピンTも、ボロ布になっちゃった……これでピンTも、一緒だよ……青兄ぃと一緒だよ……うれしい……ずっと、ずっと、青兄ぃと一緒……」

「ああ、そんな……ピンT! なんで……なんで、こんなことに……神様、ひどいです……ピンTが何をしたと言うのですか……ああ、ピンT……ピンTいいいぃぃぃぃぃぃぃ!」

「ううぅるっせええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいぃ!!!」

 更に続いたTシャツ劇場に、グレート・ザ・屍豪鬼は目を血走らせて怒り叫んだ。

「うるせい! うるっせい! うるせいっちゅうんじゃい! もう許せん! 貴様もそのボロTシャツ兄妹のように、ボロ雑巾にしてやるわい!」

 ボサメガネ少女は、わなわなと身を震わせながら、怒りをあらわにする。

「このTシャツはいいものだ……いいものだったんだああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!!!」

 ボサメガネ少女は瓶底メガネの奥から、凄まじく鋭い眼光でグレート・ザ・屍豪鬼を睨みつけ、天に向かって叫んだ。

「美しき兄妹愛を笑い、さげすみ、踏みにじるものは、絶対! 絶ッ対にぃ! 許さないんだからああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーッ!!!」

“ピキュアアアァァァアアアァァァアアアァァァッ!!”

 ボサメガネ少女の叫びと共に、ボサメガネ少女の身体から、無数の閃光が放たれる。

「むぐおぉぉわぉおおおッ! な、なんじゃい、これは!」

 色鮮やかな赤色の光を浴びたグレート・ザ・屍豪鬼は、苦悶の表情を浮かべる。そしてたまらず、後方に飛び退いた。

「この儂にとっては、とてつもなく不快で胸くその悪い光。じゃが、正義超人どもにとっては、心地の良いであろう光。これは……

 戸惑うグレート・ザ・屍豪鬼に向かって、ミーノが叫んだ。

「これは慈愛の光、マッスルアフェクションですぅ! あのキン肉王家のみが継承を許されている万能光線、フェイスフラッシュと同種の光ですぅ!」

 ミーノは涙を溢れさせながら、胸の前で手を組み、喜びと嬉しさで身を震わせながら、声を上げた。

「マッスルアフェクションが放たれるのは、マッスルジュエルが適合者の手に渡った証ですぅ! 適合者誕生の光ですぅ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼とボサメガネ少女は目を点にして、顔を向き合わせた。

「ななななな、なぁんじゃとぉおおおぉぉぉッ!!」

「えええええ?! わわわわわ、わたしぃぃぃッ!? なのぉ?」

 驚きの叫びを上げるグレート・ザ・屍豪鬼とボサメガネ少女。そんな2人を見て、喜びに満ちていたミーノの顔が凍りつき、ひきつる。そしてワンテンポ遅れて、ミーノは戸惑いの叫びを上げた。

「ふええぇぇぇえええぇぇぇ?! あああ、あなたのような! うら若き乙女少女なあなたが! ままままま、まさかの適合者様ぁ!? はひゃぁぁぁあああッ! ですぅ!」

 信じられないという顔をしながら、ミーノは恐る恐るボサメガネ少女に言った。

「ま、まさかとは思うのですが……試しに“マッスルフォーゼ”と言ってもらえますか? ですぅ」

 ボサメガネ少女は困惑しながらも、ミーノに言われるままに、呟く。

「え、えーと……マッスル……フォーゼ?」

“ビギュアアアァァァーーーッ”

 ボサメガネ少女の声に呼応するかのように、マッスルジュエルが放つマッスルアフェクションは、よりいっそうに強く光りだす。そしてボサメガネ少女は、マッスルアフェクションに包まれていく。

「ひゃああ! な、なにこれぇ! 目の前が真っ赤っ赤だよぉ!」

 ボサメガネ少女を包み込むマッスルアフェクションは、次第に球体となっていく。

「こ、これは……やっぱり適合者様に間違いないですぅ……マッスルジュエルが能力授与の儀式を始めましたですぅ……」

 呆けた顔のミーノは、そっと呟いた。

「な、なんじゃとぉ! ふ、ふざけるなぁ! こんなもの、儂が止めてくれるわあ!」

 そう言ってグレート・ザ・屍豪鬼は、マッスルアフェクションの球体に掴みかかる。

“ぐ、ぐぎゃあああぁぁぁあああッ!”

 グレート・ザ・屍豪鬼は苦痛の叫びを上げる。グレート・ザ・屍豪鬼の手はぶすぶすと焼けただれ、煙が上がっている。

「マッスルアフェクションは悪を浄化しますですぅ。なので、あなたのような生粋の悪行超人が触れると、肉体ごと消されてしまいますですぅ」

「そ、そういうことは早く言わんかい! 危うく儂が消し飛ぶところじゃったぞい」

 グレート・ザ・屍豪鬼は両手をフーフーしながら、涙目になってミーノを睨みつけた。しかしミーノはグレート・ザ・屍豪鬼の睨みに気がついていない様子で、ボサメガネ少女を包んでいる球体をぼんやりと眺めながら、口を開く。

「そもそも、レディのお着替えを邪魔するなんて、失礼千万、不届き至極、不埒の極み。天罰が下るのは当たり前なのですぅ」

「き、着替えじゃとお?! いったい、何がどうなっとるんじゃい!?」

 グレート・ザ・屍豪鬼は頭の中が“?”でいっぱいになる。困惑するグレート・ザ・屍豪鬼を尻目に、赤い球体の中から、ボサメガネ少女の声が聞こえてくる。

「え? 何? 何これぇ?!」

 グレート・ザ・屍豪鬼と同様に、ボサメガネ少女も困惑していた。

「な、なんでぇ? どうしてなのぉ? ……やんッ! ふ、服が脱げちゃう! 勝手に服が……やあぁぁん! だめぇ、そんなのぉ! それが脱げちゃったらぁ! やぁん! だめぇ、それまで脱げちゃうなんてぇ! ……わ、わたしぃ、このままじゃあ……はっ、はだかにされちゃうぅ!」

 生々しいほどに恥ずかしがる少女の声が、周囲に響き渡る。

「あッ! だめぇ! どこ行っちゃうの、わたしのパンツぅ! その超人プリントのパンツ、もう生産中止の激レアなプレミアパンツなのぉ! いやぁん! 帰ってきて、パンツぅ! わたしのお宝パンツぅぅ! カム、バック、パンツぅぅぅ!」

 ボサメガネ少女の青色吐息な黄色い声を聞きながら、全く手出しができないグレート・ザ・屍豪鬼は、頬を赤らめながら球体を見つめる。

「どういうことじゃい、これは」

「この球体の中では、マッスルジュエルによる能力授与の儀式が行われていますですぅ。この儀式によって適合者様は、授かる能力の元となった超人と、同じ姿に変身しますですぅ。ただし」

「ただし、なんじゃい?」

「もし適合者様に、強い思い入れがあったり、特別な思いのある姿があったとしたら……例えば、憧れている人物がいるとか、こういう姿に変身したい、という願望があるのなら……」

 ミーノの話が終わる前に、赤い球体は空に向かって、光の柱を伸ばした。そして光は次第に消えていき、ボサメガネ少女の姿が、だんだんと現れてくる。

「んななな、なんじゃい、その格好は!」

「そ、その格好は!? ど、どうなっちゃったのですぅ?!」

 グレート・ザ・屍豪鬼とミーノは、人差し指をぷるぷると震わせながら、変身したボサメガネ少女を指差した。
 姿を現したのは、筋肉りゅうりゅうな現役バリバリのキン肉マン! ……では無かった。

「え? ど、どうしたの? ……って、え? あれぇ? う、うそぉ! こ、この格好! これってぇ!」

 ボサメガネ少女は戸惑いながらも、興奮した様子で、自身の身体を眺め見つめる。
 体型も身長も、そのまま。低身な、ほどよい幼児体型の女の子。
 しかし、髪の毛には変化があった。髪は赤に近いピンク色に変色していた。
 ボサボサであった髪はきれいにまとまり、長さは腰まで伸びている。深紅のリボンでまとめられた、ボリュームのあるツインテール。戦闘時には邪魔になりそうだが、見た目はとてもキュートに特徴的で、とても可愛らしい。
 瞳の色は、桃色に近い赤色に変わっている。髪の色とあっていて、髪に負けないくらいに可愛らしい。
 そして、着衣にも大きな変化があった。
 着ている服は、洋服と言うよりは、コスチュームと言った方が的確である。
 スカート丈が異常に短いドレスを着ているが、スカートの下は下着ではなく、レオタードの下部分のようになっている。
 フリルやアクセサリーがポイント的にあしらわれているが、動き易さに重点が置かれている活動的な姿である。
 全体的に明るい赤色でまとまっていて、指し色の白が精悍さと柔らかさをイメージさせている。
 胸元には大きなリボン、そしてその中心にはマッスルジュエルがあしらわれている。

「ま、間違いないよぉ! これは……この姿は……」

 その姿は超人と言うよりは、バトルヒロイン系の魔法少女を思い起こさせる格好であった。
 そしてボサメガネ少女は、突然に大声を上げた。

「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル! マッスル守護天使、キン肉マンルージュ!」

「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 突然に誕生した新種のキン肉マンに、グレート・ザ・屍豪鬼とミーノは驚きに驚き、サプライズドシャウトを豪快に響かせ、その場で固まった。

「キ、キン肉マンルージュ、じゃとお? そんなヒラヒラのフワンフワンのチャランチャランなちんちくりん超人、初めて見るわい。儂は知らんぞ、こんな超人。いったいこやつは、どんな超人の能力を受けついたんじゃい?」

「いえ、これはおそらく……適合者様の心の中のみに存在するスーパーヒロイン。適合者様が考えに考え尽くして作り上げた、理想のオリジナル超人。つまり……」

 グレート・ザ・屍豪鬼とミーノは顔を見合わせた。

「自作自演!」

 グレート・ザ・屍豪鬼とミーノの声がハモる。
 目の前で繰り広げられている状況に気持ちが追いつかないグレート・ザ・屍豪鬼とミーノは、眼球だけを動かしてキン肉マンルージュの姿を追っている。
 そんなグレート・ザ・屍豪鬼とミーノを尻目に、キン肉マンルージュは“とぉ!”という気合いの入った声を上げ、リングのコーナーポストにある鉄柱の先端に飛び乗った。

「す、すごぉい! なんだか状況が全然わかんないけど、力が無尽蔵に湧いてくるよぉ! すんごく体が動いちゃうよぉ! まるで超人になっちゃったみたいだよぉ!」

 キン肉マンルージュは鉄柱の上で、はしゃぎにはしゃぎまくる。ふんふんと鼻息を荒くしながら、ボディビルのラットスプレッドやサイドチェストのポージングをしたり、ムエタイ選手のようなパンチとキックのシャドーをしたり、大はしゃぎである。

「すごい! すごぉい! すんごぉぉおおい! わたし、なってる! 本物の超人になってる! 嘘みたい! 現実が嘘みたい! わああぁぁああぁぁ! どうしよう! どぉしよう! どぉうしょおおぉぉおおッ!」

 キン肉マンルージュはぶりっこポーズをしながらお尻を突き出し、ぷりぷりと振りながら悶えている。
 自分自身に起こっている身体の変化に、キン肉マンルージュは心の底から感動している。

「なんだかわたし、今ならなんでもできちゃいそうな気がする! ううん、できちゃうかも! うううん、きっとできるよぉ!」

 全身をくねらせて、ひとりで盛り上がっているキン肉マンルージュは、突然に我に返ったように、グレート・ザ・屍豪鬼の方へと向き直る。

「d.M.pのメイキング超人、グレート・ザ・屍豪鬼! 新世代超人ベストメンバーズに代わって、マッスル守護天使、キン肉マンルージュが、あなたのお相手しマッスル!」

 キン肉マンルージュはグレート・ザ・屍豪鬼を見下ろしながら、不敵に笑みを浮かべた。そして鉄柱の上で、決めポーズをとる。
 が、“ツルリ”という効果音が聞こえてきそうなくらいに、キン肉マンルージュは足を滑らせる。

“ずどぉぉぉん”

 そして決めポーズをとったまま、キン肉マンルージュは見事なまでに全身を地面に打ちつけた。

「だ、大丈夫ですぅ?!」

 ミーノは慌ててキン肉マンルージュに駆け寄る。

「……へのつっぱりはご遠慮願いマッスル」

 キン肉マンルージュは地面に打ちつけて真っ赤になった顔を上げ、強がりとしか思えない台詞を吐いた。
 ボサメガネ少女の変化ぶりを見せつけられたミーノは、信じられないと言わんばかりの真顔を、キン肉マンルージュに向けた。

「こ、これは……間違いなく、あなたはマッスルジュエルの持つ能力を、きちんと受け継いでいますですぅ」

 キン肉マンルージュは生唾をごくりと飲み下しながら、ミーノに負けないくらいの真顔で、ミーノを見つめた。

「そうです、あなたが受け継いだのは、あの伝説中の伝説! 生きるキングオブ伝説超人! 第58代目キン肉星大王、キン肉スグル様。つまり、キン肉マン様ですぅ!」

 キン肉マンルージュは、がばぁと身体を起こし、再び鉄柱の上に飛び乗った。

「すごい! すごぉい! すんごぉぉおおい! わたし今、キン肉マンなんだ! 憧れ中の憧れ、あのキン肉マンなんだ! ああ、生まれてこのかた16年! 遂に! 遂にぃ! この日がきちゃったんだぁ! 想いに想い焦がれ続けたキン肉マンに、わたしはなれちゃったんだ!」

 キン肉マンルージュは鉄柱の上で片足立ちのまま、両手を天に向けて渾身のガッツポーズをする。

「やった! やったぁ! ぃやったぁぁああ! うれし! うれしぃ! うんれしぃぃいい!」

 天に向かって、キン肉マンルージュの想いが詰まった声が放たれた。
 そして、キン肉マンルージュはグレート・ザ・屍豪鬼を指さし、びしぃと決めポーズをとった。

「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル!」

 決め台詞を言い放つのと同じタイミングで、キン肉マンルージュはツルリと足を滑らせた。

“ずどぉぉぉん”

 そして再び、全身を地面に叩きつける。
 ――しばしの沈黙。そしてキン肉マンルージュは、くぐもった声を漏らす。

「……えーと、ミーノちゃん、だったよね……」

 地面に顔をめり込ませながら、キン肉マンルージュはミーノを呼んだ。

「は、はいですぅ! 申し遅れましたですぅ! わたくしめはアレキサンドリア・ミートの義妹であり、キン肉星王家お抱えの使用人、ミーノにございますぅ!」

 ミーノは甲高い声を響かせながら、早口で自己紹介を済ませた。

「……あのぉ、ちょっとつかぬことをお聞きしたいのだけどぉ……」

 ミーノは倒れているキン肉マンルージュの横で、びしっと正座をする。

「はい! なんでございますですぅ!?」


「……も、もしかしてわたし、今……キン肉マンなみにドジになってる?」

 ミーノは背筋を伸ばし、美しい姿勢をキープしたまま、キン肉マンルージュを真っ直ぐに見下ろしている。

「はい! あなた様はキン肉スグル様の能力を受け継いでいますですぅ。ですので、当然ながら、キン肉スグル様のドジっぷりも、完璧に受け継いでいらっしゃいますですぅ!」

 くぐもる声を発するキン肉マンルージュは、両肩をわなわなと震わせながら、地面から顔を引き抜いた。

「あああ……やっぱり……そうなのかぁ……そうなんだなぁ……」

 四つん這いになってうなだれているキン肉マンルージュに、ミーノはそっと寄り添いながら声を掛ける。

「そ、そんなに落ち込まないでくださいですぅ。確かに、とんでもないドジっぷりではありましたが……えーと、大丈夫! 大丈夫ですからぁ」

 必死になって励まそうとするミーノは、しどろもどろになって言葉を掛ける。

「……このドジっぷり……さすがよ……さすがだわ……」

 突然、がばぁと顔を上げるキン肉マンルージュ。

「さすがのドジっぷり! こうでなくっちゃあ、キン肉マンは! これこそがキン肉マンの真骨頂だよぉ! このドジっぷりが無くなっちゃったら、キン肉マンとは言えないよぉ!」

 キン肉マンルージュの顔は満面の笑みで、目をギランギランに輝かせていた。

「わたし、本当の本当に、キン肉マンになったんだぁ!」

 ミーノはキン肉マンルージュのこの言葉を聞いて、そして嬉しさで目を輝かせている顔を見て、キン肉マンルージュは本当に超人が大好きで、キン肉マンを心底リスペクトしているのがわかった。
 なぜマッスルジュエルがこの少女を適合者に選んだのか、少しだけわかった気がした。

「そろそろいいかのお、お譲ちゃん方よお」

 グレート・ザ・屍豪鬼は、待ちくたびれたと言わんばかりに大きなあくびをしながら、2人の少女に向かって言った。
 グレート・ザ・屍豪鬼の声で、キン肉マンルージュとミーノはバッと身構え、グレート・ザ・屍豪鬼の方に向き直った。

「シゴシゴシゴッ! キン肉マンルージュとか言ったのぉ! 貴様、この儂を相手にするとかほざいておったなぁ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は右腕をブラッディ・バンブレに変化させ、キン肉マンルージュの鼻先にブラッディ・バンブレを向けた。

「ならば! この儂を倒し、見事この世の正義とやらを、守ってみせいや! 儂を倒せなければ、貴様の持つマッスルジュエルは、儂のもんじゃあ! そしてこの世は、めでたく悪一色に染め上がるのよお!」

 キン肉マンルージュはキッとグレート・ザ・屍豪鬼を見つめ、ブラッディ・バンブレを弾いた。

「わたしが勝ったら、この世の平和は守られる! そして今度こそ、d.M.pは完全壊滅よ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼はブラッディ・バンブレで肩を叩きながら、高らかに笑い上げた。

「シゴシゴシゴッ! こいつはいい! 倒せるものなら倒してみるがええわい! だがのお、いくら貴様がキン肉マンの力を受け継いだと言ってものお、その能力を使いこなせなければ、全くもって意味がないんじゃい! 果たして、ただの娘っ子な貴様に、超人格闘術が使いこなせるかのお?」

 グレート・ザ・屍豪鬼の言葉を聞いて、ミーノの顔が青ざめていく。このままバトルになったら勝ち目が無いどころか、生死に関わる。いや、間違いなく殺されてしまう。
 このままではいけないと思ったミーノは、グレート・ザ・屍豪鬼を止めるべく口を開いた。しかしそれよりも速く、グレート・ザ・屍豪鬼は声を上げる。

「さあ! リングに上がれい! キン肉マンルージュとやらよ! この儂が貴様を、特別メニューでシゴいてくれるわ! シゴきにシゴき抜いて、跡形も無く消し飛ばしてくれるわい!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は猛烈な勢いで、キン肉マンルージュを睨み、凄んだ。凄みの迫力が激しすぎたのか、キン肉マンルージュとミーノの周辺に、突風が吹き荒れた。
 ミーノはグレート・ザ・屍豪鬼に気圧されてしまい、へたりとその場に座り込んでしまう。
 しかしキン肉マンルージュは気圧されるどころか、猛烈な勢いでグレート・ザ・屍豪鬼を睨み返した。

「キン肉マンルージュは正義のマッスル守護天使! 悪行をおかす悪行超人は、なんぴとたりとも許してあげない! 絶対に倒しマッスル!」

 そしてキン肉マンルージュは勢いよく飛び上がり、空中で身体を捻りながら一回転した。

「んん? なんじゃい、これは? 生ぬるったいもんが降ってきよったぞい?」

 空中一回転捻りを披露するキン肉マンルージュから、グレート・ザ・屍豪鬼に向かって、ぴしゃりと水滴が飛んできた。

“ずだぁん”

 見事なリングインを果たすキン肉マンルージュ。同時に、びしゃり、という湿った水音が周囲に響く。
 キン肉マンルージュは、ずびしぃ、とグレート・ザ・屍豪鬼を指さし、決め台詞を言い放つ。

「へのつっぱりはご遠慮願いマッスル!」

 決まった! ……そう思ったのは、キン肉マンルージュだけであった。
 グレート・ザ・屍豪鬼とミーノは、決めポーズをとっているキン肉マンルージュを見て、目を点にしている。

「……あ、あれ?」

 キン肉マンルージュは固まってしまったグレート・ザ・屍豪鬼とミーノを見て、決めポーズをとりながら困惑した。

“ぴしゃり……ぽたり……”

 何かが滴る水音が聞こえる。キン肉マンルージュはふと、足元に目線を落とした。すると、薄い黄色の水溜りが、キン肉マンルージュの足元に広がっていた。

「え? ……何、これ?」

 キン肉マンルージュは水溜りを見つめる。すると、自分から水滴が滴り落ちているのに気がついた。そして水滴は、自分の下腹部辺りから滴っているのを知る。その瞬間、びっしょりに濡れているパンツの感触に気がつき、どうしようもない羞恥の気持ちに襲われた。

「こ、こ、こ、これって……お、お、お、おもらしぃぃぃいいいッ!」

 キン肉マンルージュは猛烈な勢いで、恥ずかしい叫びを上げた。それを聞いて、固まっていたグレート・ザ・屍豪鬼とミーノはハッとする。
 そしてグレート・ザ・屍豪鬼は、慌てて顔を拭う。

「お、おもらし、じゃとお! じゃ、じゃあ、たった今、儂の顔に降ってきたのは……貴様の小便かあ!」

 キン肉マンルージュの放った小水は、見事なまでにグレート・ザ・屍豪鬼の顔に被弾していた。

「うっげげい! ぐげげげげい! く、くそお! 少し口に入っちまったぞえ! 目にも入ったぞい! な、何してくれとんじゃあ! こんのキン肉マン小娘めえ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は必死になって、顔面をガシガシと擦っている。

「ああ……この大事な場面での尿失禁……さすがはキン肉スグル大王様の能力が詰まったマッスルジュエル……ですぅ」

 ミーノは顔をひきつらせながら、気の毒そうにキン肉マンルージュを見つめた。

「い、いやあああぁぁぁあああぁぁぁんッ!!」

 キン肉マンルージュは羞恥の声を響かせながら、その場から飛び上がった。そして、まるで先程のリングインを逆再生したかのように、見事な一回転捻りを披露する。羞恥の叫びにドップラー効果を効かせながら、キン肉マンルージュは、見事にリングアウトした。

「う、うわぁぁぁあああぁぁぁん!」

 キン肉マンルージュは泣きじゃくりながら、ミーノに駆け寄った。

「こここ、こんなとこまで受け継がなくてもいいじゃない!」

 そしてキン肉マンルージュは、ぶんぶんと顔を振りまくり、涙をミーノに飛び散らせながら訴える。

「恥ずかしい! 恥ずかしいよぉ! 超恥ずかしいよぉ! これは、とても、とてぇも! 恥ずかしいことだぁーん!」

 ミーノは肩をすくめ、申し訳なさそうに言う。

「すみませんですぅ。マッスルジュエルは完璧に力を受け継がせるのですぅ。ですので、大事な場面での突発性尿失禁というキン肉スグル大王様の性癖も、余すことなく受け継いでいるのですぅ」

 キン肉マンルージュは顔を真っ赤にして、ミーノに訴えかける。

「にょ、尿失禁とか言わないでよぉ! いかにも排泄に失敗しましたって感じじゃない! と、とにかく! わたし! どおしたらいいのよぉ!」

 キン肉マンルージュの言葉を聞いて、ミーノはハッとする。そして、いまだに顔を擦り続けているグレート・ザ・屍豪鬼に、ミーノは言った。

「ここは一度、この場をはけて、選手入場からやり直すべきですぅ!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は恨みがましい顔をミーノに向けた。

「小便まみれでバトルなんぞ、こっちから願い下げじゃい! 30分後にリングインじゃあ! 逃げるんじゃないぞ、小便小娘!」

 グレート・ザ・屍豪鬼は吐き捨てるように言うと、上空に向かって飛び上がり、そして姿を消した。
 その場に残されたミーノとキン肉マンルージュ。ミーノは泣きじゃくっているキン肉マンルージュの肩を優しく掴み、慰めるような口調で話した。

「……まさかあのような事態に……キン肉マンルージュ様……物凄くショックを受けておられるのですぅ……あの大事な場面での尿失禁……男性ならまだしも、年頃の乙女が尿失禁……これは事故ですぅ……とてつもなく恥ずかしい大事故でございますぅ……ああ、キン肉マンルージュ様……なんて不憫で、なんて可哀相で、なんて気の毒で、なんて痛ましくて……心中お察しいたしますですぅ」

 キン肉マンルージュの泣き声が、10倍激しいものへと変わった。それを見てミーノは、自分の言葉がむしろキン肉マンルージュを傷つけていることに気がついた。

「ひゃわわわわッ、そ、そんなつもりは毛頭ございませんのですぅ! 決して悪意があって申したわけではないのですぅ! ただ、羞恥の極みとも言える大痴態をさらしてしまわれたキン肉マンルージュ様が、乙女の大事な何かを一瞬にして失ってしまったようにお見受けしましたので」

 キン肉マンルージュの泣き声が、100倍激しいものへと変わった。それを見てミーノは、キン肉マンルージュを更に追い詰めてしまったことに気がついた。

「にゃわわわわッ、でも、でも、でもですね、大丈夫ですぅ! この場にいたのは私とグレート・ザ・屍豪鬼、2人だけなのですぅ」

 ミーノがそう言った瞬間、背後から怒涛のごとき大歓声が上がった。

“うおおおおおおお!”

 ミーノは恐る恐る、顔を後ろに向けた。すると、いつの間にやらリングサイドには、大人数が観戦可能な観客席ができていた。
 席はひとつ残らず埋まりきり、ミーノとキン肉マンルージュを、大観衆が囲んでいる。

“女の子超人のバトルなんて、初めて見るぜえ! 超レアバトルで超ラッキー!”

“少女超人たん、はぁ、はぁ”

“頼むぜキン肉マンルージュ! 地球の運命は、ルージュちゃんに掛かってるぜえ! 宇宙の平和は、あんた次第だぜえ!”

 観客は沸きに沸いていて、各々、想い想いの歓声を上げている。
 ミーノとキン肉マンルージュは目を点にして、突如現れた大観衆を呆然と見つめる。
 そんな呆けている2人の目の前に、あからさまにカツラを装着している、しかもそのカツラが見事なまでにズレている、メガネを掛けた小柄な中年が現れた。そしてよく通る大きな声で、2人に言った。

「こりゃあ女房を質に入れてでも見なあかんなぁ! だから、2人のカワイ娘ちゃんに免じて、おもらしの件は水に流してあげまんでぇ! おしっこなだけになぁ!」

 キン肉マンルージュの泣き声が、1000倍激しいものへと変わった。カツラメガネ中年男性の言葉が、キン肉マンルージュにとどめを刺した。

「うわあああぁぁぁあああぁぁぁあああんッ! 見られたぁ! 見られちゃったよぉ! こ、こんなにたくさん! たくさんな人にぃ! 見られたんだよぉ! 見られちゃったあ! にゃああきゃわわああぁぁああぁぁああんッ! たくさんだよぉ! たくさんいるよぉ! たくさん過ぎるよぉ! うおおわああぁぉぁぉぁぉあおあおあおんッ! わたし、おわたーーーーーーーッ!!」

 ツインテールをびょんびょんと引っ張りながら身をよじり、激しく取り乱すキン肉マンルージュ。

「あああああ、キン肉マンルージュ様がご乱心ですぅ! ……こうなったら、最後の手段ですぅ」

 ミーノはビキニのブラに手を差し込み、ごそごそと探りだした。そしてブラの奥から、にゅうっと吹き矢が出てきた。

「シュラスコ忍法、おねむ時間ですぅの術! ですぅ!」

 フッという息の音と共に、紙製の矢が飛び出す。そしてキン肉マンルージュの首筋に刺さった。

「おわたァー! オワタぁー! わたしがゥおわたー! ……きゅうん」

 暴れていたキン肉マンルージュは、突然その場で倒れ込んだ。そしてスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。

「うふうん。牛丼はツユギリじゃなきゃ、いらんですよ!」

 キン肉マンルージュはよだれを垂らしながら、むにゃむにゃと寝言をこぼしている。
 眠りこけるキン肉マンルージュを、ミーノは重量挙げのように、ひょいと頭上に持ち上げた。そしてそのまま、逃げるようにその場から走り去った。

「すたこらさっさのさぁ、ですぅ」

 リングから少し離れた場所に、コスプレ喫茶がある。そして入口には“キン肉マンルージュ選手控室”と書かれた張り紙がされていた。
 ミーノはキン肉マンルージュを持ち上げたまま、器用に扉を開けた。
 中に入ると、部屋の真ん中にテーブルが置かれ、2人分の椅子が添えられている。奥にはたくさんのコスプレ衣装があり、更に奥には着替えのスペースとして、大きな姿見のある更衣室が用意されている。
 テーブルまで歩み寄ると、ミーノは、どすぅんと、キン肉マンルージュをテーブルの上に置いた。

「きゃんッ」

 子犬のような鳴き声と共に、キン肉マンルージュは目を覚ます。
 先程までリング上にいたのに、次の瞬間にはテーブルの上にいる――そんな状況にキン肉マンルージュは戸惑い、周囲をきょろきょろと見渡している。

「あ? あの? あれ? ここはどこ? わたしはだれ…って、わたしはキン肉マンルージュ、だよね?」

 ミーノはテーブル上に正座をして、キン肉マンルージュの目の前に座っている。

「そうですぅ。あなたはマッスルジュエルに選ばれし、適合者様ですぅ」

 キン肉マンルージュは腕組みをして、考え込む。

「……なんだか、どこまでが夢で、どこまでが現実なのか、わからなくなってきちゃったよ……一度、状況を整理していいかな?」

「はいですぅ。なんでも聞いてくださいですぅ」

 ミーノはキン肉マンルージュに笑顔を向ける。

「えーと、まず……グレート・ザ・屍豪鬼という悪行超人が現れて、新生d.M.pを結成しようとしていて、世の中を悪の世界にしようとしているんだよね……それからミーノちゃんと出会って……わたしは、マッスルジュエルの力を得て、マッスル守護天使、キン肉マンルージュに変身したんだよね……それから……それから……ああッ、なんだろう……思い出してはいけないって、絶対にダメだって、脳ミソが言ってる……どうしても思い出せない……すごく嫌なことが起こった気がするんだけど……」

 失禁というショックすぎる失態を、キン肉マンルージュの脳は記憶から消そうとしている。

「思い出せない……どうしても……」

 キン肉マンルージュは額に手をあてながら、必死に思い出そうとする。まるで記憶喪失にでもなったかのようである。

「……なんだか、つらいことだったような……苦しいことだったような……それでいて、たいして重要ではないことのような気もして……」

 キン肉マンルージュの脳は精神安定のため、記憶の整理を行っている最中である。失禁という痴態の記憶を封印しようと、脳はフル活動中である。

「もしかして、思い出さなくてもいいのかもしれない……」

 そして遂に、キン肉マンルージュは思い出すのを諦めた。キン肉マンルージュの脳は、記憶の封印に成功した。

「大観衆の前で、尿失禁をしたのですぅ」

 ミーノは、しれっと、真実を告げる。

「……ッ! うッぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁッ! にゃーん!」

 せっかく忌まわしい記憶を封印しようと、脳は頑張ったのだが、ミーノはあっさりと封印を破り、記憶を解き放ってしまった。

「うわあああぁぁぁん! うええぇぇぇーーーん! ふみぃーーーーーーーーん!」

 キン肉マンルージュはテーブルに突っ伏し、噴水のように涙を放水しながら、号泣する。

「そうだよ! そう! しちゃったんだよ、わたしってば! ふぅええぇぇぇーーーん! 思い出すんじゃなかったぁ! なんで思い出しちゃうの、わたしってば!」

 取り乱すキン肉マンルージュを見て、ミーノも取り乱す。
 あわあわと慌てながら、ミーノはビキニのブラに手を差し込み、ごそごそと探りだした。そしてブラの奥から、にゅうっとドリンクが出てきた。

「はわわわわッ、キン肉マンルージュ様! これでも飲んで、落ちついてくださいですぅ」

 ミーノは冷えたドリンクを差し出すが、キン肉マンルージュは受け取ろうとしない。

「……うう……ぐずん……だってぇ……そんなの飲んじゃったら……また、しちゃうもん……おしっこ……」

 顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに下を向いているキン肉マンルージュに、ミーノは笑顔で話しかける。

「大丈夫ですぅ。キン肉スグル大王様は摂取された水分量に関係なく、尿失禁されていましたですぅ」

「……それって、つまり、ドリンクを飲んでも飲まなくても、どっちにせよおもらししちゃうってこと?」

「はいですぅ」

「……ううう……ミーノちゃん……全然フォローになってないよ……」

 キン肉マンルージュは湿っぽい鼻声でそう言いながら、ミーノからドリンクを受け取る。そして、なかばやけになりながら、一気に飲み干してしまう。

「ごきゅ、ごきゅ、ごきゅ、ぷはーッ! うまいッ! でも、もういらない!」

 キン肉マンルージュは空になったペットボトルのラベルを剥がし、ベコベコッとペットボトルを潰した。

「……ところでミーノちゃんのそれ、いったいぜんたい、どうなっちゃってるの?」

 キン肉マンルージュはミーノの胸元を指差した。

「ここですか? えーと、ちっちゃいですが、おっぱいですぅ」

 ミーノは頬を赤らめて、両手を胸にあてる。

「そうだね、今は小さいかもだけど、まだまだこれからだよ、ミーノちゃんのおっぱい……って、そうじゃなくて! そのブラの中ってどうなってるの?」

 ああ、と呟きながら、ミーノはブラに手を差し込み、ごそごそと探りだした。

「このブラの内側には、別次元保管庫への入り口があるのですぅ。この中にいろいろと大事なもの、必要なものを入れておくのですぅ」

 そしてブラの奥から、にゅうっとボックスティッシュを取り出した。

「お鼻が出ていますですぅ」

 泣いた拍子に垂れてしまった鼻水が、キン肉マンルージュの鼻下でぶら下がっている。

「へぇぇ、便利だねぇ……ちーーーん!」

 キン肉マンルージュは感心しながら、勢いよく鼻をかんだ。

「えーと、ゴミ箱、ゴミ箱……どこかにゴミ箱ありマッスル?」

「はいですぅ」

 ミーノはボックスティッシュをブラの中に素早くしまい込み、そして今度はゴミ箱を取り出した。

「本当に便利だね、それ……でも、ミーノちゃんみたいな女の子が、お胸からティッシュやゴミ箱を取り出す姿って……卑猥を通り越して、なんだかシュールな気がするよ……」

 ミーノはブラにゴミ箱を突っ込みながら、きょとんとした顔をしている。
 テーブルの上で、お互いに正座をしながら向きあっているキン肉マンルージュとミーノ。
 しばしの沈黙。2人は見つめ合いながら、何を話そうかと言葉を探す。

「まさか……まさかマッスルジュエルの適合者様が、あなたのような普通の人間……しかも、乙女少女様だなんて……どうりでいくら探しても、見つからなかったわけですぅ」

「……そうだよね、マッスルジュエルって正義超人界の至宝なんだもんね。普通に考えれば、正義超人の誰かが適合者だって考えちゃうよ」

 ミーノは正座のまま、内ももに両手を突っ込み、不安なような、困ったような、申し訳なさそうな顔をしている。

「……それで……大事なことに気がついちゃったのですぅ……実は……先程、グレート・ザ・屍豪鬼も言っていたのですがぁ……」

 キン肉マンルージュは正座のまま、内ももに両手を突っ込み、恥ずかしそうな、困ったような、申し訳なさそうな顔をしている。

「……あのね、ミーノちゃん……お話の前に、その……お着替えしたいなぁ……」

 キン肉マンルージュの言葉を聞いて、ミーノは気がついたように手を叩き、大きく声を上げた。

「ああ! パンツが濡れていて、気持ちが悪いのですね!」

 キン肉マンルージュは顔をひきつらせながら、手をぶんぶんと振り回す。

「私も憶えがありますですぅ。冷たくて、濡れてて、気持ちが悪いんですよね、おもらししちゃうと。しかも、おしっこを吸ったパンツが重くなっちゃって、どんどんおしっこ染みが広がっていって、それが余計に恥ずかしくて……とはいえ、私が赤ちゃんだった頃くらいの記憶ですので、正直、あまり憶えてはいないのですがぁ」

 キン肉マンルージュは、ぎゃふんと呟き、周囲にどんよりとした空気を漂わせながら、がっくりと肩を落とす。

「……うう……16歳あるまじき……だよね……赤ちゃんと同レベルかぁ、わたしってぇ……」
 
 

 
後書き
※メインサイト(サイト名:美少女超人キン肉マンルージュ)、他サイト(Arcadia他)でも連載中です。 
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